インプレッション
BMW「i3 日本仕様」
Text by 岡本幸一郎(2014/3/25 00:00)
屋久島でゼロエミッッション ドライブ
関東地方が大雪に見舞われるなど、たびたび天候に翻弄された2014年の冬もようやく終わり、春の気配が感じられるようになった3月、日本に上陸したばかりのBMW「i3」に試乗するため、鹿児島県の屋久島へと飛んだ。
屋久島に行くのは初めて。なぜ屋久島で、と思われるかもしれないが、それには理由があることをのちほどお伝えしたい。
羽田空港から鹿児島空港へはジェット機のボーイング 767で、鹿児島空港から屋久島空港へはターボプロップ機のボンバルディア DHC8-Q400で移動した。最近はジェット機ばかりだったので、プロペラのある飛行機に乗るのはひさしぶりのことだ。屋久島空港に到着し、マイクロバスで、運転手さんの饒舌な案内に耳を傾けながら宿泊地まで移動。屋久島はほぼ全域が山地であり、海岸まで山が迫ってきているので、移動は外周の海岸線を走る。
屋久島というと縄文杉の印象が強く、筆者も世界遺産に登録された地であることは知っていたが、あまり詳しくはなかった。
屋久島に生える杉のことを「屋久杉」と呼ぶのかと思っていたら、そうではなく、標高の高いところでないと屋久杉にはならないことを初めて知った。そして現在では、屋久杉の伐採は禁止されていて、道路わきに立ち並ぶ屋久杉の工芸品を製造・販売している店舗では、江戸時代に切り出された材料を加工しているらしい。つまり、木材としての屋久杉には限りがあるということだ。
途中、「千尋の滝」という看板が目に入った。なにやら見覚えのある名前だなと思ったら、ジブリ映画と関連があるといわれているそうだ。屋久島に来て早々、興味深い話をたくさん聞くことができた。
この屋久島でEV(電気自動車)とレンジエクステンダー装着のi3による試乗会が行なわれた理由は、島内の電力がほぼ水力発電で賄われている点にある。自然が残る屋久島の地を水力発電、すなわちCO2フリーなエネルギーによる電力で充電した、ゼロエミッションのi3をドライブするところに、今回の試乗会のメッセージが込められているというわけだ。
カーボンモノコックがもたらすもの
自然豊かな風景の中に置いたi3は、よりその奇抜さが際立って目に映った。観音開きのドアを開けると、すでに報じられているとおり、ドアシルなど塗装されていない部分から、このクルマの車体がカーボンファイバーでできていることを、あらためて思い知る。
i3に使用されているカーボンファイバー材は、日本の三菱レーヨン製である。それがまずアメリカ西海岸に輸送され、水力発電により100%CO2フリーの電力を調達したワシントン州の工場で炭素繊維となる。さらに、ドイツに運ばれて布地となり、ヴァカースドルフ工場とランズフート工場で部品に成形され、ライプツィヒ工場で車体に組み立てられる。こちらの工場も風力発電により電力を賄っている。
i3は生産についても徹底してCO2フリーにこだわっているのである。日本に導入されるi3は、まさしく地球を1周して、日本に再上陸することになるというのも面白い。
コストについても、i3は高価なカーボンファイバーをふんだんに用いていながら、500万円クラスの車両価格を実現した点も快挙といえるが、それには会計上の理由がある。というのは、研究・開発・製造に要するコストを、iシリーズだけで回収するのではなく、今後のBMW全体で吸収するという考え方にもとづいて計算したからだ。いずれにしても、これにより大幅な軽量化と低価格化を実現していることには違いない。
インテリアデザインも斬新で、ケナフのような自然素材を、通常であれば樹脂を使う部分に大胆に配しているのも特徴的だ。上屋はカーボンモノコック、シャシーはアルミフレームで、キャビンの下にバッテリーを搭載する。このためフロアが高めになっているが、ドライビングポジションの設定にはヒップポイントをできるだけ低くしようとしたことがうかがえる。
屋久島は「年間400日」とか「月間35日」も雨が降るといわれるほど多雨の地帯なのだが、我々が試乗したときは好天に恵まれた。i3にはピュアEVとレンジエクステンダー装着車が存在し、まずEVのほうからドライブした。
走り出してすぐに気がつくのが、EVとしては車両重量が抑えられているため、運転感覚にEV特有の重さを感じないこと。そしてアクセルを踏み込むと、加速がものすごい。モーターならではの力強いトルク感だ。
アクセルペダルを踏む足の力をゆるめると、回生してグンと減速Gが出る。この感覚は、かつて4年ほど前に試乗したMINIのEVと似ている。
