西村直人のインテリア見聞録
【連載】西村直人のインテリア見聞録
第3回:BMW「i3」
(2014/7/23 11:30)
乗る人すべてに電力駆動を意識させるインテリアデザイン
当連載のために、改めてBMW「i3 レンジエクステンダー」と1泊2日付き合ったのだが、奇抜であるのはエクステリアよりも、むしろインテリアデザインだったことが分かった。見た目には確かに近未来的で落ち着いており、故にどこか無機質な雰囲気を醸し出しているため好き嫌いが分かれる部分があるのだが、乗る人すべてに電力駆動を意識させるには(よくもわるくも)これくらいの違いが設けられていたほうがよいだろう。
ご覧の通り、ドアは観音開きの形状で、前席に座るには通常のドア形状と使い勝手の上で何ら変りはない。しかし後席に座るには前ドアを開け、文字通りの観音開き状態にしなければ乗り込めない。ちょっとした荷物を後席足下スペースに置きたい場合などにはちょっとやっかいだ。ただ、後席へのアクセス性をみればこの観音開きが功を奏し、小さな後ドアであっても前ドア部分と合わせると開口面積が非常に大きくなり、かつ前席のシート位置をその都度、前へと動かさずとも乗り込める。例え4名乗車であっても、結果的に発進するまでにかかる時間が少ない。
運転席に座る。チルト&テレスコ機能付のステアリングは上下前後ともに調整幅が大きく、身長150cm中盤台の人でも正しいドライビングポジションをセットしやすいことも分かった。また、その際も助手席側ドアミラーの鏡面調整領域が広いため、前寄りのドラポジであっても、しっかりと鏡面を合わせることができる。最近では一部の国産車であってもこうした状況下での調整がうまく行えず、鏡面位置が適性位置から左側、つまり外側になってしまうモデルが多いなか、i3は非常に高く評価できる。
とはいえ、筆者の身長(170cm)だと、しっくりとくるドラポジになかなか巡り会わない。正確には運転するために必要な正しいドラポジはほぼ一発で決まるのだが、2枚設けられた液晶モニター(運転席前とダッシュボードセンター)の視認性と、左手で操作することになるセンター下部に配置された「iDriveコントローラー」の操作性を両立させるには微妙な位置調整が座面(前後と高さ)、バックレスト(角度)ともに必要だ。これにはバッテリーを抱えるドライブ・モジュールが床下にあるためフロアが若干高いことも影響しているのだろう。また、開放感あふれるキャビンはアップライトなドラポジを許容してくれそうなのだが、実際は3シリーズセダンのように足を若干だが前に投げ出すようなドラポジが基準値である。
ステアリングコラムの右脇からせり出したシフトノブは、直感的に操作するために生み出された形状だ。これまでBMWのAT車では、一部を除きセンターフロア方式を採用してきているが、現在のシフトノブ形状になったころ、その独特の形状に加えて独自の安全性を考慮した操作性(従来のメカニカル式ノブを押してのシフト操作ではなく、フルロジック式ボタンを押しながらのシフト操作)に違和感を抱くユーザーが多いと聞いたが、一度自分のものにすると非常に便利でシフトミスを誘発する割合が圧倒的に低い。また、シフトノブのシフト表示部につけられた絶妙な曲面と、ふくよかな立体で構成された樽型のようなノブ本体の形状は、シフトノブでのマニュアルシフト操作がとても容易に行える。
例えば、運転中にブレーキングしながらシフトノブに手を伸ばしシフトダウンを行う場合、ブレーキングしていることから自分の身体にも前のめりになる力が働くため、どうしても前方向への力が余計に掛かる。その際でも、独特なシフトノブ形状は余分な前方向への力を吸収してくれるため、掌に込めたシフトダウンをするための力を適確に汲み取り、結果的に最適なタイミングでのシフトダウンが行える。
