ニュース

水素カローラ、次戦鈴鹿ではガソリンエンジン並みのパワーへ 最終戦岡山ではガソリンエンジン超えを目指す 100kWが燃料電池車との効率クロスポイント

トヨタ自動車株式会社 GAZOO Racing Company プレジデント 佐藤恒治氏

アップデートされたオートポリス版水素カローラ

 トヨタ自動車は7月31日、カーボンニュートラル社会の選択肢を広げるため、内燃機関の未来を切り開くために水素エンジンを搭載したカローラ(水素カローラ)で参戦しているスーパー耐久第4戦オートポリスの予選前に記者会見を行なった。

 この会見に出席したGAZOO Racing Company プレジデント 佐藤恒治氏、およびその後の囲み会見に応じたGRパワートレーン推進部 部長 山崎大地氏、水素カローラを担当するGRプロジェクト推進部 GRZ主査 坂本尚之氏らへの取材により、進化し続ける水素カローラの将来像などが見えてきた。

 まず、水素カローラの基本仕様として抑えておきたいのは、トヨタのスポーツカー「GRヤリス」がベースとなっていることだ。最高出力200kW(272PS)、最大トルク370Nm(37.7kgfm)を発生する直列3気筒 1.6リッター直噴ターボ G16E-GTS型ガソリンエンジンを水素仕様に変更。燃料噴射インジェクターなど水素燃焼ならではのパーツを組み込んでいる。

 そしてボディは、FCEVの新型「MIRAI(ミライ)」の燃料タンクを搭載するためにカローラ スポーツへと変更。圧縮水素の燃料系として、実績のあるミライのパーツがふんだんに使われている。出力やトルクなどは非公表ながら70MPaの水素タンク搭載などによる重量増は200kg程度と発表されており、この仕様で富士の24時間レースを完走した。

 そして富士の24時間レースから約2か月、水素カローラは数々のアップデートを施されてオートポリスに登場した。

アップデート内容その1 エンジン

 佐藤プレジデントは、今回のアップデートで一番は信頼性だという。富士の24時間レースで発生した数々のトラブルに対する対応を行ない、「一番心がけてやってきたのが信頼性の向上」と語る。

 信頼性の向上のために行なったのが燃焼のカイゼン。「プレイグニッションと呼ばれる異常燃焼をいかに抑えるか。そこを原理原則に立ち返って燃焼の解析をしながら、カイゼンを加えてきています」といい、富士24時間を走ったエンジンと、今回のオートポリスを走っているエンジンのスペックはまったく別物になっているとのことだ。

 それらの燃焼カイゼンを行なった結果、トルクは富士に対して15%アップ。過渡特性も大きな余裕があったところを見直し、アクセルレスポンスを向上。ストレートでは富士よりも9%伸びる(おそらく最高速が)エンジンとなったという。

 アクセルレスポンスのカイゼンは、最高速のほかクルマの荷重移動や姿勢作りに大きく影響するため、ラップタイムの向上につながる。しっかり、クルマとしての基本性能を上げてきた。

アップデート内容その2 軽量化&車両バランス

 オートポリス戦の水素カローラでは、富士24時間に比べて約40kgの軽量化を実現。これは富士24時間が水素カローラにとって初戦だったため、そもそも安全方向に振ったクルマ作りになっていたという。そして大きく軽量化できたのが計測機器。初めての水素エンジン搭載車によるレースということで、富士24時間では多数の計測器を積み込んでいた。

 その計測器も重さなどに工夫されたものではなく、とりあえず計測することを優先して積み込み。今回は計測するものや計測器を見直し40kgの軽量化につながった。

 また、本当は今回のオートポリス戦から導入するはずだったコネクテッド技術を鈴鹿戦では導入。テレメトリデータなどをDCM経由で送信することで、機器の軽量化を図る。ただし、それによる軽量化は限定的なもので、数キログラム程度になるとのことだ。

 なお、本来スーパー耐久ではテレメトリデータの送信は許されていない。水素カローラが開発参戦ということで、限定的に許可されている。

 クルマの重量バランスについても見直しを行ない、24時間レースで走ったドライバーの意見を入れて、重心位置を変更。よりドライブしやすいものへと変更した。長距離レースでは変化の出てくる部分かもしれない。

アップデート内容その3 給水素時間

 オートポリス戦で大きく性能が向上したのが給水素時間。約5分が約3分となり、40%もの大幅な時間短縮を実現した。1秒のラップタイム短縮が大変なだけに、120秒もの時間短縮は大幅な性能向上と同等の価値を持つ。

 佐藤プレジデントによるとこの時間短縮は水素の流量を増やしたことによるもの。富士24時間の水素充填データを元にFIAと調整。水素充填時の温度が80℃を超えないようにコントロールしているという。

