インプレッション

メルセデス・ベンツ「Sクラス」

従来のSクラスとは決別した6代目Sクラス

 ダイムラーの乗用車部門であるメルセデス・ベンツ。その最高峰である「Sクラス」が2013年5月にフルモデルチェンジを行い6代目となった。エクステリアは見てのとおり大きな面積がとられたフロントグリルにはじまり、ゆったりとした弧を描くドロッピングラインを採り入れたルーフラインなど、従来のSクラスとは決別した、新世代のメルセデス・ベンツを目指したことが一目で分かる。

 ドイツ本国における当面のラインアップは次の4タイプ。S500(V型8気筒4.7リッター直噴ツインターボ:455PS/71.4kgm)のほか、S400 HYBRID(V型6気筒3.5リッター直噴+モーター:306PS/37.7kgm+27PS/25.5kgm)、S350 BlueTEC(V型6気筒直噴ディーゼルターボ:258PS/63.2kgm)、S300 BlueTEC HYBRID(直列4気筒2.1リッター直噴ディーゼルターボ+モーター:204PS/51.0kgm+27PS/25.5kgm)。これに加えて、S500 PLUG-IN HYBRIDやAMGモデルが追加される。

 現時点では日本への導入時期は確定していないが、年内であることはほぼ間違いないだろう。導入当初のモデルは、S500(S550に改名か?)を筆頭に、E 400 HYBRIDとパワートレーンを共有するS400 HYBRIDあたりではないだろうか。ひょっとすると、AMGモデルも当初からラインアップに加わるかもしれない。

12.3インチTFT液晶画パネルを2つ横に!

S500のインテリア

 それにしても、インテリアの変化には驚かされる。幅30.7cmの12.3インチTFT液晶画パネルを2つ横に並べた(!)インストゥルメントパネルに始まり、新型のステアリングスイッチ内蔵のツインスポークステアリング、ウッドとレザーで大部分が覆われたダッシュボードなど、クルマとしての機能性と、くつろぎの空間としての快適性が高次元で組み合わされている。

 世界中のいわゆる高級車と呼ばれるクルマたちが採り入れている素材は当然ながら多用しているが、ライトスイッチやウインカー、追従型クルーズコントロールである「ディストロニック・プラス」の操作レバーなど、機能性が第一とされる部位には必要以上の加飾は一切施していない。また、操作系もフルロジックコントロールが全盛である車内空間にあって、センターコンソール下のコマンドコントロール部に配置されたオーディオのボリュームや、エアコン吹き出し口脇に設けられた風量調整機構には、運転中のブラインドタッチでの操作性を考慮して、わざわざ専用のダイヤルが設けられた。「最善か無か」を絶対的なセオリーとするメルセデス・ベンツが蘇ったようだ。

 残念だったのは、ここ数年のメルセデス・ベンツ各モデルに見られるように、ハザードスイッチや時計のサイズが非常に小さいことだ。新型Sクラスのハザードスイッチは、コマンドコントロール部に配置されているため、運転中のとっさのタイミングでスイッチに手が伸びるかという安全に関わる根本的な疑問が残る。もっとも、一定以上の減速度を伴う緊急ブレーキでの停止時には、自動的にハザードランプが点滅するため、大きな問題ではないとメルセデス・ベンツの開発陣は考えたのだろうが……。

 ステアリングにはツインスポーク形状を新たに採用した。見た目に美しいツインスポーク形状だが、衝突時の安全性の確保(≒ドライバーへの加害性低減)には技術的なハードルがある。新型Sクラスでは素材や衝突時の変形に対して独自の工夫を凝らすことで高い安全性を確保することができたため、ツインスポーク形状の採用に踏み切ったという。確かに、クルーザーのキャビンのようなインテリアのなかにあっても、このステアリングの存在感は大きく、新型Sクラスの強いアクセントになっている。また、横長インパネを形成する、ややもすると無機質な印象を与えてしまうTFT液晶パネルとのバランスもわるくない。これぞまさしく狙い通りといったところだろう。

