日下部保雄の悠悠閑閑
EDRとCDRとは? AJAJボッシュ勉強会
2019年9月9日 00:00
すでにCar Watchではまるも亜希子さんのコラム「寄り道日和」でこのテーマについて掲載しているので、いまさらだが自分もこの勉強会に出席していたので、取材メモをもとに整理してみた。言ってみれば自分の備忘録でもある。
自動車事故はクルマの進化によって年々減少しているが、それでもヒューマンエラーなどもあって事故は起こり、そのデータ解析がますます重要になってくる。
航空機事故では事故解析に使う器機としてフライトレコーダーなどが知られており、これを回収できれば多くの事象が分かる。航空機事故は広範囲に散乱する場合があるので見つけ出すまでは大変な作業だが、交通事故の場合は比較的容易に解析できる。それはほとんどの車両に搭載されている「EDR」(イベント・データ・レコーダー)という器機があるからだ。火災などにならない限り、多くの生のデータが得られる。
EDRが航空機のブラックボックスと違うのは、プライバシーに配慮して映像や音声データは含まれないこと。しかし、事故が起こった基準時間を測定し、前後数秒の衝突速度をはじめとするさまざまなデータを記録することができる。そして、実はEDRはすでに20年ほど前から使われている実績がある。
そのEDRは車体番号と紐づけされるので当然積み替えることはできないし、個人情報保護の観点からGPSによる位置情報は記録されない。
事故の検証では、以前はタイヤのスリップ痕から速度などを測定していたが、現代のクルマはESCやABSなど、車両姿勢を整えるあらゆる制御装置を備え、スリップ痕ではもはや詳細に解析することは難しい。しかし、EDRでは事故の5秒前から事故の2秒後まで、0.5秒間隔で速度やアクセル操作、エンジンスロットル/回転数、モーター回転数、ブレーキペダル、ブレーキ油圧、加速度、ハンドル舵角、ヨーレートなどを記録することができる。トリガーはクラッシュした衝撃で、エアバッグやシートベルトリトラクターのセンサーとは別系統となり、別個にデータを取ることができる。つまりEDRによってシステムエラーなのか、ヒューマンエラーなのかが判断できる。
記録できるのは最低2回。最低2回というのは最新のトヨタ車を例に取ると、10回も記録できるからだ。つまり前後で4回、横方向で4回、ロールオーバーで2回もの記録ができ、最近多い多重事故にも対応する。
一方、クルマに搭載する“ダッシュカム”と呼ばれるドライブレコーダーとEDRではお互い得意分野があり、信号の色などのカメラで撮れる事故環境などはEDRでは再現できない。しかし、事故の時系列によるデータ解析などはEDRが得意だ。例えばブレーキの踏み間違いなどはドライブレコーダーでは判断できないが、EDRは前述のデータを読み出せば分かるので得意分野になる。EDRとドライブレコーダーは複合的に使われると効果が高い。
日本では機能アップしたEDRのレギュレーション化が進み、自動車整備大綱でEDR搭載の義務化が進み始めているところだ。
ところで、昨今のブレーキの踏み間違い事故は、いくらEDRで事故の究明ができたとしても、なくなるわけではない。ペダルの位置を適正化するのはもちろんだが、プリクラッシュシステムの強化など、抜本的な対策を講じないと進まない。事故の検証と踏み間違い事故は別の問題だ。
一方、車外からの読み取り機である「CDR」(クラッシュ・データ・リトリーバル)は、ボッシュの北米の事業所で開発された。つまりCDRはボッシュに商標登録された器機であり、ボッシュが製作して世界で広がっている。
なぜ1メーカーの記録読み取り装置であるCDRが各メーカーに採用されたのか。最も大きな理由は、ボッシュがどのメーカーとも紐づけされていないことが大きい。世界有数の巨大企業だが、どこの資本も入っていない有限会社なのだ。
例えば、トヨタは社内ツールとしてToyota Read Out Tool(ROT)を開発し、EDRからデータを解析していた。優秀なシステムだと評価されていたが、社内ツールだったために例の公聴会の一件以来、独立したメーカーで公明性のあるボッシュのCDRに移行していった。
公平性の高いCDRは、コネクテッドやオートノマスの普及が見えてきた時点でますます早期の平準化が望まれ、ドライバーはもちろん、自動車メーカー自身も必要に迫られている。
事実、北米ではボッシュと各自動車メーカーが契約して普及が進み、この傾向は全世界に広がっている。しかし、日本ではまだ法整備ができておらず、CDRについては拡大が進んでいない。
実際に国連ではWP29(自動車基準調和世界フォーラム)で全世界共通のルールを作ることが決定しており、日本では2020年11月に基準案を発効することになっている。“スマアシ”などが普及している日本が早期に全世界をリードしていくためにも、一刻も早く基準を発表することが重要だと言われる。
中国では、さらに多くのデータを統括した基準を2023年に施行してリードしていきたい考えがあるが、プライバシー保護の観点から、他の国が同調するかは懐疑的にならざるを得ない。というのも、ドライブレコーダー的なデータも包括して洗いざらい吐き出させるというものを考えているからのようだ。
日本でもCDRで解析できるメーカーが増えてきたが、読み出しの法規がないので中途半端な状況だ。CDRの登場まではPCで解析していたが、読み出しには2~3か月かかると言われている。ちなみに、この読み出したデータは司法が介入しない限りオーナーのものになるが、もし拒んだとしたら心証はわるくなるだろう。
言うまでもなく、事故では何が起こったかの透明性が重要だ。データは被害者の側からだけでなく、加害者の側からも公正な立場で公開できるものである必要がある。これは事故の研究開発が進むためにも非常に重要なデータになる。
自動運転レベル3以上の時代に対応する法規化は、近く2019年6月の国連WP29でEDRとDSSAD(Data Storage System for Autonomous Driving、つまりデータロガーのこと)が世界基準策定項目の具体的項目になっている。議長国は日本とオランダで、最近、米国が加わって主導していくことになるだろう。
DSSADは米国の法規をベースとする予定になっているが、EDRとの違いは事故の検証はEDRが、機械(システム)と人間のどちらが運転していたかの特定はDSSADが受け持つことになるという。
と、ここまではEDRとCDRの違いとその現状の話を進めてきたが、想像どおり日本におけるCDRの解析アナリストはまだまだ希少だ。
今後、需要が拡大していく中で、ボッシュではCDRの解析アナリストを養成するためのトレーナーのプログラムを作り、そのCDRトレーナーが今度はCDRアナリストを育てる役割を担う。
CDRトレーナーになる前提条件はなかなか厳しいが、EDR搭載の法制化やレベル3/4の運転支援システムが目前に迫っている中で、事故を公明正大に解析することができるアナリストの役割は飛躍的に大きくなりそうだ。事故の検証がますます重要になり、スピードアップを求められる中で、CDRアナリストに手を上げてみてはいかがでしょう? ボッシュでは養成コースに手を上げる方を待っているようです。