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2022年度よりJNCAPに追加された「対自転車被害軽減ブレーキ」試験 国交省とナスバが公開したデモ試験を見てきた

2022年10月27日 開催

国土交通省と独立行政法人 自動車事故対策機構が公開した「対自転車被害軽減ブレーキ」の試験のデモンストレーションを見てきた

2022年度よりJNCAPに追加された「対自転車被害軽減ブレーキ」の試験

 独立行政法人 自動車事故対策機構(ナスバ=NASVA:National Agency for Automotive Safety & Victims' Aid)という組織をご存じだろうか。ここは自動車事故被害者支援と自動車事故防止を通じて、安全、安心、快適な社会作りに貢献することを目的とした自動車事故対策の専門機関である。

 そしてナスバでは国土交通省とともに、毎年、販売台数の多いクルマを中心に事故時の人を守る技術(衝突安全性能)や事故を防ぐための新しい技術(予防安全技術)など、クルマの安全性能に関わる技術の評価試験を行ない、結果を公表する「自動車アセスメント」を実施している。

自動車アセスメントはJapan New Car Assessment Programの頭文字を取って「JNCAP(ジェイエヌキャップ)」とも呼ばれている。衝突安全性能や予防安全性能などを総合的に評価して自動車ユーザーに安全なクルマであることを示す「自動車安全性能ファイブスター賞」の認定も行っている

 自動車アセスメントでは2022年度より新たに「対自転車被害軽減ブレーキ」の試験を開始していて、その第一弾としてトヨタ自動車の「ヴォクシー/ノア」が最高評価となるファイブスター賞を獲得している。今回はファイブスター賞を獲得したヴォクシーを使用して報道向けの「対自転車被害軽減ブレーキ」公開デモ試験の模様をお伝えする。

独立行政法人 自動車事故対策機構(ナスバ)の理事長である中村晃一郎氏

 会場になったのは茨城県にある日本自動車研究所(JARI:Japan Automobile Research Institute)のつくば研究所。公開デモに前には独立行政法人 自動車事故対策機構(ナスバ)の理事長である中村晃一郎氏が登壇し、「近年、被害が多いのが対自転車の事故です。そこで新たに評価を開始したのが自転車に対応した衝突被害軽減ブレーキです。これについて実際の試験状況を再現したデモンストレーションを行ないますので、ぜひ皆様にご覧いただきたいと思います。この試験は被害が多い事故の形態を模した状況で行なうものでありまして、対自転車に対する自動車の安全性能を的確に評価をするものであります。また、試験を見学していただくだけではなく、試験車に同乗して衝突被害軽減ブレーキがどのように作動するのかも体験して頂く準備もしております」とあいさつをした。

 つぎに「自動車アセスメントは交通事故による被害者の削減を目指しまして、衝突被害軽減ブレーキに代表されるような事故を未然に防ぐ技術の性能を評価、公表してまいりました。その結果、多くのクルマで衝突被害軽減ブレーキなどの予防安全装置の導入が進んでおります。私どもナスバとしてもこのように安全性能の高いクルマが普及している状況は大変うれしく思っています。今回の試験デモを通じてひとりでも多くの方に自動車アセスメントのことを知って頂きたいと思います。また、改めて強調させて頂きたいこととして‘事故が起こらないようにするのは運転者がもっとも気をつけること’という点です。予防安全装置は一定の条件の下で作動した場合に事故を防ぐ、あるいは被害を軽減することが期待されるものですが、天候や道路状況などによっては必ずしも期待どおりの機能を発揮するものでもありません。したがいまして予防安全装置を過度に信頼するのではなく、安全運転の責任はあくまでもハンドルを握るドライバーにあることを、すべてのドライバーの方にいま一度認識して頂ければと思います」と結んだ。

2022年度の自動車アセスメントにおける評価項目がこちら。被害軽減ブレーキの項目に「対自転車」が追加された
JNCAPの評価の内容。★で表現され最高は★が5つとなる
自動車アセスメントのロードマップ。今後も新たな技術の評価が予定されている

自転車に対応する衝突被害軽減ブレーキの試験方法

 今回、公開されたのは衝突被害軽減ブレーキ(対自転車)の評価テストだ。この自転車が関わる事故についても解説があった。それによると交通事故による死亡者数のうち、自転車乗車中によるものが全体の約14%になっているという。クルマに乗っているときや歩行中の事故に比べると少ないが、約14%という数字は対策が十分に必要と言えるもの。そこで自動車アセスメントでは2022年度に被害軽減ブレーキ(対自転車)の評価試験を導入した。

2021年度の状況別交通事故死亡者割合のグラフ。自転車乗車中によるものが約14%になっている
クルマと自転車の事故に関するデータ。道路のどこで事故が起きているかを示したグラフ
事故の内容ごとの死傷者数(左)と死亡者数(右)をグラフ
出会い頭事故についてさらに細かく分析したデータ。データによると自転車の進行方向について、クルマの進行方向に対して自転車が「右から直進」での事故発生率は全体の5割を超えていた

