インプレッション

ジャガー「F-PACE」(公道試乗)

ジャガー初のパフォーマンスSUV

 SUVを愛車にできる環境にあるならば、ジャガー初のSUVである「F-PACE」(和文では「Fペイス」が正式名称)の試乗をおすすめする。それもディーラー周辺をひとまわりするようなありきたりの短時間&短距離試乗ではなく、セールスマンと掛け合って2~3時間試乗する機会を得ていただきたい。

 その理由は1つ。F-PACEは“サラっとしたクルマ作り”を身上にしているからだ。「なんのことか?」と思われるかもしれないが、じつはこれ、ジャガーがこのところ日本市場に導入しているセダンボディの「XE」や「XF」にも共通する特徴で、分かりやすく表現すれば“クセなく、すんなり走る”というもの。よって、短時間の付き合いだけではクルマ全体の印象が薄まる可能性が高いため、最新のジャガーを知る上でも時間をかけて試乗していただきたい。同時に、この「サラッとした」という表現は捉えようにとっては軽薄なイメージがつきまとうが、F-PACEを含む3台は違う。無味乾燥で味気ないというマイナス志向はそこになく、新たなクルマ作りからくる新鮮な運転感覚こそ、あてがった言葉の真意だ。

 ジャガーは上質で重厚なブランドイメージを大切にしてきた。これまでは、そうした伝統的な一面に魅力を感じるユーザー層に支えられてきたわけだが、新たなユーザー層や若年層にはそれが正直、重荷と捉えられていた感もある。ということで先の3台からガラリと方向性を変えてきたのでは……、と筆者は推察する。こうしたイメージ改革の必要性は欧州のプレミアムブランドに共通する課題だ。先進国の人口がおしなべて高齢化していることから、若くて元気のある新興国に向けた強い発信力が自動車メーカーにも求められている。

 その意味で、新しい個性は「デザイン」と「走行性能」から伝わってくる。まずデザイン。F-PACEの場合、ジャガーのスポーツモデルであるクーペ「Fタイプ」のデザインエッセンスを取り入れたことで躍動感あるスタイルを実現した。ともすると、グリルデザインこそ違えどもF-PACE同様の切れ長のヘッドライトや、なだらかな弧を描くルーフ形状&エッジの効いたリアゲートの組み合わせなどに、マツダの新型SUVである「CX-4」や「CX-9」とイメージが重なるところがあるが、狙いどころやモチーフが近く、そこに空力性能や走行性能の確保など物理的なスイートスポットが被るため、ある程度似てくるのは仕方ない。また、そもそも人が躍動感を感じる要素にも共通項がある。それよりも腰高なSUVに大口径タイヤ(18、19、20、22インチ!)という王道の組み合わせながら、フロント7:3(前側7割:側面3割のアングル)から見たデザインは、もうすっかりスポーツカーのそれであり、これだけでもオーナーの所有満足度は急上昇するはずだ。

 次に走行性能だが、こちらはデザイン以上に個性が際立っている。冒頭に“サラッとした”という表現を使ったが、乗り味は若干硬めながらも非常に濃密で、また、その濃密さをふんだんに採り入れた最新技術で実現しているところが最新のジャガー流。重量がかさむSUVが苦手とするタイトコーナーを難なくこなし、狭い道での取り回し性能も良好(最小回転半径はXEより0.1m小さい5.6mを22インチタイヤでも達成)だ。以下、具体的に述べてみたい。

優れたパフォーマンス、美しいスタイリング、高い実用性を兼ね備えたジャガーブランド初のパフォーマンスSUVとなる「F-PACE」。写真は直列4気筒 2.0リッターターボチャージドディーゼルエンジンを搭載する「20d Prestige」で、ボディサイズは4740×1935×1665mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2875mm。価格は663万円。内装色はブラック
こちらはV型6気筒 3.0リッタースーパーチャージドエンジンを搭載するフラグシップの「S」。価格は981万円
80%にアルミニウムを使用するという軽量モノコック車体構造のF-PACE。空力性能にもこだわり、Cd値は0.34とした。エクステリアではグリルのアッパーラインとヘッドライトのエッジラインを結ぶことで「鋭い目つき」を演出するほか、サイドラインは後方にいくについれて傾斜を持たせ、前へと進む疾走感を表現。撮影車はオプション設定の“J”ブレードシグネチャーLEDライト付アダプティブLEDヘッドライトを装備する
F-PACEではオプションとしてリストバンド型の「アクティビティキー」を設定。キーをテールゲートのロゴマークに近づけるだけで車両の施錠/開錠ができるというもので、ウォータープルーフ仕様なので海に行った際などに重宝する
スポーティで洗練されたインテリア。リアシート足下の空間を945mm、膝まわりの空間を65mmとし、大人3人が快適に過ごせるスペースを確保した。ロータリー型のダイヤルで8速ATを操作するドライブセレクターレバーも昨今のジャガー流
ラゲッジスペース容量は650Lを確保。後席は40:20:40の3分割可倒式

