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日産、バッテリEV「アリア」で北極~南極間の約3万3000kmを走破したラムゼイ夫妻が過酷な冒険の旅を語る報告会開催

2024年3月21日 開催

Pole to Poleプロジェクトのリーダーを務めたクリス・ラムゼイ氏(左)とコ・ドライバーを担当したジュリー・ラムゼイ氏(右)

 日産自動車は3月21日、北極~南極間の約3万3000kmを走破する世界初のプロジェクト「Pole to Pole(ポール・トゥ・ポール)」を日産のBEV(バッテリ電気自動車)「アリア」で達成したイギリスの探検家 ラムゼイ夫妻を招き、10か月に渡る過酷な冒険についてレポートする報告会を神奈川県横浜市の日産グローバル本社で開催した。

 2023年3月~12月に実施されたPole to Poleプロジェクトでは、サスペンションを変更してオーバーフェンダーを追加することでトレッド幅を拡大し、車高を上げて外径39インチのBFグッドリッチ製オールテレーンタイヤ「ALL TERRAIN T/A KO2」を装着して安定性を高めた特別仕様のアリアを使用。日産の電動4輪制御技術「e-4ORCE」と組み合わせることで、極限の地形に挑み、南極点まで到達する長旅で求められる高い快適性を実現している。

欧州向け仕様の「アリア e-4ORCE B9」をベースに、外径39インチのタイヤや車高アップといった極地走行向けの変更を施したPole to Poleプロジェクト専用車両。旅の途中でジュリー・ラムゼイ氏が、スペイン語で「笑う」という意味を持つ「RISA(リサ)」という名前を与えたという
外径39インチのBFグッドリッチ製オールテレーンタイヤ「ALL TERRAIN T/A KO2」を装着。タイヤサイズは39×13.5 R17 LT 121R
装着する専用ホイールには、通常のエアバルブに加えて内部の空気を一気に排出できる特殊なバルブを設置。通常走行の空気圧は32PSIと指定されているが、南極などにある摩擦係数が極端に低い氷上では空気圧を10PSIから最低4PSIまで下げて走破した
車両の前後バンパー部分に、緊急時にけん引したりジャッキアップしたりするための「ジャックポイント」を追加

「アリアというBEVが持つポテンシャルを多くの人に知ってもらいたい」というラムゼイ夫妻の理念を受け、ベース車となった欧州向け仕様の「アリア e-4ORCE B9」は純正状態を極力維持。車高を上げて走破力を高めるために採用した39インチの大径タイヤとワイドトレッド化で必要となったオーバーフェンダーの装着で外観のイメージは大きく変化しているが、実は走行に直接関連する部分で変更されているのはタイヤ&ホイールだけ。大がかりな変更に見えるものの、足まわりのサスペンションアームやショックアブソーバーなどはすべて純正仕様のままとのこと。迫力あるオーバーフェンダーを必要とするワイドトレッド化も深リム構造のホイールとワイドタイヤの組み合わせによって実現している。

 これはe-4ORCEの制御でも同様で、ここまで純正装着品と異なるサイズのタイヤを履きながらも、e-4ORCEの制御にも一切タッチしておらず、約3万3000kmの旅のほとんどを4種類用意されたドライブモードの「スタンダード」で走破。極端に路面のグリップ力が低い下り坂を走る場合に限定して「スノー」モードに切り替え、車体の安定性を確保したという。

ラムゼイ夫妻が車両の変更点などについて解説
ボディの側面に旅の予定コースを地図で示したグラフィックを設定。多くの国を経由した今回の旅では言葉が通じない人とコミュニケーションする機会も多く、見ただけで分かるような工夫も重要だったとのこと
1823年時点での北磁極であるカナダからスタートした旅で、経由した15の国と地域の旗を入国した順番でリアバンパーに表示
ルーフエンドスポイラーには旅の途中でお世話になった人を示すステッカーを貼っている
アリアの改造に協力した極地探検車両のスペシャルメーカー「アークティック・トラックス」のバッヂをリアハッチに装着

 さらにアリアには、大のコーヒー好きというプロジェクトリーダーのクリス・ラムゼイ氏が長旅の途中にいつでもコーヒーを楽しめるよう、エスプレッソマシンを特別装備。ルーフ上にはモバイル通信網を利用できないときでも通信によって撮影した写真を送信し、危険箇所のチェックに必要なイリジウム衛星通信用のアンテナを追加している。