それからすると、i3のシフトノブはいかにもデザイン性を高めるための演出かと当初は思われたが、付き合っていくにつれ、じつはそうではないことが判明した。システムのパワースイッチも兼ねたシフトノブは、前進(Dレンジ)は前側に一度回すだけ。しっかりとしたクリック感があるためブラインドタッチも容易だ。またその際、ドライバーがシートベルトを装着していれば、電動パーキングブレーキには自動解除機構が働くため、わざわざ左手でセンター下部に配置された電動パーキングブレーキを解除する必要がない。つまり、右手の指でパワースイッチを1回押し、ノブをつかんで前に一度回すだけでi3をスタートさせることができるのだ。
以前、Car Watchでリポートしたロードインプレッション(http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/20140516_647980.html)でも報告しているが、まさにこのシームレスな発進までのプロセスは、モーターサイクルの気軽さに近い。このi3に対して、BMWではシティコミューターを想定したHMI開発を念頭に置いてきたというが、まさしく非常に大切に育まれてきた部分だと感じられた。パッと乗り込みシートベルトを締め、右手の2アクションでいざスタート。言うなれば、これもピュアEV&レンジエクステンダーという新たなパワートレーンを意識させる演出の1つなのだろう。言葉はわるいが、みごとにその術中にはまってしまった。
新しいパワートレーンを手に入れることの意義や意味をクルマ全体で表現
一方、新たな試みには多少の調整が必要だ。運転席前のメータークラスターには5.7インチのTFTパネルが収まり、車両速度、バッテリー残量、航続可能距離、距離計、ヘッドライトなどの点灯状態が表示されるのだが、いかんせんそのアイコンや数値が非常に小さい。TFTだから解像度は高くハイコントラストだが、パネル面積に対して情報量が多いため判読率が低いのだ。加えてACC使用時はその作動状況もこのパネル内に表示するためさらに賑やかだ。
ご存知のように、道路交通法第71条第5号の5において、走行中の携帯電話での通話、カーナビのモニターを注視(概ね1秒)することが禁じられているが、カーナビのモニターでなくとも、こうした注視させてしまうようなモニターは改善の余地ありと言わざるを得ない。本意ではないにせよ、ドライバーの視線がモニターに集中してしまう状況は運転操作にとって非常に危険であるからだ。
仮に60km/h走行時、0.5秒間このTFTパネルに目線を落としていたとすると、その間にi3は約8.5m進むことになる。i3の全長2台分と数値にすれば僅かだが、前車との十分な車間距離を保っていたとしても危険な状態であることに変りはない。i3の場合60km/h以下であれば、いわゆる「衝突被害軽減ブレーキ」が機能するが、こうした装備はドライバーのミスによる被害を軽減するもので、日常からそれに頼るのは間違いだ。
iDriveコントローラー上部のタッチセンサー部分では、数字/ひらがな/アルファベットをなぞればそれを認識して、たとえばナビゲーションの目的地設定などに活用できるのだが、右利きの筆者には非常に使い勝手がわるかった。昨今、このタッチセンサー方式のHMI導入が欧州車を中心に進んでいるが、どうにも「ひらがな」にはそぐわない。次世代テレマティクスはこれからの分野だが、個人的にはトヨタ自動車が先に発表した「T-Connect」のようなオンラインでの対話型音声コマンド操作など、より直感的な操作系の充実を望みたい。
ペットボトルなどにも使われるPETから製造されたリサイクル・ポリエステル素材をシートカバーに採用したり、天然素材のユーカリ材をインパネに採用したりするなど、クルマの成り立ちから新たな試みがなされたi3。日産自動車「リーフ」や三菱自動車工業「i-MiEV」は導入当初、電力駆動のメカニズムやリチウムイオンバッテリーによる航続距離、さらには急速充電のメリットを中心にアピールしてきたが、BMWはひと味違った。新しいパワートレーンを手に入れることの意義や意味をクルマ全体で目一杯表現しているのだ。奇抜と思われたインテリアデザインだが、今となっては早くもi3らしさを感じさせる記号性を持ったブランドを確立しつつあるように思えてきた。