ガソリンとディーゼル、その乗り味の違い

 まずはフラグシップの「S」、次にディーゼルモデルの「20d Prestige」に試乗した。Sは「アルティメットブラック」と名付けられた精悍なボディカラーをまとい、濃色特有の引き締め効果によって実際のボディサイズ(4740×1935×1665mm[全長×全幅×全高])よりもギュッとした塊感がある。個人的にはF-PACEにベストマッチなボディカラーだと思う。インテリアにはオプション設定の「ジェットレッド」という赤を中心としたレザーシート&ドアトリムを組み合わせた。こうした前衛的なコントラストを着こなせるあたり、いかにもジャガーらしくて上品だ。

 メーターには12.3インチのTFT液晶を用い、インパネのセンターには10.2インチのタッチスクリーン式パネルと、一連のジャガーファミリーが採用するインフォテイメントが揃う。また、8速ATをダイヤルで操作する「ジャガードライブセレクターレバー」もファミリー共通だ。つまり、運転席に腰を下ろした状態で目に飛び込んでくるデザインは“いかにもジャガー”のそれであり、機能性を追求したステアリングスイッチや左右レバーの補機スイッチ類についてもそれは同じこと。ただ、ドライビングポジションはボディサイズと高めにとられた室内高に合わせてアップライト気味に改められた。また、パワーウィンドウスイッチがドアトリム最上部に移設されており、同時にユニットとして配置されているドアミラーの操作スイッチにしても、平均的な体躯の日本人からすると腕を伸ばしての操作を強いられる。

 SのパワートレーンはV型6気筒3.0リッター直噴スーパーチャージャー、一方の20d Prestigeは直列4気筒 2.0リッター直噴ディーゼルターボとなるが、トランスミッションは両エンジンともトルコンタイプの8速ATが組み合わされる。駆動方式は全グレード通じて全輪駆動のみ。2.0リッターガソリンターボをラインアップしないあたりはSUVとしての棲み分けを行なっているようだ。

V型6気筒 3.0リッタースーパーチャージドエンジンは最高出力280kW(380PS)/6500rpm、最大トルク450Nm(45.9kgm)/3500rpmを発生。0-100km/h加速は5.5秒、最高速は250km/h。JC08モード燃費は10.1km/L
直列4気筒 2.0リッターターボチャージドディーゼルエンジンは最高出力132kW(180PS)/4000rpm、最大トルク430Nm(43.8kgm)/1750-2500rpmを発生。0-100km/h加速は8.7秒、最高速は208km/h。JC08モード燃費は15.8km/L

 3.0リッタースーパーチャージドエンジン(380PS/450Nm版と340PS/450Nm版の2タイプ)はXEやXF、Fタイプに、そして340PS/450Nm版はフラグシップセダン「XJ」に搭載される。過給エンジンながらクランク軸から動力源を取り過給するスーパーチャージャーの効果は大きく、1980kg(試乗車は2000kg)のボディを1500rpmに満たないほどの低回転域から力強く加速させる。3.0リッターの排気量が確保されていることから、アクセル開度が少ない領域でもほしいトルクが出せるあたりも美点だ。最大トルクの発生回転数は3500rpmと、1750-2500rpm域で最大トルクを発する2.0リッターターボディーゼルよりも高いが、無過給領域からのトルクのつながりは3.0リッタースーパーチャージャーが上手。このあたり、カタログスペックに踊らされることなく、ぜひともご自身で違いを体感していただきたい。

 試乗車はオプション装備として265/40 R22という大口径タイヤを装着。写真でお分かりのとおり、強力な制動力を発揮するブレーキキャリパーとローターが小さく見えるほどだ。15年ほど前のSEMAショー(毎年ラスベガスで開催される北米きってのアフターマーケットイベント)では“参考出品”だった22インチタイヤだが、いかに市販化されたとはいえランニングコストを考慮すればちょっとやり過ぎか……。いずれにしろ攻めの姿勢はこんなところにも垣間見える。