 このほかルーフ上には、冒険の開始当初は撮影用ドローンを直接飛ばすための「ユーティリティユニット」を固定していたが、長期間にわたる旅ではフラットな場所で休息することがより重要だとの学びから就寝用の「ルーフトップテント」にスイッチ。ドローンはラゲッジスペースに収納して充電を行ない、その後も運用したという。

インテリアは基本的に市販仕様のままだが、フロントシートのヘッドレストにPole to Poleプロジェクトのロゴマークが刺繍されていた
リアシートには発電用のソーラーパネルをケースに入れて固定
クリス・ラムゼイ氏が「私にとって一番重要だった装備品」と紹介するエスプレッソマシン。夫妻の名前が入ったタンブラーも用意されていた
仏タレス製のアンテナを使ってイリジウム衛星と通信。ラゲッジスペース右側面に固定されたルーターを使って車内にWi-Fi環境を提供する
ラゲッジスペースにはロゴ入りのブランケットも用意。もともとはクリアパネルのリッドも設置されていたが、走行中の衝撃で外れてしまったとのこと

 走行用バッテリの充電は、市街地では現地の充電ネットワークサービス会社とパートナーシップを組んで充電スポットを利用したほか、一般家庭や公園のトイレなどさまざまな人の協力を得て電力を確保。欧州仕様のアリアでは車両の右前方に欧米で主流となっている「CCS」(Combined Charging System)の充電ポートを備えており、旅で通過するさまざまな国で使われている充電規格に対応する変換ケーブルも利用した。

ボディの右前方にある「CCS」(Combined Charging System)の充電ポート。リッドには旅の途中でお世話になった日産スタッフなどの激励コメントが書き込まれていた
充電で利用した各種変換ケーブルはラゲッジスペースの左側面に収納

 郊外や南極といった送電網のない場所では可搬タイプのエンジン発電機を利用。充電では7kWのインバーターを経由させており、このインバーターはエンジン発電機のほか、今回の冒険向けにクリス・ラムゼイ氏が設計した「再生可能エネルギーを活用するポータブルユニット」のソーラーパネルや風力発電機とも接続して充電を行なったという。ただ、今回の旅では北磁極などで発電に利用できると想定していた強い風があまり吹かず、再生可能エネルギーとしては太陽光による発電が中心となったそうだ。

 ソーラーパネルは全行程の10%で発電に利用。日照時間が長い南極などで高い成果を挙げ、休憩時間などの合間にアリアの走行用バッテリを充電して、エンジン発電機で使用する燃料を3分の2に減らす効果を挙げたという。

ソーラーパネルの展開デモ。ソーラーパネルは1枚が約17kgあり、1日中運転してクタクタなときは設置作業もかなりの重労働だったと明かした
ソーラーパネル同士はケーブルによって数珠つなぎされ、インバーターを経由してアリアと接続した

 なお、Pole to Poleプロジェクトで走行したアリアの実車やラムゼイ夫妻が使用したアイテムなどは、日産グローバル本社ギャラリーに3月31日まで展示されているので、ぜひ足を運んでみてほしい。

39インチタイヤを装着したアリア以外にも、ラムゼイ夫妻が使用したアイテムなどを日産グローバル本社ギャラリーで展示している
ステージ上のターンテーブルにはPole to Poleプロジェクトの走行軌跡を地図表示
ステージ上に展示されたアリアの実車には10か月に渡る旅で負ったダメージが生々しく刻まれている

改造範囲を限定したのは、一般ユーザーに自分たちのアリアでも同じようなことができると知ってもらうため

日産自動車 シニアマネージャー ダン・フレッチャー氏

 Pole to Poleプロジェクトの報告会では、日産自動車 シニアマネージャー ダン・フレッチャー氏がプロジェクトの概要を説明。

 10か月に渡り14か国と南極の約3万3000kmを走破したPole to PoleはBEVによる世界初の冒険として実施されたが、速さを競うようなレースではなく、むしろ各地の人々と触れ合い、それぞれのコミュニティについて学びながらBEVで世界を変えていくインスピレーションやポジティブなアイデアを発掘していくことを目的としていたと解説。北米、中米、南米、南極と走り続ける旅ではさまざまな路面や気候と出会い、気温は最高が米国・アリゾナの48℃、最低は南極の-39℃と幅広く、BEVのアリアにとっても非常に過酷な苦難の日々になった。

