特別企画
【特別企画】SUPER GTタイヤメーカー インタビュー 2013(ヨコハマタイヤ編)
(2013/10/4 00:22)
横浜ゴムは、日本でトップ3に入るシェアを持つタイヤメーカーで、「ヨコハマタイヤ」のブランドで、乗用車からトラックやバス用のタイヤまで多種多様な製品を提供している。ヨコハマの市販車向けタイヤは、ハイパフォーマンス向けタイヤ「ADVAN(アドバン)」シリーズや、低燃費タイヤ「BlueEarth(ブルーアース)」シリーズなどがあるが、モータースポーツ活動には「ADVAN」のレーシングタイヤを供給し、市販車とモータースポーツ活動のリンクに関しても積極的に取り組んでいる。
実際、YOKOHAMAやADVANのロゴは、どのカテゴリーのモータースポーツでも見かけることが多い。グローバルなモータースポーツ活動としてはWTCC(世界ツーリングカー選手権)へワンメイクでタイヤを供給していることでも知られているほか、日本では全日本F3や、F3の世界一決定戦となるマカオGPのような若手ドライバーの登竜門となるレースにも供給する活動を行っている。
SUPER GTとの関わりも長く、SUPER GTの前身となる全日本GT選手権の時代からタイヤを供給しており、特にGT300では他のタイヤメーカーが1、2チーム程度にしかタイヤを供給していないのに対して、多数のチームにタイヤを供給している。安定した供給能力が問われる難しい状況の中で、GT300においては2009年から4年連続シリーズチャンピオンを獲得。GT500に関しても一貫してタイヤを供給し続けており、特に近藤真彦氏がチーム代表を務めるコンドーレーシングとの長年に渡るパートナーシップはファンにとってはおなじみの組み合わせだろう。そうしたヨコハマタイヤのSUPER GTでの活動に関して、横浜ゴム MST開発部 藤代秀一氏にお話しをうかがってきたので、紹介していきたい。
なお、このインタビューは第2戦富士の際に行ったものだ。SUPER GT500クラスは第6戦富士まで消化し、残るは第7戦オートポリス、最終戦もてぎと2戦を残すのみ。GT500は6ポイント差に6チームが収まる状況で、チャンピオンの行方はまだまだ分からない。GT300も混戦となっている。GT500に参戦するタイヤメーカー4社(ブリヂストン、ミシュラン、横浜ゴム、ダンロップ[住友ゴム工業])のインタビュー記事を順にお届けするので、一連の記事とあわせて、SUPER GTの終盤戦を楽しんでいただきたい。
●GT500クラスの順位(第6戦富士終了時)
順位 | マシン名(ドライバー名) | ポイント | タイヤ |
---|---|---|---|
1位 | 18号車 ウイダー モデューロ HSV-010(山本尚貴/フレデリック・マコヴィッキィ) | 46 | MI |
2位 | 12号車 カルソニックIMPUL GT-R(松田次生/ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ) | 46 | BS |
3位 | 23号車 MOTUL AUTECH GT-R(柳田真孝/ロニー・クインタレッリ) | 44 | MI |
4位 | 38号車 ZENT CERUMO SC430(立川祐路/平手晃平) | 43 | BS |
5位 | 17号車 KEIHIN HSV-010(金石年弘/塚越広大) | 41 | BS |
6位 | 37号車 KeePer TOM'S SC430(伊藤大輔/アンドレア・カルダレッリ) | 40 | BS |
※:MI=ミシュラン、BS=ブリヂストン
●GT300の順位(アジアン ル・マン終了時)
順位 | マシン名(ドライバー名) | ポイント | タイヤ |
---|---|---|---|
1位 | 16号車 MUGEN CR-Z GT(武藤英紀/中山友貴) | 68 | BS |
2位 | 11号車 GAINER DIXCEL SLS(平中克幸/ビヨン・ビルドハイム) | 52 | DL |
3位 | 61号車 SUBARU BRZ R&D SPORT(山野哲也/佐々木孝太) | 51 | MI |
