【インプレッション・リポート】
【インプレッション】アウディ「TT RS クーペ」



 先月インプレッションをお届したランチアと同様、アウディもWRCでの活躍が思い起こされるブランドだ。アウディの最新スポーツモデルは、そんな栄光の歴史を思い起こさせる5気筒エンジンを搭載して登場した。自動車ライターの武田公実氏のインプレッションをお届けする。

1980年にデビューした「クワトロ」

クワトロGmbHの最新作
 フルタイム4WD機構を持つオンロード4WDというジャンルは、現在では乗用車とスポーツカーの双方で、ひとつの定型となったと言ってよいだろう。それを乗用車の世界に初めて提案したのが、今を去ることちょうど30年前となる1980年に、センセーショナルなデビューを果たしたアウディ「クワトロ」。

 のちの普及版クワトロ・モデルに対して、あるいはその偉大さゆえに“ビッグ・クワトロ”のニックネームで呼ばれるこの車の誕生以降、アウディにとって「クワトロ」という単語は、単に4WD車であることを示すだけでなく、自動車界におけるアウディのスタンスやステータスさえも示す重要なキーワードとなってきた。高度なテクノロジーと品質感を身上とする現代アウディのイメージは、「クワトロ」の4文字とともに成長してきたと言っても、過言ではないのである。

 そのクワトロの名を継承した「クワトロGmbH」は、BMWで言うところの「M」に相当するアウディ100%出資の子会社で、アウディのハイパフォーマンスモデルの開発・生産を担当。現代アウディの“エクスクルーシブな”パートを一手に引き受けるブランドとなっている。

 そして今回の主役であるアウディ「TT RS クーペ」こそ、そのクワトロGmbHの最新作。アウディにとって重要なキーワードである“クワトロ”と、バウハウス的な機能主義デザインを自動車界に導入したことから、アウディを筆頭とする現代自動車デザインにとってのマイルストーンとも称される「TT」が1台の車として結晶・昇華した、まさに「アウディの真髄」とも言うべきスーパースポーツなのである。

初代TT

スーパーなエクステリアとインテリア
 まずはアウディTT RSのスタイリッシュなルックスを、エクステリア/インテリアの双方から鑑賞してみることにしよう。

 前世紀末に初代がデビューして以来、今世紀以降のアウディのみならず、すべての現代車デザインに絶大な影響を与えたとも言われるTTだが、今回の“RS化”に伴って、過激なパワーに拮抗する空力性能を確保するため、フロントにはエアダムスカートを組み込んだ専用バンパー&グリル、リアには大きなウイングスポイラーを装着し、ダウンフォースを貪欲に獲得しようとしている。

 しかし、あくまで個人的な意見を言わせてもらえば、これらの付属パーツは絶対的な空力性能と迫力をアップさせる一方で、“素”のTTが身上とするクールビューティーなバウハウス的イメージを若干ながら薄れさせてしまったとも感じる。とはいえ、予定調和を敢えて破綻させるこのようなやり方は、こちらも往年のグループBモンスター「スポーツクワトロ」がもたらしたショックを連想させるもので、いかにも世界のデザインリーダーたるアウディらしいスタイルと言えなくもない。

 もちろんこれらのエアロパーツのほかにも、現代アウディのフラッグシップ「R8 5.2 FSI クワトロ」のような左右2本出しの楕円形マフラーや、19インチ径の専用アルミホイールなどが特別に奢られ、ジャーマン・チューンドカーらしいワイルドでアグレッシヴな雰囲気がいっそう強調されることになった。

大型のエアロパーツ、左右2本出しマフラーなどが奢られるエクステリア
車体各部のRSバッジ。ブレーキャリパーにもRSロゴが入る
スポーツ・クワトロ

 他方、スタンダードのTTでは圧倒的な作りのよさも相まって、外観と同様にクールな印象の強いインテリアだが、今回の試乗車ではオプションのレカロ製バケットシートが装着されていることもあって、格段にレーシーな印象を感じさせる。また、ステアリングホイールやドアシル、メーターパネルなど随所に「TT RS」のロゴが刻み込まれており、あくまでゴージャスながらスパルタンな気分をことさらに盛り上げてくれる。

