インプレッション

トヨタ「86(ハチロク)」(アルミテープ装着テスト)

8月にマイナーチェンジした新型86。この新型86では空力性能の向上を目的に、ボディなどの一部にアルミテープを装着していることが7月の説明会で明かされた。果たしてその効果は体験できるものなのか、自身も86(前期型)に乗るモータージャーナリストの橋本洋平氏(左)がレポートする。隣はアルミテープの解説を行なっていただいたトヨタ自動車株式会社 スポーツ車両統括部 ZR主査の宍戸智彦氏

アルミテープを貼るだけで空力改善?

 貼るだけで効くのは湿布薬くらいかと思っていたが、いまじゃクルマに貼るだけで走りが変わるなんていうシロモノが登場! それもアルミテープを貼るだけで「ハイでき上がり!」というお気軽さ。これは深夜の通販か? それともオカルトまっしぐらの怪しげな宗教なのか? これを発表した天下のトヨタ自動車は大丈夫なのか? その真相に迫ってみる。

 事の発端は、先ごろ発表された後期型86のプレゼンテーションの現場だった。開発トップの多田哲哉氏が、「今度の86にはアルミテープが貼ってありまして……」などと話し始めたのである。ハッキリ言って後期型の86がどう変わったかということよりも、「一体アルミテープって何よ?」と場内はザワついたのだった。「後日シッカリとアルミテープについてはお話します」と多田氏は締めくくったが、なんだがモヤッとしたまま2カ月ほどが経過。いよいよその内容がお披露目された。

 後期型86の公道試乗会で行なわれたプレゼンテーションは、「まず空気中は+に帯電しておりまして、ボディも+に帯電しています」と始まった。この時点ですでに「もっとお勉強しておけばよかった」と悔いたのだが、そこは後の祭り。けれども、大人しく聞いていればトヨタのエライ人は頭の弱い僕にも丁寧に伝えてくれるので、何とか分かったような気がしてきた。要は+と+が反発しあうため、+に帯電した空気と+に帯電したボディが接触すれば、ボディに沿って空気は流れず、剥離してしまうということらしい。

 で、タイヤの回転が始まると、路面とタイヤがくっついたり離れたりすることで静電気が発生。それがタイヤに帯電し、やがてボディに伝わりクルマはさらに+に帯電していくという。昔のクルマなら鉄の部分が多く、それも飛びやすい環境にあったようだが、今では樹脂やガラスの採用部分が多くなり、最終的に行き場をなくした+イオンはそこに集まりやすいそうだ。トヨタの研究結果によれば、10km走行した後にボディの帯電を調べてみたところ、部位によっては数十から数百Vだったものが、数千Vにまで帯電することが分かっている。

8月1日に発売された新型86(写真は6速AT仕様のGT)。ボディサイズは4240×1775×1320mm(全長×全幅×全高。全高はアンテナ部含む)、ホイールベースは2570mm。ボディカラーはオレンジメタリック。価格は304万8840円
エクステリアでは従来型よりノーズ先端が下がり、グリル開口部を横に拡大することでワイド&ローを強調するデザインに。また、Bi-Beam LEDヘッドランプを全車標準装備したほか、ボディ剛性向上を目的にエンジンルーム内のタワーバーブラケットなども強化。なお、6速MT車に搭載するエンジンのインテークマニホールドやエキゾーストマニホールドなど吸排気系部品の改良を行ない、最高出力は152kW(207PS)/7000rpm、最大トルクは212Nm(21.6kgm)/6400-6800rpmへと進化(写真は6速AT仕様)
GTのインテリア。GT、GT“Limited”ではTメッシュカーボン柄加飾を施したドアスイッチベース、ヒーターコントロールパネルを採用するとともに、トヨタ車最小径となるφ362の真円ステアリングホイールを採用。「Gモニター」「パワー・トルクカーブ」「ストップウォッチ」といった車両情報を表示できる「マルチインフォメーションディスプレイ(4.2インチTFTカラー)」も新採用の1つ
今回の試乗会でアルミテープについて解説を行なった車両技術開発部 主幹 山田浩次氏。山田氏によれば、ニュルブルクリンクでLFAのアルミテープ装着車、非装着車でタイムアタックすると1周あたり7秒近く変わるのではないかと、その効果を語っていた

 そこで登場するのが問題の(?)アルミテープである。これは+に帯電したボディから+イオンを空気中に放出させようということらしい。実際に500Vまで帯電した場所に張り付けところ、150Vまで下がったというデータもあるそうだ。結果として空気はボディから離れようとはせず、ボディに沿うようにキレイに流れ、クルマの動きが安定する。つまり、クルマは空気が生み出すレールの中にきちんと納められ、左右にも上下方向にも動きにくくなるということ。ボディから空気が剥離してしまうと、空気のレールが歪んだり、クルマから離れたところで空気が流れるため、クルマが暴れやすい環境ができてしまう。ミニ4駆に何も細工せずにコースを走らせるのがノーマル、4隅にガイドローラーをつけて走るのがアルミテープ付きってことか?

