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Arm、自動車などでマシンラーニングによる音声認識や画像認識を低消費電力で実現する「Cortex-M55」「Ethos-U55」
従来のCortex-Mシリーズ単体と比較して最大480倍の処理能力を発揮
2020年2月10日 23:00
- 2020年2月10日(現地時間)発表
ソフトバンクグループ傘下で、プロセッサなどのIP(Intellectual Property、知的財産)ライセンスを開発・提供する英Arm(アーム)は、2月10日に報道発表を行ない、同社が組み込み機器向けにCPU(Central Processing Unit、中央演算装置)として提供してきたCortex-Mシリーズの最新製品となる「Cortex-M55(コーテックス・エム・フィフティーファイブ)」および、そのCortex-M55向けのNPU(Neural Processing Unit、AI向けのアクセラレータ)となる「Ethos-U55(エトス・ユー・フィフティファイブ)」を発表した。
Cortex-Mシリーズは、スマートフォンやPCなどのより強力な処理能力を持つCortex-Aシリーズに比べて、処理能力は下がるがより低消費電力とされており、自動車などのマイクロコントローラ向けのSoC(System on a Chip)などに採用されることが多い。今回発表されたCortex-M55は、従来提供されていたCortex-M33に「Helium」と呼ばれるSIMDエンジンが追加されており、マシンラーニングの演算を行なった時の処理能力は従来世代に比べて最大15倍となっている。
NPUとして発表されたEthos-U55は、SoCベンダが演算に利用するエンジンの数を調整できる柔軟性のある構造になっており、最大256器のエンジンを搭載することができる。Cortex-M55と合わせて利用することで、従来のCortex-Mシリーズ単体と比較して最大480倍の処理能力を発揮できる。
従来から約15倍のマシンラーニング性能を実現したCortex-M55
Armは、CPUの命令セットであるArmアーキテクチャのライセンスや、そのArmアーキテクチャを利用したCPU(Central Processing Unit、中央演算装置)の設計図をIPとしてライセンスを半導体メーカーに対して提供するビジネスを行なっている。その顧客は、AppleやSamsung Electronicsなどの自社のスマートフォン向けの半導体を製造するメーカーや、QualcommやNVIDIA、ルネサスエレクトロニクスなどの顧客に半導体を提供する形の半導体メーカーなど多種にわたっている。
特にスマートフォンやタブレットといったいわゆるスマートデバイスのCPU市場では、Armの市場シェアはほぼ100%になっており、独占的な立場を築いている。近年ではそのモバイル市場での強みを生かして自動車向けにも採用されており、ADAS向けの半導体、例えばMobileyeのEyeQシリーズや、NVIDIAのTegra/XavierなどのCPUもArmアーキテクチャベースとなっている(こうしたハイパフォーマンスを必要とする市場では、Cortex-A77などのCortex-AシリーズのIPライセンスが利用されることが多い)。
そして、近年では自動車のECUのマイクロコントローラ向けのCPUとしてArmのCortex-Mシリーズが多く採用されている。Cortexは、ArmがCPUのIPライセンスを保有し、設計図の形で同社の顧客となる半導体メーカーに提供され、Armはライセンス料を受け取る形になっている。このCortex-Mシリーズは、センサーのマイクロコントローラといった低い消費電力でパフォーマンスを発揮する製品に採用されており、自動車用途でも多く採用されている。
今回Armが発表したCortex-M55は、これまでArmが提供してきた「Cortex-M33」「Cortex M7」「Cortex-M4」などに続くCortex-Mシリーズの最新製品となる。最大の特徴は、Armが2019年にArm命令の拡張として発表した「Arm Helium technology」(アーム・ヘリウム・テクノロジー)に対応していることだ。
Heliumは、Armv8.1-Mという組み込み向けのArm命令セットの最新版で組み込まれたSIMD(Single instruction Multiple Data)と呼ばれる複数の演算処理を1回の処理で行なう構造になっており、マシンラーニングで多用されるベクター演算を従来よりも高速に行なうことができる。それ以外のスペックはCortex-M33とほぼ同等になっており、Cortex-M33にHeliumが追加されたものがCortex-M55となる。
そうした拡張により、従来のCortex-Mシリーズに比較してマシンラーニング(推論時)向けの演算時に最大で約15倍の性能向上を実現しているとArmでは説明している。
Cortex-M55+Ethos-U55で従来のCortex-Mと比較して約480倍の性能を発揮
Ethos-U55は、Cortex-M向けのNPUとして提供されるAI向けのアクセラレータとなる。Ethos-U55の特徴はMAC(Multiply Accumulate、積和演算)エンジンと呼ばれる演算器を、32器、64器、128器、256器と4つの構成から半導体メーカーが選択することができること。演算器が増えると消費電力が増え、製造コストも増えることになるので、必要な性能に応じて半導体メーカーが設計を選択することができる。
Ethos-U55は単体でも利用可能だが、Cortex-Mシリーズの各製品(Cortex-M55、Cortex-M33、Cortex-M7、Cortex-M4)と組み合わせて利用することが想定されており、Cortex-M55とEthos-U55を組み合わせて利用すると、従来のCortex-Mシリーズと比較した場合には理論上の速度として最大で約480倍のマシンラーニング(推論時)の性能を発揮するとArmでは説明している。
なお、Armが公開したベンチマークデータでは、同じクロック周波数で比較した場合で音声認識を行なった場合、Cortex-M55+Ethos-U55はCortex-M7単体に比べて推論の性能が50倍、電力効率は25倍になると説明している。
Armによれば、Cortex-M55+Ethos-U55が想定しているアプリケーションは、組み込み機器での音声認識や画像認識などで、車載システムにおける音声認識(車載用のAmazon Alexaなど)や、ADASシステムに採用されて画像認識のエンジンとして利用することなどが想定される。より低消費電力で高い性能を発揮することが可能になるので、音声認識やADASの機能などが高級車だけでなく、より廉価な自動車などでも採用される可能性が出てくる。
Cortex-M55、Ethos-U55はともに発表時点からライセンス提供が可能になっており、2021年に同社の顧客となる半導体メーカーが出荷する製品に搭載される見通しだ。発表時点ではNXP、STMicroelectronics、Samsung Electronics、Cypress、Bestechnic、Alif Semiconductorなどの半導体メーカーが採用意向表明を行なっていると説明している。