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カヤバの電動化に対応する次世代ショックアブソーバーや電動パワステとは?
2023年12月26日 21:35
- 2023年9月28日~29日 開催
平面運動と上下運動の協調制御で「究極の安心・安全・快適」を提供
カヤバ(KYB)は9月28日~29日の2日間、AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員や報道関係者を対象に、自動車用ショックアブソーバーを生産しているKYB岐阜北工場の見学会&製品技術勉強会と、開発センター内にあるテストコースを舞台とした製品装着車の試乗会を開催した。
本稿では製品技術勉強会の模様を報告する。
勉強会では、まずカヤバ オートモーティブコンポーネンツ事業本部 技術統括部 部長 馬場友彦氏から会社概要と技術開発体制についての説明が行なわれた。
カヤバの会社組織では、生産に関わる部門としてオートモーティブコンポーネンツ(AC)事業本部のほか、「ハイドリックコンポーネンツ(HC)事業本部」「特装車両事業部」「航空機器事業部」があり、年間売り上げのほとんどをAC事業とHC事業で得ている。
HC事業本部ではショベルカーのような建設機器、フォークリフトのような産業用車両、コンバインのような農業機械などで使われるパワー制御系となる油圧機器の開発、生産を行なっており、4輪、2輪、鉄道といった車両の振動制御技術に関する製品はAC事業本部が担当。AC事業本部内には「サスペンション事業部」「車載機器事業部」「モーターサイクル事業部」「モータースポーツ部」「技術統括部」があり、今回の勉強会ではAC事業本部の活動内容について取り上げられている。
製品開発は日本、中国、タイ、ドイツ、スペイン、アメリカの6拠点で進めており、国内では工場見学も行なった岐阜北工場でショックアブソーバーの開発設計、試作を行なうほか、同じく岐阜県内にある開発センターで実車評価、ベンチ評価を実施。さらに神奈川県相模原市にある基板技術研究所で要素技術開発、情報/制御技術開発を行なっている。製品開発では「持続可能なモビリティ社会への貢献」をテーマに掲げ、環境負荷を低減してカーボンニュートラルに資する「環境」、電動化を進めていく「効率」、静かさや乗り心地を高める「快適性」、衝突回避やドライバーのミスをカバーできるようにする「安全性」、自動運転などを目指す「利便性」という5点について、自社の強みを活かした新製品を提案しているという。
足まわりで制振するサスペンションとトランスミッションなどを制御する車載機器でそれぞれ進めている新製品開発では、CASE(Connected、Autonomous、Shared&Services、Electric)の発展を見据えて開発を実施。サスペンションでは減衰力を「1ソレノイド」「2ソレノイド」「ソレノイド内蔵」で電子制御する「セミアクティブサスペンション」と電動油圧式の「フルアクティブサスペンション」を開発。
車載機器ではモーターとギヤを組み合わせて制御することでステアバイワイヤにも適用できる「転舵アクチュエータ」「反力アクチュエータ」を商品化するべく開発に注力しており、ステアリングシステムによる平面運動、サスペンション制御のよる上下運動という加減速以外の車両挙動を協調制御することで「究極の安心・安全・快適」の提供を見据えて開発に取り組んでいる。
環境対応では、カヤバでは油圧関連製品で約1万8000Lの作動油を使用しているが、この多くが石油由来のベースオイルとなっており、故障などの際に漏洩すると生分解されず、産業廃棄物として回収されたあとの利用法で助燃剤として燃やされるとCO2排出につながることから、ベースオイルを石油由来から天然系基油に切り替える取り組みをスタート。
カヤバが9月に発表したショックアブソーバー用の環境作動油「サステナルブ」は、植物由来の油を利用することで生成段階からCO2の吸収効果を持ち、漏洩した場合でも生分解性を有していることで自然に還り、環境に対する影響を小さく抑えることが可能。製品としての利用後に回収されたときのリサイクルまで視野に入れて開発されている環境型プロダクツになっている。すでに全日本ラリー選手権にチームとして参戦している「GR ヤリス」、スーパー耐久シリーズのST-Qクラスで走る「水素エンジンカローラ」の足まわりに採用されており、トラクション性能の高さなどで好評を得ているという。
車両の電動化対応がショックアブソーバー開発の技術トレンド
