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「グランツーリスモ」シリーズ プロデューサー山内一典氏に『グランツーリスモ7』と「GTソフィー」について聞く

2022年11月24日〜27日 開催

「グランツーリスモ」シリーズ プロデューサーの山内一典氏

「グランツーリスモ ワールドシリーズ」2022年シーズンの年間王者を決定する「グランツーリスモ ワールドシリーズ 2022 ネイションズカップ グランドファイナル」がモナコで開催された。同会場で、「グランツーリスモ」シリーズ プロデューサーの山内一典氏がCar Watchのインタビューに応えた。

『グランツーリスモ7』(以下『GT7』)が登場してからの反響、ポリフォニー・デジタル、ソニーAI、ソニー・インタラクティブエンタテインメントが共同開発したAI「グランツ―リスモ・ソフィー」(以下「GTソフィー」)などについて聞いてみた。

──『グランツーリスモ7』の登場からこれまでの振り返りや、ユーザーの反響で感じた手応えについて聞かせてください。

山内氏:そうですね、なんていうのかな。『GT7』って、僕らは『GT6』が終わった後から、『グランツーリスモSPORT』(以下『GTS』)を作りながらも、『GT7』のビジョンっていうのがあって、『GTS』を扱いながら、『GT7』を作っていた部分も実はあるんですね。なので、そういう意味では、すごく長い時間をかけて、『GT7』が作られているんです。

 僕としては『GT7』というのは、これまでの「グランツーリスモ」ユーザーのすべての皆さんに満足していただけるっていうことに加えて、『GTS』で僕らが切り開いたeモータースポーツというものを合わせた集大成みたいなタイトルにしようと思っていましたから、それは達成できたんじゃないかなっという気はしています。

 その一方で、僕らは常に実験的な試みを好む傾向があるので、例えば「ミュージックリプレイ」ですとか、やっぱり1タイトルに1つぐらいは発明を入れたいんですよ。以前は、例えば「フォトトラベル」だったり、「スケープス」だったり、それぞれのタイトルごとにありますけど、今回は「ミュージックリプレイ」がある種の発明だったのかなという気はしています。

 オンラインのアクティブな時間を見ていると、ユーザーのプレイ時間がとにかく長いですね。それを見ると、おそらく「グランツーリスモ」の1番の魅力って、もちろん、たくさんクルマが入っていたり、コースが入っていたりとかがあるんですけど、最終的にはクルマを操る身体性みたいなものなんですよ。それは、僕自身もよくわかるんですけど、1回それを身につけてしまう、それを知ってしまうと、やっぱり毎日走りたくなるんでしょうね、そういうことがオンラインでの動向から見て取れますね。

グランツーリスモ ワールドシリーズ参加選手によって作られる美しいレース

──2018年にスタートした、グランツーリスモ ワールドシリーズという世界大会の開催も5年目となりました。

2022年シーズンのネイションズカップのチャンピオンは、スペインのコケ・ロペス選手

山内氏:今年で5年目になるんですが、実質的には2020年と2021年は、ライブイベントが1回もできず、ある意味でお休みしていたようなところがあって、それは僕らにとって、すごく残念な気持ちがありました。2022年は年間2回でしたがライブイベントが開催できて、それは本当に大きな前進ですね。ただ、2019年までは、年間6戦などやっていたわけですから、それから比べるとまだ完全に戻ったとは言えないんですけれども。

──その内容というか、会場で繰り広げられるレースの質が年々上がっているように感じます。ちょっとかじったぐらいのレベルではあそこまで行くのは無理だなっていうのが分かります。

山内氏:そうですよね、数百万人の中のトップ12人とかなので、やっぱり想像を超えていますよね。『グランツーリスモ7』で遊んでいるユーザーのすべてがオンラインのレースを戦っているわけではないんですけど、それでも数百万人ぐらいの母数がいて、しかも3歳、4歳ぐらいから、みんな「グランツーリスモ」をやり込んできて、その選ばれしトップ何十人とかなので、それは本当に信じられないようなレベルの高さではあります。

──ある意味、人生をかけて参加している選手もいるような印象を受けます。ここでチャンピオンを獲得した選手には、次のステップにむけて成功を期待してしまう部分もありますが?

