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Armの技術カンファレンス「Arm Tech Symposia 2019」開催。スバルの事例紹介のほか、TRI-AD、ソフトバンク登壇

英Arm マーケティングプログラム担当バイスプレジデント イアン・スマイス氏

英Armの日本法人であるアームは12月6日、Arm関連の技術カンファレンス「Arm Tech Symposia 2019」を東京コンファレンスセンター・品川にて開催した。

IoTプラットフォーム「Pelion」がスバルのカスタマーエクスペリエンス向上に貢献

 基調講演では、Armのマーケティングプログラム担当バイスプレジデントを務めるイアン・スマイス氏が登壇し、最新の機械学習向けNPU「Arm Ethos-N57」や「Arm Ethos-N37」などを紹介したほか、自動運転の話題にも触れた。

「レベル2の自動運転、またはADASからレベル5の夢を実現するには、さらなるコンピュート(演算)が必要です。そのような複雑なコンピュートを実現するのが我々の戦略であり、レベル2からレベル5へのギャップを埋めていかなければなりません。さらに、われわれはコンピュートや安全性、ソフトウェアに加えて、コラボレーションにも注力しています。私たちは自動運転技術に関するコンソーシアム『Autonomous Vehicle Computing Consortium(AVCC)』の創業メンバーの1つとして参加できたことを、とても嬉しく思います。AVCCは単なる自動運転の団体ではなく、共通のアーキテクチャーを実現し、業界のために共通のコンピュートアーキテクチャーを実現しようとしています」(スマイス氏)。

 続いて登壇したISGデバイス プロダクト&オペレーションズ担当バイスプレジデントのクリス・ポートハウス氏は、ArmのIoTプラットフォーム「Pelion」について解説。2年前からこれを利用しているスバルの事例を挙げて、顧客がスバルのクルマについてウェブサイトを調べたり、SNSにスバルの話題を投稿したり、ディーラーのイベントに参加したりする行動をPelionを使って組み合わせることにより、スバルはインサイトを得て、ターゲットを絞って顧客に対してさまざまな展開を図ることが可能となる。

Arm ISGデバイス プロダクト&オペレーションズ担当バイスプレジデント クリス・ポートハウス氏

 実際にスバルはPelion DMP(データマネジメントプラットフォーム)を使うことで、コンバージョンレートを倍増させることに成功し、ある地域のディーラーでは1年間の販売量を倍増させたという。

スバルでは顧客のさまざまなデータをPelionに集約

「IoTや5G、ML(機械学習)などの新技術によって、デジタルデータと物理的な世界が収斂してきています。それら2つを組み合わせることで大規模な展開ができるところが成功すると考えられます。いかにデータから価値を発揮できるかが大事で、それによってよりよいプロダクトが生まれるし、よりよい意思決定もできるし、よりよいカスタマーエクスペリエンスを実現できます。データをうまく扱える企業は、効率を向上させて、コストを下げることができ、さらに収益を増やすことができるようになります」(ポートハウス氏)。

ソフトバンクによる5Gを活用した隊列走行の実証実験

ソフトバンク株式会社 常務執行役員 モバイル技術統括 佃英幸氏

 さらに、ゲストスピーカーとしてソフトバンク 常務執行役員 モバイル技術統括 佃英幸氏が登壇し、「5GとIoTがもたらす未来」をテーマに講演した。佃氏は、5Gがもたらすさまざまな社会の変革について紹介。自動運転関連の話題として、2019年6月に行った隊列走行(先頭車両が有人運転で、後続車両が自動運転で先頭車両を追従)の実証実験を紹介した。同実験では、5Gの新たな無線方式(5G-NR)を活用して、高速道路を隊列走行するトラック車両間で制御情報を共有し、車間距離自動制御を行うことに世界で初めて成功した。