4位 | 52号車 OKINAWA-IMP SLS(竹内浩典/土屋武士) | 45 | YH |
5位 | 4号車 GSR 初音ミク BMW(谷口信輝/片岡龍也) | 42 | YH |
※:BS=ブリヂストン、DL=ダンロップ、MI=ミシュラン、YH=ヨコハマ
ウェットになった第1戦の予選は予想がずばり的中して好結果に
──SUPER GTの開幕戦を終えての自己評価を教えてください。GT500の開幕戦では、予選では2台(19号車WedsSport ADVAN SC430、24号車D'station ADVAN GT-R)が上位に来ましたが、決勝ではやや厳しいという結果になりました。
藤代氏:予選では、仮にウェットになったときに、かなりの低温になるだろうということは想定しており、そのとおりになりました。弊社が、その予想に基づいて持ち込んだコンパウンドが、あの状況下における温度にはフィットしたのが予選で上位につけた理由です。逆に、ドライとなった決勝ですが、当初ドライになって晴れれば路面温度が30~35度になると予想していたのですが、蓋を開けてみれば我々の想定を下回りました。正直、走り出しやスタートではタイヤを想定温度に暖めることが難しく、結果的にタイヤを作動温度領域に入れることができませんでした。俗な言葉で言うなら外してしまったのです。
──非常に台数の多いGT300に関してはいかがでしたか?予選、決勝共に最上位が2位という結果でしたが?
藤代氏:逆にGT300の方は予選ではウェットのパフォーマンスが課題だというのは分かっていました。昨年の秋に行われたJAF GPでもそうでしたが、温度が低く寒い状況でのパフォーマンスに課題があるのは認識していました。ドライになった決勝ですが、ウォームアップは良かったのですが、レース中の持続性が他社に比べてやや劣っていたと感じています。そこが課題として上がってきていると考えています。
──開幕戦を終えて見えてきた課題とはなんでしょうか?
藤代氏:GT500に関してですが、詳しいことをお話しすることはできませんが、現状では弊社にとってはここが不得意と言える部分があります。逆に他社よりもここはよいという部分もあり、それがコースによってばらつきがあるというのが現状です。苦手な箇所が原因で勝負にならないとすれば、まずそれを克服し、アベレージを上げ行かなければなりません。それができていないので、上位には追いつけていないというのが正直なところです。
GT300に関しては、昨年や開幕戦の結果を見ていただくと分かるように予選で他社にポールを持って行かれることが多いのが課題だと思っています。弊社の方針としては、一発よりもレースに強いタイヤを作るということでやっていますので、ここ数年ずっとシリーズチャンピオンを獲得していることからもそれは証明できているかなと思います。しかし、よりよく勝負をするという意味では、一発のタイムも出ることに越したことはありませんので、一発のタイムも出て、レースにも強いタイヤを2013年は作っていかなければいけないと考えています。
GT500は経験豊富なミハエル・クルム選手の加入で、総合力が向上
──2013年のチーム体制に関してお聞きします。GT500に関しては昨年同様の体制だと理解していますが?
藤代氏:基本的には2台のユーザーさんという体制は同じです。ただ、大きな変化としてはミハエル・クルム選手が24号車に加入したことです。クルム選手はもちろん非常に速いというだけでなく、経験が豊富でいろいろな引き出しを持っているドライバーです。特に直近までさまざまなカテゴリーに乗っていて、実に多くの情報を持っています。例えば、ヨコハマの特徴はこうだねという指摘などはとても的確で弊社にとっても有益なフィードバックになっています。もちろん、これまで弊社のユーザーチームで乗っていただいているドライバーも、経験があってタイヤの善し悪しを的確に指摘していただけます、クルム選手が加わって層が厚くなったと考えています。
──GT300に関しては昨年までと同様に多数のユーザーチームに供給するという大方針に変更はないのでしょうか?
