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トヨタは月でもクルマを鍛える。JAXAトークセッションでトヨタ 寺師副社長が「有人与圧ローバ」のプレゼンテーション

「月面でのプロジェクトに参加できるのは“まさにエンジニアの夢”」

2019年3月12日 開催

トヨタとJAXAは、月面での有人探査活動に必要なモビリティ「有人与圧ローバ」の検討を加速させると発表。左はJAXA 理事の若田光一氏、右はトヨタ自動車株式会社 取締役副社長の寺師茂樹氏

 JAXA(宇宙航空研究開発機構)は3月12日、東京都港区の虎ノ門ヒルズにおいて「国際宇宙探査シンポジウム 2019」を開催。この中でJAXA 理事の若田光一氏とトヨタ自動車 取締役副社長の寺師茂樹氏によるトークセッション「チームジャパンで挑む月面探査」を行ない、トヨタとJAXAが月面での有人探査活動に必要なモビリティ「有人与圧ローバ」の検討を加速させると発表した。

 有人与圧ローバは、月や火星の探査を目的とした「国際宇宙探査ミッション」で使われる車両。有人与圧ローバの検討は両者の間で2018年5月から始まっており、協業の可能性をさらに推し進めるという。有人与圧ローバを搭載するロケットの打ち上げタイミングは2029年としており、2029年~2034年の期間に有人与圧ローバ2台が月で活動する予定。次世代のFCV(燃料電池車)技術を用いて1万kmの月面走行を目指していて、水素・酸素を満充填した際の走行可能距離は1000km。JAXAがセレクトした月の5か所で有人走行を行ないながら探査を行なうが、5か所間の移動は自動運転技術を用いるという。

 有人与圧ローバの車両サイズは6.0×5.2×3.8m(全長×全幅×全高)とマイクロバス約2台分の大きさで、居住空間は13m 3 と4畳半ワンルーム程度。2名が滞在可能で、緊急時は4名の滞在も可能とのこと。

 なお、JAXAが主導する国際宇宙探査ミッションは“TEAM JAPAN”で挑戦することが掲げられており、トヨタが最初のパートナーになる。今後さまざまな企業からパートナーを募るという。寺師氏によるプレゼンテーションでは有人与圧ローバで使うタイヤの相談をブリヂストンにしたことも明かされ、同社も“TEAM JAPAN”に参画することを検討しているという。

若田氏のプレゼン資料。“TEAM JAPAN”で行なう国際宇宙探査ミッションでは、5か所で有人与圧ローバを用いながら有人走行による探査を行ない、それ以外の場所では自動運転機能を使って1万kmの月面走行を目指す
有人与圧ローバ。タイヤについてはブリヂストンに相談したことが寺師氏から紹介された

月面でのプロジェクトに参加できるのは“まさにエンジニアの夢”

「有人与圧ローバ」について語った寺師副社長

 トークセッションでは若田氏が国際宇宙探査ミッションについてのプレゼンテーションを行なった後、寺師副社長が登壇して有人与圧ローバの紹介を実施。寺師氏ははじめに「われわれ(トヨタ)が宇宙と初めて関わりを持ったのは、2012年にスペースシャトル・エンデバー号が引退するとき、ロサンゼルス空港からカリフォルニアの科学センターに輸送する際に道のりの一部に関わらせていただきました。このとき使われたのがピックアップトラックのタンドラで、一定の短い距離でありますが非常に光栄な仕事をさせていただきました」。

「当社は創業以来、社会のため人のため、役に立つ仕事を成し遂げたいという理念を持っています。今回、人類の活動領域を広げる月面という環境条件の下でこういうプロジェクトに参加させていただくのは非常に光栄ですし、まさにエンジニアの夢ではないか、そういう風に感じています」とコメント。

 そして有人与圧ローバについては「トヨタのクルマはダサいと結構言われるのですが、僕はこの有人与圧ローバはカッコいいと思っていまして、次のランドクルーザーにはこの辺のデザインを使いたいなと思います(笑)。特に月面探査のミッションを実現するにあたりましてさまざまな機器が必要になってきます。その中で、私どもトヨタ自動車が貢献できるのは人が乗るクルマではないかということで、有人与圧ローバの実現の可能性を色々と検討いたしました。月面を6週間にわたって走行しなければいけない、内部は人がスーツを脱いで普通に生活ができる。空間の広さは分かりやすく言うと4畳半のワンルームよりも少し小さいくらいで、外側は2台分のマイクロバスよりも少し大きいくらいのサイズ感になります」。