Pole to Poleプロジェクトの概要

 プロジェクトの発案者であるクリス・ラムゼイ氏は、10年前に初代「リーフ」を所有するようになって、自身が感じたBEVのわくわく感をより多くの人にも味わってもらいたいと考えたことから、リーフでモンゴル・ラリーに参戦して1万7000kmの距離を走破したBEVラリーのパイオニア。そんなクリス・ラムゼイ氏からのアプローチを受け、日産はPole to Poleプロジェクトで欧州仕様のアリアの車両提供したほか、遠征資金のサポート、専門的な技術アドバイスを行ない、オフィシャルパートナーとして参加している。

日産のサポートについて

 使用されたアリアは雪と氷に覆われた南極を走破するため39インチという外径のタイヤを装着したことが改造の中心となっており、このほかに路面の岩などから車体を保護するスキッドプレート、幸運にも最後まで使用する機会がなかったが、緊急時のけん引やジャッキアップに使用する「ジャックポイント」を車両の前後に追加している。

 このように改造範囲を限定したのは、ラムゼイ夫妻ができる限り標準仕様に近い車両でプロジェクトに挑みたいとの希望を受けたもので、これはアリアに乗っている一般ユーザーにとっても、自分たちが日常的に使っているBEVでも同じようなことができると知ってもらう重要なポイントだったとフレッチャー氏は説明した。

アリアに施したカスタマイズについて

ボンネットまで雪の下に埋まる状況でも問題なし

クリス・ラムゼイ氏

 続いてマイクを握ったクリス・ラムゼイ氏、ジュリー・ラムゼイ氏の両氏は10か月にわたるアリアとの旅をふり返り、この旅の目的の1つとして、南極のような極限状態でBEVのアリアが走り続けられるのか? そして充電しながら長距離に渡るドライブを続けることができるのか? 試してみたいと考えていたが、結果としては極めて高い性能をアリアが持っていることを確認できたとアピール。

 気温が-39℃に達する南極では、アリアがボンネットまで完全に雪の下に埋まってしまうような状況にも置かれたが、アリアは何の影響も受けることなく走行を再開して、雪や氷の路面でも日産のe-4ORCEによる制御によってゴールまでたどり着けたと語った。

まつげまで凍りつくような極地でもアリアは問題なく走行できた

 旅で必要になった充電では、北米では急速充電の設備も完備されていて、整備された充電ステーションで充電しながらルーフトップテントで1夜を明かすこともあったが、メキシコに入ってからは普通充電で充電時間がかかるようになったり、さまざまな変換アダプターを用意する必要が出てきたことで移動のペースが落ちていったというエピソードを紹介。しかし、そういったトラブルによって地域に住む人々と交流することになり、その土地ならではの食事を口にすることになるなど、まさに冒険と呼ぶにふさわしい経験や学びを得ることができたという。

 南米に入ってからは、自分たちがその地域でBEVに充電を行なう初めての人間になったケースもたびたび発生して、現地の人々にとっては見知らぬ旅行者である自分たちでありながら、困っている姿を見て両手を広げて助けてくれたことが非常に重要だったと語り、アリアというBEVが磁石のように人々を引き寄せ、この不思議なタイヤを装着したクルマに小さな子供から大人までニコニコしながら近付いてきたという。

さまざまなシチュエーションで走行に必要な電力を充電

 そんななかで、「このクルマはなんていう名前なの?」と聞かれるケースも多く、最初のころはとくにないと答えていたが、旅が続くうちに、このクルマを人々が見て、つながったときにみんながにこやかになることに気付いたことで、スペイン語で笑顔を意味する「リサ」と呼ぶようになったとのエピソードも説明。今ではただのクルマではなく、さまざまな思い出やストーリーが刻まれた存在になっていると明かした。

ジュリー・ラムゼイ氏

 また、旅の大きな目的として、純粋にBEVがどれだけすごいものなのか示したいと考えており、この旅では降り積もった雪に隠れた岩を見落としたことでホイールを破損するトラブルには遭遇したものの、それ以外には素晴らしいパフォーマンスを発揮し続け、それを実証することができ、このクルマがどれほどエキサイティングで高いポテンシャルを持っているか示すことができたと強調。日産と協力してこの冒険を達成できたことを誇りに思っていると締めくくった。

10カ月に渡る冒険をふり返るラムゼイ夫妻
【日産】Pole to Poleプロジェクトイメージムービー(1分10秒)