インプレッション
GLM「トミーカイラZZ」(一般道試乗)
2016年7月11日 00:00
信号が青になって無意識にアクセルを踏み込んだ瞬間、けたたましいホイールスピンがリアタイヤで発生した。慌てて右足を緩める。EV(電気自動車)である「トミーカイラZZ」には、トランクションコントロールはおろかABSも装備されていない。ABSを装備しないブレーキペダルは、ブレーキペダルへの踏力を増幅するブレーキブースターさえも装備しない。
だからブレーキペダルはことのほか重い、まるでレーシングカーだ。いや、まるでじゃない、コイツはホンモノのレーシングカー。ついでに言うと、ステアリングもパワーアシストのない重ステだ。もちろん、スピンを防止するスタビリティコントロールもありはしない。そしてエアコンもなければドアミラーの調整すら手動。すべてが自動車としての素。生まれたまま、そのままのスポーツカー、いやレーシングマシンだ。
そんな“じゃじゃ馬EV”の試乗に向かったのは、4月のある日。東京都内でトミーカイラZZの販売を担当するスーパーオートバックス東京ベイ東雲に足を運んで、さっそくマシン(!?)とご対面。見るからにしてクルマと呼ぶよりも(レーシング)マシンと呼ぶに相応しい姿だ。それは、まずオープンカーだからルーフがないのは当たり前なのだが、専用の幌を装着してもサイドウィンドウがないので、雨が巻き込んで濡れることを覚悟しなくてはならない。幸いにも当日は雨が降っていなかった。
さっそく乗り込もうということで、まずはドアを開けようとするものの、ドアノブらしきものが見当たらない。教えられてビックリ! なんとコクピット側(車内側)のドアハンドルを引いてドアを開けるのだ。しかし、オープンが前提だからこれでも問題なし。レカロの“ほぼレーシングバケット”と言えるシートに身をあずけると、低くレーシーなドライビングポジションだ。OMPの細いステアリングの感触も心地よい。最近のステアリングはスポーツカーでもエアバッグや各種スイッチ類が装備されていて、それなりに存在感があるサイズとなっているだけに、この細さがかえって懐かしい。
その昔、ナルディというメーカーのウッドステアリングが人気を博したが、あれを思い出した。握った瞬間にどんな状況になってもコントロールできそうな気持ちになる。ステアリングはクルマの気持ちを伝えてくれる唯一と言ってもよいほどのパーツ。この瞬間が大切なのだ。ドラポジもステアリングのフィーリングもしっくりきた。こうなると早く走り出したい。
100km/h以下の加速力はほかに類を見ないレベル
アクセルペダルに足を乗せると、スススッと音もなく動き出した。まぁ音もなくというのは大袈裟で、実際にはモーターに電気が流れるような音とタイヤと路面のきしむ音が妙に耳につく。だから、EVは確かに静かだけれども、この点においてはドライバーを楽しませる音をなにも発しない。走りはじめから感じるのは、アクセル操作に対してパワーの出方がとてもスムーズなこと。この異常と言えるまでのスムーズさが、走行距離が延びるにしたがって不思議な魅力となってくる。
しかし、トミーカイラZZが持つ本当の魅力はアクセルを大きく踏み込んだときに発揮される。アクセルを全開まで踏み込めば、やや甲高いシューッという音とともに背中はシートに押し付けられ、頭はのけ反る感覚で鋭い加速が始まる。エンジンのように下(極低速域)からじわじわと盛り上がり、ある回転域に達すると背中を蹴飛ばされるような加速ではない。下からいきなりパワーが炸裂し、身体がワープするように投げられる感覚だ。試したことはないが、空母から離陸する戦闘機を放り出すカタパルトのような雰囲気。その凄さは、ほぼ0km/h~80km/hはあっという間。100km/h以下の加速力はほかに類を見ないレベルだ。
実は筆者は、今回のトミーカイラZZのルーツと言えるモデルに試乗したことがある。あれは1990年代の終わりごろ、試乗場所はトミーカイラの拠点がある京都。しかも、紅葉で有名な嵐山パークウェイだ。もちろん、この当時のトミーカイラZZはガソリンエンジンを搭載していて、日産自動車「プリメーラ」用の直列4気筒 2.0リッターエンジンをミッドシップレイアウト。185PSを発生するこのエンジンは、電子制御燃料噴射装置を外してわざわざキャブレター仕様にするなどのこだわりがあった。また、製造はイギリスにあったトミーカイラUKが受け持ち、日本に逆輸入という形で導入されていたのだ。これは当時の法的認証を取るための裏ワザ的手法でもあった。
シャシーは現在のトミーカイラZZとほぼ同じ、リベットと接着によるアルミシャシーとツインチューブモノコックをベースとして、外板はFRPだ。試乗したときの印象は、710㎏という軽量なボディがヒラヒラとコーナリングする気持ちよさに、どんどんテンションが上がっていったのを覚えている。“和製ロータス”とでもいったこんなクルマを造ってしまうトミーカイラに夢を感じ、嬉しくなった。
それゆえに、今回の試乗には筆者の個人的な思い入れがあったことを否定しない。特に設計者の“カイラさん”こと解良喜久雄氏は、1980年代~1990年代のレースシーンでもエンジニアとしてお会いしたことが何度もあり、尊敬している人物なのだ。
さて、EVとなった現代のトミーカイラZZに話を戻そう。EVのトミーカイラZZは京都大学とベンチャーで誕生したGLMによって、年間生産台数99台以下の組立車制度を利用して国内認証を受けている。つまり、このクルマは限定99台しか生産されない。305PS/415Nmのモーターをミッドに搭載し、車重は850㎏。パワーウェイトレシオは約2.7㎏/PSというすさまじい数値。0-100km/h加速は3.9秒なのだ。
今回の試乗はワインディング路ではなく、東京 お台場周辺の一般道と高速道路。法定速度内での瞬間的加速に注目を置きレポートしているが、その法定速度内でも十分に楽しめるし、音もなく静かに街角を流し、雑踏や鳥の鳴き声を耳にすることがこれほど新鮮に感じたのもこれまでにない体験だった。
エアコンもなく、オプションでレカロシートにシートヒーターを追加することはできるそうだが、やはりトミーカイラZZに似合うのはサーキット、もしくはワインディング路だろう。サスペンションは締まりがしっかりとしているが適度な初期ロール感があり、かといって大きすぎないロール角を保つ。おそらくサーキットではもう少しサスペンションストロークを感じるに違いない。回生システムも与えられず、そのため航続可能距離は120kmと発表されている。実用性は全くないに等しいトミーカイラZZだが、素のEVレーシングマシンを公道で味わえる楽しさはこの上ないものだった。