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メルセデスAMG F1チームの英ブラックリー ファクトリー公開 バーチャルツアーに参加してみた
2021年5月19日 06:30
メルセデス・ベンツのワークスF1チームとなるメルセデスAMG・ペトロナス・フォーミュラ・ワン・チーム(Mercedes-AMG Petronas Formula One Team、以下メルセデスAMG F1チーム)は5月15日(現地時間)、報道関係者を対象に同チームがイギリスのブラックリーに置いている本社 兼 ファクトリーのバーチャルツアーを行なった。
BAR時代からのブラックリーに置かれてきたファクトリー、他のF1チームと同じようにシルバーストーン近郊に
メルセデスAMG F1チームは、2010年にメルセデスがロス・ブラウン氏(現Formula One Group テクニカルディレクター)率いるブラウンGP(さらにその前身は第3期ホンダF1、2005年以前はBAR)を買収して、2010年からダイムラーAGのブランドであるメルセデス・ベンツのワークスチームとしてF1に参戦している、2014年に現在のパワーユニット規定(1.6リッターV6のICE+エネルギー回生システム)になって以降、ドライバーチャンピオン、コンストラクターズチャンピオンのダブルタイトルを7連覇しているという、現代のF1では最強チームだ。2021年はホンダのワークスチームであるレッドブル・レーシング・ホンダと僅差の戦いを繰り広げており、ここまで4戦してメルセデスAMG F1チームの3勝1敗という成績になっている。
ドライバーは目下のところ、7度のワールドチャンピオンになっているルイス・ハミルトン選手、そして2017年からチームに加わりシーズンの最高成績は2020年、そして2019年の2位というバルテリ・ボッタス選手の2人だ。
その2人のドライバーを支えるファクトリーはイギリスのブラックリーにある。ブラックリーは、イギリスGPの会場となるシルバーストーンサーキットからクルマで15分という隣町になる。F1チームのファクトリーは、イギリスをベースにしていないフェラーリ、アルファタウリ、アルファロメオ(ザウバー)の3チームを除けばすべてシルバーストーン周辺に集中しており、アストンマーティンはシルバーストーン、レッドブル・レーシングはミルトン・キーンズ、アルピーヌF1チームはエンストン、ウイリアムズはオックスフォード近くのディドコットにと、ロンドンから約100km程度のロケーションに点在している(マクラーレンはロンドン近郊のウォーキング)。
日本で言えば、東京から100km程度の場所にある富士スピードウェイのある静岡県小山町や、隣接する御殿場市にレーシングチームのファクトリーが点在しているのと同じようなイメージだと考えると分かりやすいだろう。
メルセデスAMG F1チームのファクトリーがブラックリーに設置されているのは、その源流となるBAR(British American Racing)チームがファクトリーを構えたことに由来している。BARチームは、参戦権こそティレルF1チームから買収したものの、ティレルのファクトリーは使用せずにこのブラックリーにファクトリーを構えたことに由来している。それ以来、建屋や風洞などのシステムは段階的に改良されてきて、現在に至っている。
デザインオフィス、60%風洞、オートクレープ、テスト施設などを公開
今回、メルセデスAMG F1チームはブラックリーのファクトリーをオンラインイベントの形で公開した。公開されたのは開発部門のオフィス、風洞、カーボンコンポジットを焼き上げるオートクレープ(日本語で言えば窯)、7ポストリグなどのテスト装置やドライブシミュレータ、そしてデータセンターなどとなる。
F1カーの開発は、まずは開発部門のオフィスにあるワークステーションPCを利用して行なわれる。CFD(Computational Fluid Dynamics、数値流体力学)やCAD(Computer-Aided Design、コンピュータ支援設計)などのコンピュータを利用した解析や設計手法がそれだ。特に近年のF1では、後述する風洞の利用時間などに制限があるため、コンピュータの中でダウンフォースの発生や風の動きなどをシミュレーションできるCFDの重要性が上がっている。
そうしたシミュレーションを元に、コンピュータ上に3Dの物体を再現するCADソフトウエアを利用してモノコックやウィングといった車両各部のデザインが行なわれ、クレイモデルと呼ばれる数十%の模型が作られ、それが風洞にまわされて現実世界で新しい設計が有効かどうかの確認が行なわれる。
メルセデスAMG F1チームによれば、ブラックリーにある同チームの風洞は60%で、F1チームが利用する風洞としては標準的なスケールだ。風洞というのは、言ってみれば建物の中にトンネルを作って、そこに強い風をファンなどで人口的に作り出して当てることで、実際に走行しているのと同じような状況の作り出すもの。このため、実車と同じサイズ(つまり100%のスケール)の風洞が作れればより現実に近くなるのだが、そうすると建物はより巨大にしなければいけないし、作り出す風量も上げないといけないなどの課題が多く、コストはかなり跳ね上がってしまう。このため、F1チームでは60%や、チームによっては50%というスケールの風洞を利用することが多い。
