インプレッション
メルセデス・ベンツ「S 560 4MATIC ロング」(車両形式:DBA-222186)/「S 400」(車両形式:DBA-222066)
2017年11月16日 00:00
メルセデス・ベンツのフラグシップである6代目「Sクラス」が大幅なマイナーチェンジを行なった。その変更箇所は6500以上に及ぶという。しかし、実車ではそうした数字だけでは伝わりにくい乗り味に大きな変化が生まれた。筆者は2013年7月にデビューした6代目Sクラスの試乗を行なっており、その後もかなりの回数Sクラスのステアリングを握ってきたが、乗り味の変化には目を見張るものがある。
メルセデス・ベンツでは今回の変更を「マイナーチェンジ」とは呼ばず新型と位置付けているが、今回500kmを超える試乗の機会をいただきじっくり乗って触れることで得られたフィーリングは、従来型とは明らかに違うものだった。それは強化された先進安全技術や一新されたパワートレーンに至るまですべての領域で感じられ、クルマ全体の“まとまり方”にしても違いを大いに実感することができた。
その違いを一言で表現するなら「デジアナ化」だ。人の感性は状況に応じて柔軟に変化することからアナログ的要素が強いと表現される。一方で、その感性はわずか数%の違いを正確に読み取ることができるデジタル的要素も持ち合わせているという。新型Sクラスは、そうした人のアナログ的要素とデジタル的要素の両方に訴えかける巧妙なからくりが仕込まれているのだ。以下、パートごとに紹介していきたい。
インテリアにおける進化
クルーザーのキャビンをイメージしてデザインされたインテリアは、新型となってもその優雅さを保っている。前後左右の各方向に広がりを演出する弧を描いたキャラクターラインと、連続する丸形のエアコン吹き出し口との組み合わせは、6代目として登場した際の大らかな印象そのままだ。ちなみに2013年最初期に設定されていた2本スポークのステアリングだが、今では3本スポーク方式へと改められている。同時にステアリングスイッチも大幅な変更を受けた。
左右対称の物理的スイッチに加え、同じく左右には指の動きで操作できる「タッチコントロールボタン」が設けられている。右ハンドル仕様の場合、右がドライバー側の液晶パネル、左がセンター側の液晶パネルの操作が可能(左ハンドル仕様はその逆)で、ここでの操作項目は左右合わせるとかなり多い。また、階層そのものの縦と横の2次元で構成されているところから覚えるまでは一定の時間が必要だ。が、しかし、実際には操作をしていくうちに機能や操作方法が自然と頭に入ってくるため、慣れてしまえば今度は一転して手放せなくなるのも事実。筆者は20年以上、こうしたステアリングスイッチの付いた車両が愛車(S204型メルセデス・ベンツCクラスとの付き合いは9年)だが、階層を理解してしまえば目線をスイッチに落とさないブラインドタッチが容易に行なえることから重宝している。
驚いたのは、ACCとステアリング操舵支援機能の組み合わせである「アクティブディスタンスアシスト・ディストロニック」の操作が、これまでのステアリングコラムからはえる専用のレバー方式であったものが、このステアリングスイッチ内に移設されたことだ。レバー方式の場合はステアリング位置にかかわらずコラムの左側にあったものが、今回から右ハンドルでは右側に、左ハンドルでは左側に装着される。筆者は長年、このレバー方式に慣れていたためやはり最初のうちは戸惑ったものの、新方式も操作してみればしっかりとしたクリック感がレバー方式から継承されていて、ブラインドタッチがしやすかった。ちなみにこの新方式は、機能がこの先も増え続ける高度な運転支援機能に対する準備であるため、いずれAクラスを含めたメルセデス・ベンツ各モデルに採用されるだろう。
従来型同様、画面幅30.7cmの12.3インチTFT液晶画パネルを2つ横に並べたインストルメントパネルだが、表示方法が格段に増えた。表示方法の基本構成は2016年に新型となったEクラスに準じていて、左右の液晶パネルは独立設定可能だ。ドライバー側モニターのおすすめは、ブルー基調の各種計器盤(≒デジタル的要素)が表示される「プログレッシブモード」だ。一見すると上質なインテリア(≒アナログ的要素)にはそぐわないようなのだが、運転操作をしているとなぜかしっくりとくる。
こうしたデジアナ化が人の感性にフィットすると思える最大の要因は、近年のメルセデス・ベンツが注力している「インテリジェントドライブ」の具現化だ。インテリジェントドライブとは、先進安全技術群である「レーダーセーフティパッケージ」にはじまる高度な運転支援機能の総称であり、新型Sクラスでは他車や歩行者との接触を抑制する基本機能の強化に加えて、スマートフォンを使った駐車支援システムである「リモートパーキングアシスト」(動画あり)など自律自動運転を見据えた機能を組み合わせている。
新型Sクラスのインテリジェントドライブでは、前述したレーダーセーフティパッケージのほかにも車両が搭載している複眼光学式カメラ/周波数違いのミリ波レーダー/超音波ソナーなどを万が一の緊急時だけでなく、通常の平常運転時からドライバーを見守るガーディアンモード的に使う場面が劇的に増えている。よって、ドライバーとしてはそのセンサー(システム)の状況を常に理解しながら運転操作を継続することが求められる。