MINI EVのときも最初は違和感を覚えて乗りにくいと感じたのだが、しばらくするとブレーキに踏み替える必要がなく、アクセルペダルだけで運転できてしまうことに新しいドライビングの世界を感じ、これはこれでアリかもと思ったものだ。どうやらBMWは、その路線で行くことに決めたようだ。
当然ながら全体的に当時のMINI EVよりも洗練されて乗りやすくなっているし、車両の重心位置やサスペンションのチューニングのおかげもあって、加減速によるピッチング系の動きが抑えられているため、不快な印象は小さい。
既存の自動車と違って、惰性で転がすという走り方はない。ゆっくり減速したいような状況は、アクセルペダルから足を離すのではなく、踏力を弱めつつペダルを踏んでいることになる。ただし追従クルーズコントロールを適宜セットしておけば、その必要もなくなる。考えてみると実に合理的である。
とはいえ、日本よりも高速域で走る機会の多い欧州のような環境であればそれでよいかもしれないが、40~50km/hで走ることの多い日本の市街地では、アクセルを離した際の減速Gがやや大きすぎる気もした。好みで回生の強さを任意に調整できてもいいかなと思う。
日本仕様は、本国の通常仕様よりも低い1550mmの車高を実現するために、長さの短いMスポーツ用のハードなスプリングを採用している。このため乗り心地が全体的にやや硬めに感じられたのは否めない。しかし、車体の剛性感は高いながらも、カーボンならではの減衰感があり、キャビンには衝撃がダイレクトに伝わらない感覚があり、不快度は低い。軽量化に加え、ここにもカーボンモノコックの恩恵があった。
後席はシート自体のサイズが大きく、頭上空間はあまり広くないものの各部のクリアランスには余裕がある。段差を乗り越えた際などには強めの衝撃を感じるが、通常走行時の印象は概ねわるくない。
南国らしい木々の生えた景色を見ながら、海岸線を走る。樹齢何年だろうか、玄関がガジュマルに覆われた民家もある。車体がコンパクトであるのはもとより、ステアリングの切れ角が大きく、小回りが利くので、狭い場所での駐車が苦にならないところもよい。バックカメラの映像がとても精細だったことも印象的だった。
EV版のi3では、35kmほど走って、ほとんどブレーキペダルを踏むことがなかったことに気づいた。残りの航続可能距離は85kmと表示されていた。たまに加速を試してみながら一般道を走行し、平均速度は35.2km/h。平均電費は6.7km/kWhと表示されていた。
エンジンの存在を感じさせないレンジエクステンダー
続いて、レンジエクステンダー装着車に試乗。EV版との外観の相違点は、本来は標準装着されるタイヤ&ホイールが異なるのだが、今回は同じものが装着されていたので、給油口のリッドの有無のみとなる。EV版とはインテリアのカラーやトリム類、シートのマテリアルなどの設定も違ったのだが、どちらもそれぞれ味があってよい。
このクルマには、リアに650ccの2気筒エンジンが搭載されており、車両重量が130kg増える。車検証によると、前軸重が610kg、後軸重が780kgと、EV版の590kg/670kgに対し、前後重量配分はややリアよりとなっており、操縦感覚においても、注意して乗るとそれが感じられたときもある。
バッテリー残量が75%以下になると、レンジエクステンダーが作動して残量を維持するように設定できるのだが、たとえエンジンが動いてもわずかに音や振動を感じるだけで、その存在はほぼ気にならないといえる。
EVとの実質的な価格差についても、補助金を含めると非常に小さいものとなる(2014年の補助金はまだ決定していないものの、予定ではEV版が40万円、レンジエクステンダー装着車が75万円の補助が受けられるという。補助金がこの金額で決定すれば、EV版が459万円、レンジエクステンダー装着車が471万円と実質的な差は12万円になる)。実際、日本ではレンジエクステンダー装着車の販売比率が圧倒的に高くなりそうで、これは欧州とはまったく逆の傾向だという。
試乗を終えて、「貴重な自然環境・自然資源が世界的な評価を受け、我が国で最初に世界遺産に登録された屋久島にてCO2フリー走行をされたことを証明します。」と屋久島町長名義で記された「BMW i3 試乗証明書」を頂戴した。
来るべきEVの時代に向けて、いろいろと革新的なアプローチをしたi3は、大きな一歩を踏み出したことを感じさせた。また、i3の前衛的な内外装デザインは、EVである以前に、1台のクルマとしても大いに魅力を感じさせるように思えた。さらに、約300kmの航続距離を実現したレンジエクステンダー装着車の存在は、航続距離を重視する日本市場にとっては、とても大きなものといえる。現在、誰でも手に入れることのできる市販車の中で、もっとも先進的なモビリティに違いない。