インプレッション

ホンダアクセス「T880」(コンセプトトラック/サーキット試乗)

カスタム軽トラをサーキットで試す

筆者(左から4番目)とT880開発陣

 コンセプトカーが走った! 東京オートサロン2017に展示された「N Lab.(エヌラボ)」製作の働くクルマ「T880」である。コンセプトカーは走らないと相場が決まっているが、T880は結構マジで走ったのだ。

 もともと軽トラは本田技研工業のルーツともいうべきもの。ホンダ最初の4輪車はミッドシップに搭載した4気筒DOHCの360ccで、“スポーツトラック”の異名を取ったとんでもない代物だった。原点回帰ではないが、コンセプトカーにトラックを選んだのはその血が流れていることを感じた。

 T880はホンダアクセスの有志約15名が1年をかけて作り上げたもの。T880の面白いところは、冒頭にも紹介したようにスケッチで終わらせなかったことだ。軽トラは働くクルマの一翼を担っている重要なクルマ。しかし、小さい排気量で重い重量を運ぶことからギヤ比も低く、速度の伸びもない。短距離移動に適した乗り物になっている。

 ところで軽トラを運転したことのあるドライバーなら、使い勝手のよさとタフさ、そしてクルマを動かす面白さに気が付いているはずだ。軽トラの楽しさに加えて、我慢の部分を切り取れば、もっともっと楽しいトラックができるはずだ。これがT880のコンセプトとなる。

 ベースとなったのは「アクティ」。ミッドシップレイアウトでトラックらしく後輪荷重を稼ぎ、合わせてスペースを有効に活かした根強いファンがいるホンダの軽トラだ。フレーム付きのために架装にも何かと便利だ。

ホンダアクセス従業員の有志による自発的な活動「N Lab.(エヌラボ)」が作り上げたコンセプトトラック「T880」。エンジンをミッドシップに搭載するアクティをベースとし、ドアの全長を伸ばすとともにルーフを約150mm下げたチョップドルーフを採用。外観でポイントの1つになっているヘッドライトは市販ライト(ジープ用)を装着するほか、インタークーラーを前置き化するといった大工事が行なわれている
オーバーフェンダーによりホイールはインセット+3mmの14インチ(14×7.5J)を履く。ブレーキシステムはフロントに社外製の対向4ピストン、リアにS660純正を装着してストッピングパワーを高めている。足まわりは社外の車高調を装着しているとのこと
荷台の後部アオリは下ヒンジで開けられるとともに、横ヒンジで観音開きも可能にした。観音開きを採用したのは、バイクを載せる際に直接荷台にスロープをつけられるようにしたかったから。マフラーはビッグスクーター用のものを溶接して装着しているという

 構想段階では、アクティの3気筒自然吸気エンジンの代わりに初代「インサイト」の3気筒1.0リッターエンジンにスーパーチャージャーを搭載する予定だったが、パワートレーンやスペースの問題が生じて諦めることになった。

 代替エンジンとして選定されたのは660ccの「バモス」のターボエンジンで、ベース出力は64PS。ただしポンと乗せただけでなく、ブロックはアクティでバモスのクランクをフィットさせるなど搭載するのは簡単ではなく、インタークーラーは容易に冷えるフロントエンドに置かれ、燃料はハイオクが使われる。ECUはバモス用を使っているので、最初はエンジンすら始動できず大変だったという。使われたトランスミッションはなんと「ビート」の5速MT。これならギヤ比も高く、クロスしているので伸びのある加速ができる。

 軽トラのもう1つの悩みは低速走行が主体のため、高荷重になると高速からの制動力が不足することだ。コンセプトカーということもあり、そこにはこだわりを持って4輪ディスク化し、特にフロントには対向4ピストンを詰め込んだ。リアは「S660」用のシングルピストンとなる。

