日下部保雄の悠悠閑閑
STIギャラリー
2020年3月9日 00:00
東京 三鷹のSTIギャラリーを訪ねた。ここはSTI(スバルテクニカインターナショナル)のモータースポーツの歴史や精神を伝えるところであり、STI本社もある。STIは創業30周年を迎えた2018年にギャラリーのリニューアルを行ない、2019年1月には2階にショールームのある現在のギャラリーになった。これに伴ってそれまで保管していた車両も展示できるようになり、多くのSTIファンが訪れている。なお葛生のテストコースにはこれまでのスバルの歴史を物語る貴重なクルマが数多く保存されている。
さて、三鷹はスバルの前身である中島飛行機ゆかりの地で、戦前には発動機開発の拠点であり、戦争の始まる年には創業者 中島知久平の夢であった総合研究所を目指す施設が計画された。その一角に武蔵野の面影を残す迎賓館 森山荘があり、戦前は中島飛行機の技術者たちが集い、戦後の富士重工時代も社員の懇親の場になっていた。往時はここから調布飛行場までつながっていたという。
案内をしてくれたのは長年、広報でお世話になった真下義明さん。土日はギャラリーに出勤してお手伝いをしていることから懐かしい再会ができた。
STIギャラリーに展示されていたのは記念すべき1993年の「レガシィ」から始まって、1996年の「インプレッサ 555」、1998年の「インプレッサ WRカー」、2007年のWRカー、そして2008年のWRカーだ。また、STIで大きな功績を残した久世隆一郎さんの貴重な遺品も展示されている。
レガシィはスバルの歴史の中で大きな足跡を残したが、その高いポテンシャルをもって本格的にWRCに参戦した記念すべきモデルでもある。スバルのラリーカーと言えばブルーのボディに黄色い555のロゴが入ったインプレッサをイメージするが、レガシィ時代にそのカラーリングを用いたのは最後の年のみで、それ以前はロスマンズカラーや白地にピンクなどを塗り分けたSTIカラーだった。
グループAの全盛時時代、強豪ひしめく中にあった当時、正直言って、私はスバルの耐久性やスピードに半信半疑だった。アリ・バタネンやマルク・アレンなどの名手も乗っていたが、まだまだ実力は未知数。しかし危うさとスピードを併せ持った新人、コリン・マクレーとのコンビは強烈だった。マクレーは限界を超えても攻め続けるドライビングスタイルを貫き、それに耐えるレガシィの姿はWRCで勝つための試練とも感じられた。
STIギャラリーに飾られていたのはレガシィ最後の年となる1993年のWRC第8戦、ニュージーランドラリーでのマクレー車だ。この年からスバルワールドラリーチームは555カラーになり、その後長く親しまれることになる。
そしてこのラリーでスバルは悲願のWRC初優勝を飾り、マクレーにとっても初のWRC優勝だった。
グループAレガシィのコクピットは、長年親しんできたラリー車とそれほど変わらない。別に乗るわけでもないのだが、ちょっと安心した。
6速マニュアルのトランスミッションもドライビングポジションもなじみやすくて、すぐにでも走りだせそうである。サイドブレーキレバーは使いやすい位置に生えているのが目につく程度だ。
メーターはシンプルで、ドライバーの前にはタコメーターとブースト計があるのみ。あとは警告灯で済まされている。コ・ドライバー側には何かのメーターがじゃまそうに生えているがチョット雑な感じだ。
グループAの吸気リストリクターは38Φに絞られているために、トップエンドは回らず最高出力は公称300PS/5000rpmだが、最大トルクは441Nmと分厚いトルクが出ており4WDにふさわしい。
レガシィのライバルはランチア・デルタHFインテグラーレやランサーエボリューション、セリカ GT-Four、フォード・エスコート RSなどだった。グループAの華やかな時代だ。
インプレッサ 555はレガシィから引き継いだスポンサー、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ・BATに配慮して、ホモロゲ―ションはインプレッサ 555と記載されたためにそのまま車名になったものだ。
展示されているインプレッサ 555は1996年のサンレモラリー優勝車だ。クルーはマクレー/リンガーだった。インプレッサ 555は理想のグループAマシンと言われ、95年と96年のマニファクチャーチャンピオンを獲得している。
当時はマクレーやサインツ、バタネン、リアッティ、エリクソンなど、多くのトップドライバーがインプレッサ 555のステアリングホイールを握っている。
インプレッサ 555は最初からスバルの本命ラリーカーとして企画されただけに、グループAレガシィの弱点はおよそ払拭されていた。それはコクピットにも現われており、カーボンパネルを多用してはるかにマシン然として整理されている。
シートに座るとマクレー流のハンドルを抱え込むようなスタイルになる。ハンドルが随分手前だ。メーター内にはSTACK製の8000rpmまでのタコメーターと水温系のみがポツンと配置され、センターコンソールには各種の警告灯とシンプルなスイッチがある。シフトレバーは普通に生えているが、好みに応じてパドルも使えるようになっていたようだ。
この時代のラリー車になると、そろそろ自分の身近な存在ではなくなってくる……。
次いでWRカーの登場である。STIギャラリーには1997年から始まったWRカー時代のマシンが展示されている。同じインプレッサの形をしているが高度にラリーに特化したWRカーは、さらにプロフェッショナルなマシンに進化している。
と言うところで、この続きは次回で。ハードなマシンの後はムクで癒されてください。