インプレッション

ダイハツ「ムーヴ キャンバス」

 試乗を始めてわずか数分、なんだか無性に行きたくてたまらなくなったのが、「ピクニック」だった。にっこりとハッピーなフロントマスクといい、青空に雲が浮かぶようなブルー×ホワイトの2トーンカラーといい、後席の下に隠された驚きの収納スペース「置きラクボックス」といい、これはもうクルマに乗っているというより、大きなピクニックバスケットを抱えて走り出した気分だ。

 そんなふうに、「ムーヴ キャンバス」が私をピクニック気分にしたのは、見た目だけでなくダイハツの入念な市場リサーチに基づく造り込みがダイレクトに響いてきたからかもしれない。

 というのも、企画・開発段階でダイハツが着目したのは、「近年の女性の行動特性」。“プチ贅沢”や“プチご褒美”なんて言葉が流行っているように、海外旅行に出かけたり高価なブランド品を買うといった大袈裟なことはしない代わりに、金曜日の仕事終わりに美味しいワインを買って帰ったり、休日に近場の日帰り温泉に行くといった“ちょっとした変化”を自分にプレゼントするのが最近の女性たちの行動パターンだ。等身大で無理をせず、ナチュラルに自分のライフスタイルを楽しむ。ムーヴ キャンバスはそんな女性たちをターゲットにしているという。

ムーヴ キャンバス G“メイクアップ SA II”の2WD(FF)車。ムーヴ キャンバスの最上級グレードで価格は154万4400円。ボディカラーは6万4800円高の2トーンカラー「パールホワイトIII×ファインミントメタリック」。ボディサイズは3395×1475×1655mm(全長×全幅×全高)でホイールベースは2455mm。車両重量は920kg

 それに加えて、近年は親との同居世帯が増加傾向にあり、「親と子のカーシェア」が拡大していることにも注目。これはとくに軽自動車ユーザーに多いそうで、オシャレなクルマに乗りたい娘と、使い勝手のいいクルマが欲しい母親が、どちらも納得して共有できるクルマが求められているとのこと。

ムーヴ キャンバスは全高1700mm以下の軽自動車で初めて両側スライドドアを採用。パワースライドドアが閉まっている途中で電子カードキーのロック操作をすると、ドアが閉まりきったあとにロックされる「予約ロック機能」も一部グレードで標準装備

 そんな背景から生まれたムーヴ キャンバスだから、全高はムーヴの1630mmより少しだけ高い1655mmに抑えながら、便利な両側スライドドアを採用するというパッケージを採用。タントのようにピラー内蔵式のスライドドアにしなかったのは、人の乗り降りよりも荷物を積みやすくするのが主な目的だったからだろう。

 通常のヒンジドアだと、運転席に乗り込むときに荷物をサッと車内に置きたいと思っても、リアドアの内側に回り込まないといけない。最低でも運転席から3歩ぐらいは横移動する必要がある。でも、スライドドアならわずか1歩。しかも、ムーヴ キャンバスのスライドドアは開口幅が595mmもあるから、大きな荷物でも1歩ですんでしまう。小さな差かもしれないけど、街でちょい乗りをすることが多い女性にとっては、毎回のことだけに大きな差になりそうだ。

車内にはムーヴ譲りの多彩な収納スペースを用意

 そしてスライドドアを開けた後席には、あらゆる荷物をラクに積むための工夫が盛りだくさん。買い物した食品やボトル、洋服などをシートに置くと、走行中に落ちたり倒れたりしないか心配だけど、かといってフロアに置いてしまうのは気が引ける。また、助手席に人を乗せてバッグを後席に置くときも、運転席に座ったまま手を伸ばして届く距離がいい。そんな悩みを解決するためにムーヴ キャンバスに備わるのが、シートの座面下をまるまる引き出しにする置きラクボックスだ。

 通常の「ケースモード」では317×272×30mm(長さ×幅×高さ)の引き出しを左右のシートに1つずつ設定。また、引き出しの内側には、パタンと引き起こすだけでバスケットになるユーティリティボックスが付属していて、それを使った「バスケットモード」にすると高さが130mmに拡大される。2Lのペットボトルやホールケーキの箱、花束やお風呂セットまで収まっちゃう。引き出したまま運転席から振り返ると、ちょうど手が届くところにバッグが置けることにも感心した。これがあればラゲッジスペースを使う頻度が減るのではないかと思うほどよくできている。

後席の左右に「置きラクボックス」をLとL“SA II”以外のグレードに標準装備。内寸の30mmより低い荷物ならスライドを戻して隠しておくことも可能
内側のユーティリティボックスを展開して、高さのある荷物が転がり落ちないようにする「バスケットモード」も用意する