 試験デモンストレーションの説明の前に、衝突被害軽減ブレーキ(対自転車)の試験で使用される機材を紹介しよう。車両は2022年度のファイブスター賞を獲得したヴォクシー。試験車であるが装備、機能などすべては市販されている車両とまったく同一である。そのクルマに日本自動車研究所つくば研究所が所有する試験機材を装着したものが試験車となる。

試験車はトヨタヴォクシー。被害軽減ブレーキ(対自転車)機能を搭載して2022年度のJNCAPでファイブスター賞を獲得している
試験車といっても性能、仕様などは市販されている車両とまったく同じもの

 この試験においては試験車と自転車(試験ターゲット)の動作タイミングやそれぞれの速度、そして走行ラインがテストごとに同一であることが必須なので、試験中のクルマの走行はすべてドライビングロボットが操作をしている。ドライバーも運転席に乗車しているが、ドライバーはスタート地点まで試験車を移動させることや試験にあわせた機材の操作などを行なう役目だ。

 走行ラインや速度はGPSを利用することで正確さを出しているが、GPSの測位はメートル単位のものなので、この試験のように走行ラインがキチンと決まっている場合は少々精度が足りない。そこで試験では基地局で受信したGPSデータをより正確な位置情報に変換したうえで、そのデータを試験車に送っているという。こうすることで誤差は2~3㎝以内に収まるとのことだ。

試験車の運転席。ハンドルロボットとペダル操作ロボットが装着されている。ハンドルロボットはSR60トーラス、ペダルはシーバーという名称。メーカーは同じところだ
ハンドル操作ロボット。試験中は大きく切ることはない。走行ラインを正確にトレースさせる
ペダル操作ロボット。ブレーキペダルを踏み込む速度なども人の操作にあわせているが、これは年齢とかでなく「約0.3G」が発生する踏力としている。アクセルは設定速度までワイドオープンしたあとにパーシャルで調整している。なお、アクセルとブレーキの切り替えはクラッチで行なうので、ペダル操作にオーバーラップはないとのこと
ラゲッジの様子。ロボット制御用の装置とバッテリ、そしてGPS計測機器が搭載されている。電源は車両側からも取るが、試験中はデータの安定化のために試験機用の電源のみから給電される。ロボットの動作には60Vほど必要
GPS機器。ロボットを含む試験機材の価格を尋ねたところ「家が2軒建つくらい」とのことだった。こうした機材をJARIでは3機所有しているという。それをローテーションしながら使用している
試験車のルーフにはGPS用のアンテナが付けられている
より正確な位置情報を出すために基地局を設けている。ここで位置情報を補正することで3cm以内という「みちびき」の利用に匹敵する精度を出す
試験ターゲットはロンチパッドというリモコンで移動する台に載せられる。クルマが衝突してもクルマ側に被害が出にくいよう軽量な素材でできている
ロンチパッドも試験車と同じく正確な位置情報が受信できるようになっている。テスト開始ボタンが押されると試験車と同調して試験プログラムどおりに動く

 試験は3つのシナリオにて行なわれる。まず1つ目は、試験車と同一方向に直進する試験ターゲットに向かって、後方から接近するもの。前出のデータにもあった追突や追い越し追突を想定したものとなる。自転車に追突? と思う人もいるだろうが、クルマ側の前方不注意によるものもあれば、自転車の減速による追突などもあるので、クルマやモーターサイクルに対してだけでなく、車道を走る自転車に対しても「追突」の危険性があることを改めて意識したい。

 2つ目は見通しのいい道での事故を防ぐ内容。自転車事故ではクルマに対して右側から進行した際の出会い頭事故の発生率が高いので、そのケースに対応する性能を見るものだ。試験ターゲットの速度は15km/hと一般的なペダルバイクの走行速度にあわせている。たいしてクルマ側は10km/h~60km/hの間で5km/h刻みの試験をそれぞれ3回行なう。

 3つ目は直進するクルマに対して左側から自転車が飛び出してくる状況での試験。これは幹線道路というより、住宅街にある生活道路の交差点を想定したもので、進行方向左手、つまりターゲットが出てくるところに実際の道路にもよくある壁を作り「急な飛び出し」を再現している。ターゲットの速度は10km/h、試験車の速度は10km/h~50km/hの間で5km/h刻み。試験回数は3回となっている。なお、このような試験を行なう際の人員は8名~が必要とのことだった

自転車への追突事故を被害軽減ブレーキにて防ぐことを試験する
自転車を追走
自転車が右側から横断するシナリオ
自転車が右方向から横断
自転車が左から横断。遮蔽物から飛び出しを想定したシナリオ
自転車が左方向から横断(遮蔽物あり)

 ナスバが公開した「対自転車被害軽減ブレーキ」の試験では、どのケースもターゲットと衝突することなく試験をクリアしていた。また、今回は試験車に同乗する機会も設けられていたので、実際に機能が作動するところを車内で体験することができた。感想としては急な飛び出しであったのにもかかわらず、余裕を持って停車できたように感じた。しかし、冒頭で中村氏が語ったように、これらの機能は状況によっては期待値以下の効果になることもあるので100%の頼り切りは禁物。とはいえ、機能があるとないとではもしものときに結果に大きな違いが出ることが期待できるので、これからクルマを購入しようと思っているのであれば、車種選びの際には自動車アセスメントの評価も参考にしてはいかがだろうか。