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スズキの技術戦略説明会で展示された、未来のクルマに向けた技術の断片を見る

2024年7月17日 開催

技術戦略説明会ではスズキのこれからのクルマ作りの方向性に関する展示がされた

 スズキは7月17日、10年先を見据えた技術戦略を紹介する説明会を都内で開催した。本稿では会場にあった技術展示を紹介していく。

 今回の技術展示はスズキ 代表取締役社長 鈴木俊宏氏が説明会で語った内容に沿ったものであるため、まずは同氏の発言の一部を紹介しておこう。

スズキ株式会社 代表取締役 社長 鈴木俊宏氏

 鈴木氏は発言のなかで「われわれスズキは、移動する手段としてちょうどいいサイズ、軽くて燃費がいい、安全で必要十分な装備を備えた、安全で小さなクルマを作ってきました。日本、インド、欧州での業界平均の車両重量とスズキのクルマの平均車両重量を比較してみたところ、各地域の業界平均に対してスズキは200kgから300kg軽く作っています。車重が200kg軽いということは、その分材料は少なく、製造時のエネルギーは約20%少なくなります。また、走行に必要なエネルギーは6%少なくてすみます。小さくて軽いクルマはエネルギーの極小化に大きく貢献することができます。スズキの歴史はお客さまと地球環境に寄り添ったクルマ作りであり、スズキの使命として受け継がれてきた軽量化の歴史があります。そのなかでは時代の要請に応じて重量が増加してきたこともありました。しかし8代目アルトを開発する際には、全社を挙げた軽量化プロジェクトに取り組み、安全性能を向上しながら4世代前のアルトより軽い重量に仕上げました。そして今回の技術戦略では、計量化を再加速させることで、7世代前に相当する大幅な軽量化を目指し、開発を進めていきます」と語った。

技術戦略説明会の概要。1番に据えられているのが軽くて安全な車体だ

 また、発売が予定されているHEV(ハイブリッド)、バッテリEV(電気自動車)については「車重を軽くすればするほど、必要な電池や燃料も少なくてすみます。電池が小さければ充電に必要なエネルギーが少なくてすみます。さらにモーターもエンジン排気量も小さくなります。そしてモーターや排気量が小さければ使う材料も少なく、小さいものであれば製造エネルギーも少なく、軽いものであれば衝突エネルギーも小さく、リサイクルの負担も小さく、コストも資源リスクも少なくなります。さらに軽いクルマでは道路や埋設された水道管やガス管などへのダメージも小さくできるので、インフラ整備のためのエネルギーも少なくてすみます。このように軽さはさまざまなよいことにつながる天使のサイクルを作り出します」とスズキ車が目指す方向がクルマ社会の未来にどう貢献していくかを紹介した。

プラットフォームについて

展示されていたのは新型スペーシアのカットボディ

 スズキでは新型スペーシアと新型スイフトからボディ作りに新しい技術を投入していて、それこそが今後のクルマ作りの方向性にあったものだという。

 現在はプラットフォームを含むボディ各部に使用する鋼板の品質が高く、加えて成形技術も優れている。そしてボディ設計に関しても高度な解析ができるので、以前と比べると鋼板の厚みを抑えられているという。

現在のスズキ車に使われる軽量プラットフォーム「HEARTECT(ハーテクト)」
軽量化のために鋼板の板厚はどんどん薄くなっていて、最も薄いところでは0.55mmほどの厚みとなり、プレス成形していないとペラペラと曲がってしまうくらい薄い板が使われている

 とはいえ、鋼板を薄くするだけでは安全性や走行安定性、静粛性に影響が出るので、高張力鋼板の使用域を拡大して板厚を薄くした影響に対応している。

 そして、静粛性や操縦安定性をもたらすために骨格部分とパネルの継ぎ目に接着剤を使用するが、この接着剤には構造用接着剤と減衰接着剤がある。構造用接着剤はドア開口部やテールゲートの一部など力のかかる接合部に塗布されていて、合わせ目を固める効果があり、リニアな操作性の実現や乗り心地向上などに役立っている。減衰接着剤は主にこもり音、エンジンノイズの軽減、ロードノイズの軽減などを狙ったものになっている。

 どちらの接着剤もボディ剛性の向上に効果を発揮するので、ボディのスポット溶接箇所を減らせるのではないかと思うところだが、接着剤は経年変化により効果に変化が生じるのでスポット溶接の代わりにはならないとのことだ。

鈴木社長の写真を使ったユニークな展示。指している部位にはボディのなかで最も強度のある1470MPaの高張力鋼板が使われている
こちらには減衰接着剤が採用されている。減衰接着剤を使うことでパネルの振動が抑えられる
構造用接着剤と減衰接着剤の使い分けを示す資料

