インプレッション
ランドローバー「レンジローバー」
Text by 武田公実(2013/3/11 00:00)
1970年に登場した初代「レンジローバー」は、フォードの初代「ブロンコ(1965年デビュー)」とともに、乗用車としても快適に使用できるクロスカントリー車という、現代SUVにも通じるコンセプトを初めて提唱した「パイオニア」と言えるだろう。
「ランドローバー(現在のランドローバー・ディフェンダー)」譲りの4WDメカニズムに、当時のクロスカントリー車としては強力かつスムーズなローバーV8ユニットを搭載。さらに、ソフトなコイルスプリングを組み合わせて、ランドローバー譲りのオフロード走行性能とオンロードでの快適性を極めて高い次元で両立したことから「魔法のじゅうたん」なる感嘆詞が与えられ、当時の裕福なアウトドア派モータリスト、そして今なお英国の上流階級には数多く存在するとされる「カントリー・ジェントルマン」たちからも熱烈な支持を獲得することになった。
また、同じ「R-R(RANGE ROVER)」のイニシャルを持つことから、特に中東諸国のミリオネアたちの間では「砂漠のロールス・ロイス」とも称されている。さらに1980年代後半になると、本革レザーとウッドパネルによるゴージャスな内外装も与えられたこともあって、独特の世界観をアピール。その「レンジローバー・ワールド」は、1994年発表の2代目、2002年発表の3代目(日本市場における「レンジローバー・ヴォーグ」)にも完全に継承されたのである。
そして昨2012年9月のパリ・サロンにおいて、レンジローバーは待望のフル・モデルチェンジを正式発表。英本国でのデリバリー開始から大差の無い今年早々に、日本上陸を果たすことになった。
ドラスティックな軽量化に成功
初代レンジローバーから数えて4代目となった新型レンジローバーは、開発段階から「レンジローバーらしいデザイン」を旨としたという。たしかにそのスタイリングは、写真では従来型と大きく変わらないかにも見えていたが、現物を目の当たりにするとLEDを多用した灯火類やフラッシュ・サーフェス化により、格段に新しく見えてくる。また、少々繁雑なデザイン処理がトレンドとなっている現代プレミアムカー業界の中で、徹底的にブレーンかつ面構成の美しいボディーラインは、却って清新に感じられてしまう。
しかし、新型レンジローバーのボディーにおける最大の特徴は、スタイリングではあるまい。なんといっても筆頭に挙げるべきは、ボディーシェルに総アルミモノコックが採用されたことである。
現在、同じインド タタグループの傘下にあって、パートナーとなっているジャガーでは既に豊富な経験を持つアルミモノコックだが、SUVに採用されるのはこれが世界初である。スチール製ボディーの従来型と比べると、ボディーシェルだけでも180kgの軽量化を実現。加えてシェルが大幅に軽量になったことによって、シャシーや駆動系のコンポーネンツも軽量化できたことから、車両全体ではさらなるダイエットを果たすことになった。
そのダイエットの成果は、エンジンに火を入れ、ジャガーと同じ円筒形のシフトセレクターを「D」レンジに入れてクルマを10cmでも動かせば、瞬時に理解できるもの。とにかく動き出しが軽い。スロットルを軽く踏み込んだだけで極めて上品にスピードを乗せる感覚は、実に軽快かつ心地よいものである。
ただし、アクセルに足を乗せた程度で猛然とした加速を始めるドイツ勢の高性能SUVなどと比べてしまうと、最初はおっとりしているようにも感じるが、それはランドローバーが今なおオフロードでの安全性を重視していることの証と見るべきだろう。アクセル開度の少ない領域では敢えてトルクを抑え、不整地でコントロールを乱すことを避けているのだ。
今回の試乗車は「スーパーチャージド・ヴォーグ」。その名のとおりスーパーチャージャーを装着する5リッターV型8気筒エンジンは、最高出力375kW(510PS)/6500rpm、最大トルク625Nm(63.8kgm)/2500rpmもの怪力を発揮する。だからドライバーさえやる気になってしまえば、背中をシートバックに押し付けるような加速だって披露してくれる。
しかしその怒涛のトルクを「余裕」と見なしたクルーズ領域でのマナーこそ、新型レンジローバーの真骨頂。アルミ製モノコックの軽さも相まって、素晴らしく軽快にして上品な加速フィールを堪能させてくれる。パワーとトルクの盛り上がりでは、自然吸気/スーパーチャージドを問わず従来型でも充分以上のものを備えていたが、この新型では加速感の上質さが格段にアップ。世界に名だたる高級SUVの中でも、頭ひとつ抜けた感があるのだ。
そして新型で実現した軽量化は、操安性や乗り心地の面でも大幅な向上に繋がることになったようだ。現在人気のスーパーSUVの多くは、まるでスポーツカーのように堅いサスペンション・セッティングで、オンロード以外での走行には明らかに不向きと言わざるを得ないものも少なくない。他方新型レンジローバーは、たとえ最高性能版の「スーパーチャージド・ヴォーグ」であろうとも、その堅さは適切なもの。ハッキリと言ってしまえばかなりソフトで、乗り心地は素晴らしいの一言に尽きる。
