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トヨタのアフリカビジネスを担当する豊田通商アフリカ本部COO 今井斗志光氏にサファリラリー優勝の意義とアフリカ市場について聞く
2021年7月14日 10:51
復活したサファリラリーで、1-2フィニッシュを達成したトヨタ
6月24日~27日にかけて開催されたWRC(世界ラリー選手権)第6戦「サファリ・ラリー・ケニア」。19年ぶりに復活したサファリラリーでTOYOTA GAZOO RacingのヤリスWRCは1-2フィニッシュを実現。セバスチャン・オジエ/ジュリアン・イングラシア組が優勝し、TOYOTA GAZOO Racing WRCチャレンジプログラムに参加中の勝田貴元/ダニエル・バリット組が2位表彰台を獲得した。
勝つためには耐久性や信頼性に優れるクルマであることを要求されるサファリラリーは、信頼性に優れた日本車が活躍することで知られており、日本での知名度が高いほか、日本車の優秀さが世界に知られていくきっかけにもなった。
日産自動車や三菱自動車工業、スバルなどがかつて活躍したほか、トヨタ自動車もこのサファリにチャレンジ。とくに1984年から1986年のセリカによる3連勝、1992年から1995年のセリカによる4連勝(1995年はWRCカレンダーから外れてしまったものの、藤本吉郎選手が優勝)と、1980年代から1990年代にかけては圧倒的な強さを発揮。トヨタラリー活動の黄金時代を築いていた。
日本人選手も多くの選手がWRCに挑戦してきたが、表彰台に立ったのは1994年の篠塚建次郎選手が同じサファリラリーで2位に入って以来の27年ぶり。勝田貴元は快挙を成し遂げたことになる。また、トヨタにとっても2017年にWRCに復帰して以来、初めて開催されたサファリラリーで1-2フィニッシュという信頼性を示したことになり、ヤリスWRCの強さを示す大会となった。
トヨタはサファリラリーの行なわれるアフリカの地でも自動車ビジネスを展開しており、この快挙はその自動車ビジネスにも影響はあるのだろうか。トヨタのアフリカにおける自動車ビジネスを統括する豊田通商 アフリカ本部COO(Chief Operating Officer) 今井斗志光氏にお話をうかがった。
トヨタのアフリカビジネスを30年以上担当する今井氏
今井氏は1988年に豊田通商に入社。30年以上もトヨタのアフリカビジネスに携わっているという。25歳ぐらいのときはアフリカ東南部にあるマダガスカル島に駐在し、その後ケニアに。30代は南アフリカに、そして40代~50代はフランス駐在だったのだが仕事はアフリカ方面だったという。
そして2018年、トヨタ自動車にアフリカ本部長として就任した。1年ほどトヨタのアフリカ本部長を担当していたところ、現在の豊田章男社長が「ホーム&アウェイ」という構想を提唱。得意な部署に得意な仕事を任せるという流れがあり、今井氏はいったんトヨタ自動車のアフリカ本部長を担当した後、そのアフリカ部ごと豊田通商に異動する。
「今、私は豊田通商のアフリカのCOOなのですが、トヨタ自動車にあるアフリカ支援部も担当しています。アフリカの営業は豊田通商とトヨタ自動車で一本化されており、それは豊田通商社内にあります。南アフリカにはトヨタ自動車が工場を展開しているのですが、そちらも担当する形になっています」(今井氏)と、いわばトヨタのアフリカスペシャリストと言ってもよい人だ。
トヨタ、「100年に一度」の大変革時代に向けてグループの競争力強化を加速
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では、トヨタ自動車にとってアフリカの自動車ビジネスはそもそもどのくらいの大きさを占めているのだろうか? 日本人にとってアフリカ大陸は巨大なことは分かるが、ビジネスの大きさの実感はなかなかないのが正直なところ。現状のトヨタのビジネスについて聞いてみた。
「アフリカの新車市場はだいたい100万台から120万台です。(アフリカ市場で)面白いのは中古車市場が約400万台あるところです。これは日本から3回くらい車検を通して7年経過したクルマをアフリカへ持って行くとか。日本からだけでなく、アメリカなどから持って行くとか。先進国だとあまり古いクルマはお客さまは乗られなくなっていくのですが、アフリカにとってはクルマは貴重なものなので、中古車の市場が400万台もあるのです。トータルで500万台くらいの市場規模になります」。
