ニュース
モリゾウこと豊田章男社長、自動車業界100万人の雇用と内燃機関の未来を水素カローラに込めて走る
2021年5月22日 00:10
- 2021年5月21日~23日 開催
小林可夢偉選手の進言で始まった水素エンジン車のレーシング活動
5月21日~23日、富士スピードウェイ(静岡県駿東郡小山町)で「スーパー耐久シリーズ 2021 Powered by Hankook 第3戦 NAPAC 富士SUPER TEC 24時間レース」(以下、富士24時間)が開催されている。この富士24時間レースには、トヨタ自動車が開発した水素エンジン搭載の「カローラ スポーツ」(ORC ROOKIE Corolla H2 concept)がエントリーしており、そのレーシングスピードでの運転を同社 社長である豊田章男氏が担うことが大きな話題となっている。
豊田章男氏は、トヨタ自動車社長であるとともにモリゾウ氏のレーシングネームでモータースポーツ活動もしており、富士24時間レースには水素カローラのドライバーであるモリゾウ選手としてエントリー。20日木曜日の占有走行時間には、モリゾウ選手として水素カローラをドライブしていた。そんなモリゾウ選手でもあり、トヨタ社長でもある豊田章男氏に、富士スピードウェイで投入する水素エンジン搭載のカローラについて語っていただいた。
豊田社長は、この水素エンジン搭載カローラをモータースポーツの場に投入したきっかけとして、同じくドライバーとして富士24時間に挑戦する小林可夢偉選手のアドバイスがきっかけだったという。昨年冬の蒲郡のテストコースでの試乗時にFIA 世界耐久選手権のチャンピオンである小林選手も同席。豊田社長も水素エンジン搭載の試作車に乗ったが、小林選手もその試作車に乗り、水素エンジン試作車がモータースポーツに向いていると感じたという。そのような特性を豊田社長も感じ、24時間レースに出ることを決断、さまざまな24時間レースのスケジュールを確認したところ、この富士24時間レースが向いていたのだという。
そして、この豊田社長の決断が、水素エンジンの開発を加速。開発を統括する佐藤恒治GAZOO Racing Company Presidentは、テスト車の段階で水素エンジンには3時間レースを走りきるほどの実力はあったという。しかしながら、24時間レースというハードルを課せられたことで、水素エンジンの開発が加速。24時間レースを走りきるためには、48時間以上テストベンチでエンジンを回し続けなければならず、その段階でいくつかの改良を施すことができていると語る。もちろん、実際に走りきれるかどうかは、週末にモリゾウ選手や小林選手が取り組んでいくことになるが、モータースポーツという戦いの現場が、開発を加速していることは間違いない。
100万人の雇用を活かす、自工会会長としてのメッセージ
ただ、そもそもトヨタが水素エンジン車をモータースポーツに投入するのは、単に水素エンジン車を走らせたいからではなく、2050年に実現する必要があるカーボンニュートラル社会へ多様な道を提示するためだ。
これまでモビリティのカーボンニュートラルは、ともすればバッテリのみで走る電気自動車を普及させれば解決という単純な図式で語られてきた。確かに電気自動車は走行時にはCO2の排出がなく、走行時はカーボンニュートラルではあるのだが、走行するために必要な電気は火力発電所で発電された電気の割合が多く、それをロスの発生する送電線で伝送するという、あまり美しくない構図になっている。また、原子力発電所は確かに発電時にCO2の排出はないものの、基本は蒸気機関であるために熱効率は30%半ばと低く、さらに多くの事情から送電ラインは火力発電より長くロスも大きい。発電する際に膨大な熱を捨てており、カーボンニュートラルという観点からは優れているかもしれないが、そもそもの地球温暖化を抑制する目的としては熱効率が低いものとなっている。
そのような発電状況の中でトヨタが着目した水素エンジンは、燃料となる水素をカーボンを使わずに製造できれば、カーボンニュートラルのエンジンとなり、現在はまださまざまな問題があるものの2050年へ向けての一つの選択肢となり得る。
豊田社長はこの点を強調。実際、今回の24時間レースで使われる水素は、福島県双葉郡浪江町の「FH2R(福島水素エネルギー研究フィールド)」において太陽電池で水から製造された100%カーボンニュートラルの水素を使用。それを富士スピードウェイまで運び、水素充填を行ないながらレースに挑んでいく。
そして、この水素エンジンのよいところは、既存の内燃機関自動車からインジェクターなどを取り換えた状態で実現できるところ。ここから豊田社長の言葉は、自動車工業会の会長的な言葉に変わっていくのだが、すでに街中を走っているガソリンエンジン車、ディーゼルエンジン車などの内燃機関自動車をコンバージョンできる可能性があることだという。
ここに豊田自工会会長として、「カーボンニュートラルというと、すぐに新車の話になってしまうが、中古車ユーザーがいる。保有の中古車がものすごい台数ある。これをどうするべきか。保有のクルマについても目を向けるべきでないか」と語り、クルマ社会全体でカーボンニュートラルを実現する手段を作っていくべきだと語る。