 後期型86には樹脂製のステアリングコラムカバー、そしてサイドウィンドウにアルミテープが貼ってある。樹脂やガラスに貼るだけで効果があるとは……。しかし、実はアルミテープを採用したのは後期型86が初めてではなく、ヴォクシー&ノア、さらにはプロボックス&サクシードにもすでにセットされていたという。実はこれらのクルマが張り付けていたのは前後バンパーの内側。鍬のような形をしたアルミテープがそれだ。3M(スリーエム)との共同開発で生まれたアルミテープは、導電性に優れたノリを使っていること、そして鍬のような形状にしたのは+イオンを放出しやすいように考えられたため。尖った面が多いほど+イオンは放出されやすいそうだ。

走行前後のボディ帯電例。部位によって10km走行後に500Vまで帯電した場所にアルミテープを装着したところ、150Vまで下がった例が示された
ボディに帯電があると空気の剥離領域が大きくなり、乱れが大きくなる。その帯電を抑えることで剥離領域が小さくなり、結果として乱れが小さくなるという説明
ガラス面にも帯電が発生
帯電有無によるボディ表面の流速分布の違い
今回のアルミテープ装着車(前期型86)のアルミテープ装着箇所
各アルミテープ設定の狙い
各アルミテープ設定の狙い
新型86ではサイドドアガラス、コラムカバーにアルミテープが装着される。車両によってアルミテープの効果のある装着個所は異なるという。アルミテープを採用した理由としては「耐久性に優れる」「価格が安い」というメリットを挙げている

 では、なぜヴォクシー&ノアやプロボックス&サクシードはバンパー内部に貼ったのか? その答えはボディ4隅の流れをよくすることで直進安定性を高めたかったから。86はむしろキビキビとした旋回を狙っているため、前後バンパー内に貼ることをしなかったという。アルミテープの貼り方のノウハウがすでにトヨタにはあるようだ。

アルミテープのありなしで確かにフィーリングが違う!

 今回は前期型86にアルミテープを張り付けることで、その効果をテストすることができた。準備されたのはステアリングコラムカバー下、フロントウィンドウ下、そして前後バンパー用の3種類。

 まずはノーマル状態を知った上でテストを始める。走り出してしばらくしてから、まずはステアリングコラム下にアルミテープを張った。同乗してくれたトヨタ自動車 スポーツ車両統括部 ZR主査の宍戸智彦氏からは「いまアルミテープを張り付けましたけど、すぐには効果を発揮しません。15秒くらい待ってくださいね」と言われた。張り付ける場所から時間までが決まっているなんて、まるでレシピである。ちょっとバカにしてしまったが、アルミテープを貼ればたしかにステアリングの微操舵域に遊びがなくなったようなイメージで、リニアさが増した感覚がある! もしやプラシーボ効果かとも思ったのだが、たしかに違っているから驚きだ。

「僕らもはじめはなんだか分からなかった世界なんですよ。日によってクルマのフィーリングが変化することがあったり、テスト用のエアロパーツから素材が違う本番用のエアロにしたとたんにフィーリングが変わったり……。そんなところから行き着いたのがアルミテープだったんですよ」と宍戸氏。はじめは「クルマにお化けがいる」なんて話が出ていたそうだ。同じコースを毎日毎日走っているからこそ見えてきた結果がそこにある。

アルミテープ装着車(前期型86)。前後バンパー、フロントウィンドウ下、ステアリングコラムカバー下に装着していた。ちなみに今回は写真として分かりやすくするためボディの外側に貼られているが、新型86のほかヴォクシー&ノア、プロボックス&サクシードでは内側に貼ってある。なお、標準装着されるアルミテープの価格は1枚あたり520円(税別)とのこと(ヴォクシー&ノアの場合)

 後にいったんクルマを止めて、今度はフロントウィンドウと前後バンパーにアルミテープを張り付けてみた。すると、クルマはピタリと安定が増した感覚が出てくるのだ。もっとも感じたことは上から押さえつけられるようなリアの安定感。ホントは信じたくないが、フワフワするような動きがなくなり、足まわりが引き締められたかのようなピタリとした感覚が間違いなく出ている。たしかに安定しすぎで旋回しにくいという話もあるかもしれない。それくらい効果が感じられることにはびっくりだ。

 ただ、何も後期型86がこのアルミテープだけで完成したわけではない。アルミテープの効能とエアロパーツの変更、さらにはそれにマッチさせたボディ剛性や足まわりがあるからこそ走りが洗練されたのだ。キビキビとした身のこなしがある一方で、ロードホールディングをシッカリと生み出し、乗り心地も纏められた後期型86には、前期型86にアルミテープを張っただけのクルマでは到底追いつくことのできない質感の高さと懐の深さがあることがよく理解できる。

 すなわち、アルミテープはクルマづくりのアイテムの1つであり、すべてが万能なわけではないことも事実。使いようによってはメリットもあるし、ネガティブな面も出てくるだろう。それをきちんと理解してさらに踏み込んだ世界を構築したトヨタはさすが。単なるオカルトではなく、きちんと理詰めでこの技術をお披露目したことはアッパレだ。まだ見ぬ世界を見せてくれたことには感謝である。

 後日、自宅にある10万kmオーバーのホンダ「CR-Z」に市販のアルミテープを張り付けてみたところ、86と同様の結果が得られた。感覚としては10万km走ったクルマが6~7万km走行くらいになったように感じる。微々たるものだといえばそれまでだが、アルミテープにはたしかに変化が見られるのだ。

 そのクルマを利用し、ドライバーを変えてテストを行なっているが、アルミテープを貼ったり剥がしたりと繰り返すと、どの人間もクルマの変化には気づいていた。一番理解しやすいのは高速道路などの直線部分。そこでコラム下のアルミテープを貼ったり剥がしたりしたパターンが一番理解しやすいようだ。要はスピードがある程度出ている状況で空気抵抗がシッカリと出ていて、路面変化が少ないと変化がつかみやすいのだろう。

 というわけで、皆さんも一度お試しを。アルミテープが品切れになるその前に……。

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車は日産エルグランドとトヨタ86 Racing。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:安田 剛