ところがその一方で、サイズの割には軽量なボディーのせいか、そのハンドリングマナーは実に心地よいもの。また、レンジローバーとしては既に20年以上の経験を持つエアサスペンションが第5世代に進化したことや、スーパーチャージャー付モデルに標準装備される可変連続ダンパーとアクティブスタビライザーからなる「ダイナミック レスポンス」システムの効力で、コーナーリング中のロールは最小限に抑えられる。しかもその作動が巧みなおかげで、車両の動きが非常にナチュラルなことにも好印象を受けた。
ところで、ランドローバー製各モデルのアイコンである、アイポイントを高くとったドライビングポジション「コマンドポジション」は、今回の新型でももちろん健在である。ルーフが20mmも低められたにもかかわらず、依然として他社のラグジュアリーSUVよりも10cm近くも高い位置にアイポイントを維持している。
インテリアの雰囲気は、3代目、つまり先代で構築されたデザインアイコンを上手に継承しつつ、さらに質感を向上。清潔感とゴージャス感を見事に両立させている。先代では若干繁雑な印象もあったスイッチ類は新型では巧みにまとめられ、シンプルなデザインをさらに強調することになった。また、本革レザーやウッドパネルなどの上質な天然マテリアルを多用しつつも、それらのほとんどがサステナブルな素材であることにも驚かされた。
一方リアシートについては、不整地においてフロア底部やデフシステムなどが路面にヒットしてしまう、いわゆる「亀の子スタック」状態を避けるため、ホイールベースを必要以上に延ばすことを敢えて避けているがゆえに、足元スペースはロールス・ロイスやベントレーなどには及ばない。しかし、その点を除いてしまえばリアコンパートメントは豪華かつ居心地の良い空間。その気になれば、運転手つきのショーファードリヴンにも充分使用できるだけの居住性を実現している。
この居心地のよさを実現した最大の功労ポイントは、SUVとしては圧倒的と言うほかない静粛性であろう。前席/後席を問わず、ロードノイズや風切り音は極めて低いレベル。エンジン音も、アクセルを深めに踏み込んだ時だけは「フォロロロ」という気持ちよいハミングを聴かせるが、それ以外の領域では静寂に包まれることになる。また、従来型「スーパーチャージド」では微かに聴こえていた機械式過給音の作動音も、新型ではまったく聞きとることができないレベルにまで抑えられていた。
全グレードに標準装備(最上級の「オードバイオグラフィー」はサラウンドシステムも追加装備)される英Meridian Audioの高級オーディオから流れてくるクリアなサウンドに耳を傾けつつ、快適この上ないクルージングを楽しむことができるのだ。
進化以上の進化
新型レンジローバーでは、前述のとおりエアサスペンションが第5世代に進化した。また現代ランドローバー自慢のシステム、路面状態に応じてパワートレーンやシャシーを最適に制御する「テレインレスポンス」が、「テレインレスポンス2」へと進化したことも相まって、ランドローバー社側ではオフロードでの走破性能も伝統のブランドネームに相応しいレベルを実現していると主張している。
残念ながら今回のテストドライブでは、会場およびスケジュールの都合で、歴代レンジローバーが得意としてきたオフロード性能の進化ぶりを試すことはできなかったものの、これまで1度として期待を裏切ることなど無かった彼らの自信作であること、また既に海外でオフロード試乗を済ませてきたジャーナリストの意見を総合すれば、新型レンジローバーのオフロード性能は、先代をも上回るものと確信している。
今回のフル・モデルチェンジついて、ランドローバー社では長らくレンジローバーを愛好してきた顧客たち、あるいはクロスカントリーの王者であるこの車に憧れを持つ潜在的カスタマーたちの強いリクエストを受けて「変化させるのではなく、進化させる」というモットーのもとに正常進化を行ったと標榜している。しかし、新型レンジローバーのできばえを実体験してしまうと、これまでの歴代レンジローバーの中でも、今回の進化は最もドラスティックなものであるかに感じてしまう。
ちょっと大げさに感じられる向きもあるかもしれないが、新型レンジローバーのモデルチェンジには「魔法のじゅうたん」と呼ばれた初代レンジローバーが、1970年当時にもたらしたものにも負けないほどのインパクトがあると考える。また、プレステージ感とオンロード/オフロードを選ばない走行マナーの良さは、ある意味「原点復帰」とも言える。
現代では、ほぼすべてのプレミアムカー・メーカーが高級SUVモデルを持つ中、クロスカントリーおよびSUV車専門メーカーたるランドローバーの面目躍如とも言うべき1台となった。新型レンジローバーは、独り「次の次元」へと足を踏み出してしまったようなのである。