F1カメラマン熱田護の「気合いで撮る!」
番外編:男の夢
2026年7月28日 06:00
見慣れないマシンに見慣れないヘルメット。
乗っているのは、ハースF1代表の小松さん。走っているのはF1ウィークのシルバーストーンの木曜日。マシンはユーロブルンER188。
ところで皆さん、F1マシンに乗りたいって思いませんか?
僕は、乗ってみたい。無茶苦茶乗ってみたい。思い返せば、ものすごい昔、マニクールのショートサーキットでF3000のエンジンを載せたアローズか何かに乗せてもらったことがあるけれど、ショートサーキットだしエンジンが違うしちょっと乗ったとは言えないですよね。
では一般人はF1マシンに乗れないのかというと、そんなことはないんです。購入することはできるので、買って、整備してもらって、サーキットを走るライセンスを取って、レーシングマシンで走る練習をして、迷惑をかけない程度に走れるようになり、マシンをサーキットに運んでもらってスポーツ走行をすることはできます。
現に日本でもそういう方はいらっしゃいますし、F1の現場でもデモランで走行している古いF1マシンは、オーナーがいて自分のマシンを走らせているわけです。
もちろん高価ですし、整備はわかっている人に任せなければいけませんし、維持費も高価ですから敷居は高い。果てしなく高いですけれど、不可能ではない。この黄色いマシンも、そういう1台です。
マシンの説明をしましょう。1988年に参戦していたER188です。ユーロブルンというチームは1988年~1990年の途中までF1に参戦していました。
当時のドライバーはステファノ・モデナ選手とオスカー・ララウリ選手。若きF3000チャンピオンのモデナ選手が全16戦中ハンガリーGPで11位が最高位。レース完走が5戦、予選落ちと予選出られずというのが7戦。コンストラクターズの順位は18チーム中17位、ちなみに最下位はザクスピード。
この年の最高位11位のハンガリーGPの予選、ポールポジションはアイルトン・セナ選手、1分27秒637、モデナ選手は予選ギリギリ通過26位1分32秒614。セナ選手と4.979秒差……。
でも、先日のベルギーGPのQ1のフェルスタッペン選手とストロール選手の差が4.24秒差だったから、同じような感じです。
まあ、なかなか遅いマシンですし、チーム体制もお金がなくて大変そうな感じだったようです。でも、F1マシンです。
水曜日にシート合わせといろいろな確認作業をしました。
そもそも、なぜ小松さんがユーロ・ブルンに乗ることになったのか?
「僕がF1に興味が出たのは1980年代後半で、当時のF1とか大好きなんですね。昨年のモンツァサーキットでヒルトリックF1のパドックに行ったときに、そこのスタッフにたまたま会って話していたら、今年になってザック・ブラウンも乗っているから、ぜひあなたも乗ってほしいと連絡をもらって、大変ありがたいことだと思い乗らせていただくことにしました」という経緯だそうです。
このマシンを面倒を見ているメカニックさんたちもおじさんです。下の写真の左側の人は昔フェラーリの現場にいた人、僕も覚えています。そんな人たちが、丁寧に説明をしてくれていました。
シンプルなコクピット。レブカウンターと水温計。右にHパターンのシフトレバー。6速です。左側にはブレーキバランス。奥には3つのペダルも見えます。
1988年当時はフォードDFZV8だったんですけれど、このクルマには翌年使ったジャッドV8が載っていました。
EURO BRUNのシャーシナンバー1番。
本番の木曜日、ハースのレーシングスーツに着替えていざ!
パドックからピットレーンに移動します。本物のF1に伝統のシルバーストーンで乗るという男の夢が叶います。
羨ましい!
マシンのあるところまで行くときに、元マクラーレンドライバーのジョン・ワトソンさんと話をしていました。
30分のセッションで、最初の2ラップは、オーナーが乗ってマシンのチェックとタイヤの温めをしてくれます。そのスタートをマシンの近くで見守ります。
この写真を撮っていて、鈍感な僕でもわかりました。何がわかったか?
小松さん、かっこいい青のお気に入りのサングラスをして、新品の坪井選手のレーシングスーツでピットレーンに立っていますが、とてつもない緊張感が伝わってきます。
「おいおい、そんなに緊張する?こっちまで緊張するよ!」って言ったら
「え! わかります?? そうか、バレたか?」って言うんです。
いよいよマシンに乗り込みます。
果たしてうまくピットレーンからストールせずに発進できるのか、うまくシフト操作できるのか? クラッチミートは4000回転、シフトアップは8000回転。
エンジンがかかり、スタート。多分、緊張マックス。
なかなか加速していきません。オーナーも押してくれます。
ゆるゆると空ぶかししながらピットレーン出口へ。むむ? 大丈夫か? って感じ。
しばらくして、音も聞こえなくなり無事に走っていったようです。
しばらくして、来ました! ゆっくりと。
そして、われわれの前を通過。
なぜか、とっても嬉しい! オーナーも、手伝ってくれたメカさんも、みんな嬉しい!