具体的な製品解説では、まずショックアブソーバーについてカヤバ オートモーティブコンポーネンツ事業本部 サスペンション事業部 技術部 部長 中川大雅氏が説明。
車両の足まわりに使用される懸架スプリングとショックアブソーバーは、懸架スプリングが車重を支えて伸縮することによって路面の凹凸を吸収し、ショックアブソーバーは振動エネルギーを熱に変換することで減衰する役割を持っており、懸架スプリングは伸び縮みする変位に応じて力を発生させることに対し、ショックアブソーバーは伸び縮みの速度に応じて力を発生させる特性を持っているという基礎を紹介。
現在のような円筒形のショックアブソーバーは1948年ごろからクルマで利用されるようになり、そこから足まわりの懸架装置の一部として働くストラット式、オーソドックスな2重管構造をフリーピストンとガスの組み合わせに置き換えたモノチューブ式などの進化を経て、2000年代からはステッピングモーターを使って減衰力を調整する製品や、減衰力の可変にソレノイドバルブの電流制御を利用するソレノイド外付式なども登場。今後さらに普及が進んでいくと予想し、カヤバでは性能向上を図りつつ、多種多様な製品展開を進めていくとした。
基本構造の違いによる性能差としては、アウターシェルとシリンダーの2重管構造となるツインチューブではシンプルな構造となっており、性能向上を目指して開発されたモノチューブはシリンダー径の拡大を可能として減衰力の時間的な応答性を高めているが、一方で作動油とガス室が直線上に並ぶ構造になるため全長が長くなり、車両への搭載性で問題になるケースもある点がデメリットになる。新たに登場したソレノイドバルブを使う減衰量調整式はアウターシェル、中間パイプ、シリンダーの3重管構造を用いており、車両に設置するセンサーで検知した信号からリアルタイムに電流制御を行なうことで伸び縮みそれぞれに減衰力を変化させることが可能。伸び縮み両方で減衰力を制御するため、作動油が同じ方向に流れるユニフロー構造となっている。
また、ショックアブソーバーで広く普及しているツインチューブで減衰力を発生させる基本的な原理を説明し、性能については装着する車両の搭載エンジンやグレードなどに合うよう、実車適合を図って開発を進めると解説。ショックアブソーバーに要求される性能はこの30年ほどでとくに高度になっており、減衰力を発生させる摺動部の摩擦力とバルブによる油圧力のそれぞれで改良を実施。摺動部ではオイルシールやロッドガイドブッシュの低フリクション化、作動油の粘度調整による摩擦力強化などを行ない、バルブでは時代ごとの要求に合わせた減衰力特性の調整を続けてきている。
2020年以降になってからは、それまで意識されていなかった作動開始から0.002m/sまでという微低速域における軸力の立ち上がりが重要になるのではないかと着目。この領域における新たな技術として、摺動部では「Prosmooth(プロスムース)」、バルブでは「Swing Valve(スイングバルブ)」の2種類を用意。微低速域の軸力を制御して車両の質感向上に寄与する取り組みを進めている。
近年におけるショックアブソーバーの技術トレンドとしては、快適性の面では駆動力が電動化していくことを受けた振動の変化に対応する静粛性の確保、操縦安定性と乗り心地の両立を目指してタイヤが“高縦バネ化”していくことに対応するため、微低速域からの減衰力確保、減衰力調整式における減衰力制御幅の自由度拡大。効率の面では車両の電動化に伴う車重の増加を受け、重量増をカバーする構成部品の軽量化、要求される強度の増加に対応し、サスストッパの高バネ化をストロークエンドの減衰力調整でサポートしているという。
こうした技術トレンドに対応するため生み出された具体的な技術として、まず前出のProsmoothについて解説。2018年6月に発売された「カローラ スポーツ」で初採用されたProsmoothは、ロッドガイドブッシュの材質改良、ピストンバンドの材質や形状の変更、作動油の添加剤変更など、摩擦力が発生する部位について数百種類の組み合わせを試して改良を行なった。とくに作動油についてはそれまで作動油の納入元に要求を出して改良してもらっていたが、Prosmoothでは添加剤の調合をカヤバで自社開発。これらの取り組みによってカーペットライドと呼ばれる高い質感と正確なライントレース性を高次元で両立させている。
同じく前出のSwing Valveは、2018年10月に発売された「レクサス ES」で初採用。通常のバルブはケースに着座して伸び側と縮み側のいずれか一方に作動油を通過させることになるが、Swing Valveでは数十ミクロンという高い精度でケースと隣接。非着座とすることでバルブが伸び側と縮み側の両方にスイングして、極微低速域から軸力の発生が可能になっている。