また、この水素エンジンを手がけることで、現在の日本の自動車業界が得意としている内燃機関技術を活かすことができるという。
自工会、豊田章男会長から自動車産業従事者550万人への年頭メッセージは「感謝とエール」
https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1299188.html
豊田自工会会長は2021年1月8日に年頭のあいさつとして、自動車産業従事者約550万人に向けスペシャルムービー「#クルマを走らせる550万人」を紹介。コロナ禍以降は、トヨタ自動車社長としてより、自動車産業を鼓舞する存在として自らを位置づけているように見える。
この水素エンジンでのレース挑戦も「水素エンジンという道がある」と指し示すことにより、電気自動車一辺倒だったカーボンニュートラル論に一石を投じ、新しい選択肢を提示している。
実際、豊田会長は「エンジンを今否定されてしまうと100万人の雇用が失われてしまう。550万人中の100万人です」と語る。エンジン、つまり内燃機関を活かす道を模索し、その中で自社にあった水素エンジン技術に巡り会ったのだろう。
自社にあった水素エンジン技術、新型「MIRAI(ミライ)」で手の内にした水素タンク充填・供給技術、GAZOO Racingやルーキーレーングで作り上げた走っては壊して改良する環境、そしてもちろん世界中の人が購入しているレクサス車やトヨタ車から得られる利益を開発に注ぎ込める環境を駆使して、次世代への扉を無理やりにでも開こうという強い姿勢が見え隠れする。
豊田会長は「2050年まであと30年、これを長いと見るか、短いと見るかだ」と問いかけ、「30年前にはハイブリッド車はなかった。ただ、技術者はハイブリッド技術を研究していた」という。同様に、現在水素エンジン車は街中を1台も走っていないが、水素エンジン車を作るためのキーデバイスである燃料噴射装置はデンソーが研究しており、水素の高温・高圧な燃焼を受け止める高剛性のエンジンブロックとしてWRCを戦うヤリスのエンジンがあったという。30年前の非常識が現在の常識となったのがハイブリッド技術であるならば、「水素エンジンもそうなのではないか?」と問いかけている。
記者はもともとパソコン誌の記者などをしていて、25年前にあたる1990年代の日本のパソコンメーカーの興隆や、1980年代の圧倒的な日本の半導体メーカーのシェアなどを見てきた。しかし、それらのメーカーは技術開発への膨大な投資に及び腰となり、パソコンメーカーの多くは外資となり、国内半導体メーカーは集約の道をたどった。30年で世の中が大きく変わった一つの例でもあるだろう。
「水素社会を24時間レースで見てほしい」
豊田会長はモリゾウ選手としての走りのほか、24時間レースを訪れる観客に見てほしいものがあるという。今回の24時間レースでは、「水素を作る、運ぶ、使う、見る」という水素社会の動きのうち、作るは浪江町で作られているため見られないものの、トラックで水素を運ぶ、水素カローラで水素を使う・充填するが見られるという。
そのためグランドスタンドから比較的見やすい位置に水素の充填エリアを設置。現在は航続距離の問題から10周に一度くらい入ってくる必要がある水素の充填を見てもらえるという。およそ2分程度が1周のラップタイムなので、20分に一度水素充填エリアで充填する必要があり、7分ほどの充填作業を遠くからだが見ることができる。昼も夜も朝も見ることができ、普段はなかなか見ることのできない水素充填作業をスタンドから見られるように配慮している。
ちなみに、この水素充填エリアのレギュレーションは、トヨタと世界のレーシング環境を統括するFIAが共同で作り上げたもの。いわば世界で初めて行なわれる、24時間水素レースのプロトタイプを日本で目にすることができるようになっている。
また、誰でも思うのは、現在の10周に一度という航続距離の短さ。同じ水素を用いることから水素エンジン車とミライで使われている燃料電池スタックを組み合わせた、新時代の水素ハイブリッド車であれば、回生もできることから航続距離を伸ばすことができるのではないだろうか? その点についての検討などを行なっているかを開発担当の佐藤プレジデントに聞いたところ、問題が山積みなだけに「まずは水素エンジンの開発を」とのことだった。
トヨタが水素エンジンで行なおうとしていることは、誰もが実用車としては実現できていない難しいチャレンジになる。しかしながらトヨタには世界で初めて量産ハイブリッドを実用化し、世界で初めて量産燃料電池車を実用化してきた開発の歴史がある。
そうしたチャレンジ克服の歴史があるためか、厳しいチャレンジにもかかわらずミライが発電したLED灯で照らされたチームテント内の雰囲気が明るかったのは印象的だった。豊田会長はモリゾウ選手として小林可夢偉選手と水素エンジン車のインプレッションを楽しげに語っていたほか、開発統括の佐藤氏もクルマの変更点を楽しげに語っていた。
富士24時間レースは15時にスタートするが、30年後にはこの富士24時間レースがどのような言葉で語られているだろうか。水素エンジンにとって、そして内燃機関の将来にとって大きな意味のあるレースになるのは間違いないだろう。