「この隊列走行では、クルマとクルマが直接5Gで通信し、協調制御しています。フロントカメラで映った映像を後続車に伝えるとともに、先頭車でブレーキをどれだけ踏んだのかという情報も同時に伝えます。前のクルマが減速し始めてから、それを検知して後続車が減速するのではなく、1台目のクルマを人間がどのように制御したのかという情報がほぼ同時に共有されることで、2台目と3台目に遅延することなく伝わっていきます。このような協調運転を実現することで、より安全性の高い無人隊列走行を目指しています。どんなに5Gの基地局を作っても、電波干渉や故障などの意図しない欠損は必ず発生するわけで、そのときにトラブルが発生するのは困るわけですね。そのために、自動運転車などは自立性を持ってセーフティコントロールができるようにする必要があり、それによってトータルで安全性が増すと思います」(佃氏)。

自動運転に関するさまざまな課題を解消するために発足したAVCC

TRI-ADの谷口覚氏

 もう1人のゲストスピーカーとして、トヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト・デベロップメント(TRI-AD)の谷口覚氏(VP, Head of Automated Driving Core Technology)が登壇し、ArmやTRI-ADが参加するAVCCの取り組みについて紹介した。

 AVCCは、競合関係にある企業も含めて1つにまとまって協力するための業界団体であり、自動運転に関する山積する課題を解決するために、リソースを1つに集めて協力することが有効であるという考えから発足した。その目的は自動運転のためのコンピューティングを議論していくことであり、複雑なテクノロジのチャレンジを解消すること、リファレンスとなるようなプラットフォームやAPIを通じてローコストに開発をできるようにしていくこと、次世代の製品群を生み出してエコシステムに合わせていくことなどを目的としている。

AVCCの参加企業

 現状はArmやBosch、Continental、GM、NXP、NVIDIA、ルネサス、Veoneer、トヨタ、デンソーの10社が参加しており、ほかにも参加企業を募集している。AVCCは、自動運転技術を安全かつ手頃な価格で届けるためにエキスパートが集まって議論する場である。自動運転を実現するために肥大化・複雑化するソフトウェアを車載の制約上で成立させるためには、パフォーマンスは当然として、それに伴う電力や熱、サイズなどの課題が発生する。このような相反する課題を両立するためには、現実的な自動運転の展開を想定した上でコンピューティングアーキテクチャを定義していく必要がある。

 さらに、今後コンソーシアムそのものを、イノベーションを目指した共通のプラットフォームとして育てていくことも必要であり、コンソーシアムで議論してスタンダードとして決めたものを業界標準として後押ししていくことも重要であると考えている。コンソーシアムではすでにいくつかのワーキンググループが立ち上がっており、その中でハードウェアやAPI、アーキテクチャなどの具体的な議論を始めている。目標としては、2025年のプロダクションの開発サイクルに間に合うように進めている。

「われわれがAVCCに期待するのは、SoCの性能や消費電力、サイズなど相反する課題を両立させ、ソフトウェアの開発効率、それを最適実装するためのツールの開発、ワイドレンジな商品群を効率よく設計するための設計資産のインターオペラビリティ、スケーラビリティ、そしてフレキシビリティを確保すること、業界全体でマーケットを生成し、適正な価格を実現していくことです。そのために有力なメンバーが集まって一緒に議論ができるのは、非常に望ましい姿だと考えているし、トヨタとしてもそこに貢献していきたいと思います。ぜひ、みなさんもご参加いただき、ご協力いただけることを期待しています」(谷口氏)。

自動運転向けプロセッサの開発だけにとどまらない、Armのさまざまな自動運転戦略

Arm ADAS/自動運転プラットフォーム戦略担当ディレクター 新井相俊氏

 続いて登壇した英ArmのADAS/自動運転プラットフォーム戦略担当ディレクターを務める新井相俊氏は、Armの自動運転に対する取り組みについて紹介した。

 新井氏は、現在の車載産業が取り組まなければならない課題として、「CASE」(Connected、ADAS&Autonomous、Shared Serbices、Electrification)を挙げて、Armもこれを念頭にビジネスを展開していると語った。

自動車産業が取り組んでいる「CASE」

 さらに、現在起きているトレンドとして、ICE(内燃エンジン)から電動パワートレーンへの移行を挙げた。Armの技術もすでに電動やハイブリッド自動車に使われており、日産のe-POWERにCortex-Rが使われている。また、バッテリマネジメントにもArmのテクノロジが使われている。