減衰力調整式のショックアブソーバーではソレノイドバルブの改良を行なって、極微低速域の乗り心地を高める「フルソフト減衰力」で低い数値を実現しつつ、走行状態に応じて変化させる減衰力の可変幅を向上。作動時の異音レベルを極めて小さく抑え、ソレノイドバルブのサイズも世界トップレベルの小型化を実現しており、車両における搭載性も高めている。
軽量化技術ではピストンロッドの中空化に加え、これまで鉄製だったバンプストッパーの受け側やスプリングシートの樹脂化、必要強度に応じてアウターシェルの板厚を変えるアウターシェル偏肉化といった技術を量産化このほかに周辺技術として、サスストッパの負荷を低減するため、これまで一定だった減衰力の設定を伸び縮み両側のストロークエンド近くで大きく高めるように設計。ストロークエンドに接近したときに油圧を絞り込んで制限する部材を追加したことで減衰力の可変を実現しているという。
次世代EPSではステアバイワイヤ完全内製化に向けて注力
続いて、車載機器事業部で取り扱うEPS(電動パワーステアリング)やポンプ製品などについてカヤバ オートモーティブコンポーネンツ事業本部 車載機器事業部 技術部 部長 井出典数氏が説明。
具体的な製品や技術の説明に先立ち、井出氏はカヤバでは2018年にステアリング事業の国内生産を止め、中国で湖北恒隆集団と設立した「HKE」という合弁企業に移管。さらにこの4月からは事業部の名称をステアリング事業部から車載機器事業部に変更したことから、世間的にはカヤバはもうステアリング製品を手がけていないと思われているかもしれないが、新製品などの開発も含めてEPSなどの事業に取り組んでいることを知ってほしいと語った。
そんな車載機器事業部の活動は、1955年に日野自動車のトラック向けに油圧パワーステアリングを納入するようになったところからスタート。この製品開発で培った油圧を発生させるベーンポンプと油圧ラック&ピニオンギヤの技術が、その後の乗用車向け、電動車向けの製品開発に受け継がれている。ステアリングの電動化が進んで需要が減少したベーンポンプはCVTやATなどに油圧を供給する製品に姿を変え、ステアリング自体もステアバイワイヤシステムに進化。今後は車両の電動化や自動運転などの普及に向け、ステアバイワイヤシステムの完全内製化、電動アクスル向けの潤滑・冷却を行なう電動ポンプ開発などに取り組んでいる。
続いてEPSの製品解説を実施。ドライバーのステアリング操作を補助するパワーステアリングのアシストにモーターを使うEPSは、登場からしばらくは車両の燃費改善などがメリットとなっていたが、ほとんどの車両でEPSが採用されるようになった現代では油圧システムでは実現できていなかったADAS(先進運転支援システム)対応や駐車支援などでの利用がメインとなっている。
EPSはトルクアシストの方式によって「コラムアシスト」「ピニオンアシスト」「ラックアシスト」の3種類に大きく分けられる。アシストするモーターがよりタイヤに近いほど伝達ロスを抑えることができ、タイヤを動かす力が大きく求められる大型車に対応しやすくなるほか、自然なフィーリングにつながり、モーターの作動音がキャビンで聞こえにくくなる。一方で車体の下側にいくほど高い防水性、防塵性が必要になり、コラムアシストではユニットをエンジンルーム内ではなくキャビン側に設置できることから低コスト化が図りやすくなる。
EPSの普及初期には製品の成熟度や採用した車両のボディ剛性との関係から伝達ロスやフリクションロスなどが発生し、とくにコラムアシストのEPSはフィーリングに難があると言われてしまうケースも出ていたが、現在では制御なども洗練されてボディ剛性の強化なども進み、アシスト方式の違いをドライバーが意識することはなくなってきているという。
しかし、フィーリングを重視する欧州メーカーなどを中心に車格に応じて使い分ける場合もあり、カヤバとHKEは3種類のEPSすべてを手がけ、2022年度はグループ実績として100万台超える規模まで生産を拡大している。
カヤバがEPSを量産するようになったのは2005年。不整路を走行するATVやROV、スノーモービルといった車両のステアリングは路面からのキックバックが大きく、ここにEPSを導入すると車両の商品性を大きく高められることがきっかけになり、ヤマハ、スズキ、カワサキといった国内メーカー向けにEPSを納入するようになった。また、レクサス(トヨタ自動車)が東京オートサロン 2022で公開した「ROV Concept」でも、ベース車両としてヤマハ製ROVを採用している関係からカヤバ製EPSをそのまま使用している。