山内氏:昨日、ウェルカムディナーを選手たちとしたんですけれども……。なんていうのかな、彼らは本当に「GT」を愛しているんですよね。うん、それはもう本当に愛しているんですよ。だから、毎日「グランツーリスモ」をやっている、あるいはオンラインで友達とレースをしているっていうだけでも、十分ハッピーなんだと思うのですが、こうした舞台があることで、彼らにとってはより一層ハッピーというか、僕もレースやっていたからよくわかるんですけど、レースってやっているだけで楽しいんですよ、本当に。

 何かの目的があってレースをするのではなくて、もうレースという行為自体が人間の根源的な欲望を満たしてくれるような、そういう存在なんですよね。

 だから、これからエントリーする人にアドバイスするとしたら、クルマの運転ってやっぱり楽しいんですね。それは「グランツーリスモ」の身体性みたいなとこで、「グランツーリスモ」最大の魅力なんですけど、そこをまず知ってクルマを操る面白さに気づいてもらえればと思います。単独でタイムトライしていても十分楽しいんですけど、今度それがレースになり、人とレースとなるともっと楽しいですよね。さらにその舞台がどんどんステージが上がっていくごとに、よりすごい人とレースできるようになるわけじゃないですか、だから、それ自体はもうある種のアートみたいな世界だから、彼ら自身がそういう自覚を持っていると思います。

 ここで行なわれているレースをみても、彼らはレースに勝ちたいっていうことだけではなくて、やっぱり美しいレースを見せたいと思って走っているんです。その辺はすごく彼らの美意識を感じますね。

──そうですね、トップ争いを繰り広げるバトルを見ていても、実車のレース以上に緊張感を感じる部分がありました。それを見せたいと選手が作り上げているなら、アートと言えるかもしれません。

山内氏:あの「GTソフィー」の開発中においても、例えば宮園選手とか、山中選手とか、國分選手の協力も得ながら、「GTソフィー」の開発をしていたんですけど、やっぱり彼らが求めているのは、より美しいレースを見せられることっていうことだったんです。それによって、「GTソフィー」も鍛えられたところがあって、だから“アートオブスピード”みたいなところはあります。

[日本語] GTワールドシリーズ 2022 | ワールドファイナル | ネイションズカップ | グランドファイナル

グランツーリスモ・ソフィーの開発で明らかになっていくもの

──「GTソフィー」についてお聞きしたいです。発表されてからどんな反響がありましたか?

山内氏:英国の科学雑誌「ネイチャー」の表紙を飾って、主にアカデミズムの世界においてAIの世界で大きな存在感を持って受け入れられたようです。

The Making of Gran Turismo Sophy [日本語]

──初歩的な質問になってしまいますが、これまでのAIと、「GTソフィー」の違いについて聞きたいです

山内氏:これまでのAIというのは、簡単に言うとif then プログラムの塊です。こういうケースでこういう動きをしなさい、こういうケースではこういう動きをしなさい、こういうケースでこういう動きをしなさいということがひたすら書き続けられている。これが、これまでのインゲームAIの世界で、これは別にクルマゲームに限らず、全部そうです。

 そのif then プログラムを書くのは人間なので、人の物理的な制約をやっぱり受けますよね。そのif then プログラムを、例えば10億個書くことは、物理的にできませんよね。

「GTソフィー」が行なっているいわゆるニューラルネットワークを用いた強化学習というのは、それを勝手にネットワークの中に生成する技術なんです。自ら学びながらというのが、本質的に違うことですね。

──選手の協力があったとのことですが、「グランツーリスモ」の世界大会にも出場するようなエリートドライバーのドライビングを学習するわけですか?

山内氏:あ、それは違います。「GTソフィー」同士で戦いながら学習していくのです。

──ほお

山内氏:「GTソフィー」同士でお互いを高め合っていくのです。AI同士で学習させる、それが強化学習なのです。

 これまでのAIは結局、その条件文をいっぱい書いておけば、いろんなシチュエーションに応じて、いろんな振る舞いをさせることができるのだけれども、それにはやはり人間がプログラムを書いている以上、物理的な制約があって、それを例えば10億個プログラムを書けと言われてもできないじゃないですか。

 で、ニューラルネットワークは、それがネットワークの中に自動的に生成されていくので、時間さえ経てば、「GTソフィー」の学習時間は走行時間にして数万時間ですが、実際はもっと早く行ないます。もう本当はリアルスピードでやる必要もないのですが、実際にリアルタイムでレースを行っています。20台ぐらいのPS4を同時に使い、大体人間が数万時間ぐらい走るレースの経験を、約2週間ぐらいで行なう感じです。

──そのできあがったAIを、PS5とかで動かすには、まだ技術的な壁があったりするわけですか?

