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ホンダの電動推進機を搭載する堀川遊覧船に乗ってみた
2023年8月2日 09:00
- 2023年7月28日 試乗
陸だけでなく、空や海など、あらゆる乗り物を手掛けるホンダ
ホンダは人々の生活を豊かにするために陸上だけではなく、海では船外機、空では航空機とあらゆる場面で活躍するパワーユニットを提供している。
ホンダの製品バランスの台数ベースでは二輪が約67%、4輪が13%、汎用と呼ばれていたパワープロダクツが20%で、その中には船外機も含まれる。台数ベースではパワープロダクツは大きなホンダの柱になっており、2022年ではグローバルで3000万人にパワーユニットを提供している。
今後の環境への取り組みとしてカーボンニュートラル/リソースサーキュレーション/クリーンエナジーの3つをまとめた「トリプルアクション・トゥー・ゼロ」を2021年に設定した。これは2030年にカーボンフリー社会をリードし、そして2050年には全製品、企業活動でカーボンニュートラルを実現する目標を掲げている。
その製品群の中で水上推進器では2021年にガソリンに代わる電動推進器のコンセプトモデルを発表し、その実証実験をできる場を模索していた。
一方、山陰の経済の中心地で自然豊かな松江市も国のSDGsの未来都市としての選定、および国の脱酸素先行地域に選定されており、カーボンニュートラルゼロを目指す中でホンダの電動推進器に出会い、今回の実証実験に結び付いた。
実証実験の場として選ばれたのは松江城をぐるりと取り囲む堀を周遊する堀川遊覧船。約3.7kmを50分かけて、船頭さんのガイドでゆったり楽しむ遊覧船だ。国宝、松江城をぐるりとめぐる堀は松江城築城当時とほぼ同じで、貴重な経験ができる松江観光の目玉でもある。
船は平船で現在は音の静かなホンダのエンジン船外機「BF9.9」を使用し、42隻が就航している。
余談だが、ホンダは船外機に参入するにあたって当時主流だった2ストロークではなく、静かで水への汚染が少ない4ストロークで参入。苦戦したものの、創業者・本田宗一郎の「水上を走るもの、水を汚すべからず」の信念を貫き通して大成させた。
今回の電動船外機は、その理念の次のステップに踏み出すものとして注目される。
電動推進機のプロトタイプは、すべてを1から開発したわけではない。ホンダの持つリソース、特に電動二輪車の技術を活用した合理的な考え方で成り立っている。水に対して保護機能を持たせているのはいうまでもなく、モーター出力は4kWと現行船外機の3分の2程度だが、電気特有の大トルクと反応の早さで遊覧船へのメリットは大きい。
ちなみにホンダが担当するのはモバイルパワーパックから出力4kWの電動パワーユニットまでで、そこから先のギヤボックス、シャフト、プロペラ、そしてフレームはトーハツの担当になる。ホンダとトーハツは船外機での協業が長く、よきパートナーだ。
ユニットは電動推進器と電装デバイス、そしてバッテリパックからなり、バッテリはホンダの電動二輪車をはじめスモールモビリティに使用される持ち運び可能なバッテリパック「Honda Mobile Power Pack e:」を採用する。容量は1基あたり1.314kWhで、重量は約10kg。電動推進器プロトタイプでは2基使用する。
まずはエンジン船外機搭載船から試乗
遊覧船は10人+船頭1名。最初に現行のホンダ4ストローク船外機に乗船してお堀を回ってもらう。エンジン始動もスイッチで行なえ、想像以上に静かなのに驚いた。船頭さんは手慣れた様子で船を出す。左手で持つグリップを回して出力を上げると音がにぎやかになるものの、それでもエンジンイズはよく抑えられている。
速度を少し上げたところでアイドル運転になるが、グリップはエンジン振動を伝えて左手が震えている。
一方、船室にいると船頭さんの声はよく聞こえるが、船頭さんは船室からの声は聞こえないという。静かとはいえすぐ脇でエンジンがかかっているので会話は遮られる。船外機は通常マフラーを持たず、水中に排気しているためかなり静かだが、それでもノイズは大きい。
もう1つ、改善したいのは排気臭。前進中でも風向きによってはかすかに漂う排出ガスの匂いはやはり気になる。
束の間の堀川情緒を味わい、船着き場が近づいてきた。停船位置は狭く、船の幅しかない。巧みにそこに潜り込ませ、ショックもなくピタリと止まった。船にはクルマのようなブレーキがないのに上手いものだ。
続いて電動推進器搭載船に乗り換える。船外機はかなりコンパクトで背も低い。船頭は腰かけて操船するので視野がそれだけ広がることになる。さらに幅が狭いので船外機を大きく振ることができ、進行方向に対して直角に近く向けることができる。
そして圧倒的に静かだ。出力の出し方はグリップ式で同じだが、エンジン振動がないので左手もプルプル震えていない。1日に何回も船を出す船頭さんにとって疲れ方も違うだろう。
船着き場を後進で出艇し、ぐるりと方向転換する。前述のように船外機は角度を大きく付けられるので、船体の中心を支点にするように旋回する。最小回転半径は現行のエンジン船外機の1.8mから1.1mと短縮できたというデータがある。
また後退する場合、現行のエンジン船外機は、エンジンを逆回転させるレバーが後方にあるので1度グリップから手を放して後ろ向きになる必要があるが、電動推進器では手元にあるスイッチで操作できるのも利便性が高い。
制動の際はプロペラを逆回転させる。ベースとなった電動二輪車ではスロットルを全閉しても緩やかに制動するような制御がされているが、電動推進機では可能な限り早く逆転させる回生制御を組み込んでいる。
堀は藻が発生しやすい時期だったこともあり、プロペラに絡むことが多いという。船頭さんの操作を見ていると時折モーターを逆転させて、絡んだ藻を素早く離していた。こんなところも電動推進器のいいところだ。
そして乗船客にとって何よりもうれしいのは、排出ガスの匂いがゼロで自然に触れあっていることを強く感じさせてくれることだ。さらにこれまで聞こえなかった船べりを叩く水の音まで耳にすることができ、風情が格段に違う。
この遊覧船は民家の軒先も通るため、乗船客だけでなく地域住民にも優しい。
さて、クルマでも話題になる航続距離。実証実験では1艇は8回の就航を行なうと想定して、バッテリパックを3セット交換する計画だ。交換に要する時間は約20秒とされているが、2個で20kgのバッテリパックの交換はそれなりに負担だ。現行のエンジン船外機では3日に1回の給油で済むという。実用に際してはさらなる工夫が必要になるかもしれない。
また現行エンジン船外機の価格に対してはBEV同様にバッテリ価格も壁だ。しかし少なくとも堀川遊覧船で味わった未来感はもう後戻りできないと思わせるに十分だった。
実証実験は夏の暑さ、冬の寒さを通して1年間続け安全を担保してから実用に向かうスケジュール感になっている。42隻ある遊覧船がすべて電動推進機になると、年間で47tのCO2削減になると試算されている。脱炭素先行地域に選定されている松江市にとっても大きなチャレンジになるに違いない。