そうして設計された車両は、チームのリソースを利用してパーツが製造される。フォーミュラカーは頑丈かつ軽量である必要性があるため、モノコックと呼ばれるドライバーが座っているシート部分は、カーボンコンポジットで作られている。かつ、利用されているカーボンは、民生用製品で利用されたりするウェットカーボン(熱処理で加工されるカーボン)ではなく、窯で焼き入れられるドライカーボンとなる。
カーボンはそのままでも熱を加えることでそれなりに強度が高くなるが、完全に焼き入れを行なうことで強度はさらに増す。このカーボンを焼き入れる窯のことをオートクレープと呼んでいるが、メルセデスAMG F1チームには、モノコックを焼く大型のオートクレープが1台、ウィングなどの小型のパーツを焼くためのやや小型のオートクレープが3台あるという。
チームによっては自社の内部にオートクレープを持たず外注する場合もあるが、メルセデスAMG F1チームの場合はこうした装置を利用して内製しているということだった。
レース週末に向けたシミュレーションデータは3.7ペタバイト、ハイエンドのノートPC1850台分ものデータ量に
そうして完成した部品はさまざまなテストにまわされる。例えば、タイヤからの圧力がかかることになるアーム類やサスペンションなどが走行中に壊れてしまっては、ドライバーを危険にさらすことなる。そうしたことがないように、ファクトリーの装置を利用して圧力をかけても問題がないかなどが確認される。
このほかにも、ブレーキが機能しているかを確認する装置、さらにはセブンポストリグと呼ばれる合計7つのアクチュエーター(油圧シリンダー)により路面のアンジュレーション(でこぼこ)などを再現しながらサスペンションの動作などを確認できる装置などが紹介された。
また、車両が完成した後には今度はドライブシミュレータと呼ばれる、リアルのデータを元にバーチャル環境に構築されたサーキットを走るバーチャルなテストドライブが行なわれる。このドライブシミュレータでは、そうしたバーチャル環境に実現されたサーキットを、実際の車両データを元にしたバーチャルカーで走ることで、持ち込みのセットアップの精度を上げることが目的となる。持ち込みのセットアップの精度が高くなればなるほど、レースの週末にいきなり高い次元からスタートすることが可能になり、他チームとの差が大きいままフリープラクティスを終え、予選、決勝へと進めることが可能になる。
そうしたドライブシミュレータや実際にレースの週末に得られるデータなどは、データセンターに設置されているサーバーに格納されて、さまざまな解析が行なわれることになる。メルセデスAMG F1チームによれば、レースの毎週末に向けたレースシミュレーションでは200万もの組み合わせが検討され、3.7ペタバイト(1ペタバイト=1兆バイト、現在のノートPCのストレージが最大2テラバイトで1テラバイト=1億バイトなので、ノートPC1850台分のデータという計算になる)ものデータに達するという。それだけのデータをデータセンターに格納し、マシンラーニング(機械学習)という手法を利用して、AIを利用したさまざまな解析を行なっている。
そのメルセデスAMG F1チームのデータセンターには、同チームのテクノロジーパートナーであるPure Storageが提供するストレージが利用されている。Pure Storageは米国のデータセンター用ストレージメーカーで、HDDやフラッシュメモリなどをブレードと呼ばれるサーバー専用の筐体に格納して提供しており、現在急成長しているベンダーの1つだ。
従来のストレージメーカーがハードウェア中心のソリューションを提供しているのに対して、Pure Storageはソフトウエアをベースにしたソリューションを提供しているのが特徴で、容易にアップグレードできることが特徴になっている。なお、Pure Storageに関しては詳しくは僚誌Internet Watchの記事をご参照いただきたい。
フラッシュを使ったDC向けストレージのPure Storage、自社イベントを開催、日本市場は176%の高成長
https://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/1207810.html
メルセデスAMG F1チームのデータセンターには1つのラックで220テラバイトの容量を持つZ90という製品が複数用意されており、2016年にはストレージの容量を2倍にしたが、特に大きな性能低下なく利用できているという。また、チームの研究開発部門のエンジニアがCFDなどを利用して開発を行なう場合にも、このデータセンターにあるPure Storageのデータが使われているほか、スマートフォン向けに用意されているツール(Pure1)を利用してストレージのメンテナンスや状況確認などが行なわれると説明された。
また、チームがサーキットに持ち込む「ミニデータセンター」(ラックと呼ばれるサーバー機器を納めた棚ごとサーキットに持ち込まれるサーバー機器群のこと)にもPure Storageの70テラバイトのEvergreen Storageが持ち込まれており、週末のデータの格納と、そのバックアップなどが行なわれているとのことだ。