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各国における高品質の定義とは? BMW AG日本人デザイナー 永島譲二氏の講演会レポ―ト

日本では“精確さ”、ドイツでは“重量感”が高品質のキーワード

2019年11月20日 開催

東京工科大学・日本工学院専門学校で現BMW AGのカーデザイナー 永島譲二氏の講演会が行なわれた

 11月20日、欧州のメーカーで約40年間活躍する日本人カーデザイナー 永島譲二氏の講演会「あこがれを持たれるデザイン 持たれないデザイン」が行なわれた。場所は東京工科大学・日本工学院専門学校 3号館 地下1階 片柳記念ホールで、 第6回 大田区近隣産官学交流会の一部として開催された。

東京工科大学・日本工学院専門学校 3号館。蒲田駅周辺のランドマークとなる大きな建物
講演会場となった地下1階にある片柳記念ホール。約550名を収容可能

 永島氏は1980年からオペル、1986年からルノーでカーデザイナーとして活躍後、1988年にBMWに移り、「Z3 ロードスター」「5シリーズ」「3シリーズ」など数々の主要モデルのエクステリアデザインを担当。BMW AG デザイン部門 エクステリア・クリエイティブ・ディレクターとして現職にあり、同社カーデザインの総合的なディレクションを行なっている。東京工科大学 デザイン学部の客員教授で、日本工学院専門学校、日本工学院八王子専門学校の特別講師も務める。現在はドイツ ミュンヘンに在住している。

BMW AG デザイン部門 エクステリア・クリエイティブ・ディレクター 永島譲二氏。東京工科大学 デザイン学部 客員教授。日本工学院専門学校、日本工学院八王子専門学校 特別講師も務める

 講演ではまず「高品質ということを考える」とのことで、日本の工業製品であるセイコーの時計やシマノの自転車パーツ、釣具などを例に挙げ、光学機器、計測機器、電車、家電などの緻密さや精巧さを紹介していった。

 日本の高品質の源流を考えてみると、伝統的な木造建築で見られる釘を使わずに木材を「仕口と継手」の凹と凸に加工して組み上げる「木組み」を例として挙げた。刀剣も同様で、ドイツの観光土産としてゾーリンゲンの刃物が選ばれるが、ドイツ人は日本の刃物の方がいいと思っている人が多くいて、評価が高いことを紹介しつつ、「工芸品、家具や調度品も含めて、デザイン的に清潔感のある平面分割が施されているのが日本的高品質で、緻密で正確、精度が高く綿密にできている“精確さ”が日本の高品質のキーワードとなっているのではないかと考えている」と語った。

 クルマを例に見ると、ドアとボディの隙間はBMWでは5.5mmと決められているのに対し、日本車では4mmほどのクルマもあるという。この1mmは大変な技術の差が必要になるとのこと。例えば、レクサス(トヨタ自動車)の製造では、まずドアが閉まるボディ側をプレスして、誤差をレーザーで計測、その後ドア側をプレスして計測、その誤差の一致するパーツ同士を合わせるというシステムを作り上げているという。また、多数の直管蛍光管を使ったボディチェックで歪みを綿密にチェックしていることを紹介。とにかく緻密な作り方をしていることが日本車メーカーの特徴という。

公演中のカーデザイナー永島氏

 ここまで“日本的な高品質”を紹介し、それが世界に通用している事実があるが、ドイツ人の「高品質」のイメージは日本人と大きく乖離していて、まったく違うイメージを持っているという話題に移る。

 その代表的な事例として、永島氏はオペルに在籍していた当時の出来事について触れた。当時、日本メーカー製造の自動車をOEMとしてオペルから販売する計画があり、その事前調査としてドイツ人に販売前でまだ存在しない試作車で、日本車であることも伏せた状態でコンパクトカーを見せ、「これはとても品質が高い自動車だと思いますか?」と問いかけたところ、98%とほとんどの人が「いいえ」と答えたという意外な事例を紹介。

 続けて、ドイツ人の中での高品質のイメージ例として、「ブランデンブルク門」やライプツィヒにあるドイツ最大のモニュメント「諸国民戦争記念碑」を紹介した。あくまでも重厚な建築が高品質というイメージがあるという。