先のドライバー側モニターのプログレッシブモードでは、アクティブディスタンスアシスト・ディストロニックにおけるセンサーの認識状況と、前走車と自車の速度差が積層化された針の動きによってデジアナ化されており、計器を見た瞬間に状況の判断ができる。さらに、画面で主として使われている表示用の3色(青:全体の構成色、白:機能表示の色、緑:制御ONの状態を示す色)がみごとに役割を分担していることから、メーター内に目線を落としたとしてもわざわざ目の焦点を目的の情報画面に合わせる必要がなく、その意味で運転中の眼精疲労軽減には大きな効果を実感できた。
ただ、こうした恩恵はたとえばディーラーでの短時間試乗ではなかなか得られない部分だが、作り手のメッセージはこうしたところからも確かなものとして感じられるので、機会があれば意識していただきたい。2015年3月、メルセデス・ベンツの自律自動運転プロトタイプに同乗試乗した際、開発担当者の1人であるアレキサンダー・マンカウスキー氏は「移動中のストレス低減には車内での適切な色の配分が必要」と語っていたが、新型Sクラスでは早くもこうした取り組みが商品化されている。
S 560とS 400を比較する
では、新しいパワートレーンはどう“デジアナ化”したのか? 試乗したのはV型8気筒4.0リッターツインターボを搭載する「S 560 4MATIC ロング」と、V型6気筒3.0リッターツインターボを搭載する「S 400」の2台だ。S 560というネーミングは2代目Sクラス(W126型)で一躍有名となった復活名で、従来型でのS 550に代わる新型Sクラスの中核モデルとなる。スペックは最高出力469PS/5250-5500rpm、最大トルク71.4kgm/2000-4000rpmで9速ATが組み合わされる。4MATICとは4輪駆動のことであり、Sクラスは後輪寄りの駆動配分をベースに適宜、前輪の駆動力を増やすトルクコントロールを行なう。
対するS 400は、従来型での「S 400 h」に代わるモデルだが、新型ではディーゼルハイブリッドモデルである「S 300 h」が整理されたことから事実上、このS 400がボトムグレードとなる。スペックは最高出力367PS/5500-6000rpm、最大トルク51.0kgm/1600-4000rpmでこちらも9速ATが組み合わされるが、ボア・ストロークは88.0×82.1mmとシリーズで唯一ショートストロークとなる。駆動方式は後輪駆動のみで4MATICの設定はない。
S 560は伸びやかで力強い加速を示すが、その一方で微速域における加速力のコントロール幅も実に広い。アクセルペダルのストローク量はメルセデス・ベンツ各モデルや、ライバルであるBMW 7シリーズやアウディ A8(本国での旧型)などとそれほど違いはないのだが、踏み込み加減に応じた加速度の演出が非常に巧みで操作もしやすい。この傾向は2013年の6代目登場当初からあったのだが、新型ではさらにドライバーのコントロール領域は広げられている。今回の取材は終始3名での移動だったので、発進時は後席に座る乗員の頭がぶれないよう“お抱え運転手”的に丁寧な運転を心掛けようと意気込んでいた。
が、しかし、肩透かしを食らったかのようにフワッとした、まるで新幹線(N700A型)のような滑走スタートがいとも簡単に行なえた。25年以上前からメルセデス・ベンツの多くのモデルでは2速発進が常であり、今でもドライブモードの選択によって発進ギヤ段が2速となることからこうした滑らかな発進性能はたやすいと思われがちだ。しかし、実際にはトルクコンバーターのステーターによるトルク増幅効果を鑑みた滑らかな加速フィールの演出は、想像よりも技術的なハードルが高く、70kgm以上の大トルクを低回転域から生み出すエンジンであればそれはなおさらだ。新型Sクラスではここにもデジタル的要素を用いて人の感性に合致する体感シーンを生み出している。ともかく、アクセルペダル操作に対して必要以上に気を遣わなくて済むという点は、現代においても上質な走りの演出には欠かせないということが改めて理解できた。
S 400はシリーズ唯一のショートホイールベースボディ(3165mm→3035mm)で車両重量も250kg軽いことから軽快感が強い。また、ショートストロークのエンジンながら巧みなターボの過給制御が功を奏し、一般的にはブースト圧が高まりにくい1600rpmから最大トルクを発揮する。もっとも、さすがに過給効果が現れにくいアイドリング直近の1000rpmあたりからの発進時はややもっさりとしているし、その後のアクセルペダルの踏み込みも直後に高まるトルクカーブを見越した丁寧な操作が要求される。このあたりはダウンサイジングターボが唯一、苦手とする領域だ。とはいえ、ひとたびタービンの回転が安定すると、先の緻密な過給制御によってモーター駆動のように滑らかで力強い加速が体感できる。といったことから、筆者のベストグレードはこのS 400だ。
さて、新型Sクラスの代表的な2グレードに触れてみたわけだが、筆者の感じた“デジアナ化”はおそらく今後のメルセデス・ベンツ各モデルへと展開されていくだろう。その理由として、近い将来に訪れる自律自動運転技術の市販化が挙げられる。また、自律自動運転の世界では今以上に機械(システム)の状況をドライバー自身で把握することが求められ、同時にドライバーの状態をシステムが把握できているという相関関係も重要視される。人と機械(システム)との協調運転の上に成り立つ自律自動運転を見据えた今、人とクルマの1対1の関係に、外界との通信を行なうコネクト技術など複数のデジタルデバイスが次々と入り込んでいく。そこでは、新型Sクラスのようにデジタル的要素をスッとドライバーへと伝えてくれるアナログ的要素の確立が求められてくる。