山内氏:そんなことは実はなくて、学習には割と大規模な計算資源が必要なんですけど、学習された結果のネットワークを使うというだけであったら、PS5でも動きます。

 なので、今の「GTソフィー」の目標というのは、もう“速く走る”ってとこではもう全然ないんですね。速く走るって目標はとっくに達成してしまったので、今はどちらかというと、その人にとってどういう振る舞いが面白いかとか、そういうところですね。だから、そこがすごくチャレンジングなところ。

──AIに個性を与えるということでしょうか?

山内氏:個性というか、こういうことですね。例えば、人間とAIがレースをしますよね、で、そうすると、こういうところが“アンフェアに感じた”とか、こういうところが人間だったら“ここはダメだ”とか、そういうなんて言うか、人間が持っている行動の様式というものがあるんですよ。

 そう、行動様式。行動の様式、認知の様式だったりがあって、で、僕らはなんでも人間中心に考えるでしょ。いろんなものに対して自分たちの感覚にとって、それが“正しい”という感覚は、なにか自明な感じがするじゃないですか、だけど、AIを作ってみると、それが必ずしも自明じゃないってことに気づくんです。

 それが面白いところで、僕が「GTソフィー」のイベントでもお話したのは、やっぱりAIの研究をすると何が面白いって、“人間とは何か?”ということが浮き彫りになってくるんです。なにが面白いのかというと、ほうっておくと、ある種、異星人みたいな感じのAIができ上がるわけですよ。

 人間は感情を持つ、意識を持った動物で、僕らが作っているのは、そのゲームを使う人を楽しませるためのAIであるんです。これまでのAIだと、そもそもそういう人をもてなすとか、楽しませるとかっていうところまで行けないわけです。何しろ決まった振る舞いを定義していて、その範囲でしか動かないわけだから、そんな根源的な問いにたどり着かないですよね。

 “ああ、人間はこういう時フェアネスを感じるのか”とか、こういう時に人間はアンフェアだと感じるとかって、そういうものを1つ1つ、実は必ずしも自明ではない僕らの感情の動き、僕らの本能にインストールされているものを1つ1つ明らかにしていくのです。

 そういったことを、「GTソフィー」に学習させる時には、報酬関数というのを設定するのです。つまり、何をしたらポイントが上がって、何をしたらポイントが下がるのかっていう、そういう報酬関数を与えています。1番シンプルなのは”1番速く走ること”。例えば、ラップタイムを最小にするとか、あるいは、レースの時だったら、とにかく1位になるまで前のクルマを抜く、そういうシンプルなところからスタートしていくんですよね。

 ですが、その報酬関数をもっともっと複雑にしていくと、さっき言った、僕らが自明だと思っていることがなんなのかをソフィーに教えるって言うか、うん、ソフィーのしつけに近い感じがしますね。

 しつけって要するに社会化ですよね、動物として生まれた人間が、親や大人の人たちにしつけられた結果、ある種こう社会化を遂げるわけじゃないですか。社会の中のメンバーとして生きていく、あるいは、アクセプトされるような存在になっていくってことじゃないですか。

 で、これも実は全く自明じゃないじゃないですか。でも、僕らは社会を営んでいて、その社会の中でこういうことを“やっていい”、こういうことは“やってはいけない”みたいなことは、ある種、当たり前に思っているから、そういうことを報酬関数という形で伝えていく。だからね、なんか面白いですよ。

 if then プログラムだと、本当にその通りにしか動かないから、100パーセント再現性があって、こうしたらこうしようってことは、完全に約束されていて、ちょっとでもずれたらもう何もできなくなるんですけど、「GTソフィー」の場合はそうじゃないんですよね。もう少し抽象度の高い目標設定をしてあげると、それに向かって学習していくのです。

──目標設定を誤ると悪意の塊になってしまう場合もあるのですか?