 さらにドイツにおける高品質は、単純なことに手を抜かずに執拗にやることとして、一例としてドレスデンのフラウエン教会を挙げた。この教会はバロック様式の教会として1743年に建てられたが、第二次世界大戦中の爆撃によりドーム型をした教会は全壊した。その後、長く放置されていたが1993年から再建が始まり、積んでいた個々の石の場所を正確に割り出して記録し、一時別場所で保管。それをオリジナルの設計図を元に再建するという作業で完全に元の形に戻した。完成したのは2005年のこと。

 永島氏は「ドイツには仕事はゆっくりだが、決して諦めないという気質がある」と紹介するとともに、「建物、家具、クルマ、時計、カメラなど、とにかく重厚に作り、古いものも骨組みを残し、ほかは新しくするなどして長く使えるようにしている。繊細さとは無縁のもの。とにかく重量感が必要で、先に挙げた試作の日本メーカー製コンパクトカーは軽量感があったのが原因ではないか」と分析した。

講演会場の様子

 また、振動が少ないエレベーターやウォシュレットはドイツにはないという。日本では柔らかいものが好まれる傾向にあるが、ドイツはまったく違って、柔らかいパンは嫌われる。言葉の丁寧さや表現の強さも異なるなど、価値観が違っていることを知り、日本の高品質は世界から見て間違ってはいないが、世界の中にはまったく違う価値観を持っている人がたくさんいるということを認識して、まったく認めてもらえないということを知っておくべきとの意見が述べられた。

 他国では、ルノーで仕事をしていた際に滞在していたフランスでの例も挙げ、フランスではどれだけ人工的に手をかけるかということが高品質の指標で、例えば庭園も自然さから離れ、人工的な形状にした方が高品質とされるという。クルマでも同じで、もっと手をかけることを重視し、時にはデザイン装飾性が高くなり過ぎてしまうこともある。「chic」がフランス的には美的に高品質な褒め言葉となっていて、ここでもいかに手をかけたかが評価のポイントだそうだ。

 このように、国によって感覚がそれぞれ違って、日本人がいいものだと思っていても受け入れられないことがあると認識しておくこと、だからといって、ドイツ向けだから重厚感ある製品にしようというのは間違いで、各々強みを活かしたもの作りをするのが最良で、真似をしても恐らくいいものは作れない。品質の違い、理解の違いはあるが、自分の強いところで勝負することが重要だとして講演を結んだ。

来場者との意見交換も行なわれた

 最後に来場者との意見交換の時間も設けられた。そこで出た発言を列挙しておこう。

①日本ではクルマのデザインを近くから見てディテールを評価することが多いが、欧州では遠くから全体を見たプロポーションを最重視する。全体を見て、ディテールはあくまでも後付け。日本車は近年全体の形がよくなってきたが、ちょっと前まではバランスがわるかった。ヘッドライトの作り込みなど、ディテールに凝る傾向があった。

②今後、クルマは自動運転化により、今まで積み上げてきたドライバビリティのテクノロジーはすべて無意味になる。中国をはじめ、世界には自動運転を前提とした新興メーカーが生まれてきていて、これが老舗メーカーと対等になる時、違うベクトルで勝負しなければならない。この答えは模索中で、まだ誰もヒントすら分かっていない状態にある。

③カーデザイナーの国際化が進んでいて、国によっての個性が出にくくなってきている。各ブランド自体が強いイメージを確立していなければならない。イメージが確立していればそれに沿ってデザインするので。

 なお、東京工科大学 12号館(メインの3号館より蒲田駅に近くにある) 1階 ギャラリー鴻(こうのとり)では、永島氏が描いたドローイングが「ヨーロッパ自動車人生活」と題して11月28日(26日は休館日)まで展示されている。開館時間は11時~18時(最終入館17時30分)、入場は無料。

ギャラリー鴻のエントランス
永島氏が描いたドローイングの巨大なタペストリーが出迎える
永島氏の挨拶文

 カーデザイン向けのデザイン画ではなくイラストレーションの展示で、各国の新旧入り交じった名車のイラストを多数鑑賞することができる。クルマファンなら、ぜひ訪れて見てほしい展示だ。

展示の様子
オリジナルグッズの販売。ドローイングが入ったマグカップ
カーグラフィック誌製作の2020年版のカレンダー