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トーヨータイヤ、CO2からタイヤ原材料を生成する技術について中央研究所長 島一郎氏と富山大学 椿範立教授が解説

2023年5月9日 発表

トーヨータイヤはCO2からタイヤの原材料ブタジエンゴムを生成する新手法の開発に成功した

 トーヨータイヤ(TOYO TIRE)は5月9日、自動車用タイヤに使用する原材料のサステナブル化に関する説明会を実施した。登壇したのは、トーヨータイヤ 執行役員 技術統括部門 中央研究所長・エンジニアリグ本部長の島一郎氏と、共同開発パートナーである富山大学 学術研究部工学系 椿範立教授の2名。

 冒頭であいさつに立ったトーヨータイヤ 経営基盤本部長の北川治彦氏は、同社が2021年2月に公表した中期経営計画「中計'21」の中で、サステナビリティ経営へのシフトを宣言し、7月には取り組むべき最重要課題として7つのマテリアリティを策定したことを改めて紹介。また、7つのマテリアリティは、「リスクマネジメント」「価値創出の基盤」「価値創出」と3つのカテゴリーに分かれていて、社会に貢献する価値創出を生み出すためには、そのための基盤作りが必須で、さらに人材と技術が重要であると位置づけているという。今回発表するサステナブル材料の研究結果は、4番目のマテリアリティ「次世代モビリティの技術革新を続ける」に該当すると説明した。

トーヨータイヤグループが掲げている7つのマテリアリティ

CO2の再資源化について2016年から富山大学と共同研究を開始

 続いて登壇した島氏は、トーヨータイヤの研究部門である中央研究所(兵庫県川西市)について、「商品開発の上流にあたる要素技術や、製品の性能と品質を左右する原材料のありかたを探求している施設で、基盤技術である材料技術・分析技術・評価技術などを計算することで、次世代モビリティ社会にいかなる価値を創出できるか日々研究している」と紹介。

 メーカーやサイズによって細かい数値は異なるが、一般的に自動車(乗用車)用タイヤの原材料の割合は、約50%がゴムで残りをビードワイヤーやゴム薬剤、補強材などが占めている。また約50%のゴムの内訳は、天然ゴムが60%、合成ゴムが40%程度。さらに合成ゴム40%のうち約30%を占めているのが「ブタジエン系ゴム(SBR:スチレン・ブタジエン・ラバー)(BR:ブタジエン・ラバー)」を使用している。しかし、気候変動の対応が急務となっている昨今、温室効果ガスの排出を製造プロセスで抑制するとともに、石油由来の原材料の使用を極小化する製品の開発が求められていて、「タイヤに使用する原材料のサステナブル化を進めるには、石油由来のブタジエン系ゴムの対処が重要になる」と島氏は語る。

TOYO TIRE株式会社 執行役員 技術統括部門 中央研究所長・エンジニアリグ本部長 島一郎氏
現在の自動車用タイヤの原材料の詳細

 また共同研究を行なっている富山大学について島氏は、「温室効果ガスのうち大きな影響因子であるCO2(二酸化炭素)を再資源化するという、脱炭素社会を目指す手法としては極めてユニークで革新的なアプローチを行なっていて、今回同席していただいている椿教授が、それを実現させるための高性能触媒の開発を先導されている。また、次世代の物質変換技術を開発する学術的な基礎研究と、社会実装への応用研究を行なうためのカーボンニュートラル物質研究センターを2021年4月に学内に設立し、初代センター長を務められている。トーヨータイヤではCO2そのものを石油由来原料から代替できないかと課題を掲げていて、2016年から椿教授と共同開発を進めている」と説明。

 富山大学の椿教授は、約35年前の大学4年生当時からCO2の有価物への転換をテーマに研究を続けていて、CO2と水素から六段階の反応を一括進行できるカプセル触媒を開発し、世界で初めてパラキシレン(PX)の一段合成に成功した実績を持つ人物。ここ5年はこれまでの研究実績が注目され、政府や多くの企業から協力依頼が殺到しているという。現在、大学では企業からの出向社員も含めて約70人規模の研究室を構えていて、NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の、CO2からジェット燃料を生み出す研究など、さまざまな研究開発にも参画している。