これからのクルマのポイントは軽量であること

 こうした作りをしているスズキ車のプラットフォームだが、今回の説明会で鈴木氏は「100kgの軽量化」を今後のクルマ作りの目標に掲げていた。

 前出のとおり、すでにスズキ車はほかと比べて軽量なクルマを作っているので、さらに100kg軽くするのは容易なことではない。

 しかし、スズキといえば初代のアルト誕生の際、単なる大型車のスケールダウンでなく、ユーザーが必要とする機能、性能を絞り込んだ合理的なクルマとするため、徹底的な工程の見直しやパーツ点数削減によるコストカット(これは軽量化につながるものでもあった)などを行なうことで、当時としては画期的な全国一律47万円という価格を実現させたメーカーだ。

 今回の技術展示に説明員として参加していた技術者の方に伺ったところ、100kg軽くするという号令に最初は驚きを持ったそうだが、今はそれを新たな挑戦と捉えてそれぞれの部署が目標に向けて動いているという。

全国一律価格の47万円で発売された初代アルト。徹底した合理化の作りは車両重量も軽くするもので、なんと545kgに収まっていた。鈴木氏は次世代のクルマの重量を初代アルトに近い600kgを切るレベルにすることを技術者に求めている

 スズキのクルマ作りではパワートレーン、サスペンションなどはそれぞれの部署ごとに設計をしていた。そのためプラットフォームに搭載する際、パーツ同士の干渉を避けるためパーツが必要になったり、パーツそのものの形状の修正が必要だったりしたという。

 でも、その方法にはムダがある。ということで、現在取り組んでいるのが「全社団結、譲り合い」というクルマ作りだ。これは、これまでよりさらに開発部署同士の横のつながりを密にすることで、効率的な設計を進めていくという方針を持ったものだ。

 新型スペーシアのプラットフォーム作りでもその設計方針が生かされていて、先代モデルと比べるとマフラーの取りまわしとサスペンションフレームの関係の見直しが図られていて、構造がシンプルになっていた。

 また、部位ごとではなくてプラットフォーム全体での合理性が追求できるため、サスペンションフレームが車体骨格材を兼ねるという新たな構造を作ることができていた。さらにほかの部分での補強の見直しにつながり、軽量化にも貢献している。

サスペンションフレームを車体骨格の一部として使えるような構造としている
イラストでの解説
部署ごとの横のつながりを密にすることで、限られたスペースを効率よく使えるようになった。リアのトーションビームも補強材を必要としない構造的に強固な部分に付くようサスペンションを設計している

 もう1つ大きな効果が、これまで以上に安全な車体になったことだ。プラットフォーム作りでは衝突時のエネルギーをスムーズに吸収することも重要で、ここでうまく吸収できない部分があると、衝突の力を吸収しきる前に折れてしまう。すると折れる部分に補強が必要になるが、それは重量や製造工程が増すことになる。

 それに対して、現在の作り方では力を滑らかに通すことを狙った構造を優先できるので、衝突時のエネルギーをしっかりと吸収しつつ、重量増にならないプラットフォームとしているのだ。

衝突時のエネルギーを「滑らかに通す」ためのフレーム形状
構造の特徴を紹介する資料

燃焼効率を高めるエンジン作り

 新型スイフトに搭載されている3気筒DOHC「Z12型」エンジンが展示されていた。

 スズキ車のエンジンは軽量、低フリクションを強みとしていたが、Z12型では燃焼効率の改善にも力を入れることで、直噴エンジンでなくポート噴射の方式のまま最大熱効率を40%まで引き上げている。

展示されていた新型スイフトの3気筒DOHC「Z12型」エンジン
直噴エンジンでなくポート噴射の方式。霧化を促進するため1ポートに2本のインジェクターとしている
Z12型エンジンの特徴

 ポイントは高速燃焼技術というもので、まずは燃焼室をいかにコンパクトにするかを追求し、バルブの配置やバルブ径などが決められている。さらに熱効率を高める技術が盛り込まれているのだが、その1つが中間ロック式VVTというもの。

 Z12型エンジンではアトキンソンサイクルの考え方を用いているので、バルブの閉じタイミングを従来のバルブタイミングより遅らせることで膨張比を高めている。これにより熱効率が改善できるのだが、この閉じ終わりを遅くしていくとエンジンの始動性が悪化する傾向にもなるのだ。

 そこでZ12型ではエンジンが止まったときに始動性に影響のない位置でバルブが止まるような制御とした。アトキンソンサイクルは実用化が難しい面もあるが、スズキは中間ロック式VVTを使うことで実現しているのだ。

