インプレッション
GT-R元開発主査・水野和敏氏が率いる台湾 Luxgen「U6」シリーズ(2017年ビッグマイナーチェンジ)
2017年11月16日 06:00
「日産GT-R」の2013年モデルを開発後に日産自動車を後にした水野和敏氏。最後の置き土産として残された2013年モデルは、現在のようにNISMOバージョンを有していないにも関わらず、ノーマルグレードながらもサーキットをきちんと走り、まさに有終の美を飾ったようにも感じたものだ。2007年に登場してから毎年のように改良を続け、地道に成長してきたR35 GT-Rは、当初の無機質な感覚もなく、まるで血が通ったかのようなインフォメーションと質感、そして無駄な動きを一切排したことで確実なトラクションをもたらし、ある意味完成の域に到達できたように思える。
その後の水野氏は、台湾メーカーのクルマを開発し出したと耳にした。それがようやく形になり我々の目の前に登場。それがLUXGEN(ラクスジェン)「U6」である。日本で販売する予定は今のところないとアナウンスされるクルマではあるが、実は日本の技術が満載されていることは別記事で紹介したとおり。水野氏が率いる開発グループが2年半の歳月を費やし、フルモデルチェンジといっていいほどの改良を施したこのクルマは、一体どんな走りを展開してくれるのだろうか?
スポーツバージョン「U6 GT220」を本コースで試乗
まずはその進歩を知るために、ベースとなった「U6 GT」の15年モデルに試乗する。水野氏曰く「このクルマもU6のプロジェクトに参加して3カ月間だけ手を入れてリセッティングしました。工場の組み付け精度などにも口を出して見直したんですよ」とのこと。とりあえず着手した程度だというクルマだが、果たしてどう走るか?
舞台となるオートポリスのピットを後にすると、走り始めから正直に言えばやや質感の低さを感じる。それを色濃く感じるのはステアフィールだ。操舵感がかなり薄く、操作に対して曖昧な動きを示している。コーナリングすればリニアとは言い難く、ライントレース性能も甘い。サーキットで高Gを連続させるとその印象はより強くなる。対角ロールが大きく、ブレーキング時にリアがめくれ上がるように動くこと。さらにピッチングもロールも大きいことが気になる。また、低速トルクが薄く、スロットルのリニアさもないことが気になるところだ。これはスロー走行をしてみても同様の印象であり、クルマとの一体感が薄いことは攻め込まなくても感じるところ。ここから楽しさをどう追求していくのか? ここからが水野氏の腕の見せどころだ。
欧州のトップブランドに追いつくことを目標に開発が行なわれたというスポーツバージョンの「U6 GT220」に乗り換えてみると、第一印象からして別のクルマのようだった。
ステアリングの確実な手応えと応答性は飛躍的に向上。微操舵域からクルマがみごとに反応をはじめ、深く操舵するところまでクセなく応答を続けてくれる。SUVにも関わらずまるでホットハッチのような身のこなしを展開し、サーキットを駆け抜けることを可能にしたこと、これは驚くばかり。ロールやピッチをみごとに収め、フラットに走るようになったことも見どころだった。
ブレーキのタッチと確かな制動力もまた魅力の1つ。ニュートラルに狙ったラインに乗せていけるハンドリングはみごとだ。ブリヂストンとタッグを組んで開発を行なった「DUELER H/P」は、市販のものとはまるで違いケース剛性を飛躍的に向上。RE050のトレッドパターンをベースに改良が施されたと聞く。また、高剛性のレイズホイールもまたフィーリング向上に役立ったのだろうし、サーキットにセッティングルームを完備して開発を行なったというビルシュタインショックアブソーバーもまたかなりの効果を発揮したのだろう。これまでに培った水野氏のノウハウが注ぎ込まれていることを肌で感じることができるほどのものだった。
ただし、ステアリングの操舵にやや力を要するところは気になったが、スポーツモデルとして考えればコレもアリか!? また、フル制動時にはリアの接地が甘くなり動き出すことも気になるが、初期の旋回のきっかけ作りにもなっているから、狙いなのかもしれない。いずれにしても、SUVでサーキットをここまで楽しめるようになったことは興味深い。
東名エンジンの手が入ったというパワーユニットもなかなかだ。0-100km/h加速でおよそ1秒も短縮したというエンジンは、低速からシッカリとしたトルクを発生し、スロットルのツキもよく加速を重ねてくれる。ややエンジン音が大きいのはご愛敬だが、スポーツエンジンとして考えれば十分な加速性能だろう。オートポリスはアップダウンが多く、最終セクターではトルクがないとかったるさが際立ってしまうものだが、このエンジンにはそんなところがない。タイトターンで回転がドロップした際に、ATのDレンジのシフトスケジュールがイマイチで、ギヤダウンがスロットルに対してリニアではなく応答が遅れるところが気になったが、マニュアルモードがあるならそれもよしかもしれない。
日本の技術やノウハウが海外に認められた
後に欧州のカントリーロードのようなレイクサイドコースをベーシックモデルのU6 GTで走った。オールシーズンタイヤを装着したモデルであり、足まわりにはビルシュタインショックアブソーバーを装備しないクルマだが、以前のモデルに比べればこちらもまた別物と言える仕上がりを見せ、荒れた路面でも無駄な動きをすることなく、一体感のある走りを展開していたことはさすがだと思えた。フル制動時の動きやATのスケジュールなどについてはU6 GT220同様のクセを感じた部分もあるが、ベーシックモデルであり、オールシーズンタイヤを装着する足枷がありながらも、きちんとした運動性能を有していたことは素晴らしい。
クルマの開発から生産時の精度についてまで言及を続け、育てることを得意とする水野氏が手掛けた今回のプロジェクトは、たしかに欧州トップブランドと比べてもよいかと思えるレベルに達してきたように感じることができた。だが、そこを超せるのはきっと次期型が登場する時のことだろうというのが正直なところ。自らがイチから手掛けたわけではないクルマでありながら、ここまで成長させたことは現行U6の完成形といっていい。その姿はまるで、GT-Rの初期型が2013年モデルに到達したころを見ているようだった。
それは嬉しくもあり悲しくもある複雑な心境だ。見ようによっては日本の技術の流出のようにも感じるし、かつてGT-Rに乗っていた人間からすれば裏切られたような感覚もある。けれども、裏を返せば日本の技術やノウハウが海外に認められたと捉えることもできるかもしれない。
日本のサプライヤーの技術力、そして水野氏が持つクルマを纏める能力、さらには開発陣の見極める眼力の上にU6の成功がある。運動性能モノに関してはあらゆる分野において欧州こそが正義とされてきたが、それが変わるきっかけになればと願わずにはいられない。水野氏の今後の動きに注目だ。