藤代氏:はい、それはこれからも変わりません。我々は他社とは異なり、この車種にはこのタイヤというやり方はしませんので、全体の中でバランスをとっていく必要があります。全体として評価していくなどで、よかった最大公約数をとっていくという形で進めざるを得ないのです。この点は弊社にとっては技術的なチャレンジだと思っています。
──実に多数のヨコハマユーザーがGT300にはいますが、その中で、面白そうな車があれば教えてください。
藤代氏:もちろん、2013年から新しく登場したマクラーレンなどは、見た目も格好いいですし、車好きの方、レースファンの方には要注目でしょうね。ほかにもポルシェは、フェンダーの形状が大きく変わっているなど、やはり車好きの方には大きな変化だと思います。
弊社の視点としては、ファンの方には同じポルシェやアウディ、メルセデス・ベンツであっても、タイヤが違う場合があることに注目していただけると嬉しいです。ポルシェには弊社とハンコックさんが、アウディには弊社とハンコックさんが、メルセデス・ベンツには弊社とダンロップさんが供給していますので、簡単に比較することができます。弊社の競合他社が少数精鋭で行っているのに対して、弊社は車種が違ったとしてもワンサイズ、ワンスペックでやっていますので、その中で弊社が競合他社とどのような戦いをしているのかにぜひ注目して欲しいです。特に、今年のGT300で主流となる車はFIA-GT3が多く、車両による差はつきにくく、タイヤの使いやすさも含めたドライバーコントロールの競争になると思いますので。
台数が多いGT300は、特定チームに肩入れするのではなく総合力で勝負
──非常に台数が多く、特定の車種にあわせ込むことができないGT300ですが、その戦いでヨコハマが勝つためにはどうしていくのでしょうか?
藤代氏:結局のところタイヤというのは、「荷重を支える」「駆動力・制動力を路面に伝える」「進路を転換・維持する」「衝撃を緩和する」という4つの役割を持っています。
車種にあわせ込んでいくというのは、そのバランスを車にあわせ込む作業のことを意味しています。これに対して最大公約数をとっていくというのはこの4つの機能、それぞれを底上げしていくということなのです。じゃあ、どちらの方が簡単なのかと言えば、当然それぞれのバランスをとるという方であり、全体を底上げするというのは決して楽な道ではないです。しかし、結局タイヤの開発や、レースで培った技術を市販車用のタイヤにフィードバックしていくことは、バランスをとることでは無く、底上げの方ですから、よりよいやり方だと弊社では考えています。
──逆にユーザーチームが少ないGT500ではマッチングということが問われることになりませんか?
藤代氏:19号車と24号車で結構違うかと言えば、実際にはそうではありません。ただ、2014年はユーザーさんに対して弊社側から提供したデータを元に車をセッティングしてもらっており、弊社のタイヤの特性にあわせてもらうという新しいアプローチをとっています。
タイヤを速く走らせるには、タイヤの曲がる力をどう使うかが重要になってきます。そのピークを高くすれば、ステアリング操作で使える範囲が広くなるのです。今まではそのピークのカーブがなだらかなところを使っていましたが、もう少しピークを上げていくために、弊社の方からドライバーの走り方だったり、セッティングだったりを提案して、よりピークの高い部分を使えるようにしていこうとしています。
──ここ数年でGT500のタイヤ競争はより激しくなっていっている印象です。
藤代氏:おっしゃるとおりで、かなり特殊になってきています。車からタイヤに求められるモノもフォーミュラに近い特性になりつつあります。すでに各タイヤメーカーは認識していると思いますが、GT500では空力が占める割合が圧倒的に多く、それ故にタイヤに求められる特性もフォーミュラに近くなっているのだと思います。
SUPER GTでの厳しい競争を市販タイヤの開発につなげていく
──2014年から導入されるDTMと共通化された新規定ですが、共通の部品が増えることで車両側でいじれる部分がさらに小さくなると。そうなると空力に頼らないといけない部分が増え、結果的にフォーミュラのような箱車という側面がさらに強くなるのではないでしょうか?