「今回のミッションでは42日間で1万kmの走行が必要になります。走行に十分なエネルギーを確保するために、トヨタ自動車の次世代の燃料電池を搭載しようと考えています。水素を1回満充電することで1000km走りたいと計画しています。月の昼間は地球の2週間、夜も2週間と聞いておりますが、太陽光発電と蓄電を行ないながら走行以外の操作分にはこちらを使いたいと思います。また、クルーを目的地に安全に、確実に送り届けるために過酷な環境下でも十分な走行性能やクルーを助ける自動運転機能が必要になると思います」と述べ、ここで「もっといいクルマづくり」を目指してトヨタ社員が各大陸を走破する「5大陸走破プロジェクト」を紹介。道なき道を行かなければならない人にもトヨタ車を選んでもらうよう日々努力しているとし、「地球上と月面では環境がまったく異なりますが、この品質、耐久性、信頼性を確保してきた考え方そのものが今回の有人与圧ローバの開発にお役に立てるのではないか、そう思っています」と述べた。また、有人与圧ローバでは品質、耐久性、信頼性に加えてCASE(Connected、Autonomous、Shared、Electric)」も必要になるとし、この総合力をさらに鍛えていくと解説している。

2012年にスペースシャトル・エンデバー号が引退する際、ロサンゼルス空港からカリフォルニアの科学センターに輸送するのにタンドラが使われた
有人与圧ローバの概要について
トヨタ社員が各大陸を走破する「5大陸走破プロジェクト」の考え方が、有人与圧ローバの開発に活かされるという

 また、「燃料電池については水素と酸素が反応することで電気を生み出し、その結果水だけを排出します。両方とも気体ですのでタンクに入れておけばエネルギーを長い間保存したり輸送したりできます。同時に燃料電池はリチウムイオン電池と比べてどうなのか、色々と検討してきました。一般的に軽くて小型にできることが特徴なのですが、われわれのエンジニアが今回のミッションに向けて必要な航続距離を確保するためにエネルギーの計算をしたところ、燃料電池はリチウムイオン電池の質量と比べて5分の1くらい、容積でも20%くらい小さくできることが分かりました。今回は燃料である水素や酸素は地球から輸送します。タンクを交換することによって走っていくことになりますが、発電によって排出される水は冷却水や飲料水に使用することができます。今回のミッションのエネルギー源として、燃料電池はさまざまな意味で最適なエネルギーではないかと思います。さらには、今回のミッションで月に水の資源が見つかり、将来その水資源が活用できるとすると宇宙で安定的にエネルギーを蓄えて活用することができます。トヨタにとって、これは水素社会を作るひな形になるのではないかと、その観点からも今回のミッションの意義を感じましてぜひ貢献したいと考えました」。

「われわれは、持続可能なモビリティ社会を実現するために、水素と燃料電池は不可欠なものだと思います。これまで培ってきた燃料電池技術はトヨタの商品として提供するだけでなく、色々なモビリティや駆動ユニットにも活用できると考え、多くのステークホルダーの皆さまと一緒に協業を進めていきたいと思います。そして今回、新たに宇宙開発も加わりました。宇宙開発は高度な技術力が試される道場でもあり、クルーの皆さまと必ず無事に帰ってきてもらわないとならない厳しいミッションだと感じています。今回、JAXAさまからお話しをいただき、強いリーダーシップを発揮いただきました。その元で、“TEAM JAPAN”の一員に加えていただいたこと、本当に感謝していますし、われわれもぜひしっかりとチャレンジしていきたいと思います」と抱負を述べてプレゼンテーションを締めくくった。

燃料電池とリチウムイオン電池の比較
発電による生成水は冷却水や飲料水に活用できるという
トヨタにとって今回のプロジェクトは水素社会を作るひな形になるとのこと
多くのステークホルダーと一緒に水素およびFC技術の普及を進めていきたいと寺師副社長
後半には若田氏と寺師氏による対談形式のトークセッションを実施
FCVは空気を取り込む際、フィルターでPMを減らした空気を燃料電池に供給し、水と余った空気を排出する。吸気より排気がクリーンとのことからFCVは“マイナスエミッション”であることなどが語られた