 その一方で、そこはムーヴファミリーでラゲッジスペースもしっかり造られている。後席のスライドは左右分割で240mmとしっかりできるし、後席を最前端にセットすると最大で580mmになる荷室長はタント(560mm)より上。シートバックの前倒しもワンアクションで、フロアにはわずかに段差が残るものの、スーツケースやベビーカーといった大きな荷物もしっかり収まるようになっている。

 後席に座ってみると、室内高は1285mmでムーヴ(1280mm)と5mmしか変わらないが、室内長や室内幅はひとまわりゆったりとしており、とてもリラックスできる空間。小学校低学年ぐらいの子供なら立つ余裕はあるし、これだけの収納スペースがあるのだから子育て世代が使っても便利なはずだ。

ラゲッジスペースは後席の前後スライドや背もたれの前倒しなどでスペースを増減できる。後席の前後位置は車内側で操作する
デッキボードに下には深底の大容量ラゲージアンダーボックスを備える

 また、愛着をもってほしいと願ってデザインしたというムーヴ キャンバスの内外装やカラーバリエーションは、若い世代には新鮮に映る一方で、シニア世代にはどこか懐かしさを感じさせるもの。ナチュラル感を活かした通常グレードのほか、メッキ装飾やリアコンビネーションランプのクリスタル化などを施した「メイクアップ」グレードもある。

「メイクアップ」グレードではバンパーモールやドアハンドルがメッキ加工され、LEDフォグランプやクリアクリスタルタイプのリアコンビネーションランプが装備される
「スイブル方式」を採用するステアリング連動ヘッドライトは、内側に15度、外側に7.5度まで動いて夜間の走行を助けてくれる

 上級グレードには軽自動車初となるステアリング連動ヘッドライト(AFS)の機能を持つ「Bi-Angle LEDヘッドランプ」が採用されており、ライトの灯体は指輪をイメージして、外周のリングに“3粒”のクリアランスランプがあしらわれ、ジュエリーのような光り方を研究してとても美しく発光するのが自慢とのこと。試乗当日は快晴だったので試せなかったのが残念だが、こういうこだわりが、ただの安っぽい“カワイイ“では終わらない満足感をもたらすポイントでもある。

ヘッドライトの点灯パターン
リアコンビネーションランプの点灯パターン

 それに、シンプルに見えるボディのフォルムも、ボディ剛性の確保や空力性能の向上などさまざまな要素を満たすために、デザイナーはかなり苦労したようだ。室内の天井がデコボコしているのはなぜかと聞くと、やはりルーフの補強との折り合いをつけるための工夫で、その形状を活かしたデザインになっていて、よく見ると楕円の模様がついているなど凝った造り。こうしたこだわりが、ほどよい丸みと安定感が絶妙にバランスしたフォルムを実現しているのだろう。

 ボディカラーはダイハツが「ストライプスカラー」と呼ぶ2トーンが8色、モノトーンカラーが9色の計17色。パステルカラーだけでなくシックな色味も豊富で、実は男性ユーザーも意識しているとのことだった。

水平基調の伸びやかなキャビン、シンプルでおおらかな面構成と丸みのあるシルエットでナチュラル感を演出する
2トーン仕様の「ストライプスカラー」車はルーフ以外にもドアミラー、バンパー類下側などもホワイト、またはスムースグレーにカラーリングされる
フロントマスクに装着された専用意匠の車名バッヂ
リアハッチの車名バッヂでは、このクルマがムーヴの派生車種であることをさりげなく主張

“らしい”雰囲気でゆったりとドライブを楽しめる

 さて、気になる走りのほうは、全車で直列3気筒DOHC 0.66リッターの自然吸気エンジンを搭載していることもあり、ムーヴほどの俊敏さやカッチリ感のある乗り味ではない。燃費向上のためか、発進してから30~40km/hあたりで少しモッサリとした加速感になるが、そこからはスルスルとなめらかに加速してくれる。でも、そんな俊敏すぎずガチガチではないところが、ムーヴ キャンバスの雰囲気には合っているなと思う。

ムーヴと同じ直列3気筒DOHC 0.66リッター自然吸気エンジンは最高出力38kW(52PS)/6800rpm、最大トルク60Nm(6.1kgm)/5200rpmを発生。低フリクションエンジンオイルやこれまで「ミラ イース」にしか使っていなかった高着火スパークプラグの採用などにより、ムーヴから車両重量が90kg前後増加していながら27.4~28.6km/LのJC08モード燃費を生み出している

 ステアリングの操舵感は適度な重さがあって落ち着いているし、コーナーでの挙動もしっとりしていて、ギュンギュン飛ばす気を起こさせない感じ。実際、足まわりにはフリクションコントロールダンパーを採用してバルブ応答性を改善し、安定した乗り心地を重視。フロントのスタビライザーもタントより1サイズ細いものが装着されており、少し速度を上げてもまったく剛性不足を感じることなく、ゆったりとドライブを楽しむことができた。