 乗り味を決める駆動力配分はフロント1:リア9が基本で、ドライ路面ではこの比率が基本モードとなる。駆動力配分機構には省スペースで軽量な「IDD」を組み合わせ、最大で前輪に50%の駆動力を配分する。さらにオプション装備の「ASR」を組み合わせることにより、低μ路面での駆動力を確保するというのだが、今回はドライ路面での試乗のみであったことからその醍醐味を堪能することはできなかった。しかし、ランドローバー譲りの駆動力制御アルゴリズムはきっと素晴らしい走破性能を発揮することだろう。

 重量級ボディ×腰高スタイルSUVの強い味方がトルクベクタリング機構である「トルクベクタリング・バイ・ブレーキ」だ。システムそのものは一般的で、コーナー内側の前後輪に適切な制動力を加えることで、Z軸(車体の回頭性を司る指標)を操作して曲がりやすくするものだが、これにより先の大口径タイヤかつ幅広タイヤの持てる性能を引き出しやすくなり、結果としてタイトなコーナーであっても曲率が少し緩くなったかのような印象を受ける。よってほとんどの場合、スムーズに運転ができたと感じられるはずだ。

 ディーゼルエンジンは「インジニウムクリーンディーゼル」を名乗る新型エンジンで、XEやXFにも搭載されている同一エンジン。評価のほどは本誌のジャガー「XF」(伊勢志摩)に詳しいが、動力性能と燃費性能の両面において高く評価した。しかし、F-PACEではこれまで確認できなかった発進時のもたつき症状が気になった。エンジンそのものはセダン2車とスペックは同じだし、トランスミッションも同じく8速なのだが、いかんせん停止状態からの加速性能が鈍く(≒トルコンスリップが大きく)感じられる。これはちょっと急いでいる時、たとえば交差点などでの右折待ちからタイミングを見計らってサッと加速したときなど、アクセル開度が50%以上と深くなる領域で頻発する事象で、具体的にはアクセルを踏み込んでから望む加速度が発生するまでに1.5秒ほどのタイムラグが発生する。

 その原因を考えてみた。トルクフルな走りで定評のあるディーゼルターボといえども、2.0リッターとダウンサイジング化が図られていることから、そもそも車両重量(試乗車は1940kg)に対して無過給領域でのトルクは常に不足した(故にトルコンスリップを大きくとりステーターのトルク増幅効果を狙った)状態であり、これに過給圧の高まり切らない低いエンジン回転数が重なると、加速性能に不満が生じるのではないか。また、8速ATにしてもXEからファイナルギヤを36%ほどローギヤード(加速方向)にして対処しているが、アイドリング状態からのエンジン回転上昇率が鈍くなりがちな(Euro6/ポスト新長期規制に対応した)クリーンディーゼルエンジンの特性に加えて、各ギヤ段のギヤ比は同じ(製造コストからすれば当然の策)であることも気持ちとリンクする加速度を生み出しにくい環境にあるようだ。

 もっとも、これを踏まえたアクセルワークを行なえば中間加速域でのトルク特性は素晴らしく、SCR触媒の力を借りているだけあって過給圧の高まりとともに右足に込めた力の通りに加速するし、高速道路や登坂路でもパワー不足は一切ない! また、カタログ記載の燃費数値は10.1km/Lだが、試乗した長野県・八ヶ岳周辺の交通環境下では流れのよい平日ではあったものの終始10km/L以上を記録した。

 SUVは世界的なブームであるが、その半分はプラグインハイブリッドのベースモデルとしてバッテリー搭載スペースが稼げるからという理由で台頭してきた経緯がある。そこに、ディーゼルターボとガソリンスーパージャージャーの2本で切り込んできたF-PACEは異色の存在であるといえよう。

【お詫びと訂正】記事初出時、キャプション内のグレード表記に誤りがありました。お詫びして訂正させていただきます。

西村直人:NAC

1972年東京生まれ。交通コメンテーター。得意分野はパーソナルモビリティだが、広い視野をもつためWRカーやF1、さらには2輪界のF1であるMotoGPマシンの試乗をこなしつつ、4&2輪の草レースにも参戦。また、大型トラックやバス、トレーラーの公道試乗も行うほか、ハイブリッド路線バスやハイブリッド電車など、物流や環境に関する取材を多数担当。国土交通省「スマートウェイ検討委員会」、警察庁「UTMS懇談会」に出席。AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)理事、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。(財)全日本交通安全協会 東京二輪車安全運転推進委員会 指導員

Photo:中野英幸