インプレッション

ホンダ「NSX」(公道試乗/橋本洋平)

街中での乗りやすさ、そして燃費

 神戸の街中を走り出したNSXは、やはり注目の的だった。撮影のために街中でクルマを置けば「写真を撮ってもいいですか?」なんて話しかけられることもしばしば。注目が集まっているという意味では、なかなかのスーパースポーツぶりである。

 けれども、走り出せばスーパースポーツしているところがとにかく少ない。鈴鹿でも感じたことではあるが、視界の広さは街中での操りやすさに繋がっており、車線内を走らせることに苦労することもなく、そして躊躇なく縁石に寄れるなどのメリットがある。街中で誰でも乗れる環境はなかなかだ。

 できるだけEV走行で走れるQUIETモードで走り出せば、静かに発進を開始。アクセルをちょっと深く踏むだけでエンジン始動してしまうところが惜しいと感じてしまうが、これだけでもほかのスーパースポーツにはない新しい世界。巡行スピードになればふたたびエンジンが停止してEVでスーっと走ってくれる。乗り心地もゴツゴツとしたハードな感覚は一切なく、この手のクルマとしては十分すぎるほどの環境が整っている。

前回、鈴鹿サーキットでその性能を堪能することができたNSX試乗会。今回は舞台を神戸に移して一般道での乗りやすさ、燃費などを試すとともに、ワインディングでの実力をチェックした
試乗車のタイヤは標準装備のコンチネンタル「ContiSportContact 5P」(フロント:245/35 ZR19、リア:305/30 ZR20)

 そして燃費もすこぶるいい。街乗りと高速道路が半々の状況で10.6km/Lをあっさりと記録。高速巡行が増えればもっと上の数値だって夢じゃない。実はルートを間違えて街乗り主体になってしまったから振るわずの燃費だったのだが、そこで本当の実力を知ることができた。あれだけ街中でストップ&ゴーを繰り返しながらこの燃費はなかなか。引き合いに出して申し訳ないが、日産GT-Rなら6km/L台という環境下でその数値だったのである。

「QUIETモード」「SPORTモード」「SPORT+モード」「TRACKモード」という4種類の走行モードを設定する新型NSX。各モードの特徴は別記事を参照いただきたい

 ただし、電動ブレーキサーボのアシスト量が増えるQUIETモードは、踏力が必要なく停止できるというメリットはあるが、停止寸前のコントトール性がわるく、思わずクルマが“カックン”となってしまう。僕がヘタクソだという話もあるが、TRACKモードではそんなことがなかっただけに、きっとモードの違いによるものだろう。やはりブレーキだけはTRACKモードにしておきたいと思い、そのあと開発担当の方々に「パワステやブレーキ踏力などを任意に選べるIndividualモードを作ってほしい」と懇願したのだが、「Individualモードを作ろうとすると、さまざまなプログラムの検討をしなければならず、現状では難しいんです」との回答をいただいた。要は組み合わせ次第で何でもできるが、それを1つひとつ検証する必要があるだけに、簡単には提供できないというのが本当のところのようだ。

 そしてもう1つ惜しいと思えたのは、ヒルスタートアシストが備わっているものの、シチュエーションによって効かなかったことである。上り坂の信号待ちからの発進で、ズルリと一瞬後ろに下がってしまったのだ。サイドブレーキを引いておけば、オートでそれが解除されるシステムは備わるものの、ブレーキ踏みっぱなしからの発進ではサイドブレーキで姿勢がキープされず、ズルリと下がってしまうのだ。現代の2ペダルに慣れ切った身体だから古いと感じてしまったのかもしれないが、ここまでハイテク満載ならヒルスタートアシストがしっかりと効いてほしかったというのが本音である。

【お詫びと訂正】記事初出時、ヒルスタートアシストが装備されていないと記載いたしましたが、新型NSXには装備されていました。坂道で後退してしまったことについてはブレーキ踏圧の不足か、傾斜が緩やかだったため効かなかった可能性があると本田技研工業より見解をいただいています。これに伴い本文内容を一部変更させていただきました。お詫びして訂正させていただきます。

