ニュース

NASVA、初公表した「対歩行者自動ブレーキ」安全性能評価の公開デモを実施

歩行者を検知して自動ブレーキが作動するシーンを写真と動画で紹介

2016年12月1日 開催

 国土交通省とNASVA(自動車事故対策機構)は12月1日、平成28年度自動車アセスメント(前期分)を公表し、このなかで日本で初めて「対歩行者自動ブレーキ」の評価結果を発表。これに合わせ、同日に茨城県つくば市の日本自動車研究所で対歩行者自動ブレーキの安全性能を評価する試験走行の公開デモンストレーションを実施した。

 自動車アセスメントとは、自動車の安全に関わる性能の評価を実験、公表することで、ユーザーが安全なクルマを選びやすい環境を整えることと、自動車メーカーにより安全なクルマを開発してもらい、その普及を促進させることを目指して1995年から行なわれているもの。

 この日は平成28年度の前期分として、予防安全性能評価において11車種、衝突安全性能評価では4車種の評価結果を公表するとともに、取材に訪れた報道関係者に対して自動車アセスメントの説明を行なった。

国土交通省 自動車局 次長 島雅之氏

 発表会は国土交通省 自動車局 次長の島雅之氏の挨拶から始まり、このなかで島氏は最近の交通事故の状況に触れた。近年は交通事故が減少傾向にあったとのことで、事故で死亡した人の人数に関しては2014年が4113人。これはピーク時の4分の1以下の数字だが、2015年は4117人と15年ぶりに増加に転じてしまった。

 その内訳を見ると、事故死者数の約37%が歩行者で占められていて、自動車、自転車などに乗車中の事故と比較しても最も高い割合となっている。また、2015年の死傷者数は66万6023人。2004年から減少傾向になっているが、依然として高い数字が続いている。「交通事故の状況は依然として厳しいと言わざるを得ない」と島氏は語る。

 この状況に対して政府は、今年3月に作成した「第10次交通安全基本計画」において、2020年までに死者数を年間2500人以下として「世界一安全な道路交通を実現する」という目標を掲げている。国土交通省としても最近、高齢運転者による痛ましい事故が続いている状況にあるなか、目標を達成するためには歩行者事故対策が不可欠と考えていて、そのために車種ごとの性能を比較・評価して公表するこの自動車アセスメントでも、今年度から予防安全技術の評価対象に、対歩行者自動ブレーキを追加するとともに、夜の環境に対応する対歩行者用自動ブレーキの導入に向けた検討も進めていると説明された。

独立行政法人自動車事故対策機構 理事長 鈴木秀夫氏

 続いて挨拶に立ったのは自動車事故対策機構 理事長の鈴木秀夫氏。NASVAは国土交通省と連携して自動車アセスメント事業を行なっているが、NASVAはドライバーを自動車事故から守ること、自動車事故の被害者を支援する援護業務、自動車事故を防ぐための安全指導業務の3点を柱としている自動車事故対策の専門機関であると紹介された。

 今回の発表会について鈴木氏は「平成28年度前期の自動車アセスメントの結果をお伝えするとともに、今年度から新たに評価を開始した歩行者に対応する被害低減ブレーキの試験状況を再現したデモンストレーションを行ないます」とコメント。

 試験の内容は、この試験で高い評価を得たクルマが普及して多くの歩行者事故が防げることになるよう、実際に事故が多い状況を模した方法で試験を行なうと説明。さらに今回は、歩行者に対応した被害低減ブレーキを備えたクルマへの同乗試乗がトヨタ自動車、マツダ、スバル(富士重工業)、スズキの各社の協力で実施された。

 NASVAとしてはユーザーが安全なクルマを求めるときの選択肢が増えている状況を嬉しく思うと語る一方で、同時に「事故は運転する人が防ぐ」ということをもう1度意識してほしいと鈴木氏は語る。

 将来的に「完全な自動運転車」の時代が来れば話は変わるだろうが、今回試験を行なった歩行者に対応する被害低減ブレーキは、万が一、ドライバーが前方に出てきた歩行者に気がつかないまま衝突しそうになったとき、その状況をクルマが検知して自動的にブレーキを作動。事故の発生自体を防いだり、被害を軽減する可能性があるというもの。