 かくのごとくスーパーカー的なこのコクピットに収まると、走りへの期待感は否応なしに膨らんでしまうのである。

5気筒サウンドが帰ってきた
 かつてはアウディのアイデンティティとして知られ、このTT RSで約15年ぶりに復活することになった直列5気筒エンジンは、乗用車用としては世界初の試みとなるという最新素材「バーミキュラ鋳鉄」製のシリンダーブロックと直噴システムを持つ。実は、今や身内でもあるランボルギーニ「ガヤルド」の初期型に搭載されていた5リッターV型10気筒と同じ82.5×92.8mmのボア×ストロークで、排気量はちょうど半分となる2480cc。1基のターボチャージャーを組み合わせて、最高出力250kW(340PS)、最大トルク450Nm(45.9kgm)を発生する。

 このエンジンは最大トルクを1600~5300rpmの幅広い領域で発生するフラットトルク型であることから、低回転域でも非常に扱いやすい特質を持つのだが、エンジンマウントがソフトなせいなのか、あるいは駆動系のバッククラッシュが過大なせいなのか、クラッチを巧く繋がないと若干のギクシャクが生じてしまうのが気になるところ。これは個体差なのかもしれないが、アウディに期待されるクォリティ感をいささかながら損ねているようにも思える。

TT RSの5気筒エンジン
筒内直噴システムとターボチャージャーを備え、低回転域から大きなトルクをフラットに発生する

 

トランスミッションは6速MT。シフトレバー手前左側の「S」のスイッチがSPORTSスイッチ

 しかしそんなギクシャクも、アクセルペダルを踏み込んで走行ペースを上げてしまえばピタリと止まる。特にシフトレバー手前の「SPORTS」スイッチを押してしまえば、発進時のフラストレーションなどどこかに飛んでしまうだろう。

 このスイッチの操作でスロットルのレスポンスやエキゾーストノートまで変化するのだが、特にスロットルを多めに踏み込んだ時のサウンドは堪らない。高回転域まで吹け上がって行くに従って、かつてのWRC(世界ラリー選手権)のDVD映像などで見るのと同じ、アウディ特有の5気筒ミュージックを聴かせてくれる。また、この総毛立つような咆哮は、往年のWRCシーンを彷彿とさせてくれる一方で、ランボルギーニ・ガヤルドにも非常によく似ている。まさにスーパーカーそのもののエキサイティングなサウンドなのだ。

 そして気になるパフォーマンスと言えば、これまたスーパーカーの領域。スペックシートによれば0-100km/h加速で4.6秒、最高速は280km/hに到達するというが、実際にドライブしてみてもその動力性能は「素晴らしい!」の一言に尽きる。

 前述したフラットなトルク特性ゆえに、どの回転域からでも、そして何速から踏んでも底知れないほどのパワーを湧きあがらせる一方で、大出力のターボエンジンとしてはレスポンスの鋭さやトルクの盛り上がりのスムーズさも出色の出来栄え。まるで4リッター超級の自然吸気エンジンのようなので、Rの大小を問わず、コーナーでも安心してスロットルを踏んでいけるのだ。これなら、例えばサーキットでも十分以上に楽しめるに違いない。ちなみに標準装備のESPには、サーキット走行を想定して解除スイッチも付けられている。

 このスタビリティの高さに最も貢献しているのは、アウディの伝統たるクワトロ・システムである。ただし、同じクワトロでも縦置きエンジン系のフルタイム4WDではなく、横置きエンジン車ということで、同じアウディのA3系やTTなどと同じハルデックス・カップリング式のデフを持つもの。今世紀初頭に実用化されたハルデックス式の4WDは、いわゆる「スタンバイ4WD」で、とくに初期のものはコーナーリング中に前後のトルク配分が急変してしまうこともあったのだが、今回のTT RSに装着される最新世代のものは、そんなクセの強さは微塵も感じられない。筆者がちょっとその気になって箱根ターンパイクを攻めた程度の速度域では、平安を乱されるようなことなど一切無く、ただただスムーズにコーナーをトレースしてゆく。