T880のインテリア。ワンオフで作られたメーターまわりでは速度計、タコメーター、ブースト計、電圧計、油圧計、水温計などがきれいに収まる

試乗後は思わず顔がほころぶ

 心そそられるT880のキャビンにお邪魔し、ショートドライブを楽しんでみよう。ナンバーはないのでミニサーキットでの試乗だ。キャビンにはロールバーが入れられる。アクティより大きく見えるが、ドアの全長を伸ばし、フロントウィンドウを起こし、ルーフを150mmほど下げたためにそのように見える。ちなみにはめ殺しのサイドを含めてウィンドウはすべてアクリル製だ。

 チョップドルーフは乗り込むのに少しだけ注意すれば頭をぶつけることはない。しかもシート位置が低くヘッドクリアランスもあるので、キャビンに閉塞感はない。よく見るとダブルバブルルーフでヘッドクリアランスを稼いでいる。

T880の走行を室内から

 シートは平板な棚の上にクッションを置いただけで、シートバックも同じコンセプト。簡単なものが張り付けられている。遊び心満載で、市販のメーターを一体に入れたメーターパネルにはナビディスプレイも入れ込まれている。もっとも、それでなくとも視認性を無視したデザインの上に、速度とエンジン回転はステアリングホイールの陰に隠れて見えない。

 長―いシフトレバーは当然ながらストロークがあり、前後に大きく動かさなくてはならないが、「シフトレバーはステアリングホイールに近くにあるべし」という考え方に基づいて配置されているそうだ。

 軽トラのドラポジはガニ股スタイルを要求されるが、T880も例外ではない。むしろドラポジが低い分だけ普通よりもさらに足を広げないといけないし、ヒップポイントも定まらないのでクラッチやブレーキなどは最初は探りながらとなるが、クラッチのミートポイントも含めてすぐに慣れた。

 エンジンは簡単にかかった。ちょっとにぎやかだが軽らしいリズミカルで軽快な音だ。普通の軽トラのように1速がすぐに頭打ちにならないのは嬉しいところ。アクセルを放すとポップオフバルブが開いて「プシュー」とかなり大きな音がするのが懐かしい。パワーそのものはそれほどあるわけではないが、ちょっと嬉しい。

 2速、3速、4速とリズムよく加速してからブレーキをかけたときの制動の前後バランスがよく、制動力も十分で違和感はない。踏力もさすがにメーカーのコンセプトカーだけあって、自然なストロークだ。

 ハンドリングという言葉が軽トラに合っているとは思えないが、こちらも至極まとも。操舵力の変化はあるが、ハンドル操作に対して軽トラらしく素直に反応する。さすがにハードなドライビングは控えたが、実用に耐える。

 195/45 R14というおよそ軽トラには合わないタイヤを履いたショーモデルなので、グリップバランスなどはバラバラのはずだが、それほど違和感を覚えないのはプロジェクトチームのこだわりだ。ちなみに、この大きなタイヤをクリアするために全幅は左右で各65mmずつ広げられている。ホイールはRSワタナベで、7.5J×14 インセット+3mmというのも泣かせる。

 ホイールベースはアクティと共通の1900mmだが、荷台横にアオリがなくフラッシュサーフェイス化されているので長く見える。今回は荷台にトノーカバーがかけられていたが、荷台の後部アオリは下ヒンジで通常のように開けられるとともに、横ヒンジで観音開きにもできる。そして荷台の前部中央に窪みがあるのは、ホンダらしくバイクを積み込んだ時、前輪が収めるためだという。観音開きにしたのもバイクの積載性をよくする意味もあるという、いかにもホンダらしいこだわりだ。

 短い試乗を終えた時に思わず顔がほころんだ。このところ遊び心をどこかに置いてきてしまった感があるホンダだが、ホンダアクセスが独自に作り上げたT880はユーモアを真面目に作るという心意気に共感するところが大きい。量産計画はないというが(もちろんこのままでは無理だ)、夢はいつまでも持ちたいし、ホンダに限らず日本のメーカーはそんなことができる存在でいてほしいと切に思った。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/16~17年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:安田 剛