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学生が学生のために開発した「学生フォーミュラ大会用シミュレータ」とは
2021年12月28日 13:42
- 2021年12月26日 開催
もの作りの本質やプロセスを学ぶための「学生フォーミュラ大会」
公益社団法人 自動車技術会が主催する「学生フォーミュラ日本大会」は2003年から開催されているイベント。内容は大学・専門学校に在籍する学生が学内でチームを組み、独自に小型フォーミュラカーを開発・製作してその成果をコース上で競い合うものだが、この大会はフォーミュラカーの製作を通じてもの作りの本質やプロセスを学び、その経験からもの作りの厳しさ、面白さ、喜びを実感することを目的としている。
そのため、一般的なモータースポーツのように、単純に速い遅いを比べるのではなく、車両設計、製造コストなどを自動車メーカーの現役技術者が審査をする項目もある。さらに、学生チームをレーシングカー製造メーカーと仮想して、製品(製作したフォーミュラカー)を自動車メーカーに売り込むためのプレゼンテーションも行なわれ、その内容も審査対象になるという奥の深いもの。
大会は静岡県にある「エコパ(小笠山総合運動公園)」を使用して毎年9月頃に約5日間かけて開催され、大会や学校関係者だけでなく一般来場者も見学できるものなので、多いににぎわうイベントになっている。
そんな学生フォーミュラ日本大会も2020年から広まった新型コロナウイルス感染症の影響を受けて2020年はすべての項目が開催中止、そして2021年は動的審査(エコパでの実走)などが中止となるが、静的審査(コストやプレゼンテーションなど)はオンラインで開催され、総合成績は優勝が神戸大学、2位は大阪大学、3位は京都大学という結果になった。
学生フォーミュラ、2021年大会はオンライン開催で神戸大学が初の総合優勝
学生フォーミュラの新たな試みとして「シミュレータ開発」を考案
そんな学生フォーミュラに対して、状況に応じてやれることを進めてきた自動車技術会は、2022年は再びエコパで開催できるよう動いている。そして同時に新たな取り組みも始めた。それが「学生フォーミュラ向けのシミュレータを作る」というものである。
この学生フォーミュラのコースや車両を体験するシミュレータを作ることは、自動車技術会が主催する日本最大の自動車技術展「人とクルマのテクノロジー展」にて展示するため考案されたもの。
高度な機材になるので当初は専門業者に製作を依頼する予定だったが、せっかく作るのなら学生フォーミュラ向けシミュレータとして活用したいという案が出た。そして「そういうことであれば学生フォーミュラに情熱を持って取り組んでいる学生に作ってほしい」となり、学生フォーミュラ公式Webサイトを通じてシミュレータ開発への協力を呼びかけたという。
結果、複数の応募があったが東京農工大学の柚木希さん、本同直人さん、村松滉平さんに依頼することになった。なお、この3人は同校の学生フォーミュラチーム「TUAT Formula」に所属していたが、現在は卒業間近ということでチームOBとしての立ち位置である。そこで記事中はチーム名ではなく、インタビューに答えてくれた本同さんを記事中での代表者として「本同さんたち」と呼称させていただく。
さて、学生フォーミュラの舞台になっているエコパのコースは常設のものでなく、運営が世界の学生フォーミュラ大会の規定に沿ってレイアウトした特設コースとなるので、リアルなシミュレータとするためにはコースから独自で作っていく必要がある。
そこで使用したのが「アセットコルサ」というPC用レースゲームだ。このゲームの特徴はあらかじめ設定されているコース、車両のほかにプレイヤーが独自でコースや車両を製作できる「MOD(モッド)」という拡張機能を持っているところ。
その機能を使用して本同さんたちはレイアウトだけでなく、風景やコース脇に置かれる消火器まで再現したリアルなコースを作成。また、走行用の車両については2020年の大会で走らせる予定だった「NK16」という車両をゲーム内に作りあげた。
こうした作業をしていくうちに見えてきたのが「いま作っているものはモデルベース開発の練習として使える」ということだった。
このモデルベース開発をザッと紹介すると、仕様書を元に作ったバーチャルカー(モデル)を使って行なう開発、検証のことで、現在は各自動車メーカーがこの方式を取り入れているという。
そんな最新技術に近いものを体験できることは、もの作りを学ぶ学生フォーミュラにおいてはとても有意義なことである。そこで自動車技術会と本同さんたちは製作中のシミュレータを展示用ではなくて「学生フォーミュラの活動をサポートするツール」として使えるものへと目的を変更したのだった。
せっかく作るシミュレータは、みんなが使えるものにしたい