「当社の中でどのくらいの規模を占めているかと言えば、新車販売で20万台くらいになります。20%近くのシェアになります。ただ一方トヨタの中でのアフリカのシェアはですね、トヨタ(の生産台数)が1000万台なので2%になります。今は非常に少ないんですね」。
今井氏は、現状のアフリカにおけるトヨタのシェアは決して小さいものではないが、トヨタから見たアフリカ市場はまだまだ小さいものだという。ただ、そこには大きな可能性があると語る。
「今アフリカの人口は12億人くらいで、2050年の人口は予測によると25億人とも言われています。そのときの世界の人口が100億人くらいとされており、世界の4人に1人がアフリカに住んでいることになります。まず、人口が倍になると予測されている上に、クルマの世界では保有率という数値があります。1000人くらいお客さまがいらっしゃると、何人くらい保有しているかという数字なのですが、先進国では500人くらいです。人口の半分くらいです。これがアフリカは40~50人なのです。今後人口は倍になって、クルマの保有も4%~5%ではなく10%~20%にはなるだろう。すると、現在の7、8倍から10倍くらいになるのではないかと言われています」。
このようにアフリカは大きな可能性を秘めていると今井氏は言う。今井氏自身「トヨタ車の次を支える地域になると豊田社長に言ってます」とのことだ。
トヨタはこのアフリカ大陸において、4つの地域でクルマを生産している。南アフリカ共和国(カローラ、ハイラックス、フォーチュナー、ダイナ、ハイエース)、ケニア(ランドクルーザー、ハイラックス)、エジプト(フォーチュナー)、ガーナ(ハイラックス)となる。南アフリカがもっとも古く1962年6月から。その後、ケニア、エジプトと南から反時計回りに展開してきた。このような工場配置には理由があるのだろうか?
「ルールというのはありませんが、4つの工場のうちの1つになる南アフリカでは10万台くらい作っています。20万台販売しているうちの半分くらいを南アフリカで作っており、プレスなども行なっている本格的な工場になります。ケニアとエジプトとガーナについては、東と北と西に1か所ずつという方針で建てました。ただ、この工場はKD(ノックダウン)生産を行なう組立工場になります。(2021年に立ち上がる)ガーナはこれからハイラックスを作ろうとしていて、1500台から2000台の予定になっています。2車種目としてはスズキさんのスイフトを作ろうとしています。アフリカではトヨタとスズキは連携していてパートナーとなっています。また、このガーナの工場は豊田通商が建てたのですが、これは世界で初めての工場になります」。
今井氏によると、アフリカ大陸の各地域に工場を作り、当初は日本から部品を持ってきて組み立てるKD生産からはじめ、少しずつ現地調達して、現地の産業を育てていく予定だという。
ガーナに世界で初めて自動車の組立工場を豊田通商グループが設立したが、これも現地生産に積極的に取り組み、アフリカの自動車産業発展に貢献していくこととなる。
今井氏はアフリカの国々をとらえるときに北とか南といった観点では、北、真ん中、南といった観点で3分割して見るとよいという。北がエジプトなどの砂漠地帯、真ん中がサバンナ、そして南が南アフリカなど古くから発展してきた地域になる。新車100万台、中古車400万台という市場も地域性が表われており、南アフリカだけで新車市場が50万台あり、そのほかの地域が新車50万台、中古車400万台という市場になる。つまり、南アフリカには富裕層が多いことになる。
ランドクルーザーやハイラックスに加え、カローラも人気。カローラ クロスも投入
トヨタがアフリカで販売している車種で人気のクルマについても聞いてみたところ、やはりというか想像どおりというか「ランクルとハイラックスが当社のブランドを支えています。どんなところにも入っていけるし、必ず帰ってこられる。アフリカでトヨタが増えたのは、この2車種にあります。どんな道でも壊れずに行って帰ってくる、まずはこの2つを作りました。カローラも作っていますが、世界中に展開しているカローラは現地では高級車となります。アフリカでは新車で高級車で憧れのクルマです。しかも信頼性が高く、適性もよい」とのこと。
広大なアフリカでは、日本のように社会インフラを面で展開する必要もないため、クルマが必要かつ不可欠な交通手段。そして、そのクルマには信頼性が高く、どんな道でも走ることが可能なランドクルーザーやハイラックスが選ばれていると今井氏は語る。意外だったのはカローラだが、ベーシックな交通手段として大人4人が乗れる適度なサイズ感もあるのだろう。
