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橋本洋平の「フォーミュラE 開幕戦」で「日産 e.dams」の初レースを観戦してきた
高みを目指す精力的なテストが印象的
2018年12月29日 00:00
- 2018年12月15日(現地時間)開催
このところ暗いニュースが続いている日産自動車だが、1つ朗報があった。それは日産が世界のレースシーンに復帰したということだ。舞台となるのはFIA公認の選手権であるフォーミュラE。すなわち、100%EV(電気自動車)のフォーミュラカーによるレースだ。
サウジアラビア・リヤドで行なわれた今回の開幕戦で5シーズン目に突入するこのフォーミュラEは、今シーズンより「Gen2」と呼ばれる第2世代のクルマによって争われる。そこに日産はワークス体制で参戦する。量産EVである「リーフ」をこれまでに36万台以上販売してきた日産は、いわばEV界のパイオニア的存在であり、そのノウハウを活かしパフォーマンスを示す絶好の舞台だと考えたようだ。今回はそんな歴史的な瞬間を見にサウジアラビアまで飛んだ。
チームは、昨シーズンまでルノーとパートナーシップを組んでいたフランスのル・マンに拠点を置く「e.dams」。ルノーが撤退した後を引き継ぐ形になる。日産とアライアンスを組むルノーがパートナーだったe.damsと組むとなれば、名前を変えただけかと思う人もいるだろう。だが、そんなことは決してない。実は日産がフォーミュラEへ参戦する計画は2年ほど前からあったものだ。
フォーミュラEは新シーズンから大きくレギュレーション変更
加えてフォーミュラEは、使うシャシーや空力パーツ、そしてバッテリーなどを各チーム共通としながらも、モーターやインバーター、そしてギヤボックスは独自で開発するというレギュレーション。独自開発の部分には日産の技術者が取り組んでいるというから、ルノーのものをそのまま引き継いだというわけではないことは明らかだ。しかも、第2世代のGen2はバッテリーの容量が以前よりも倍増しており、これまでとは別物になっている。以前はレース中にピットインを行ない、ドライバーが満充電にされたもう1台のクルマに乗り換えてゴールを目指していたが、Gen2では1台のクルマでノーピットのままゴールまで走れるように改められたことがポイント。とはいえ、エネルギーのマネージメントに気を遣う必要があり、パワーユニットの効率の高さ、そしてチームの戦略などが勝敗を左右する。リーフで得たノウハウ、そしてこれまで3度のチームタイトルや最多勝利、最多ポールポジションを獲得したe.damsの力が加われば、勝機ありだと日産は睨んでいるのだ。
ちなみに、Gen2の車両はバッテリーが倍増されているとはいえ、車両重量は以前と変わらず900kgに収められているという。フォーミュラカーとしては重たいが、それでも以前より航続可能距離を引き伸ばして同様の重量としたことは、技術の進化と言っていいだろう。また、バッテリー容量の拡大はさらにゲーム性を高めた。今シーズンより導入される「アタックモード」という機能が搭載されたのだ。
これはレコードラインからかなり外れた位置に指定された“不利なライン”を通過すれば、その後は1回10%以上の出力アップが許されるというもの。アタックモードを使うための不利なラインは決勝レースの直前に発表されるため、シミュレーションを行なうことが難しい。TVゲームを参考にして採用が決定したというこのシステムが、レースをより面白くしてくれそうだ。さらに、以前よりあったファン投票上位者にのみ一時的に出力アップが許される「ファンブースト」も採用。これまでは上位2名だったものを5名に拡大している。
さて、そんな第2世代のフォーミュラEはいかなるものか? サウジアラビア・リヤドの市街地からクルマでわずか10分のところに位置する一部公道を使う特設コースに足を運んでみる。すると、そこは異様な空間だった。厳重なセキュリティチェックが行なわれたゲートを通過すると、参戦する各メーカー関連の展示スペースや、今流行りのレースシミュレーションが味わえるアトラクションが数多く存在する一方で、その会場の真ん中には野外ライブスペースが存在していたのだ。“プチモーターショー”といった感覚である。そのライブ会場ではアメリカのロックバンド「ワンリパブリック」をはじめとするライブが行なわれるということもあり、レース以外の時間も楽しませようという雰囲気が満載だ。
その奥には今回のイベントのために造られたパドックや観客席が広がっている。さらに、サウジアラビア王室専用の建物も存在。さすがは世界選手権といった仕上がりがそこにある。だが、最初に訪れたレース前日はまだ建設が続けられている状況で、かなりの突貫工事ぶりが見て取れる。コースはほとんどがこのレースのために造られたもののようで、舗装はきちんとしているように見受けられるが、路面には砂漠からの砂が舞い込んでおり、それを掃除するためのスイーパーを引きずるクルマが空き時間にはよく走っていた。
その後、各チームがチェック走行を行なうのだが、初めて見たフォーミュラEの世界はかなりの違和感だった。当たり前だがエキゾーストノートも排出ガスやオイルの香りもなく、モーターやインバーター、そしてギヤボックスが発する音がキュイーンと聞こえてくるだけという静けさなのだ。まるでラジコンカーが走っているのかと思えるほどのその空間は、隣の人とも大声を発せずに会話ができるくらい。これなら誰もが気軽にレースを観戦できそうだ。