本同さんたちはチームで車両設計や製作を行なっていたが、シミュレータの製作経験はなかった。そのためこの取り組みを進める中で分からないところは勉強し、経験が活かせるところは、それをキッカケにして問題を乗り越えていった。
そして完成形までたどり着いたところで、本同さんたちが自動車技術会に提案したのがシミュレータを使うための「セミナーを開くこと」だった。
このシミュレータで使用するMODはプログラムの一種なので、簡単に使いこなせるものではない。それだけにMODを使ってアセットコルサを活用したいと思っている人がいても1人ではなかなかハードルが越えられないものである。
そこで「一緒に進めてハードルを越えていこう」というのがセミナーを企画した最大の理由だという。開発をした本同さんたちは東京農工大学の学生であり、自分たちが所属していたチームへの愛着もあるが、一線を離れた立場になったことで「学生フォーミュラ全体の発展」を強く希望する気持ちが芽生えたという。だから誰もが手に入れることのできるアセットコルサをベースにしたし、MODを使うためのセミナー開催を提案したのだった。
参加学校ごとの地理的な差を埋めるツールを目指す
そこで第1回目となる「学生フォーミュラMOD開発セミナー MOD導入編」が、12月26日にオンラインにて開催された。先着20名限定だったが好評ですぐに枠は埋まったという。
セミナーで使用する資料はすべて本同さんたちが製作したが、本番前には内容の確認など含めて学生フォーミュラOBなどにチェックを依頼したという。また、開催中は画面を共有してもらい、何かあればフォローが受けられる体制で始め、朝10時から夕方4時までたっぷりと時間をかけて行なった結果、アセットコルサに初めて触る人もMODで製作した車両を走らせるレベルまで育ったという。
なお、受講の申し込みは九州や東北からもあったそうだが、シミュレータを作る目的には参加学校ごとの地理的な面から来る不公平さをなくしたいという面もあった。というのも学生フォーミュラでは定期的にエコパでの練習会を開いているが、遠方だと移動距離の関係で参加しにくい学校があるという課題があった。
そこでシミュレータの出番。製作済みのリアルなコースを走ればドライバーの習熟にもなるし、車両の実証実験にもなる。この状況が作れることでこれまで「出たとこ勝負」だった学校も、準備を整えることができるので競技の公平さが強まるし、新たな強豪校が登場するというドラマが起こる期待も出てきたのだ。
ここから先はみんなで作りあげていくシミュレータになる
このような効果が期待できる学生フォーミュラ向けシミュレータではあるが、本同さんいわく「このシミュレータやMODなどはモデルベース開発のためのものとして推したい気持ちはありますが、あくまでもゲームです。もの作りを真剣に取り組むものとしてこれで大丈夫とは言えないし、これだけで済ませてしまうのはよくないとも思っていますので、表現としては“参考程度に”というものにとどめています。実車と比較することや他のデータと比較していくことで、信頼していい部分が見えてくるのではないでしょうか」とのこと。
とはいえ、実はちゃんと効果は実証済だ。2020年大会用に設計した車両は本同さんたちのなかでは「曲がる」クルマだったが、シミュレータ上で走らせたところ「曲がりにくい」評価された。そして未完成ではあるが製作した実車も「曲がりにくい」ものだったという。これは典型的な成果と言えるだろう。
PRのための展示用シミュレータ開発から始まって、学生フォーミュラOBが開発に関わり、そして車両やモデルベース開発の練習に使用できるものとなったこのシミュレータとMOD開発だが、これは今後の学生フォーミュラにおいて大きな影響を与えるものになることは間違いない。
現状はエコパでのメインコースとサンプル車両が1台あるだけの状態だが、各チームが製作した車両が走るようになってくれば、より多くのデータが集まりさまざまな提案も出てくるだろう。また、シミュレータを使用したチームが車両データや成果を共有してくれるようになると、さらに面白くなる。例えば速いクルマのサスペンションのデータがアップされれば、それを自分たちのマシンに取り入れることで、これまでできなかった比較ができるようになり、新しい発見を得ることになるかもしれない。MODならそういった変更や確認もできるのだ。
それと学生フォーミュラでは「スキッドパッド」や「アクセラレーション」という走行審査もあるので、それらコースの再現もされてくると動的審査項目すべてがシミュレータで試すことができるようになるかもしれない。こうした動きが出てくれば、このシミュレータは学生フォーミュラにおける技術発展の場にもなるだろう。
そんな学生フォーミュラ向けシミュレータ、学生フォーミュラ参加チームの方にはぜひ活用してもらい、技術と意見を交換し合い「みんなで」このシミュレータの完成度を高めていっていただきたい。