インプレッション

ホンダ「NSX」(鈴鹿サーキット/橋本洋平)

新しいことにチャレンジするホンダの姿勢

 今度の「NSX」は理解することがとても難しい。次世代のスーパースポーツの形を追求してきたというこのクルマは、フロント2モーター、リア1モーターのSPORT HYBRYD SH-AWDと呼ばれる4駆システムを搭載。これまでにもSH-AWDは「レジェンド」に採用され、リアの駆動力を左右で変化させる制御を行ない時代とともに進化を果たしてきたが、今度は操舵輪で左右の駆動力を変化させ、これまでになかったハンドリングを実現しようとしている。ちなみにフロントの左右輪に駆動力変化をさせたのは、1996年に登場した「プレリュード」が搭載したATTS以来20年ぶりのこと。ほかでやっていないことに挑戦し、新たなるものを造ろうという姿勢はホンダらしさが光っている。さて、NSXが謳う「New Sports eXperience」とは一体どこへ向かうのか?

 そんなNSXに鈴鹿サーキットのピットロードで初めて出会った。ロー&ワイド、そしてグラマラスなボディを身にまとったそのクルマは、どこから見てもスーパースポーツ然としている。けれども、ドライバーズシートに座ってみると意外にも視界は広く開けている。包み込まれるようないわゆるスーパースポーツのそれとは違い、極端に言えばまるでミニバンに乗ったかのような開放感が得られている。3Dにねじるように仕立てられたAピラーは幅が89mmにとどめられており、右前方の縁石すら見下ろせる感覚がある。ボディ剛性にとにかく気を使うこのタイプのクルマでありながら、3次元熱間曲げ焼き入れ超高張力鋼管をAピラーに採用してまで、そんな人間中心の考え方を盛り込んでいるあたりはさすが。かつて視界がすこぶるよかった初代NSXと同様の姿勢を貫いているのだと感じる。

3次元熱間曲げ焼き入れ超高張力鋼管により断面を小さくしたAピラー、位置を外側にオフセットしたドアミラー、ダッシュボードを低くするなどして視界の確保を徹底的に追求した新型NSXのインテリア

 ブレーキを踏み込みスタータースイッチを押せば、一瞬豪快なエンジンサウンドが背後から襲ってくる。V型6気筒3.5リッターツインターボの軽やかなエンジンサウンドは、システム最高出力が427kW(581PS)という割にはジェントルな仕立てだ。破天荒さが際立っている世界のスーパースポーツとは違い、ややジェントルな音量に感じる。

 4つの走行モードが選択できるIntegrated Dynamics Systemを、市街地走行を前提としたQUIETモードにしてみると、即座にエンジンは停止し、フロントモーターのみでスルスルとピットロードを動き始める。ハイブリッドなのだから当然だが、豪快なサウンドこそがこれまでのスーパースポーツの方程式だと考える自分からすればカルチャーショックだ。NSXはスタータースイッチを押すと1回はエンジンがかかるようにプログラミングされているが、ここまでできるならエンジンもかからずガレージからEVのままコースインしてほしいとさえ思えてくる。

塊感のある力強いスポーツカーであることをエクステリアデザインで表現したという新型NSX。ボディサイズは4490×1940×1215mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2630mm
今回のサーキット試乗では当初ピレリ「P Zero Trofeo R」(フロント:245/35 ZR19、リア:305/30 ZR20)を装着していたが、後に天候が悪化してウェットコンディションになってからは標準タイヤのコンチネンタル「ContiSportContact 5P」を試すこともできた
パワートレーンはV型6気筒DOHC 3.5リッター直噴ツインターボ「JNC」エンジンに3モーターを組み合わせたSH-AWD(Super Handling-All Wheel Drive)によるハイブリッド方式を採用。エンジン単体で最高出力373kW(507PS)/6500-7500rpm、最大トルク550Nm(56.1kgm)/2000-6000rpmを発生し、システム全体では最高出力427kW(581PS)、最大トルク646Nm(65.9kgm)となる

新しすぎて肌になじまなかった部分も

新型NSXでは「QUIETモード」「SPORTモード」「SPORT+モード」「TRACKモード」という4種類の走行モードが用意され、その切り替えは大型のロータリースイッチで行なう

