インプレッション
キャデラック「ATS」「ATS-V」
2016年10月25日 11:00
8速ATとApple CarPlayが与えられた最新モデル
“アメ車”という言葉に固定概念として持つ人も少なくないイメージどおり、まだ多くが大柄だった1970年代の終盤に、いち早くダウンサイジングに着手したのが実はキャデラックであったことをご存知だろうか? そのキャデラックが21世紀を迎えてチャレンジしたのは、さらなるダウンサイジングだ。
すでに3代目を数えるミドルクラスセダン「CTS」の下に、さらにコンパクトなサイズの「ATS」をラインアップしたのが2012年のことだ。日本には2013年3月より導入されている。その後、2015年3月に「ATS クーペ」が加わり、さらにはキャデラックが力を入れているハイパフォーマンスモデル“Vシリーズ”の一員である「ATS-V」を加えて現在にいたる。
そのATSファミリーの最新モデルは、メカニズム面では最新の8速ATが与えられたのが大きなニュース。装備面では「CUE(キャデラックユーザーエクスペリエンス)」にApple CarPlayを標準搭載としたのが特徴。これにより、iPhoneをつないで画面上でいろいろな機能にアクセスできるようになった。
ATSに触れるのは久しぶりのことだが、ほかの誰にも似ていない、キャデラックならではの世界観が見事に表現されていることにあらためて感心するとともに、エントリーモデルでありながらデザインの作り込みにも隙がないことを感じる。
そんなATSは、「デトロイトで生まれ、ニュルブルクリンクで鍛え上げられたドライバーズカー」とキャデラックが表現するとおり、走りの仕上がりもなかなかのものだ。応答遅れのない俊敏なハンドリングは、アメ車の常識を覆すどころか、ドイツ勢をもしのぐほど。
いかに走りに力を入れているかは、クラス最軽量となる1600kg(ATS)の車両重量と高剛性を実現したボディ、50:50の前後重量配分にも表れているほか、ブレンボ製フロントブレーキ、このカテゴリーとしては異例のLSDの標準装着、磁性流体を用いたダンパーといった装備にも象徴される。
乗り味もスポーティなATS
変更が行なわれたパワートレーンについては、新たに組み合わされた8速ATが276PS/400Nmを発生する直列4気筒ターボエンジンのポテンシャルをより巧みに引き出している。従来の6速ATでもとくに不満はなかったが、出足からの加速がよりスムーズになり、不要なエンジン回転の上昇も抑えられている。
また、ラミネートガラスの採用や、アクティブノイズキャンセレーションを備えたBose製サラウンドサウンドシステムの搭載により、静粛性に非常に優れるのもポイントだ。
加えて、先進安全装備についてもいち早く充実を図ったことに加えて、危険が迫っている方向を振動させる「セーフティアラート ドライバーシート」や、前進だけでなく後退にも対応した「オートマチックブレーキ」など、独自の考え方による特筆すべき点がいくつもあることは、Car Watchでも何度かお伝えしているとおりである。
一方、ATS クーペもまた魅力的なクルマだ。セダンだってスタイリッシュなところ、クーペになるとさらにホレボレするようなフォルムの美しさに目を奪われる。パワートレーンは共通ながら、ドライブフィールもクーペに相応しく、セダンよりもワイドトレッドとした足まわりの引き締まった乗り味や、若干大きめに感じられたエキゾーストサウンドなど、いくぶんスポーティに味付けされているようだ。
ところで余談だが、筆者が2016年の初頭に北米を訪れたとき、街を走るキャデラックをかなり頻繁に見かけたことにも驚いたが、とりわけこのATS クーペの比率が高かったことも印象的だった。むろん、ATS クーペのスタイリングそのものが印象に残るものであることの影響もあるのだろうが。
ATSがフォーカスしたのは、「デザイン」「パフォーマンス」「テクノロジー」のすべてだというが、まさしくそのとおり。キャデラックの底力を感じさせる仕上がりである。このマーケットであいかわらず勢いを見せるドイツ勢への対抗馬として、筆者はどちらも好きだが、いい勝負を見せてくれることに期待したい。
ただし、ATSはサイズ的にも日本市場への親和性の高いクルマであることには違いないのだが、左ハンドルのみの設定というのは、販売面でのハンデになるのは言うまでもない。ATSがとても魅力的であるのでなおのこと、あらためて「やっぱり日本も右側通行だったらよかったのに」と思わずにいられない。
3.6リッターV6ツインターボを積むATS-V
さらに、2016年の初頭に日本導入されたATS-Vも、これまたたいそうなクルマである。上級グレードの「スペックB」にはカーボンファイバーエアロパッケージが与えられ、外観からは見るからに“タダモノではない”雰囲気を放っているが、実際に走らせてみてもインパクトに満ちていた。
市街地でも扱いやすく、高速巡航も快適にこなしてくれたのだが、箱根から伊豆を繋ぐワインディングで走らせたところ、さらに水を得た魚のごとく活き活きとした走りを楽しませてくれた。
470PS/603Nmを発生する3.6リッターV型6気筒ツインターボを心臓部に持つだけあって、0-60mph加速は3.8秒とかなりの俊足だ。どこからアクセルを踏んでもついてくる力強い加速フィールはやみつきになってしまいそう。猛々しく響くエキゾーストサウンドをもATS-Vならでは。最近では演出過多なものも見受けられるが、ATS-Vはけっして派手すぎないところもよい。
そして、電子制御のLSDが最適にトラクションを引き出す。フロントに6ピストン、リアに4ピストンのキャリパーを備えた、通常のATSとは異なるブレンボ製の高性能ブレーキのキャパシティは極めて高く、強力な動力性能に対してもまったく不安はない。踏み込んでからのコントロール性も非常に優れている。
よりハイグリップな専用タイヤと、それを履きこなす足まわりの完成度も素晴らしい。むろんロールは抑えられており、しっかりと路面を捉え、その状況を的確に伝えてくるステアリングと一体となった操縦性を楽しむことができる。ちょっとペースを上げてみたぐらいではビクともしない。限界ははるかに高いところにある。
派手なエクステリアが空力性能に効いているのは言うまでもなく、速度が増すほどにタイヤを路面に押し付けていくように感じられる。さらに、ここで挙げた分かりやすい部分だけでなく、プロペラシャフトをサイズアップして加速中のパワーホップを低減したり、電動パワステの精度や剛性を高めたりするなど、知らされなければ外見からは分からない細かなところにも手が入れられている。ATS-Vの走りには、そうした一連の改良が少なからず効いていることに違いない。
とにかく、見ても乗っても刺激的なATS-Vは、非常に印象深い、キャデラックらしいハイパフォーマンスセダンであった。