パワートレーンはエンジン横置きのクワトロ・システムTT RSのディメンション

 その一方で、アルミ軽合金を多用した「アウディ・スペースフレーム」の効用により、300PSオーバーのスポーツカーとしては充分に軽量と言える1450kgのウェイトは、フットワークをグッと軽快なものとしているようだ。これには、TT RS専用にチューンしたスポーツサスの影響も大きいのだろう。このサスペンションは、昨今のアウディの高性能バージョンらしくかなりハードなのだが、絶対的に剛性の高いボディーに加えて、今回の試乗車にオプション装着されていた「マグネティックライド」のおかげか、不快なハーシュネスやノイズなどは皆無。体感できる乗り心地は、TTSやスタンダードTTの「S-Line」バージョンとほぼ同等であることからも、スポーツカーとして実にクォリティ感の高い走りを堪能させてくれたのである。

 トランスミッションは、アウディ自慢のデュアルクラッチAT「Sトロニック」ではなく、昨今の高性能車では少数派となりつつある3ペダルの6速MT。そのタッチは軽快で節度感も充分。クラッチもスムーズで軽い。こういうMTに触れると、アナクロっぽく思われるかもしれないが、上質なシフトタッチを持つMTの魅力は捨てがたいと思ってしまう。

 また、ステアリングには電動のパワーアシストがつくのだが、そのフィールには電動パワステによくある不自然さが、パーキングなどの極低速時を除いてはまったく感じられず、極めて自然かつ上質感に溢れる仕上がりとなっているのも特筆しておきたい。これならもう、電動パワステを忌み嫌う必要などまったくないと断言してよいだろう。

 さらに、前370mm、後310mmという大径ローターと「RS」ロゴ入りのアルミ製キャリパーを持つブレーキは、制動力・タッチともに秀逸。これもクワトロGmbH製アウディのレベルに充分達している。

 このように、TT RSは現代のスーパースポーツとしての資質はすべてカバーしており、同社のトップレンジに当たるR8に限りなく近いと結論付けられたのである。

アウディ原理主義
 もとよりアウディTTは、そのクールなアピアランスに相応しく、市街地でもハイウェイでも、あるいはワインディングでも徹底的に洗練された速さを感じさせてくれる、極めて品質感の高い小型スポーツカー。同時にコンパクトなサイズを生かしたシティ・コミューターとしても極めて優れた一面を持つ車である。また、TTのハイパワー版たるTTSでも、並のミドル級スポーツカーとしては十分以上のパフォーマンスを見せてくれる。しかし、TTシリーズの頂点に立つTT RSでは、もはやまったく別世界に足を踏み入れたと言わねばなるまい。

 すでに傑作との呼び声の高い2代目TTをベースとし、TTの優れた資質はすべて受け継ぎつつも、ひとたびアクセルを踏み込めば、底知れないほどのパフォーマンスと、エキサイティング極まりないトルクの盛り上がりやサウンドを堪能させてくれる。これはもう「スーパーカーの領域」と言うほかないだろう。

 この車に乗っていると、30年前の世界にビッグ・クワトロのもたらしたインパクトは、きっとこんなものだったに違いないと思わせてくれる。アウディTT RSは、クール&スタイリッシュな現代アウディの世界観に惹かれるファンはもちろんのこと、昔ながらのアウディの技術至上的な一面に傾倒してきた「アウディ原理主義」のコア・エンスージアストにも訴えかけるモノを持った“スーパーアウディ”と断じてしまって間違いない。そう確信しているのである。

(武田公実)
2010年 3月 12日