 本コースに合流してスロットルを開けていけば、即座にエンジンが始動。その後はとにかくリニアに加速を重ねていく。モーターアシストと9速DCTが生み出す加速感はどの領域にも応答遅れを感じない。盛り上がり感はそれほど感じられないが、効率よく走っている感覚はとにかく高い。その後はIntegrated Dynamics SystemをSPORTやSPORT+、そしてTRACKモードへと変化させながら走ってみる。

 まずはSPORTモードでコースチェックも兼ねながらワインディングロード想定レベルで走ってみると、S字カーブの進入時に予想もしないほどの鋭い鼻先の動きを見せてくれた。これぞSPORT HYBRID SH-AWDの世界。微操舵しただけでフロントイン側は回生ブレーキが働き、アウト側はモーター出力が加えられることで、鋭い曲がりを実現するのだ。思わず驚いてステアリングを戻してしまうほど。けれどもリアはドッシリとしているから、そこに怖さは一切ない。車重1780kgもあるクルマだとは思えない動きをいきなり展開するのだ。

 一方で、ブレーキングだの荷重移動だのと小難しいことを言わずしてクルマの向きが変わるところに新しさを感じる。誰にでもスーパースポーツを気軽に楽しませようというホンダの狙いが伝わってくる。ただ、駆動力変化があるせいか、ステアフィールが旋回中にやや変化するなど、これまでにない違和感を覚えることもまた事実。新しさにまだまだなじむことはできない。

 後にSPORT+、そしてこのステージにもっとも適しているであろうTRACKモードを選択すると、ステアリングやブレーキ踏力アシスト、さらには足まわりが引き締められ、VSAと呼ばれるスタビリティコントロールの介入度合いがみるみる減ってくることが感じられた。要するにステアリングは重くなり、ブレーキ踏力が必要になり、ドライバーが操る必要が出てくるというわけだ。リニアさという意味ではこちらのほうが好感触であり、昔ながらのスポーツにどんどん近づいてくる印象がある。SPORT HYBRID SH-AWDの制御も少なくなり、違和感を与えないように仕立てたところも興味深い。もちろん、すべてを解除するわけではないが、先ほどのようにインを突き刺すような動きが少なくなってくる。クルマをねじ伏せ、一体感を味わいたいと思う人にはこれがオススメということである。

 そしてウエット状態でも試乗することができたが、そこではあえてクルマを振り回してみようと試みた。一体SPORT HYBRID SH-AWDはドリフト状態に持ち込んだ時にどんな動きをするのかを試してみたかったのだ。場所はスプーンコーナーの進入時。VSAをフル解除し、やや旋回ブレーキ気味にブレーキを残しながら進入してみると……。ズルリときた瞬間、これまで通りの乗り方でカウンターステアをあてれば、ステアしたアウト方向にフロントが強制的に曲げられ、狙ったラインから急激にそれたのである。もちろん、きっとそうなるのだろうと確信してやったのだが、いざ想像した通りに動くとやや怖い。FFや4WDで同様のことをやった場合、逆カウンターで飛ばされることもあるが、それよりもかなり急激。乗り方の正解はゼロカウンターまでに納め、スロットルを開けていくことらしいが、そうできるまでには時間がかかりそうだ。

 SPORT HYBRID SH-AWDのTRACKモードは、タイヤの限界を超えることも考えてSH-AWDの制御を弱めているという。タイヤの限界内で動いて初めて本領発揮となることは当然だが、ならばTRACKモードは左右の駆動力に差をつけず固定にしてしまってはどうか? もしくはカウンターをあてた瞬間に駆動力配分をやめる制御を入れてもよいかもしれない。ドライバーと人間との一体感という意味においては違和感があったというのが本音だ。

 さらに、モード別にパワステやブレーキサーボの介入具合が変化するのはいいが、それぞれを任意に選択することができない現状はもどかしい。他車種がやっているように、Individualモードを設けてほしいような気もする。個人的にはブレーキ踏力がモードによって変化するのを嫌うからだ。いつでもどこでもTRACKモードのように踏力は必要だけれどリニアにブレーキが効いてほしいと思うのだ。

 NSXが謳うNew Sports eXperienceは、やはり衝撃の展開を見せてくれた。だが、新しすぎて肌になじまなかった部分があったことも事実。自分が歩み寄るべきか、それともクルマの進化を期待するべきなのか? まだまだ結論を出すわけにはいかない。続く公道での試乗でそれを導き出してみたいと思う。

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車は日産エルグランドとトヨタ86 Racing。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:高橋 学