インプレッション

トヨタ「ノア」「ヴォクシー」の福祉車両「ウェルキャブ仕様車」

「ノア」「ヴォクシー」の福祉車両「ウェルキャブ仕様車」

「ノア」「ヴォクシー」をベースにスロープを装着した車いす仕様車。車いすを搭載しやすいよう工夫されている

 日本の高齢化に合わせてハード、ソフトを含めた福祉関連商品が注目を集めているが、自動車も例外ではない。各メーカーとも福祉車両をラインアップしており、その中でもトヨタ自動車はラインアップが豊富なこともあってシェア70%を誇る。が、それでも同社の総販売台数の1%にも満たない。65歳以上の高齢者人口が2007年、すでに21%を超えていることを考えると意外と少ない比率だが、これにはリセールバリューや、その後のことを考えて躊躇することで普及しにくい背景がある。

 少しでも福祉車両の普及を促進しようという試みが、今回紹介する「ノア」「ヴォクシー」の福祉車両(トヨタでは「ウェルキャブ」と呼ばれている)にも応用されている。ウェルキャブには介護式(乗せてもらう)と自操式(自分で運転する)の2種類があるが、今回紹介するのは主に介護式のスロープ車両だ。ラゲッジスペースからスロープを出し、車いすやストレッチャーをそのまま乗せ、車いすなどを固定して移動できる。

 このように記載すると簡単そうだが、ここに至るまでは大きな経験が受け継がれてきている。まずは車いすを乗せ易くするために、ボディー後方のフロアを低くする必要がある。トヨタでは初代「ラクティス」の車いす仕様車から専用設計を採用。工場の生産ラインで通常のラインアップ車と一緒に、専用の低いフロア形状で生産するようになってる。これが2代目のラクティス、そして今回のノア/ヴォクシーへと継承されている。従来のように完成車を加工してフロアを切るような必要がなく、コストダウンに大きく貢献しているという。

 これだけでもかなり乗降性は向上するが、車いすを押し上げながら収納するにはスロープの角度がまだきつい。そこでリヤ側をエアサスに変更し、リアの車高を下げられるようにした。さらにスロープを2段引き出しとして長くすることで、角度を緩くして乗降性を向上させている。また、オプション設定のウインチ機能を装着していれば、介護者は大きな力を必要としない。これらは最初の手順さえ踏めば誰でも簡単に行える。

トヨタ自動車 製品企画本部 ZU主査 中川茂氏と。中川氏は、ウェルキャブ車の開発を行っている
中川氏とスロープ談義。スロープの収納方法や、構造などさまざまな工夫が盛り込まれている

 実際に介護者になってノアのウェルキャブ車で車いすを収納してみた。リアゲートを上げて、左側にある黄色い車高調整スイッチを長押しすると約20秒で60㎜下がる。目の前には大きなスロープが立ちはだかるが、簡単に手前に倒せ、また2段階で引き出し式になっているのでスロープを長く取ることができる。このスロープには滑り止めの溝が切ってあるが、端の部分が凹状になっており、スロープを引き込んだ時も砂利が噛みこまないように工夫されている。ちょっとしたことだが、これが雪国などでは大きな使い勝手のよさにつながっている。

 さらにロック解除スイッチを押して車いす牽引用のフックを掛けて、車いすを押し上げる。そのままセカンドシート左側の位置まで牽引フックのガイドに従って車いすを押し込み固定したら、車いす後端にも牽引フックをひっかけ、ロックスイッチで車いすを固定する。

 文章にすると長いようだが、これらは1度経験すれば、誰でもすぐに使える。介護者にとってストレスのないシステムだ。

自分が他人を介護する立場で実際に体験してみた。黄色い車高調整スイッチを長押し
次にスロープを引き出す
車いすを収納するエリア
車いす牽引用のフック
ベルトを引き出して車いすにフックを掛けるとき、一時的に置いておけるよう、ラゲッジ側面の収納スペースにゴムが使われている。便利に利用できつつ、もしベルトに足を引っかけても転ばないようにとの配慮
車いすをスロープ近くまで持ってきた
車内から牽引用ベルトを引き出し、車いすにフックを掛ける
重さを確認するため、トヨタのスタッフに車いすに乗ってもらった
このリモコンキーで、牽引フックを巻き上げることができる