中間ロック式VVTを採用

 同時にエンジンの排出したガスを再利用するEGR量をエンジンの運転状態に応じて最適に増減することで燃焼効率を高め、同時にポンピングロスや冷却損失の低減も行なう。さらに機械的なロスを低減するために張りを抑える振り子式ベルトテンショナーや電動ウォーターポンプを採用している。

燃費向上のための外部EGRの配管が見える。VVTを使っているので内部EGRも併用していると思われる。また、吸気側ではEGR濃度を最適化するためトーナメント型の通路を採用している
スズキ車が多いインドでは天然ガスの利用もあるのでバルブやシートはガソリンだけでなく天然ガスにも対応できる素材としている。こういったことも少ない資源に対応するための技術だ。今後は高濃度エタノール燃料やバイオガスなどへの対応も進めていくとのこと

 そして大きな目標である軽量化について。エンジンでは、まず気筒数を減らすことで大幅な軽量化を行なっている。加えて解析技術や燃焼、冷却などの技術によりエンジンブロックなどの肉厚を適切に落としているが、軽くしながら肉も削り、剛性を高めるために適所にリブを追加するなどの対策も行なっているので、耐久性の確保はもちろんのこと、剛性不足からくる騒音や振動などの発生はしっかりと抑えられているのだ。

エンジン内部パーツの軽量化だけでなく、ブロックなどの肉厚も薄くなっているが、剛性を落とさないために要所にリブが入る

進歩した技術を取捨選択して採用

 現代のクルマには欠かせない運転支援や予防安全のADASだが、機能のなかには付いていることすら知らないというほど使用しないものもある。しかし、そうした機能にも開発コストがかかっているので、それは車両価格に影響するのだ。

 でも、ユーザーから見れば使わない機能は省いて、その分価格を下げてほしいという気持ちがあるだろう。

 スズキもその点は理解していて、今後は「ちょうどいい」「これでいい」とユーザーが感じられるソフトウェアの価値を提供していくという。

SDVライトの概要の紹介

 このことをスズキではSDVライトと呼び、内容としては、機能の取捨選択のほか、ソフトウェアを更新していける体勢を、販売店(有線)とOTA(無線)をうまく組み合わせることで取っていく。

 また、現代のクルマは多くのECUを搭載しているが、これを共用化していくことで車体製造コストを抑える。さらに機能追加、性能向上、リコールなどへの対応を高めることを目的にしたソフトプラットフォームを設計。そして開発コストを抑えるため、新規開発だけでなく、従来のソフトウェアの再利用もしていくという。

国や地域ごとに異なる仕様を統合する
ソフトプラットフォームについて
インドの交通事情は日本とはまるで違うもの。そのため日本にあったものをそのまま持ち込む展開はできないという。そこでインドの状況に適合するADASの開発も進めていうとのこと

 今回の技術展示ではスズキが自社で開発しているE-axleや、有効なリサイクル構造を作ることでのエネルギー極小化についても触れていたのが、そちらは資料画像にて紹介していく。

内製していく予定のE-Axle。量産時はサプライヤーからの導入になるかもしれないとのことだが、スズキ側がE-axleを理解していないといいものを調達できないという考えから、まずは自社開発していくという
適材適所の電動化ということで、EV、HEV、PHEVの開発もしている。また、オートバイのエンジンを発電用として搭載する実験も行なっているという。実用化は排出ガス規制の問題もあるので現状では困難とのこと
電動化はクルマだけでなく、使う人に合わせた最適な電動車を幅広く展開していく予定
資源の有効利用で、クルマ作りにかかるエネルギーの極少化を図ることも進める
世界各国でサーキュラーエコノミーに関する法律が制定されている
スズキが行なっているリチウムイオン電池の回収
こちらは国内で交換されたバンパーの回収から素材としての再利用までの解説
会場にはリサイクル材を使用した成型品が展示されていた
スズキのサーキュラーエコノミーについて

 以上が技術戦略説明会での展示品の紹介だ。スポーツカーのような高性能なクルマに関する技術ではなく、地域の生活に密着する小さいクルマに使う技術なのでそこまでの派手さはないが、小さいクルマを必要としているユーザーにとってはどれもメリットがあるという内容の展示だった。とくに軽さについては興味深く、鈴木氏が掲げる600kgを切った小さいクルマの登場には大いに期待したい。

 先ほど「スポーツカーではない」と書いたが、それこそ1980年代の日本車ではスポーツカーと呼べるクルマはほぼなくて、モータースポーツ愛好家や走りが好きな人たちは「車重の軽い普通のクルマをスポーツ用に使っていた」のが実情だ。

 最近のクルマに否定的な意見はないが、軽いクルマの走りは特別なエンジンなどがなくても独特の面白さがあるだけに、600kgを切る小さいクルマは、誰でも買えるような価格でその楽しさを体験させてくれる存在になるかもしれないと期待してしまうのだ。