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トヨタ 豊田章男会長、田原工場でSUVタイプの「新しいセンチュリー」総決起集会 センチュリーはジャパンプライド

センチュリーを通じて豊田章一郎名誉会長が伝えたかったことを語るトヨタ自動車株式会社 代表取締役会長 豊田章男氏

新しいセンチュリーを生産する田原工場で行なわれた総決起集会

 トヨタ自動車は12月5日、愛知県田原市の田原工場で本年9月に発表したSUVタイプの「新しいセンチュリー」が誕生したことを祝う、センチュリー総決起集会を開催した。このセンチュリー総決起集会には、トヨタ自動車 代表取締役 豊田章男会長も出席、新しいセンチュリーの門出に向けて感謝と決意を述べた。

 新しいセンチュリーは、次の100年を見すえたショーファーカー「The Chauffeur」をコンセプトに開発され、併売されるセダンタイプのセンチュリーと異なるSUVスタイルとして登場。トヨタは新しいセンチュリーと呼んでいるが、一般にはセンチュリーSUVと呼ばれており、本記事においても以下センチュリーSUVで記していく。

新しいセンチュリーの生産ライン。自動車の生産ラインとは思えないような風景で、コンベアもAGVもない

 このセンチュリーSUVのボディサイズは5205×1990×1805mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2950mm。乗車定員を4名とすることでフルリクライニング可能なリアシートを装備し、後席居住性に最大限配慮。リアドアは大開口角の通常タイプのほか、アイシン製のスライドドアもオプションで用意される。

 すでに10月末からこの田原工場からの出荷は始まっており、2直体制での生産が行なわれている。一般に1工程にかかる時間をタクトタイムとしてクルマは生産されており、量産車では60秒~120秒など秒で管理されている。このセンチュリーのタクトタイムは、1工程5時間。匠の手によって、1工程ずつ手作りも含めて生産されている。

 この総決起集会が行なわれたセンチュリーSUVの組み立てラインには、ベルトコンベアもなく、AGV(無人搬送車)もなく、人の手によって1工程ずつ送られていく構造になっていた。

 新しいセンチュリーとなるセンチュリーSUVの総決起集会であいさつに立った豊田章男会長は、関係した人たちの苦労と努力に心より感謝を述べた後、センチュリーというクルマの本質を語った。

センチュリーは、「日本のもの作りへの自身と誇り、ジャパンプライド」

新しいセンチュリーの総決起集会

 センチュリーと言えば、章一郎名誉会長の愛車というのが私のイメージです。名誉会長にとってセンチュリーはトヨタの初代主査である中村健也氏と一緒に作り上げた特別なクルマでした。

 私自身、名誉会長から何度も聞かされた話があります。

 初代センチュリーは、当時の技術でギリギリやれるかどうかということばかりに挑戦していたので、多くの問題が発生し、その立ち上げは困難を極めたそうであります。そして、問題を解決するために急遽センチュリー班という特別チームが編成されました。

 班長が当時の章一郎専務、副班長が当時の中村主査と関東工業の荒川専務。班長以下、当時の独身寮に泊まり込んで、残業・徹夜の日々が1年以上続いたそうです。

 名誉会長は話の際に必ずこう言ってました。

「当時の関東自工のめしは本当にまずかった、トヨタはずいぶん恵まれているんだぞ」。ただ、この話をするときの名誉会長は本当に楽しそうでした。

 日本のもの作りの力を世界に示すために、尊敬する中村さんと一緒に、今までにない新しい高級車を作る、その挑戦を心から楽しんでいたのではないか、私はそう思っております。

 また名誉会長は、どこに行くのもセンチュリーと一緒でした。

 そして、その後部座席で気がついたことを、トヨタのエンジニアに事細かに伝えておられました。

 名誉会長が生涯をかけて伝え続けたもの、それは常にお客さまを思う心であり、クルマ作りに終わりのないというエンジニア魂、そして日本のもの作りへの自身と誇り、ジャパンプライドだったと思います。

 その名誉会長が他界した年に新しいセンチュリーが誕生しました。これは偶然ではないように感じます。名誉会長から「お前も会長になったんだから、センチュリーに興味がないなんて言ってはいかんぞ。マスタードライバーでいいが、これからマスターパッセンジャーも頼んだぞ」、そう言われているような気がしてなりません。

 今から3年半前、新しいセンチュリーを作ってみないかという私の呼びかけから開発がスタートしました。

 価値観が多様化する時代です。これからの世界を牽引する新しいリーダーに向けたセンチュリーがあってもいいのではないか? そう思ったわけです。

 かつて、中村健也さんはこう言われています。「センチュリーを選ぶお客さまは、自分の心を養う環境を期待して買い求めるものである」。つまりセンチュリーは自らの成長を求めて選ぶクルマだと私は理解しました。

 未来をもっとよくしたい、もっと成長しようと努力することを続ける、世界のリーダーにお届けしたい。そんな思いを込めた新しいセンチュリーが誕生いたしました。

新しいセンチュリーに込めた思い

 (私は)これからもマスターパッセンジャーとして、このクルマを鍛え続けてまいります。

 田原工場のみなさん、みなさんは2019年の労使協議を覚えていらっしゃるでしょうか? 労使双方に対し、私はこんなにも距離を感じたことはないと申し上げました。

 そしてその直後に田原工場を訪問しました。私は自らの生き残りをかけて競争力を磨こうと必死に働くみなさんの姿を見て、トヨタの現場は大丈夫だと確信いたしました。

「社長仕事ください」、あの言葉にみなさんの田原プライドを感じました。センチュリーにはTMEJの東富士プライドも込められています。そして、部品、設備、輸送など私たちの「もっといいクルマづくり」を支えていただいている仕入れ先のみなさまのプライド、すべての仲間の誇りを胸に、田原工場のみなさんが作る新しいセンチュリーを私は楽しみにしております。

 販売店のみなさん、センチュリーはお客さまとともに作り上げるクルマです。お一人お一人にとってかけがえのない1台を一緒に作ってまいりましょう。

 そしてトヨタグループトップのみなさん、みなさんにこそ自分の心を養うためにこのクルマに乗っていただきたいと思っております。

 今世界が大変革の時代を迎える中で、日本はその存在感を失っているように思います。

 私は日本が大好きです。だからこそモビリティの未来作りの種、そしてシードをなんとしてもこの日本で生成・育成したいと思っています。

 センチュリーはそのシードであり、日本が世界に誇るブランドです。

 未来に向けて羽ばたく鳳凰、センチュリーのブランドを世界に向けて発信してまいりましょう。ありがとうございました。

世界を視野に入れた新しいセンチュリー

 豊田会長は、身近にセンチュリーを見て育ったがゆえに、ショーファーカーであるセンチュリーの本質を、田原工場のスタッフ、田原工場に集まった販売店や整備スタッフに語りかけていた。

 それと同時に、これからの新しいセンチュリーに期待することも、工場、販売、整備のスタッフに語りかける。

 このセンチュリーSUVでは、新型クラウンと同様に輸出も行なわれる。そのため豊田会長のあいさつには、「日本のもの作りへの自信と誇り、ジャパンプライド」であるセンチュリーを世界に問うていくという思いが強く込められていた。