 この装備に頼っているだけで安全運転できるというものではなく、システムは天候や道路状況など、歩行者が飛び出してきたシチュエーションによっては適切に作動しない場合もある。それだけに装備を過信することなく、あくまで万が一のときに支援してくれる可能性があるものと認識してほしいと解説された。

独立行政法人自動車事故対策機構 自動車アセスメント部長 大森隆弘氏

 このあと、自動車事故対策機構 自動車アセスメント部長の大森隆弘氏から、平成28年度自動車アセスメント(前期分)の試験評価結果、および対歩行者自動ブレーキ評価試験の概要が説明された。最新の自動車アセスメントの結果はすでに関連記事で紹介しているのでそちらを参照していただくとして、ここではスライドで紹介された内容を写真で紹介する。

自動車アセスメントの業務について。クルマやチャイルドシートに関してさまざまな試験の実施によって、事故の被害を軽減する効果を知ってもらう仕事を行なっている。それぞれの結果をまとめたパンフレットも作成して配布も行なっている
自動車アセスメントでは実際に発売されているクルマに対して試験を実施。ユーザーはその情報を元に購入するクルマを選び、メーカーはユーザーに選んでもらえるよう開発を進めるというサイクルを形成する
自動車アセスメントは国土交通省の所管事業。有識者からなる自動車アセスメント評価委員会によって運営されており、活動に必要なさまざまな実務をNASVAが手がけている
自動車アセスメントが行なう衝突安全基準の評価について解説した画面。評価の対象が増えていったことが分かる
自動車に乗っている人をどれだけ救えるかということに加え、歩行者に与える被害がどれだけ少ないかの性能を合わせて評価するのが衝突安全性能の総合評価。性能をファイブスターの表記で示している
近年の技術革新で実用化された装置の性能を評価するのが予防安全性能評価。さらに2001年からはチャイルドシート安全性能評価も行なっている
予防安全性能総合評価について。評価で基準以上の点数を獲得すると「ASV++(エーエスブイダブルプラス)」のマークが付く。ちなみにASVとは先進安全自動車のこと
平成28年度前期自動車アセスメント評価結果について
2015年の死者数は増加に転じた。また、衝突安全性能が向上してきたこともあってクルマに乗車中の死者数は減少しているが、歩行者の死者数の減少幅は小さいことを示すデータ
現状を踏まえて2018年までの新しいロードマップが作られた。夜間を含む対歩行者被害低減と車線維持支援制御装置の評価も開始される
歩行者対応の被害低減ブレーキの評価方法について。現状の技術では右左折時に支援を行なうものはないので、直進時の事故が対象。また、歩行者の急な飛び出しについても対応できないのでテスト対象から外している
試験シナリオは2種類。見通しのよいところでの横断、駐車中のクルマの影から出てくるというパターン。速度条件は実際の事故が10km/h~60km/hの間で起きることが多いということで、この範囲で行なっている。クルマの影から出てくるパターンは、25km/hから45km/hの範囲で実施
歩行者対応の被害軽減ブレーキ試験の配点。これは見通しのよい横断のときのもので、10km/h~60km/hの間でそれぞれ試験する。この成績が満点であれば評価点が与えられる。25点満点だ
評価に使用する機材について。クルマの装備については後述のテスト車で解説する
予防安全装置のさらなる普及に向けた検討について。ロードマップにもあるように夜間における歩行者に対応する被害低減ブレーキ、車線維持支援制御装置の評価が追加される
被害軽減ブレーキなどの予防安全装置を過信しないことも呼びかけている。あくまでも支援装置であり、ドライバーによる安全運転が前提となる

アセスメントで最高点をマークした「アクセラ」でデモンストレーション

今回行なわれた自動車アセスメントの試験評価でトップだったマツダ「アクセラ」がデモンストレーション用に用意された。装備している機材なども試験時と同等

 対歩行者自動ブレーキのデモンストレーションでは、最も評価が高かったマツダ「アクセラ」がデモカーとして登場。デモ走行でも評価試験時と同じ仕様を再現している。評価するための機材がいろいろと搭載されているが、各部について担当ドライバーから解説されたのでそれを紹介していこう。

