F1カメラマン熱田護の「気合いで撮る!」

番外編:岩佐選手のF1アブダビテスト。アルファタウリマシンでの走行は“異次元!”

 今年F2に参戦していた岩佐歩夢選手が、ついにF1をドライブする日がやってきました。

 F1最終戦が終わって1日空けて11月28日火曜日です。

 岩佐選手がテストするというニュースが流れてきたのは、11月23日木曜日でした。

 プレスルームでそのニュースを見て、慌てて自分の帰国するための航空券の日程変更とホテルの延泊の手配をしました。その変更は、新たな出費をしなければならないけれど撮ってみたいという気持ちの方が勝りました。

 当日のテスト開始時間は9時からです。でも一向に始まる気配がない……アルファタウリの隣のピットがハース、小松さんがピットロードにいてドクターヘリが到着していないから始められないのだと教えてくれます。

「田舎のカートコースだって、9時から走行可能だとすればきっちり9時から走れますよ!」って小松さん、ごもっともごもっとも。

 しばらくして9時15分開始というアナウンスがあり、しばらくするとまた小松さん。

「ヘリが来たんだけど、着陸する場所を間違えたからまたディレイだって。ほんともう……」ごもっとも。

 そんなこんなでセッション開始したのが9時30分くらいだったかな。

 でもね、セッション開始したけれど、アルファタウリの岩佐選手のマシンの準備ができてなかった。外から見ているだけなので何の準備が完了してないのかは分からないけれど、メカニックさんたちが動き回っています。

 そもそもの開始時間から走り始めるつもりがなかったのか、急遽何か問題でも発生したのか、コーヒーを飲んでいて準備時間が遅れたのか、その理由は分かりませんが、岩佐選手はガレージの後ろで見守る感じでした。

 ですので、岩佐選手の印象について少し……。

 22歳、大阪出身ですけど、普段の会話で大阪弁は出ません。2019年度のSRS-F(鈴鹿サーキットレーシングスクール・フォーミュラ)の選考会で1位になりスカラシップを獲得。ホンダ育成ドライバーとなって2020年にフランスF4に出場チャンピオン獲得。2021年はF3参戦で8位。2022年からダムスチームでF2参戦5位、2023年は4位。

 僕はF3のころから、パドックで話を聞くようになりました。とにかく、明確で話が分かりやすい。僕にも今の状況を詳しく説明してくれて自分のやるべきことをはっきりと言葉にして説明してくれる。

 だから、話を聞きに行きたくなるし応援したくなる。今までのドライバーの中で、佐藤琢磨選手と似た雰囲気を持っています。

 今年のF2の最終的なランキングは4位になってしましました。

 途中までは、絶対にチャンピオンだ! という勢いがありました。でも、強豪ひしめく中、チームのミスや肝心なところでエンジントラブルといったような外的な要因での不運、岩佐選手自身のミスもゼロではない……その結果の4位となってしまいました。

 シリーズを通して好成績をコンスタントに出し続けるというのは、ドライブをミスなく、チーム力が完璧、機械的なトラブルフリー、幸運というものがそろわなければ難しい……DAMSというチームの総合力は決してトップレベルではなかったとは思います。岩佐選手はそんなチームの中で、よく頑張って前向きに取り組んでいたと思います。

 でも評価を得るのは結果ですからね。全てがそうだとは言いませんが残るのは結果というのがこの世界。

 結果が出なかった理由や言い訳はいくらでもできる。これもモータースポーツの常でもあります。

 世界で抜きに出るのは、どんな状況でも突破する力を見せることができるかできないか。そんな気がします。

 準備の間、やっぱり緊張している感じがこちらまで伝わってきます。待望のF1ですからね。

 F1のテスト参加が正式に決まったのがアブダビの1週間くらい前だったそうです。だから、F1の準備は整ってないんですって言ってました。

 そんな緊張みなぎる岩佐選手の様子を見て、隣で走るリカルド選手が声をかけてくれました。どんなことを話していたんでしょうね? ベテラン選手の優しさですよね。

 ぼちぼち準備を整えつつレーシングスーツを着てエンジニアと確認作業。

 それからまた、しばらく待ち……F1を走らせるというのは、いろいろと大変なんです。

 エンジニアから、ヘルメットをかぶって! の指示。

 どんな心境なんでしょうね。

 ヘルメットはF2のままでした。

 アルファタウリの新品ピカピカのレーシングスーツとグローブ。

 このヘルメットのデザインはおじいさんが考えてくれたそうです。

 乗り込みます!

 シート合わせなどで初めてではないけれど、いつもの乗り込みとは違ってゆっくりです。

 ヘイローのどこを持てばいいのか、チェックしながら……。

 ゆっくりと乗り込みます。

 準備完了。ゼッケンは41番。この番号はアルファタウリのテストなどに割り当てられた番号です。

 初めてのピットアウトは、岩佐選手らしく、ゆっくりと。少しぎこちない加速をしながら、ピット出口のトンネルに下っていきました。

 最初にピットアウトしてから、20分くらい連続走行。12ラップして戻ってきました。

 ガレージに戻されたときの表情。いつもの感じです。

 F1になると、ステアリングのボタンがやたらと増える。その使いこなしだけでも大変そう。

 アルファタウリ、角田選手が予選で6位になるパフォーマンスを示したマシンです。レッドブルのリアセクションとフロアのアップデートが効いています。そんなマシンに乗れてよかった。