 ステアリングを正立させた場合、6時の位置にはメルセデス・ベンツのロゴが入り、2時、10時付近のグリップ部分は周辺よりもひと回りほど太くなっている。複合素材、とかくウッドとの混合ステアリングの場合は、その接合部分の触り心地がわるくなりがちだが、新型Sクラスでは接合部分の素材がお互いに織り込まれるような処理を行っているため、非常に握り心地がよい。

 ステアリングに内蔵される各種スイッチのディレクトリも改められた。従来からのステアリング左右に配置された十字スタイルから、左側は上下メニュー選択、OKボタンに加え、ホーム/リターンスイッチ、さらに音声発話ボタンのオフスイッチを配置し、右側はオーディオ系の音量上下と携帯電話の発話/終話ボタン、さらに音声認識の発話ボタンとオーディオ系のミュートボタンをそれぞれ配置した。

455PS/71.4kgmを発生するV型8気筒4.7リッター直噴ツインターボエンジン搭載のS500

期待通りの加速フィールを堪能させてくれる「S500」

 さて、見どころたくさんの新型Sクラスだが、日本導入に先立ちドイツ本国仕様車を用いた国際試乗会が、初夏のカナダ・トロントで開催された。メルセデス・ベンツのフラグシップであれば、生まれ故郷でこそ本領を発揮するのではと思われたが、いまやアジア地域での影響力を考えた結果、世界最大規模のチャイナタウンがある街、トロントでの開催となったと言う。

 試乗したのは、V型8気筒4.7リッター直噴ツインターボを搭載する「S500」のロングホイールベース仕様。ちなみに従来モデルまでのSクラスでは、ショートホイールベースを基準にロングホイールベースを派生モデルとして設計していたが、新型Sクラスではロングホイールベースを基準として設計が行われた。変貌を遂げる市場特性もさることながら、一旦幕を閉じるとされる「マイバッハ」との兼ね合いも少なからずあるのだろう。

 試乗コースは、トロント市内から北に位置するムスコカ湖を目指しつつ、さらに北部へと進む全行程500km程度の道程で、途中、湖近くのムスコカ空港ではアクティブセーフティとパッシブセーフティのデモンストレーションにも参加した。

 スタート地点。重量感あふれるドアを開け、フロントシートに乗り込みエンジンをスタート。右手でダイレクトシフトをDに落とす。センターコンソール左下のシフトモードボタンではE(エコノミー)モードを選んだため、メーターパネル中央には2速発進を示す「D2」が表示される。右足に少しだけ力をこめEPB(電動パーキングブレーキ)の自動解除を待ってから、ゆるやかに発進。先代同モデルとの比較で100kg程度軽くなった車両重量のおかげで、タイヤのひと転がり目からボディーサイズを感じさせない非常に軽やかな身のこなしが心地よい。

 スタートからのアクセル踏み込み量を維持したままでは、わりとゆったりとした加速感に終始する。往年のメルセデス・ベンツが大切にしてきた優雅さは新型Sクラスでも健在だ。ただ、新たなメルセデスユーザー、もしくは新型Eクラスあたりのオーナーからすると、ややもっさりとした動きに感じられるかもしれない。ただ、これは演出の1つであり、これまで同様、やや深めに設計されたアクセルペダルを必要に応じてじんわり踏み足すことで、静かに沸き立つエンジン特性に重厚さが加わり、望み通りのストレスのない加速力を披露してくれる。

 静粛性も格段に向上した。Cd値0.24(S300 BlueTEC HYBRIDは0.23!)と、7月24日に日本デビューする「CLA」のCd値0.23に迫る空気抵抗係数もさることながら、ボディーそのものの遮音性が高められたことで、快適性は確実にワンランク以上アップした。また、先代と比べて低回転域でのタービンノイズが気にならなくなったあたりも、ショーファドリブンを見越した新型Sクラスならではの配慮だろう。