藤代氏:そうなると思います。GT500は今でもかなりダウンフォースが出ていますので、その傾向がさらに強まるなら、タイヤメーカーとしてどのように対処すべきかを考えていく必要があると思っています。2014年型のタイヤ開発は現在進めていますが、ご存じのとおりタイヤサイズが変わり、まったく新しいタイヤとして設計する必要があります。その中で空力で走る車に対してどのような特性になるのか、車両メーカーからある程度のデータが頂けるようになれば、その段階からどんどんシミュレーションにかけていくことになるでしょう。ただ、弊社の場合は開発車両につくタイヤメーカーではないので、他のタイヤメーカーさんに比べて若干の遅れがでる可能性があります。それでも、タイヤメーカーにもテストの機会が用意されるということでしたので、その少ない機会で有効にテストできるように事前のベンチなどをうまく活用していきたいです。
──タイヤメーカーとしてSUPER GTのマーケティング的な価値をどのように考えていますか?
藤代氏:メーカーとしてもっとお客様にもっと近づいていけるような仕組みを用意しないといけないな、とは思っています。SUPER GTでは実に激しい競争をしていますが、それをお客様にどうアピールしていくか、これは弊社のマーケティング部門も巻き込んでしっかりやっていきたいと考えています。特に2013年は、「ADVAN Sport」の新製品でパフォーマンス向けのタイヤ「ADVAN Sport V105」を発売したのですが、そこには「マトリックス・ボディ・プライ」という新しい構造を採用しています。この構造はモータースポーツ用のタイヤで培った技術をベースにして開発した技術です。
実際、ヨコハマタイヤのスリックのレーシングタイヤはすべてがマトリックス・ボディ・プライの構造を採用しています。また、エコタイヤにも採用されている「オレンジオイル」は、レーシングタイヤのほぼすべてで採用している技術で、こちらもレース由来の技術です。
そうしたレースから量販車へという流れを、技術的な側面も含めてお客様にうまく発信することで「エコシステム」を作って行ければよいなと思っています。ただ、それは弊社だけでできることではありませんので、SUPER GTにかかわっているタイヤメーカー様、自動車メーカー様、GTA様と協力して推進していきたいです。
──最後に今シーズンの目標を教えてください
藤代氏:GT500に関しては、とにかくシーズンの早い段階で1勝を挙げて、複数回勝つことを目標にしていきたいです。GT300に関しては、シーズン前には全勝優勝という目標を立てていたのですが、残念ながらそれは開幕戦で負けましたので、残りを全部勝ち、きっちりとシリーズチャンピオンを獲得したいです。
こうした横浜ゴムの2013年のSUPER GTだが、このインタビューが終わった後に行われた第2戦の決勝レースでは、横浜ゴムのユーザーである31号車Panasonic apr PRIUS GTが見事優勝を飾った。Panasonic apr PRIUS GTはハイブリッドカーであるトヨタのプリウスをベースに開発されたJAF-GT規定のレーシングカーで、SUPER GTのGT300クラスでハイブリッド車が優勝したのはこれが初めてのことで、同じくハイブリッド車である16号車MUGEN CR-Z GTを破っての勝利だけに、非常に高い価値がある優勝だと言えるだろう。その後、ブリヂストンを装着する16号車 MUGEN CR-Z GTも勝利し、ハイブリッド車がGT300クラスをリードする状況となっている。
GT300の大半はヨコハマタイヤのユーザーで、それだけ勝つチャンスがあるとも言えるが、逆に言えば勝ちが複数チームに分散してしまえば、チャンピオンを他メーカーのタイヤを履く車に獲られてしまう可能性は十二分にある。それだけに、多くのユーザーチームに公平に同じタイヤを供給しながら、全体を底上げしていくという困難なミッションが待ち受けている。ただ、ヨコハマタイヤが、多くのチームにタイヤを供給してくれているからこそ、スーパーカーからプリウスまで実にバラエティのある車両がチャンピオンシップを争うというユニークなカテゴリーが成り立っているとも言える。1モータースポーツファンとしては、ヨコハマタイヤの高い志には感謝したい。残り2戦、これまでヨコハマタイヤが4連覇してきたGT300クラスの行方に注目だ。
「2013 AUTOBACS SUPER GT 第7戦 SUPER GT in KYUSHU 300km」は、10月5日~6日にオートポリスで開催される。