 今回使用した車いすはトヨタ製で、通常の車いすより大きく、少し重い。その理由は車いすをクルマの中に固定して、ある程度の衝撃に耐えられるようにしていること、シートバックを大きくしてヘッドレストを装着していること、それにシートベルトをきちんと締められるように、車いす側の形状を変えて腰骨の両サイドを開けているためだ。

 ノア/ヴォクシーの場合、車いすは1台ではなく、同様にサードシート部分中央に固定できる。パッセンジャーは車いすを除き、3名乗車となる。実際に車いすに乗って公道をドライブしてもらった。ヘッドクリアランスは結構あるが、かなりアイポイントが高い。また、車いすは背もたれが直立に近い形なので、背筋に負担がかかる。介護する側も大変だが、される側も普通のシートのようにはいかないので、それなりにパワーが必要なことが分かった。車載を中心に考えた車いすならもう少しできることがある、とは開発者の弁だ。

車いすに乗った状態で一般公道を走ってもらった。上体が起きた形で座るので、背筋が疲れやすいなど新たな発見もあった
インプレ用にメモを取り中

 車いすを降ろす時はその逆の手順でこちらも簡単にできる。シートベルトは車いすのホイールのスポークを通して装着するために手が入りにくかったりするが、介護者がやりやすく誤操作がない様に車いす側とクルマ側の両方から検証していく必要がある。

 また、一般的な車いすは、スロープ車に固定して使用する際に、事故にあった時に強度を保てるかは不明な部分もある。安全をどこまで担保しなければならないか難しいところで、だからこそ運転手が注意を払う必要がある。

 トヨタでは福祉車両に関して、開発した技術を自社だけのものとせず、他社でも使用できる技術を提供し、同時に価格を下げることで普及を目指している。それだけではもちろんないが、現在、各メーカーとも福祉車両をラインアップしており、これまで外に出ることが少なかった要介護者が外出するチャンスを増やしてくれる。これからの社会にますます必要とされる車両だろう。

 ノア/ヴォクシーのウェルキャブではセカンドシートの左側は装着されていないが、もし必要なら、ディーラーオプションでセカンドシートをボルトオンで装着でき、通常の4人乗りとして使える。またスロープは従来は垂直に立ったままだったので荷物の収納の障害になっていたが、これも前に畳めるので、広い荷室を持ったミニバンとして使用できるのも特徴だ。

車いすを運ぶ必要がなくなったら、通常のシートを取り付けられる工夫もされている。これは、要介護者を抱える家族がウェルキャブを購入しやすいようにとのこと。普通のクルマとして使える工夫が盛り込まれているので、積極的にウェルキャブを検討していただきたいとのことだ。トヨタでは、全国に「ハートフルプラザ」を展開し、購入相談に乗っている

 さて今回のノア/ヴォクシーを含めたミニバンや乗用車タイプのウェルキャブは個人使用にフォーカスしたモデルで、日常使用での利便性を高めることで、さらに普及することが考えられる。

 このほかにも乗降性に優れたリフトアップシート、自操式で車いすをルーフに自動格納するタイプなど実に様々なタイプの福祉車両があり、専門業者による介護者/要介護者が使い易くカスタマイズされたものもある。健常者が気が付かないだけで実に多様な種類が存在しているのだ。

 これらのモデルは当然高価になるが、免税措置、補助金があるので、思ったほど高価ではない。例えば、ラクティスでのスロープ車で30万円増くらいだという。オークションではハイエースなどのリアスロープ付き業務用福祉車両はすぐに取引が成立するようだが、リフトアップシート車等のリセールバリューはこれからのように思う。それでも販売会社によってはウェルキャブ車を重視する様になったが、より普及させるためにはメーカーの垣根を越えた手軽に利用できるネットワークが必要ではないかと感じた。

こちらは車いすのままではなく、シートに移動してから乗る「リフトアップ」タイプのクルマ
これは、自分で運転をするためのフレンドマチック仕様車。ウェルライドという乗降装置を搭載しており、車いすを自分で積み込むことができる
車いすから運転席に乗り込めるトヨタのフレンドマチック ウェルライド仕様車の動作デモ

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会長/12~13年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:安田 剛