 このような電動化には、リアルタイムのバーチャライゼーション(仮想化)の技術がプロセッサに求められている。また、機能安全では最高ランクであるISO 26262 ASIL Dのサポートが要求されており、Armはすでに「CortexR 52」でこれらに対応済みだが、来年以降リリースされる新プロセッサでは、よりパフォーマンスが向上する予定だという。

電動パワートレーンへの移行

 また、電動パワートレーンでも機械学習が要求されており、バッテリーの劣化に応じてモーターコントロールのアルゴリズムを変化させたり、故障が起きる前に予兆を読み取って早期にパーツ交換したりする用途に使われる。そのためにOTA(Over The Air)アップデートという技術が使われるが、ここにもArmのテクノロジが使われているという。

 第2のトレンドは「デジタルコクピット」で、クルマの中のヒューマンインターフェースすべてを含むアプリケーションを意味するが、これについてもデジタル化が進んでおり、ディスプレイの数も増えてきている。ドライバーモニタリングシステムなどの一部のADAS機能や電子ミラーなどもコクピットに含まれている。これには機能安全レベルの違うアプリケーションをサポートしなければならないので、ArmとしてはCPUだけでなく、GPU、ディスプレイコントローラ、ISPなどにも機能安全に対応するべく製品を開発している。

デジタルコクピット

 第3のトレンドはADASで、これは自動運転に発展していくことが期待されている。高度な自動運転の実現のためには多くのセンサーが必要で、アルゴリズムも複雑化している。システムやECUの統合が進んでおり、次世代のアーキテクチャであるゾーンアーキテクチャが導入されることにより、イーサネットの導入が進む。そして、それがECUとオートモーティブコンピュータの統合を可能にしていく。

ADASは自動運転へと発展

 しかし、消費電力や開発コスト、ソフトウェアに対応する必要があり、Armは昨年から今年にかけて、「Automotive Enhanced(AE)」シリーズのプロセッサとして、Cortex-A76およびCortex-A65AEを発表している。A76はハイエンドのCPUで、複雑化し巨大化するソフトウェアをより速く処理できる性能を持っている。A65AEは、センサーデータを安全かつ効率よく処理するためのプロセッサとして開発された。いずれもASIL Dをサポートしており、高い電力効率を実現している。来年は新しいプロセッサを導入する予定で、今後ともパフォーマンス、電力効率、機能安全のサポートを向上させていく方針だ。

 自動運転の時代が来ると、ソフトウェア開発のコストが全体の車両開発コストの半分以上を占めると言われており、いかにソフトウェアを効率よく開発するかが今後の鍵となる。Armも開発ツールやコンパイラーなどに新機能を追加することで、より安全に、効率よくソフトウェアのコードを書けるように努力しているが、それだけでは自動運転の開発には対応できない。Armは非常に大きなエコシステムをすでに持っているが、それを自動運転にも対応させるため、地図会社であるmapboxやCivil Maps、ADASのアルゴリズムに特化したBroadmann17、GNSSを提供するSwift Navigationなどの新しいパートナーを迎えている。さらに、自動運転の時代に向けてオープンソース関連にも投資をしている。また、メーカー間の協調も必要であると考えており、そのためにAVCCにも参加ししている。

ソフトウェア開発のエコシステムも構築

「自動運転を実現するためには、非常に強力なプロセッサ、AIの機能を持ったコンピュータが必要です。同時に多くのセンサー技術や快適なコクピット、そして5GやOTA技術、HDマップ、GNSSなどの新しい技術も必要です。Armはこれらに必要な技術をプロセッサとして提供できる唯一の会社であり、今後もロードマップを示しながら開発していきます。現在、多くの自動車メーカーが自らをモビリティ会社であると呼び始めました。そのためには“CASE”を克服していかなければならず、展開可能で車載品質を保ちながら高性能なコンピューティングが求められます。それには幅広く有益なエコシステムが重要で、競争だけでなくコラボレーションも必要です。Armはその一員として、自動車業界に貢献していきます」(新井氏)。

自動運転にはさまざまな技術が必要となる