だが、チェック走行を続けるクルマがペースを上げはじめると話は変わってくる。ドライバーのアクセルワークが音や挙動で即座に感じられる。乱暴に扱うもの、スムーズに扱うものが一目瞭然なのだ。さらにタイヤのスキール音の出方が露わになってくるから面白い。ちなみにタイヤはミシュランのワンメイクとなるが、スリックタイヤではなく、縦溝を3本も持つ市販モデルのようなタイヤ(サイズはフロント235/40 R18、リア305/40R 18)が、ドライもウェットも変わらずに装着される。だからこそスキール音が市販車のように聞こえてくるのだろう。他のレースならエンジン音でかき消されてしまうようなものが聞こえてくるところがフォーミュラEらしさかもしれない。レース本番になったらどうなるのか? 今から楽しみだ。
日本からも「ファンブースト投票」で応援してほしい
しかし、レース当日はフォーミュラEが始まって以来のウェットコンディションで1日が始まった。このレースは予選から決勝まで1日で消化するため、この流れは残念だ。コースコンディションが思わしくなく、プラクティスはキャンセル。本来ならばその後、4グループに分けて予選を行ない、さらに「スーパーポール」と呼ばれるセッションが行なわれる予定だったが、今回は参戦する22台のマシンを2グループに分けて予選が行なわれることになった。
予選が始まると、コース上ではドライバーたちが悪戦苦闘するシーンが各所で見られた。そこではEVレースならではの難しさがあったようだ。というのも、減速時に回生ブレーキが働き過ぎてリアタイヤがロック気味になり、車両姿勢を乱すクルマが何台か存在したのだ。時には直線的にドリフトしながらコースアウトするクルマもあるほど。コースコンディションに合わせたエネルギーマネージメントをできるか否かがポイントになりそうだ。一方でコーナーからの立ち上がりでも姿勢を乱すクルマは多く、出力の出し方もキモになりそうな雰囲気。予選では250kWの出力を発生させることが可能で、決勝は200kW、ファンブースト、アタックモード時は225kWだが、それを路面にすべて伝えることが難しいようだ。そんな中、日産の2台はわりと落ち着いて走っている。結果としてエースのセバスチャン・ブエミ選手は予選で3番手を獲得。オリバー・ローランド選手はコース脇のフェンスに1度ヒットするというトラブルもあってか、14番手に沈んでしまった。
けれども、決勝レースが行なわれるころには路面はドライへと変化。所々にウェットパッチは見えるが、それほど大きな影響はなさそうな感じに見える。そんな状況でいよいよレースがスタートだ。45分+1周で争われる決勝はどんな展開になるのか? 期待が高まる。
日産のブエミ選手はスタート直後で2番手にジャンプアップ。トップも見えてきそうな展開だ。一方のローランド選手はスタート直後に1つポジションをダウンしてしまうが、そこからジリジリと追い上げを開始する。スタート直後の混乱でコース脇に突っ込む車両もあったりしたが、そこに巻き込まれることなくクリアしただけでも十分だろう。日産の2台がひとまず無事に周回しているだけでもホッとする。
だが、その後の展開はなかなか難しいものがあった。というのも、日産の両選手はファンブーストを持っていないからだ。人気投票ではブエミ選手が9位、ローランド選手が19位と振るわない状況だったのだ。上位争いを展開する周囲のドライバーはファンブーストを持っており、ブエミ選手はそれによって抜かれてしまうことに。ならばアタックモードを使って応戦できるかと思いきや、その権利を得るための不利なラインは、最終コーナー立ち上がりのかなりイン側に設定されていて、実質使えないような環境だった。今回のレースを見た限りでは、この不利なラインの設定には「無理がありすぎたかな?」というのが正直なところ。これは今後改められるだろう。
結果としてブエミ選手は6位、ローランド選手は順調にポジションをアップして7位を獲得。日産はデビューレースでチームとしてランキング4位に入るという好調なスタートを切ることに成功した。これはまずまずな結果と言っていいだろう。不利な状況を打破してさらに上位を目指すためには日本からの応援も必要。日本からでもフォーミュラEのWebサイトでファンブーストの投票が行なえるので、是非ともブエミ選手とローランド選手を応援してほしい。
こうして、なかなか順調な滑り出しを達成した日産ではあるが、レース翌日に行なわれた公式テストでは、さらに高みを目指して他のチームよりもかなり精力的にテストをこなしていたことが印象的だった。この公式テストでは通常1台のクルマしか走らせられないのだが、女性ドライバーを乗せれば2台を走らせることが可能という独特なレギュレーションがある。そこに日産は2名の女性ドライバーを乗せて周回を続けていたのだ。少しでもマイルを稼いで次のレースにつなげようという意気込みはかなり強そうだ。こんな姿勢があるのなら、日本の日産が世界と戦い、頂点を極めるのも時間の問題だろう。そんな明るいニュースが1日でも早く舞い込んでくることを期待したい。