量産開始から20年近くが経過するなかで、先駆けとなったレクリエーショナルビークル市場は大きく拡大し、これを受けて車両も本格化。車両サイズや装着タイヤが大型化を続け、従来製品ではアシスト力の不足が心配される事態になっている。また、乗用車・商用車向けでは自動運転、遠隔操作といった機能が普及してきていることで、機能安全やサイバーセキュリティなどの対策が新たに求められるようになってきているという。
この対応としてEPSの中核となる電装品を内製化に取り組み、それまではカヤバが設計したモーターを協力メーカーに生産依頼して納品してもらっていたが、2019年からECUとモーターを一体化させたカヤバ製パワーパックをEPSに搭載する体制を確立。このように内製化を進めたことが、さらなる高出力、高機能な次世代EPS開発の布石になっているという。
次世代EPSではステアバイワイヤシステムの完全内製化に向けて注力しており、必要な要素として転舵、反力の双方に使われる冗長アクチュエーターとADAS対応を視野に入れた内製パワーパックについて解説。冗長アクチュエーターはステアバイワイヤ化で操舵、転舵の2か所に使われることから、車両スペースに影響しないよう既存品から50~60%のサイズダウンさせ、高出力化を実現して小型トラックなどにも採用してもらえるよう開発を続けている。
現行の第1世代に続く第2世代の内製パワーパックでは、電源部まで含めて内部を完全な冗長化を行ない、機能安全やサイバーセキュリティ対策を実施。幅広い顧客に利用してもらえるよう、ソフトウェアプラットフォームのAUTOSARにも対応している。
EPSのまとめとして井出氏は「繰り返しになりますが、カヤバはEPSをやめてはいません。次のステップに向けた取り組みを続けていますし、合弁会社だけではなく、カヤバとしての研究開発を進めてEPSでも盛り返していきたいと頑張っていますので、見守っていただければと思っています」と語った。
eAxleなどに対応する小型で高効率な電動ポンプ実現を目指す
ポンプ製品では、カヤバでは主にベーン(羽)を利用して、油室容積の増減による負圧で油の吸い込み、吐出を行なうベーンポンプを扱っており、生産するポンプ製品の90%以上をトランスミッション向けとして出荷。2005年からジヤトコのCVTに組み合わされる油圧源メカポンプに100%使用されており、ピーク時には500万台/年を生産していた。
しかし、ジヤトコの大口納品先である日産自動車でトランスミッションを必要としない「E-POWER」車が登場したことを受け、ピーク時からは5~10%ほど生産数が減少している。このほか、2021年からは新たにマツダの「ラージ商品群用AT」の油圧源メカポンプにも採用されている。
ベーンポンプはCVT内で、エンジンで発生した力を伝達していく2セットのプーリー幅を変化させ、減速比を変化させるための油圧を発生させる役割を担っている。開発にあたっては、CVTの設計においてベーンポンプの搭載スペースは後まわしになりがちで、納品先であるジヤトコと内容のすり合わせを続けてなんとか形にしていったところに苦労があったという。
CVT向けのベーンポンプは製品化された2005年以降も8種類あるCVTそれぞれのチューニングを行なってレベルアップを図っていったが、マツダのラージ商品群用ATではより高度な仕様の実現が求められることになった。カヤバの開発陣としてはCVT向け開発ですでに手を尽くしきっているとも考えたものの、新しい解析技術や生産技術を駆使して容積効率や機械効率などの改良を積み重ねていった結果、ロストルクを従来品から20%低減させることを実現している。
また、ベーンポンプはショックアブソーバー同様、構成するパーツ数がそれほど多くはなく、限られたパーツ点数のなかで改良を重ねていくことがカヤバにとっての強みになっているのではないかと井出氏は述べた。
車両の電動化によるトランスミッション需要の減少といった市場変化を受け、カヤバではこれまで培ってきた技術を活用する次世代商品として、モーターと減速機を一体化したeAxleなどに対応する電動ポンプの開発を進めている。ポンプには、トランスミッションなどで高い油圧が求められる高圧用にはこれまでと同じくベーンポンプを使い、eAxleなどオイルの利用目的で潤滑や冷却がメインとなる製品では内接ギヤのトロコイドポンプを組み合わせるといった使い分けを行なう。カヤバは電動ポンプでは後発になるため、コストが高くなるモーターについてはEPS開発で生み出した内製パワーパックを活用。モーターとECUの仕様を一本化して低価格化を図る方向で開発を実施。小型で高効率な電動ポンプの実現を目指している。