タイヤサイズは155/65 R14 75S。全車スチールホイール+フルホイールキャップとなる

 ただ、後席に座ってシートスライドを最後端にすると、路面のゴツゴツが少々大きめに伝わってくる。そこで中間位置にスライドを動かしてみると、ウソのように乗り心地がよくなった。置きラクボックスに荷物を載せるときは最後端、人を乗せるときは中間ぐらいのシート位置がオススメだ。

メイクアップ系のシート表皮はパイピングを備えるソフトタッチフルファブリックを採用
リアシートは前後に240mmスライド。背もたれも細かくノッチを設定してリクライニングする
ファインミントメタリックをボディカラーに使っている車両はインパネやドアトリムなどの一部が「インテリアアクセントカラー」としてファインミント色になる
ステアリングスポークの操作スイッチは「パノラマモニター対応純正ナビ装着用アップグレードパック」のセットオプション
自発光式大型3眼センターメーターはG“メイクアップ SA II”とG“SA II”のみに装備される
LとL“SA II”以外のグレードはプッシュ式のオートエアコンを標準装備
運転席の右前方にパワースライドドアの開閉スイッチや「スマートアシストII」の各機能のON/OFF切り替えのスイッチ類を配置
パーキングブレーキは足踏み式
ドアトリムのインテリアアクセントカラーは、ボディカラーにライトローズマイカメタリックIIを使う場合はミストピンク色になる
バニティミラー付きサンバイザーは全車標準装備
タント同様にAピラーに大きなウィンドウを設定

 そのほかの装備としては、近い将来に装着の義務化が決定したオートライト(これはON/OFFできるけれど)が、ベースグレードのL、L“SA II”以外に標準装備。自車を上空から見たように表示する「パノラマモニター」がダイハツ車で初めて採用されたが、これはパノラマモニター対応ナビのオプション装着が必要となるのが惜しいところ。

「パノラマモニター」の表示内容
「簡単脱着&洗えるシートクロス」は手洗い可能で車内をイメージチェンジさせるアイテムとしても利用できる

 また、女性からの要望が多かったというのが、全車にオプション設定されている「簡単脱着&洗えるシートクロス」。確かにクルマの車内で最初に汚れが目立ってくるのがシートだから、丸洗いできればいいのにと感じる女性が多いのかもしれない。とはいえ、脱着が面倒だと結局は付けっぱなしになってしまうのでは? と思っていたら、簡単脱着&洗えるシートクロスを付けた展示車両があって、脱着を試すことができた。

 前席と後席のどちらも市販のシートカバーとは違うよく考えられたもので、ほとんど2~3ステップで脱着完了。これなら月に1回ぐらいなら外して洗濯するのも苦じゃないかもしれない。クロスの柄がいろいろあって、取り付けると車内の印象がガラリと変わるから、1台のクルマでいろいろと雰囲気を変えて楽しめそうなのも嬉しい。

オプション設定の「ブラックインテリアパック」装着車のインテリア。ステアリングなどもブラックとなる
2種類の表皮を組み合わせたブラックの専用フルファブリックシート表皮

 食器やカトラリー、テーブルクロスを詰め込み、サンドイッチやフルーツも形が痛まないように収める。最近のピクニックバスケットは、見た目の可愛さと収納の機能がしっかり揃っているものが多い。ムーヴ キャンバスを見て、乗って、使ってみて、私ならなにを載せて出かけようかなと妄想していると、自然とウキウキしていることに気づいた。やっぱりムーヴ キャンバスは、これまでにない新感覚スタイルワゴンというコンセプトどおり、毎日をちょっと楽しくしてくれる、大きな大きなピクニックバスケットだ。

まるも亜希子

まるも亜希子/カーライフ・ジャーナリスト。 映画声優、自動車雑誌編集者を経て、2003年に独立。雑誌、ラジオ、TV、トークショーなどメディア出演のほか、モータースポーツ参戦や安全運転インストラクターなども務める。海外モーターショー、ドライブ取材も多数。2004年、2005年にはサハラ砂漠ラリーに参戦、完走。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。女性のパワーでクルマ社会を元気にする「ピンク・ホイール・プロジェクト(PWP)」代表。ジャーナリストで結成したレーシングチーム「TOKYO NEXT SPEED」代表として、耐久レースにも参戦している。過去に乗り継いだ愛車はVWビートル、フィアット・124スパイダー、三菱自動車ギャランVR4、フォード・マスタング、ポルシェ・968など。ブログ「運転席deナマトーク!」やFacebookでもカーライフ情報を発信中。

Photo:堤晋一