 F1のテストでドライバーとして乗るということ。

 もちろん、過去のF1をお金を出して買うことは可能です。それもピンキリで安ければ2000万円も出せばエンジン付きで手に入れられて、メンテナンスしサーキットに運んでもらってスポーツ走行するジェントルマンドライバーもたくさんいます。

 しかし、電池が付いてからのF1は、現役を退いてからはPU(パワーユニット)を始動させるのも一苦労、PUメーカーでなければ不可能でしょう。

 さらに現役マシンのテストとなると、そのチームやPUメーカーに関係のあるドライバーで好成績を収めて将来的に可能性を探るためにテストで乗せる場合か、下位カテゴリーである程度の実績があるドライバーが持参金を払ってテストで乗せてもらうというパターンもあります、この場合聞いた話によると1日3500万円ほどらしい……その金額が安いのか高いのかはあなた次第、人それぞれ。

 とにかく、F1を走らせるということ自体に多くの人が関わり、タイヤやPUメンテナンス、サーキット走行料など莫大な金額になるということです。

 アルファタウリというチーム名から変更になるとアナウンスされて、結局現在も正式には発表なし。タイトルスポンサーになるような金額を出せるところは、簡単には見つからないということですね。

 午前中のタイムは1分30秒538。これは、予定されていたテストを淡々とこなしていたためです。

 ガレージに戻って笑顔を交えながら走行フィーリングを伝える岩佐選手。

 走行前とは全く違う、いつもの岩佐選手の表情。

 岩佐選手に付いていたフィジオ(フィジカルを管理するトレーナーのこと)に、「岩佐選手と過ごすことが多いと思うのですが、どんな選手ですか?」と聞いてみました。

「とにかく真面目、そしてどんなに過酷なトレーニングでも絶対逃げないで最後までやり抜く、自分のためになることなら考えて取り入れる」とのことです。

 午後のセッション開始。

 岩佐選手は96周を走って15番手のタイムを記録。パフォーマンスランというアタックラップ用にソフトタイヤが2セット用意されていたものの、2回目のアタック前にPUトラブルで止まってしまいました。

 セッション終了は18時。終わってから、話を聞きにホスピタリティーに向かいました。

 最初はF1 TVのインタビュー、それが終わってWホテルバックに撮らせてもらい、外国人囲み会見の前に、歩きながら楽しかった? って聞いたら「異次元でした!」ってうれしそうに答えて、そのまま日本人向けの囲み会見、広報の人から与えられた時間は3分……。

 2人のジャーナリストが質問してあっという間に終了の前に、僕も何とか質問「乗る前に予想していた何倍くらいすごかったの?」「ん……、1.5倍くらいですね!」と席を立ちながら答え、ミーティングに向かいました。

 ジャーナリストさんが聞いた質問は、もうWebに出ているので今ここで書きませんが、とにかく晴れ晴れとした表情が印象的です。いい経験になったのではないでしょうか?

 日本に帰って、鈴鹿サーキットにVITA CLUBレースの撮影に行きました。そこでお会いしたのが、現在ウエストレーシングカーズマネージャーの田中耕太郎さんです。

 田中さんはスーパーフォーミュラやSUPER GTでエンジニアを経験されたエンジニアです。「ウエストレーシングカーズでスーパーFJの19Jというクルマを作ったとき、2019年に岩佐選手がフランスF4に行く前にテストしてくれないかとお願いしたんです。そうしたら問題ないです、と了解してもらって2回くらい乗ってもらいました。事前に19Jのコンセプトは説明して、知りたい内容は話しました。走ってもらい、いろいろなセットを試しました。ポジティブなセットのフィールドバックをしたときはコンマ2秒くらい速くなるんですね。結果、乗りにくい19Jというクルマでも鈴鹿サーキットで2分14秒台というとてもいいタイムで走れたのは彼だけでした」。

「走行後のコメントを聞いてびっくりしたのが、いろんなことを知っているんですよ。エンジリアリングのこと、クルマの動かし方や荷重移動のことなど、スーパーFJのドライバーだとは思えないくらいの知識を持っていました。なぜこんなに知っているの? と聞いたら、じいちゃんと一緒にクルマをいじり倒して乗ってたとのこと。ですから国内でそのまま走っていてもSFには乗るんだろうというイメージは持っていました」。

 速くて才能のある選手というのは、走り始めから周囲の人に対して何かを感じさせているということです。

 来年から無限のドライバーとしてスーパーフォーミュラに出ることになっています。ヨーロッパでレースをした4年間で岩佐選手には膨大な知識と経験が蓄積されています。

 ガスリー選手やローソン選手が見せたような、いやそれ以上のインパクトを披露してくれると思いますし、そうでなければいけません。日本のスーパーフォーミュラというカテゴリーはF1関係者にとって、日本人関係者が考えているよりも影響力は小さいと思います。

 ですから、なおさら圧倒的でなければアピールできません!

 F2チャンピオンのプルシエール選手が走るのであればなおさら好都合。ぜひ圧倒して、突破し、F1のシートをつかんでほしいと思います。

熱田 護

(あつた まもる)1963年、三重県鈴鹿市生まれ。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒業。1985年ヴェガ インターナショナルに入社。坪内隆直氏に師事し、2輪世界GPを転戦。1992年よりフリーランスとしてF1をはじめとするモータースポーツや市販車の撮影を行なう。 広告のほか、「デジタルカメラマガジン」などで作品を発表。2019年にF1取材500戦をまとめた写真集「500GP」を、2022年にF1写真集「Champion」をインプレスから発行。日本レース写真家協会(JRPA)会員、日本スポーツ写真協会(JSPA)会員。