 この流量が上がったことにより、前回の富士のようなトラックを2台使った2段階の給水素ではなく、トラックを1台使った給水素へと変更。トラック1台のみのスペースですむようになり、パドックでの専有面積も小さくできることから、サーキットでの運用もしやすいようになっている。

 気になる燃費だが、その点については富士24時間レースと変わりないくらい。富士とオートポリスのコース全長は近いものがあり、約10~12周で給水素を行なう必要がある。逆に言えば、燃費を悪化せず、信頼性を犠牲にせずに、トルクの15%アップを実現したことになる。

燃料電池車であるFCEVと、水素燃焼エンジンの特性について

 進化の途中にある水素エンジン搭載カローラだが、同じ水素を燃料に使うことから燃料電池車であるFCEVとモビリティの可能性を比較されることは避けられない。とくにトヨタには、現在世界トップクラスのFCEVと言ってもよいミライがあり、その完成した水素燃料系の多くは水素カローラに流用されてもいる。

 この点について佐藤プレジデントは、水素で発電して走る電動車であるFCEVと水素燃焼エンジンには、それぞれ得意な領域、不得意な領域があるという。FCEVで得意な領域は低負荷域。たとえばストップ&ゴーの多い街中、平均速度の低い市街地運転などがあたるだろう。

 一方水素燃焼エンジンが得意な領域としては、高負荷領域を挙げる。常に全開で走ることが要求されるような高速域、急加速が必要な領域、高トルクで走らなければならない領域だろうか。FCEVでこのような領域を走り続けると、FCスタックが熱を持つため変換効率が落ちる。一方水素燃焼エンジンであれば、すでにもともとの熱は持っているため、異常燃焼域に入ることがなければ、パワーを発揮できる。

 佐藤プレジントは、その効率の分かれ目を「100kWくらいかな」と語る。100kW以上が要求される領域では、すでに水素燃焼エンジンの可能性が見えているというのだ。

 もちろん今後FCスタックも効率が向上してくるほか、水素燃焼エンジンも低負荷域での効率改善が行なわれるだろう。いずれにしろ水素利用は始まったばかり、豊田章男社長のいうように「カーボンニュートラルに自動車技術の選択肢」があるほうがよいのは間違いない。

今後の開発の方向性

 水素燃焼エンジンの今後の開発の方向性としては、さらなるエンジン出力の引き上げが予定されている。GRパワートレーン推進部 部長 山崎大地氏によると、オートポリス戦の仕様ではガソリンエンジンに対し出力でまだ劣っており、次戦鈴鹿ではガソリンエンジン並みに引き上げるという。ガソリンエンジン並みの出力がGRヤリスの最高出力200kW(272PS)、最大トルク370Nm(37.7kgfm)というスペックを意識しているのであれば、水素エンジンの可能性が分かる。

 また、山崎氏は最終戦の岡山ではガソリンエンジン以上の出力に引き上げるともいう。ガソリンエンジン以上の出力となれば300PS近くなり、そんなに引き上げられるものなのだろうが。山崎氏はニコッと笑って「ガソリンエンジン以上の出力」と語ってくれたので、岡山でのストレート速度を見ればその実力が分かるかもしれない。

 ただし、水素カローラは圧縮水素を搭載するため4本の水素タンクなどを積んでおり、これが富士スピードウェイ戦の時点ではベース車両に対して200kg増と言われていた。オートポリス戦で40kg減、鈴鹿線でさらに数キロ減となっても、150kg以上のウェイトハンデを積んでいることには変わりない。最終戦の岡山ではガソリンエンジン以上の出力と、そのウェイトを背負っての走行になる。

 佐藤プレジデントや坂本主査は、今後圧縮水素タンクを搭載しないような開発の方向性を示唆する。気体の水素は重量エネルギー密度に優れるものの、容量エネルギー密度に劣る燃料。これを解決するには、水素の液化が第一の候補に挙がるだろう。

 液化した水素、つまり液体水素採用の方向に向かうのかと聞いたところ、「BMWでは採用例がある」と語るのみ。つまり不可能ではないととらえればよいのだろうか。ただ液体水素は極低温での保存が必要であり、水素エンジン搭載カローラのプロジェクトが急速に立ち上がったトヨタには、その技術的蓄積が少ないと思われる。

 そのような技術を持っているのは、ロケット燃料用の液体水素をマイナス253℃で保管するプラントを運営している川崎重工や、ガスを扱う岩谷産業など。いずれも液体水素を扱っている代表的な企業であり……、今回の水素カローラのスーパー耐久参戦に協力している企業ではないですか。
 技術提携などを考えているのか?と佐藤プレジデントに聞いたところ、「(川崎重工さんとは)正直申し上げてこれからです。今回、意思ある情熱と行動で水素の『はこぶ』のところに手を挙げていただいた」と語ってくれた。

 いずれにしろ水素カローラはまだまだ発展途中。カーボンニュートラル社会における内燃機関の可能性と進化を目の前で見ていることになる。

水素エンジン搭載カローラ