 試験中のクルマは精度を高めるためロボットが操縦する。そのロボットを動かすためのソフトを載せたPCが搭載され、PCにテストのシナリオを書き込んでおく。ロボットをコントロールするユニットはラゲッジスペースに搭載されていた。アクセラの場合、コントローラーの横にロボット用のバッテリーがある。通常時に車両から電力供給されて蓄えておき、テストが開始してロボットが起動すると車両からの供給をカット。バッテリーの電力だけですべてのシステムを動かしている。

評価テスト用のソフトを入れたPC
左はシステムを動かすためのバッテリー、右はロボット用のコントロールユニット
手前に1本あるのが基地局との通信用。白くて丸いのはGPS。両サイドにあるのは歩行者機器との通信用アンテナ

 クルマのルーフ上を見るといくつかのアンテナが追加されている。写真の丸いものがGPSで、前方両サイドにある短いアンテナが歩行者を動かす機器との通信用。さらにテスト本番時にはコースに基地局が設けられるので、その基地局との通信用アンテナが左後方に立っている。ちなみにこの基地局は、車両の位置精度を高める補正を行なっているとのこと。

 リアシートのセンターに支柱を立ててセットしている赤いボックスはジャイロセンサー。リアシートの座面に置かれた機材でGPSや基地局からの信号を処理し、それをコントローラーに送っている。助手席側の機材は通信用のユニットをまとめたものだ。

 PCに書いたシナリオと各種情報を元に動くのがステアリングロボットとアクセルロボット。今回は付けていないが、ブレーキロボットも装備される。このようにハイテクを駆使することでテスト時の動作を完全にそろえることが可能になり、車速や走行ラインも一定にできるのでテスト精度が非常に高くなると説明された。

赤いユニットはジャイロセンサー。白い箱はGPSや基地局からの信号を受けて処理し、それをコントローラーに送っている機材
リアシート助手席側には通信用のユニットも積まれる
ステアリングロボット。手前のステアリングはテスト時以外に人が動かすときに使う
すべての準備が整ったらこのトリガーを引いて試験スタート。ドライバーは座っているだけになる
アクセルロボットやブレーキロボットは治具でシートに固定する。今回はブレーキロボットは未装着
デモンストレーション会場。普段からここでもテストや試験が行なわれている。歩行者ダミーなど使うので屋根付きになっている

 アクセラでの対歩行者自動ブレーキの作動デモは2回実施。2回目は歩行者ダミーとの距離がギリギリまで近づいたものの、直前で停車。ダミーが出てくるのはかなり接近してからだが、ABSも作動するような急制動を行なっていた。

デモンストレーションの様子。2台並んだ駐車車両の死角から歩行者が出てくるシチュエーションで、歩行者の反応してブレーキが作動。無事に停車した
対歩行者自動ブレーキの評価試験。歩行者の横断シチュエーションを車外から(提供:NASVA)
対歩行者自動ブレーキの評価試験。歩行者の横断シチュエーションを車内から(提供:NASVA)
対歩行者自動ブレーキの評価試験。駐車車両の死角から歩行者が出てくるシチュエーションを車外から(提供:NASVA)
対歩行者自動ブレーキの評価試験。駐車車両の死角から歩行者が出てくるシチュエーションを車内から(提供:NASVA)

 この自動ブレーキの作動デモ以外に、参加した多くの報道関係者向けにテストコースで自動ブレーキ搭載車の助手席同乗試乗も行なわれた。軽自動車から大型SUVまで試乗車が用意され、それぞれ多くのメディアを乗せて自動ブレーキの作動デモを実演したが、全車1回のミスもなく終わった。歩行者対応の自動ブレーキなどの予防安全性能については運転する人以外にも関係性が深い部分だけに、さらなる発展が期待される分野と言えるだろう。

筆者はレクサス RX450hに同乗。30km/hで走行し、横断する歩行者手前で急制動。あまりにもスムーズにこなすのであっけないほどに感じる
停車したときに車内と車外の距離感。歩行者とはまだかなり余裕があることが分かる
そのほかの試乗車。スズキ イグニス
そのほかの試乗車。スバル インプレッサ
そのほかの試乗車。マツダ アクセラ
そのほかの試乗車。トヨタ クラウン