 さらに残念だったのは、ドリンクホルダーがなかったこと。いや、実際にはあるのだが、それを見つけるまでがひと苦労だったのである。試乗開始前にもらったペットボトルの置き場を探すこと数十分。発見したのはグローブボックスの中だった。そこには2つのドリンクが入れられそうなプラスチックの板が転がっていたのだが、それを一体どう使うのかが分からない。どこかに刺さりそうな形状であることは確認できるが、信号待ちのたびに右往左往。発見したのは10分後で、そこは助手席のセンターコンソール側にあった穴に差し込むだけのシンプルな構造だった。たしかにそこに置けばシフトまわりの脇だからドリンクは取りやすい。けれども、助手席に座ってみれば太ももあたりに当たるわけで……。

 後にインテリアの撮影のためにそのペットボトルはトランクに入れられたのだが、予想どおり中に入っていた水はすぐに温水になってしまった。聞けば触媒のすぐ上にトランクがあり、温度的にはかなり厳しい状況になるとのこと。ケーキやアイスを購入してトランクに入れることだけはしないほうがよさそうだ。

ドリンクホルダーは助手席のセンターコンソール側に差し込んで使用する
残暑厳しい9月上旬に行なわれた今回の試乗会。真下に触媒が備わることも相まって、トランクの温度は厳しい状況に

誰でも簡単にスーパースポーツを味わえる世界を構築

 さて、ステージをワインディングに移してからのNSXは、とにかくイキイキとしていた。タイトターンであっても、巨体を感じさせることなくコーナーのインを突き刺すように曲がってくれるから面白い。微操舵しただけでグッと曲がっていくあの感覚は、他のクルマにはない新鮮なものだ。フロント2モーター、リア1モーターのSPORT HYBRYD SH-AWDの味が光ってくるのは、やはりこんなステージなのだろう。

 あまりに曲がりすぎて、一瞬ステアリングを切るのをやめてしまうこともあったが、慣れてくれば面白い。S字の切り替えしなどでステアフィールがやや変化したり、切り込んでいく時にも若干操舵フィールが変化するなどのクセはまだまだ改善する余地があると見たが、それよりも1780kgの車体が鋭く旋回していくことの方がなかなかのインパクトだ。小難しいドラテクとかを考えながら運転するより、クルマ側が助けてくれて、どんな人にでもその性能を体験できる道を選んだということなのかもしれない。これなら誰でも簡単にスーパースポーツを安心して楽しめるだろう。それは動力性能にも言えることだ。回転がドロップするような低速でコーナーに進入をしたとしても、モーターのアシストで即座に加速を開始。その後はエンジンでグッと前に出ることが可能な環境が整っている。エンジンがどの回転域に陥ったとしてもカバーする9速ATの恩恵もそこにはある。

 誰でも簡単にスーパースポーツを味わえる世界を構築した。これが新生NSXの本当のところだ。鈴鹿サーキットでは限界域の動きに疑問があり、そのすべてを納得することはできなかったが、街中を走った今ならNSXがやろうとした世界がハッキリと見えてくる。

 かつてのNSXは、ノーマルモデルでサーキットを走ろうとすれば、重箱の隅を突くような繊細なドライビングが必要だったことを思い出す。一方の街乗りではレジェンドかと思うほどのフラットな乗り味を実現していたが、そこに刺激がなくて物足りないという声も多かった。後に登場したサーキット専用車のタイプRは、レーシングカーのように要求に応えてくれるマシンだったが、街乗りでは飛び跳ねるような乗り心地で、僕は1時間半で腰痛が悪化してリタイア。ワインディングに行くまで運転を代わってもらい、他のクルマに乗り換えた記憶が残っている。

 新型NSXはそのいずれをも吸収しようとしたのではないだろうか? 街乗りでの扱いやすさや快適性を持たせ、一方でスイッチの切り替えだけでサーキットも受け止めようと。だからこその複雑怪奇なシステムが完成し、理解するのはなかなか時間がかかったのだろう。いま賛否両論あるようだが、さまざまな状況を見てきた感覚を総合すれば納得できる部分が多い。次世代スーパースポーツの模索という意味では間違ってはいない。あとはすべての領域で煮詰めることをやめずに、いかに自然なフィーリングを生み出すことができるか否か。今後の成長をきちんと見守っていきたい1台だ。

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車は日産エルグランドとトヨタ86 Racing。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:高橋 学