山内氏:そう。だから、それはもう育て方次第。しつけ方次第なんです。だから、どちらにでも使えるんですよ。やっぱりAIの技術って、社会をよくする方向にも使えるし、何か危険なものとして使うこともできる。そして結局それをコントロールしているのはやっぱり人間なんです。だから、AI自体が危険だとかって話ではなくて、結局のところ、それを使う人間次第、教える人間次第ですね。

──話がそれてしまうかもしれませんが、GTソフィーを搭載したリアルマシンがサーキットを走行するところを見てみたいと思ってしまうのですが、そういった方向性についてどう考えますか?

山内氏:テクノロジーとしては十分成熟しているんじゃないですか。特にサーキットという限定された空間だと、今も例えばビデオカメラとレーザースキャナを使った空間認識みたいなものは精度高くできますし、その気になれば技術的には可能だと思います。

 自動運転で1番難しいのは、むしろ複雑で多様性に満ちた一般道ですから、一般道路を走る自動運転の方が難易度はずっと高いです。コースや条件の決まっているサーキットの中でしたら技術的には可能なのです。その中でレースも許容できると思います。

 そうですね、だから僕らと例えばソニーAIだけでは、実際に自動車にAIを搭載してサーキットを走らせるということは今のところできないので、例えば、どこかのF1チームと組むとか、何かそういう機会があれば多分一気に実現するんじゃないかと思います。

──F1のようなハイスピードな領域でも実現可能でしょうか?

山内氏:全く問題ないと思います。そういう意味で言うと、そういう能力は人間よりはるかに高いです。

──おお、それはすごいですね。そんな領域でも走れちゃうものですか

山内氏:人間というのは、例えば視覚的な入力があってから、脳の中で処理を行なって、それをステアリングワークっていう形で戻すのに、0.4秒ぐらいかかるのですよ、ものすごく遅いんですね。だから、レーシングドライバー、あるいは「グランツーリスモ」のドライバーもそうですけど、常に脳の中で未来予測をしながら操作しているのです。0.4秒後の世界を今だと思っている。

 レースに限らないで、例えば今、僕がこうコップを持ったというのは、実は0.4秒前にはもう決断しているのです。でも、これは同時に持っているように僕は感じるけど、実は同時じゃないんですよ、人間の脳はそれを同時だというふうに人間に認識させる。人間には0.4秒の遅れがあるんですけど、「GTソフィー」にはそれがないのです。

 だから、人間の場合は0.4秒後の未来予測を基に運転しているから、その0.4秒間に予測と違うことが起きた時、例えばポンって当てられるとかで、その瞬間に反応する時には、やっぱり遅れがあるんです。よくオーバルコースでリアが出て必ずスピンするじゃないですか、カウンターを当てて戻すってできないでしょ、あれって人間の生理的な反応速度の問題なのです。

──「GTソフィー」は予測できないことが起こっても、その0.4秒がないから対処できちゃう?

山内氏:はい、予測もしていますけど、あの予測外のことが起きても、そこはコンピューターなので、認知をしてそれから判断して行動に移るまでっていうのは、原理的にいくらでも短くできますよね。

「グランツーリスモ」シリーズ25周年に対して

──最後に、「グランツーリスモ」シリーズ25周年ということで、山内さんのコメントをいただきたいと思います。

山内氏:その1つには、今200人を超えるメンバーがポリフォニー・デジタルにいます。この25年間、その前の最初のPlayStation用ソフト『グランツ―リスモ』を作っていた時代も含めると、もう30年近いわけですけれども、同じチームでこれまで成長してこられたっていうこと。そういうスタッフに恵まれたっていうことへの感謝があります。また、「グランツーリスモ」の魅力を伝えてくださったメディアの皆さん、 あるいは「グランツーリスモ」のコミュニティの皆さん、そういう皆さんへの感謝の気持ちがすごくあります。あとはやっぱりユーザーの皆さん、結局ユーザーの皆さんが支えてくれない限り25年続かないですから、うん。25年間続けられたのは、これまで「グランツーリスモ」シリーズに触れてくれた全てのユーザーの皆さん、支えて下さったすべての関係者のおかげです。

「グランツーリスモ ワールドシリーズ 2022 ワールドファイナル」に参加する選手の記念撮影