そのカローラに関してだが、すでにワールドプレミアされているSUV版のカローラ、カローラ クロスを10月から南アフリカで生産開始するという。最低地上高もカローラより高いため、非舗装路の多いアフリカには向いている。雨期のある東南アジアをターゲットとしているクルマかと思っていたが、アフリカでも人気の車種になるのは間違いないだろう。
そして今井氏によると、トヨタとしてカーボンニュートラルへ向けての取り組みもアフリカで開始しているという。それが先ほどのカローラ クロスで、アフリカにおいてフルハイブリッドのパワートレーンを用意。ハイブリッド車の生産も同じ10月に立ち上げ、アフリカで販売していく。ハイブリッド車となることで燃費を20%以上改善でき、CO2の排出量を抑えるという選択肢を用意する。
ある意味、これは大きなチャレンジになるだろう。トヨタのハイブリッドシステムは本格的なフルハイブリッドシステムなので駆動モーターへ最高で600Vの高電圧を送り込んでいる(ヤリスハイブリッドでは580Vなので、カローラ クロスも580Vかもしれないが)。それだけに48Vなどのマイルドハイブリッドなどと比べ燃費改善効果が大きなものとなっている。ただし、その難点は高電圧回路を持つことから、ディーラーでの高い整備力が必要になること。日本において世界で初めて高電圧ハイブリッドが実用化されたのは、トヨタの開発陣の技術力はもちろんあるのだが、それをきちんと整備する体制を整えられたことが大きい。日本ではトヨタの高電圧ハイブリッドから電動化が始まったので当たり前のことと思われているが、世界的には高電圧車の整備は難しく、それがマイルドハイブリッドの1つのメリットとなっている。今井氏はハイブリッド車を生産するだけでなく、販売すると語っており、アフリカのトヨタディーラーのレベルはその段階にあるということだ。
復活したサファリラリーの価値
トヨタのアフリカビジネスの話が長くなってしまったが、そんなトヨタのアフリカビジネスにとって、サファリラリーの1-2フィニッシュはどのような効果が期待されるのだろう。復活したサファリラリーには豊田通商もスポンサードを行なっており、復活の経緯について今井氏に聞いてみた。
19年ぶりに復活したサファリラリーについて今井氏は、「ケニア政府ががんばったので復活できました。よく私はこのたとえを言うのですが、ケニアにとってのサファリラリーは、アメリカにとってのスーパーボールであり、フランスにとってのツール・ド・フランスなのです。1980年代、1990年代の話ですが、サファリラリーが開催される1か月前から国中が盛り上がるのです。なくなったときは、ケニア中ががっかりしてました。その後、ケニア政府は大統領自らが復活に向かって、いろいろな交渉をしたと聞いています。交渉してがんばって、復活させたのです」という。
その中で豊田通商のスポンサードは、WRCに対するグローバルスポンサーではなく、現地のローカルスポンサーという取り組みになる。豊田通商はケニアでトヨタ・ケニアを販売店として展開しており、ラリーの前に走るゼロカーやサービスカーの提供や大会の資金的なサポートを行なったという。もちろん、それはトヨタとしてのビジネス的な側面もあるが、トヨタとサファリラリーのかかわりが深く、今井氏もケニア時代に強い思い入れがあるからだという。
「サファリラリーはセリカGT-FOURからつながっているのです。トヨタは1990年代に4連勝しますが、最初(1992年)はサインツ選手が勝って、次(1993年)はカンクネン選手が勝ちました。そしてその次(1994年)にイアン・ダンカン選手が勝つのです。イアン・ダンカン選手はケニア人で、コ・ドライバーのデイビッド・ウイリアムソン選手がトヨタ・ケニアの中の人間だったのです。めちゃめちゃ近いところにあったのです。彼らのクルマ自体が、トヨタ・ケニアのガレージでいろいろ面倒をみていたのです。当然私もレースは見に行って、そしてトヨタ・ケニアの人たちも草レース好きなんですね。トヨタ・ケニアのサービスマネージャ自身も草レースのチャンピオンでした(笑)」(今井氏)。
その後、今井氏もケニアを離れるが、トヨタ・ケニアはサファリラリーがなくなって本当にがっかりしていたのだという。そんな中、トヨタが2016年末にWRC復帰を発表。2021年にサファリラリーが復活するにあたってサポートを行なった。
トヨタ、TOYOTA GAZOO Racing「2017年 WRC参戦体制発表会」で「ヤリスWRC」公開
https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1034972.html