 また、トーヨータイヤとカーボンニュートラルタイヤ実現のための共同研究に着手した理由について椿教授は、「大きく5つあります。1つ目は日本発で世界にオンリーワンの技術を確立したいこと。2つ目は国内はもちろん欧米や中国のライバルメーカーに勝るトップレベルのものを生み出したいこと。3つ目は基本的に炭素と水素と酸素があれば、触媒技術でいろいろな製品を生み出せるが、より多くのCO2を削減できるものを成功させたいこと。4つ目は内燃機関でもEV(電気自動車)でも自動車にはタイヤがまだ必要なので将来性があること。5つ目はいつまでも研究に補助金が出る訳ではないので、できる限り早く実用化して、利益を出せるビジネスモデルとして確立させたいこと」と語った。

富山大学 学術研究部工学系 椿範立教授
富山大学との共同開発は2016年からスタートしている

新たな触媒の開発に成功し、CO2からブタジエンゴムの生成に成功

 タイヤの原材料の1つであるブタジエン系ゴムは、これまでは石油製品「ナフサ」を原材料としていて、ナフサを熱分解と蒸留することでブタジエンモノマー(重合前の単位分子)を生成し、そのブタジエンモノマーを重合することでブタジエンゴムを合成していた。しかし、トーヨータイヤと富山大学は、ナフサを使用せず「CO2」を2段階の触媒反応をさせることでブタジエンモノマーの生成に成功したという。

 新手法では2段階の触媒反応を利用してブタジエンを生成しているが、肝になっているのは、1回目のCO2からエタノールへと変換させる新規触媒の開発成功が大きいとのこと。これまでの研究では、触媒に金・銀・白金族(プラチナ・パラジウム・ロジウム・ルテニウム・イリジウム・オスミウム)といった高価な貴金属を使用していたが、コスト面での負荷が高いのがネックとなっていた。そこで新たに開発した触媒は、貴金属に対して安価で入手しやすい卑金属(スチール・銅・アルミなど)を用いたことを最大の特徴とすると同時に、貴金属を使用しても30%~35%程度だった変換率は、卑金属で世界最高レベルとなる40%を実現。コストパフォーマンスの高い触媒の開発に成功した。

2段階の触媒反応を利用した新技術を確立

 物質を通過させる際に化学反応を起こさせて別の物質へと変化させる触媒の構造は、自動車のマフラーに備わっている排出ガス浄化装置の触媒と仕組みは同じ。ただし、化学反応を起こして狙った物質を生み出すのは難しく、温度や密度、通過速度などさまざまな条件がそろって初めて成功するため、椿教授の研究所は、これまで何度もトライ&エラーを繰り返し、ついに成功条件を導き出した。このタイミングでの成功について島氏は「2016年から始まった共同研究ですが、想定よりも早くこぎつけられた感じです」と、その言葉からも難易度の高い研究内容だとうかがえた。

新触媒の開発経由と可能性

 そして新開発の触媒で生成したエタノールを、ゼオライト系触媒でブタジエンへと変換(ここでの変換率は約60%)。この先は従来製法と同じくブタジエンモノマーを重合することでブタジエンゴムが完成する。

 椿教授は「いずれはこの2段階工程も1段階にしたい」としているほか、CO2を原材料に生成したブタジエンゴムを使用したタイヤが製造されれば、そのタイヤを履いた自動車が排出するCO2を資源として再生できることになり、タイヤの生産から廃棄・リサイクルまで含めたLCA(Life Cycle Assessment)においては2%程度となるが、サーキュラー・エコノミー(循環型社会)の一助になるとしている。

 また、コスト面でも新技術は優れ、貴金属を使用した触媒に対しては1000分の1程度まで抑えられるとしているほか、関連特許をすでに5つほど取得している。今後も椿教授の知見を活用して、経済合理性と量産性を見据えた低コスト高変換率の視点で改良を図り、触媒の構造や合成プロセスの効率化、副生成物の抑制など、量産化を目指した改良を実施していくという。

 なお、CO2を触媒に反応させる際に利用する熱を石油ではなくグリーン水素(製造過程でCO2排出のない水素)を使用する場合、まだまだ高価なため全体のコストバランスを考えるとグリーン水素の価格がもっともっと下がらないとビジネスモデルとして成立させるのは難しいという。そのほかにも、CO2の入手方法などについてもまだ検討段階としている。

 最後に島氏は、「現状はまだ研究所レベルでの成功事例であり、今後2020年代末までにはこの技術を用いたタイヤ製造を目指し、同時にモータースポーツの場で鍛え上げ、結果をフィードバックしながら市販品に使える技術として確立させていきたい」とのことで、トーヨータイヤでは2030年までにタイヤ製品の40%をサステナブル素材に変換し、2050年までに100%サステナブル素材にする目標達成に向け、現在開発を加速させている。

カーボンニュートラルに向けた今後の取り組み
サステナブル技術開発の取り組みと目標