 高速道路に合流するための加速車線では、秘めたるパワーを炸裂させたいという衝動を抑えつつ、自分がオーナーとなったつもりでキックダウンに頼らずに、直噴ターボが得意とする低回転域からの十分な過給効果を味わうよう、ゆっくりと、そして深くアクセルを踏み足してみた。すると、新型Sクラス専用のエンジンマネージメントと新たなDBWロジックが与えられたM278型エンジンは、2015kgと決して軽くはないボディーを71.4kgmのビック&フラットトルクに乗せながら、力強く底知れぬ安定感を伴った期待通りの加速フィールを堪能させてくれた。

 しかしながら、ひとたびアクセルを深く踏み込めば、すぐさま455PSが本領を発揮する。日本仕様の現行型「S550」(欧州では先代S500)が搭載する同型エンジンから20PSパワーアップ(トルクは同一)しただけでなく、最高出力の発生回転数が従来の5250rpmから、5250-5500回転までとトップエンドでのパワーバンドが拡がっているため、7Gトロニック・プラスとの相性がさらによくなった。なかでも、2-4速の間で繰り広げられる加速Gは強烈で、スピードメーターの上がり方は先代「S63 AMG」のそれに近いのだが、暴力的なところは一切なく、フラットトルクエンジン特有のシームレスな加速感に終始する。

 高速巡航時のマナーも基本はジェントル志向だ。シフトモードをEモードに固定したままでは可能な限りキックダウンをさせない走りに徹してくれる。しかし、Sモードでは同じアクセルワークでも踏み始めのスロットルが開き気味になり、キックダウンタイミングも早期化。また、より高回転域までギヤ段を保持するなど走りのキャラクターがガラリと変わる。下り坂では、勾配センサーの判定に加えてブレーキ踏力に応じてシフトダウンも行われるなど、メルセデス・ベンツが全シリーズで大切にしている能動的な一面もしっかり確認することができた。じつは、ロングボディをベースに設計されたと知った時、こうした能動的な部分は鳴りを潜めてしまうのではないかと心配していたが、まったくの杞憂。むしろ、ドライバーズカーとして、これまで以上に積極的な走りが楽しめることがわかった。

 燃費性能もドイツ本国のカタログ公表値に近い。S500で都市/高速道路の混合道路を走行した場合の燃費性能は、100kmあたりのガソリン消費量で9.1~8.6L(10.98~11.62km/L)とのことだが、実際の試乗でも平均車速89km/hで88kmを走行した場合で、8.7L/100km(11.49km/L)を記録した。余談だが、「S500 PLUG-IN HYBRID」のkmあたりのCO2排出量は74gと、S500の66~63%という驚異的な数値を示す。

 今回は、新型Sクラスのエクステリアとインテリア、そしてロードインプレッションを中心にお伝えしたが、次回のリポートでは、新型Sクラスならではの安全装備を中心に、アクティブセーフティとパッシブセーフティ担当者へのインタビュー、さらに短時間ではあったものの、S300 BlueTEC HYBRIDにも試乗できたので、そのあたりを交えたリポートをお伝えしたい。

S300 BlueTEC HYBRID

S350 BlueTEC

S400 HYBRID

西村直人:NAC

1972年東京生まれ。交通コメンテーター。得意分野はパーソナルモビリティだが、広い視野をもつためWRカーやF1、さらには2輪界のF1であるMotoGPマシンの試乗をこなしつつ、4&2輪の草レースにも参戦。また、大型トラックやバス、トレーラーの公道試乗も行うほか、ハイブリッド路線バスやハイブリッド電車など、物流や環境に関する取材を多数担当。国土交通省「スマートウェイ検討委員会」、警察庁「UTMS懇談会」に出席。AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)理事、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。(財)全日本交通安全協会 東京二輪車安全運転推進委員会 指導員