ここには、モータースポーツイベントを主催する国や団体、参加する選手やサポートする企業、そして応援するファンの理想型があるようにも見える。過去のサファリラリーから紡がれる物語はクルマという商品にとって、ただの製品以上の価値をもたらしファン作りにつながっていく。
この復活したサファリラリーでは、日本人ドライバーの勝田貴元/ダニエル・バリット組が2位に入ったのも大きな話題だった。今井氏は勝田選手の走りも大興奮だったという。
今井氏自身は残念ながら日本にいたものの、現地スタッフを派遣。「今年はサファリラリー以前に4位、4位と来ていて後一歩表彰台にとどいていなかった。それがサファリラリーで初めてのポディウムを獲得したのは感慨深いです。当日は豊田社長らとLINEでやりとりしながら見ていて、現地からの写真を受け取ったりとか」と熱く語ってくれた。
勝田選手を含め、この活躍はアフリカ市場において大きなプラスになるという。トヨタとしてもTOYOTA GAZOO Racingの展開をアフリカにおいて始めており、GRヤリスを数百台という規模で日本から輸入。少しずつ販売していく。その後押しにもなるし、そもそもトヨタのアフリカにおけるブランドイメージはサファリラリーで作られ、ランクルやハイラックスで証明してきた歴史があるだけに、ドライバーに加えチームやクルマの優秀さを示す1-2フィニッシュという結果は、語り継がれていく物語になるだろう。
いちばん真剣に考えるという「町いちばん」
今井氏は今後トヨタとしてアフリカに貢献していきたいという。「トヨタは今後モビリティカンパニーになっていくことを宣言しています。アフリカは移動が1つのテーマなんです。危ないとか、道がわるいとか、公共交通機関が整っていないとか。モビリティにおいて非常に大きなテーマがあるのです。トヨタはその中で、安心で安全、快適で。アフリカの人たちが移動の自由を楽しめる。コロナ禍が終われば、また移動が始まると思っています。たとえばお母さんがお子さんをつれて安全に移動できるからと私たちの小さい乗用車を使ってとか。そうしたときに、なるべくCO2も出さない方法で。痛い=ベインというんですが、モビリティの難しい部分がたくさん残っているのです。そういうところを解決していきたい」と語ってくれた。
その解決の1つの方法が、工場などにおける取り組みになるという。「工場では作っておしまいということではなく、現地の経済とか人に貢献したい。これは世界中のトヨタでも同じなのですが、産業を作って雇用を目指すとともに、人材育成をしています。トヨタアカデミーや人材センターを作っているのです。アフリカでは大きな方針として、それを外部に開放しています。トヨタ・ケニアではトヨタ・ケニア・アカデミーというメカニックの教育をしているところがあるのですが、トヨタ・ケニアだけでなく、外部の学生さんとか、失業をされている方とかに自動車整備の教育プログラムを提供しています。自動車を直せるようにですね。長い目で国作りの中の人作りにかかわっていくというのが大きな方針です。『幸せの量産』ということに共感しているのですが、幸せは一部の人だけだと全体が幸せになれないのです。多くの人を幸せにするために、その国の人々の教育に貢献したいと思っています。まったくベタですが。そこがトヨタのいいところだなと思っています。世界中どこに行っても同じです」と語る。
豊田章男社長の言葉に「町いちばん」のになるというのがあるが、それについても豊田社長から言われた言葉があると今井氏はいう。
「今井さん、アフリカでは比べなくてもいいよ。アフリカでいちばん真剣にアフリカの人たちのことを考えてくれればいい」と豊田社長に言われたとのこと。豊田社長の「町いちばん」は、事業で一番と思われがちな面もあるが、いちばん真剣に考えるという側面もあるのだという。
最後にアフリカにおけるトヨタの強みを今井氏に聞いてみた。今井氏は迷わず、「一言で言うなら“信頼”です。それを形作っているのは、商品にリアリティがあるというのもありますが、アフリカ中にネットワークがあることです。部品が手に入って、万が一壊れてもすぐに直せる。定期的にお客さまがディラーにいらっしゃっています。安心な理由は、たとえばショックアブソーバーが壊れたときに、ショックアブソーバーの純正品がすぐに手に入る。ショックアブソーバーやブレーキはアフリカでは命がかかっているだけに本当に大事な部品なのです。ライバルとの差と言われると、やはりそこになります。クルマは命がかかってますので」と語ってくれた。
今後大きな成長と遂げると見られているアフリカ市場において、トヨタは“信頼”を武器にともに成長していこうとしている。