インプレッション

テスラ「モデル X P90D」

インパクト満点のファルコンウィングドア

 少し前までは街中でモデル Sが走っているのを見かけるのは珍しく、「あっ、テスラだ!」と目で追っていたものだが、デリバリーが順調に進んでいるようで、このところ首都圏ではかなり頻繁に見かけるようになってきた。また、テスラというとモデル 3が驚異的な受注台数を達成したニュースが報じられたのも、それほど遠い話ではない。本国での価格が3万5000ドル~ということ以外はほぼ未知でありながら、である。

 テスラはEVベンチャーの勝ち組にとどまらず、もはやモータリゼーションの歴史における重要な存在の1つとしてその名を刻みつつある。そんなテスラが手がけた3番目の車種であり、初のクロスオーバーSUVとなる「モデル X」がいよいよ日本上陸を果たし、その貴重な1台にいち早く触れるチャンスを得た。

 さっそく実車と対面。モデル S似のフロントフェイスに、モデル Sを天地方向に厚みをもたせたようなデザインゆえ、あまりSUV然とはしていない。この空力フォルムなら、世にあるすべてのSUVの中で最良の0.24というCd値を達成したというのも納得だ。それほど大柄には見えないのだが、全長は5037mmと5mを超え、全幅も2070mmと2mを超えているというから驚く。

9月に発売されたばかりのテスラ初となるクロスオーバーSUV「モデル X」。ボディサイズは5037×2070×1680mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2965mm。今回試乗したのは航続距離467kmとする「P90D」で、最強の加速性能を発揮するオプションの「ルーディクラスモード」を装着。なお、同モードは「P100D」のみの設定で、今回の仕様は日本向けの市販モデルでは設定されないとのこと。全車右ハンドル仕様で価格は895万円~
エクステリアではフルLEDヘッドランプやヒーター付き電動サイドミラーを装備。ウィンカーを操作するとフロントバンパー両端のランプが点灯する
足下は20インチアルミホイールにミシュランのスポーツSUVタイヤ「LATITUDE Sport 3」(フロント:255/45 R20、リア:275/45 R20)の組み合わせ。ブレーキは前後ともブレンボ製キャリパー
リアまわりではクルマを起動すると自動的にポップアップするリアスポイラーが備わる。充電リッドは左側のテールランプに内蔵
すべてのドアを開けてみたところ。やはり鳥が翼を広げる動作のように開くファルコンウィングドアはモデル Xでの大きな特長になっている

 モデル Sと基本的に同じテスラオリジナルのプラットフォームやパワーユニットを用いており、縦長の大画面ディスプレイを中央に備えたインパネのデザインも概ね共通である一方で、いろいろ新しいものが与えられていて興味深い。そのうちの最大の注目点であり、モデル Xを象徴するのが「ファルコンウィングドア」。文字どおり鷹の翼のように開くさまはインパクト満点だ。

 ファルコンウィングドアは、見た目だけでなく使い勝手においてもメリットをもたらしてくれる。ダブルヒンジを採用しているので、開閉には一般的なミニバンのスライドドアより小さなスペースしか要さない。おかげで狭い駐車スペースでも後席に子どもを乗り降りさせやすい。また、開けたドアはひさしのようになって、雨が降ったときに傘がわりになる。

ファルコンウィングドアの開閉シーン(0分22秒)

 一方、実はフロントドアの方も、キーを持って近づくと自動的に運転席のドアが開き、乗り込んでブレーキペダルを踏むと自動で閉じる機構が備わっていて驚いた。これはビジネスバックやコーヒーを持つなど両手がふさがった状態でも、ラクにクルマに乗り込めるようにするためのアイデアを具現化したものだ。こちらもなかなかインパクトがある。

 乗車定員は5人乗り、6人乗り、7人乗りから選べ、今回の7人乗りの2列目は独立した3座シートとなる。ルーフからテールにかけての形状ゆえ、3列目の広さはそれなりだが、子どもなら問題ないだろう。もちろんエンジンを搭載していないので、リアだけでなくフロントにも比較的大きなトランクがある。

 車内から外を眺めたときの景色も独特だ。やや高めの目線による見晴らしのよさは全席共通。前席の頭上まで仕切りのないオールガラスパノラミックウィンドシールドによる絶大な開放感もまたモデル Xの魅力の1つに違いない。

 また、モデル Xは世界一クリーンな車内を持つSUVでもあるのだという。業界で初めて医療用HEPAエアフィルトレーションシステムを採用したことで、車内を手術室と同レベルのクリーンな空気で満たすことができるうえ、外気導入と内気循環に加えて、陽圧をかけて車内の人を守る「バイオウェポン ディフェンス モード」まで設定しているというから驚く。

今回の試乗車は2-3-2レイアウトの7名乗車仕様だが、5人乗り、6人乗りの選択も可能。7名乗車仕様の3列目シートは大人には少々厳しいスペースだが、前席のルーフの一部までをフロントウィンドウとつながるガラスエリアにした「オールガラス パノラミック ウィンドシールド」などの採用により高い開放感を得られる

SUVとは思えない走り

 ここまで見ただけでも非常に魅力的に感じられたモデル Xだが、走らせてみてさらに魅力度が増した。試乗した「P90D」には、オプションのルーディクラスモード(「馬鹿げた」の意味)の装着により、システム出力は539PS、モータートルク967Nmとハイエンドの「P100D」と同じスペックとなっている。0-100km/h加速はP100Dならわずか3.1秒とスーパースポーツなみ。

 実際、前後輪で路面を捉え、踏んだ瞬間から強大なトルクがわきあがり、猛然と加速するデュアルモーターならではの瞬発力は相当なものだ。モデル Sと同じくバッテリーをフロア下に敷き詰めているから見た目からイメージするよりも重心が低いおかげで、走りはSUVとは思えないほどの仕上がり。一体感があり、キャビンがぐらつく感覚もなく安定している。ワインディングだってお手のもの。適度な減速Gを生む回生ブレーキとモーターが生み出すリニアなトルク、そして俊敏なハンドリングの連携によりリズミカルに走っていける。

 高速道路では、自動運転の先駆者でもあるテスラの強みがより発揮される。自動的に車線内を走行する「オートステアリング」や、ウインカーを操作すると自動的に車線変更する「オートレーンチェンジ」の動作は、以前モデル Sに乗ったときよりも加減速がさらにスムーズになったり、ステアリングの修正が減って横方向の動きが安定したりと、時間の経過とともに制御の的確さが向上しているように感じられた。それもわずかな期間で。

 このようにモデル Xには、テスラが“E-SUV”と表現する100%EVのSUVとしての世界で唯一無二の大きな価値があり、さらにはいくつもの付加価値を身に着けていることもご理解いただけたことだろう。こうして矢継ぎ早に新しいことをやってのけるテスラには恐れ入る思いである。

 なお、モデル Xの日本でのデリバリーは年内に始まり、本記事の掲載時点でオーダーすると2017年前半以降となる予定という。

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:堤晋一