戻ってきただけなのに、とてつもなく嬉しいって新鮮。
3ラップできました。
レースで初入賞したかのような雰囲気です。貸してくれたオーナーさんもものすごく嬉しそうでした。
いや~、マシンもそのままの形で帰ってきましたし、いい人たちの中で夢を叶えられてよかったです。
乗る前と、降りた直後の表情には、日本海溝とエベレストくらいの差がありました。
新しいことに挑戦するというのは、どんなことでも無事にやり切れば最高の気分になれるってことですね。
イギリスGPが終わってからモーターホームで話を聞きました。
熱田:率直に乗ってどうでしたか?
小松さん:いや~、感激しました。僕がF1に興味を持ち始めた1980年代後半のメカニカルなF1です。乗ったクルマはF1の歴史の中で速いとは言えないし、戦闘力があるとは言えないクルマなんですけど、でも間違いなくF1なわけですよ。1988年に実際にレースをしたクルマで、ジャッドV8、650馬力、車重が500kgくらいなわけです。そんなクルマ乗ったことないわけです。
現代のF1は遅く走らせるのは簡単なんです。去年ハースの2023年のマシンでグッドウッドを走ったときによくわかったんです。例えばクラッチはスタートするときにしか使わない。アンチストールがあるのでストールすることがない。ギヤシフトはパドルシフトだからヒールアンドトウもない。パワーカーブも電気でコントロールできますから、とても簡単なんです。もちろん速く走らせるのは無茶苦茶難しいですよ。でもゆっくり走らせるのは誰でも乗れます。
そういう意味で、1980年代のマシンはメカニカルでベーシック、ギヤ、ステアリング、エンジン、ブレーキ全てをダイレクトに感じられる。すごく洗練されていると感じました。
しかもグランプリのウィークエンドにシルバーストーンを走れる。いつもデータとオンボード映像を見ていますけど、自分の手でマゴッツ、べケッツ、コプス、ストーを走るって、感激します。しかも本物のF1ですから……感動です。
熱田:スタートのとき、戸惑ってませんでしたか?
小松さん:あ~、これ、読んだ人は笑うかもしれませんが、正直に告白すると、現代のF1との違いで、現代はギヤのディスプレイがありますから、Nがニュートラル、パドルを引けば1速を表示しますが、今回のユーロブルンは当たり前ですけど表示などないわけです。Hパターンで左上が1速、下が2速じゃないですか、すごくショートストロークです。僕の経験のなさだと、それで1速に入ったのか、3速に入ったのか分かりづらいんです。クラッチを切ってリリースをしてみて、動くかなと思いつつ、ストールしてはいけないので4000回転以下にはできないから、ゆっくりつないで少し動きつつ出口に向かいました。でも、どう考えてもこれは3速だなと思ったんですけど、そのまま半クラッチで加速していきました。クラッチには申し訳なかったです……。
乗る前にジョン・ワトソンさんに言われた「楽しんで、そしてピットレーンでストールだけはするなよ!」っていう言葉が頭に残っていたんで、絶対ストールはさせないって思って、空ぶかししながら半クラで行かせていただきました。
コースでは5速まで使いました。心配していたダウンシフトも気持ちよく入って素晴らしかったです! 本当にこんな機会をいただいて、一生の思い出になりました。
熱田:でも、乗る前に超緊張してたよね?
小松さん:いや~、650馬力、500kgのマシンで練習なしで走るわけじゃないですか。もしホイールスピンしてコースアウトしたり、縁石でスピンしたり、ギヤを壊したりして止まったら恥ずかしいし、その様子がテレビに映っているわけですから失敗はできませんし、やっぱり緊張しました!
F1のチーム代表を務めて、400人のチームを正しい方向に導き、本番のF1のピットウォールで沈着冷静に的確な指示を出し続け、マシンのセットアップを正しい方向に向けるためのアドバイスをエンジニアと相談し、自ら世界からスポンサーを獲得するために日々努力し、さまざまな企業の重要な人物と交渉を続けている。本当に分刻みのスケジュールで仕事をこなしています。
僕のこれまでF1の現場で見てきた小松さん、いろんな話を聞かせてもらって感じていた小松さんから受け取ったイメージというか印象だと、今回の場面でも落ち着いてサラッとやってしまうのだろうと勝手に思ってました。
自分と比べるのは全くおこがましいのは承知で言えば、背の高さが少し勝っているだけで他の要素は全く全負けしている感じでいて、まいったな~スーパーマンじゃんかという印象なんですよ。
でもこの日の小松さんは違いました。初めてのカートレースでコースインする前の状況といいますか、跳べない跳び箱の段数に挑戦する様子を、全校生徒が見守る前でやる小学3年生の男子って感じの緊張感。
そんな様子を間近で見られて、僕は嬉しかった! スーパーマンはあんなに緊張しませんからね。普通のF1好きのおじさんになっていて、僕はホッとしました。
小松さん、その根底にあるのはF1の世界が大好きで今の仕事を心から楽しんでいる前向き男子です。
でも、羨ましい! F1に乗るって本当に夢だからね。






























