インプレッション
ベントレー「フライングスパー W12 S/V8 S」(2017年モデル)
2017年5月5日 00:00
スポーティな高級サルーンをよりスポーティに
仕事柄、いろいろなクルマに乗れるのが我々の業界のよいところ。さすがに高価なクルマになるほどその機会は少なくなるわけだが、そんな中でもベントレーは、こうしてときおりミニ試乗会を開催してくれるおかげで、我々もたまに触れる機会があるのがありがたい。
「フライングスパー」というのは、かつて1950~1960年代にも存在したベントレーの高性能サルーンに与えられた名称だ。そして長いインターバルを経て、ベントレーがフォルクスワーゲングループの一員となってしばらく経った2005年に世に送り出された新生フライングスパーも、往年と同じく“スポーティな高級サルーン”という性格が与えられていた。ところが、実際にはリアシートに乗るオーナーの比率が高く、あえてスポーティに味付けしていた足まわりやシートに対し、ベントレーにとって不本意な指摘を受けることが少なくなかったそうだ
そこで、2013年に登場した2世代目では足まわりを柔らかくしたり、シートの作りを見直すなどして、ショーファードリブンとしての要望にも応えた。とはいえ、やはりフライングスパーのオーナーが求めているのはスポーティな高級サルーンであることを受けて、W12エンジンやSモデルをラインアップするなど、原点に立ち返ってスポーティなキャラクターを復活させて現在にいたる。フライングスパーというのはあくまでドライバーズカーであり、運転する楽しさを持ち合わせた高級サルーンとしての性格をより強めたSモデルこそ、まさしくフライングスパーの本命といえる。
今回ドライブするのは、登場して間もない「W12 S」と、2016年に登場した「V8 S」だ。価格はそれぞれ2665万円と2100万円。エンジン最高出力はそれぞれのナンバープレートのとおり、635PSと528PS。いずれも相当にハイパワーだ。
12気筒と8気筒で異なる個性
風格と威厳に満ちたスタイリングは、他を圧倒する存在感がある。よく見るとディテールの造形まで非常に緻密に形づくられていることが見て取れる。美しいリアフェンダーまわりの形状は、1世代前のフライングスパーから大きく変わった点でもある。今回の「W12 S」がまとう黒紫のボディカラーと凝ったデザインのホイールの組み合わせは、ただならぬ空気を放っているのは見てのとおりだ。
高級素材をふんだんに用いた豪奢なインテリアは、クラフトマンシップとともにSモデルらしい精悍さをも持ち合わせている。これほど大柄なサイズゆえ、むろん後席の居住空間は相当に広く、トランクはゴルフバッグが縦に積めるくらいの広さがある。
ドライブしても、Sモデルがただの高級サルーンでないことは感じ取ることができる。そして「W12 S」と「V8 S」では味付けが差別化されていて、それぞれの個性があり、けっして12気筒が主役で8気筒が廉価版というわけではない。
「W12 S」は複雑に響く、低く太い音を奏でながら、アクセルを踏んだ分だけ即座に怒涛のトルクで押し出していく印象であるのに対し、「V8 S」はいかにもV8らしいビートの効いた感性に響く音質のサウンドで、出力特性も高回転型だ。そんないずれも印象的なエンジンサウンドを、高級サルーンらしく外界とは隔離された静寂な空間でもあえて強調して聞かせようとしているあたりも、フライングスパーのSモデルならではである。
フットワークについても、「W12 S」がドッシリと安定していて少々のことではビクともしないようなスタビリティを感じさせるのに対し、「V8 S」はジェントルながらもヒラリヒラリと軽快さすら感じさせるような味付け。12気筒モデルと8気筒モデルでこうして価値の優劣ではなく異なる個性を与えて、幅広くオーナーの求めるものに応えていこうということだろう。
特等席はあくまで運転席
サスペンションの減衰力は4段階に調整できるようになっていて、どれを選んでも乗り心地が快適であることはあまり変わらない中で、ダンピング特性ははっきりと変化し、ハードにすると引き締まった乗り味になり、より姿勢変化も抑えられる。
この仕事の冥利につきる夢のような時間はあっという間に過ぎてしまったが、そんな中であらためて感じたのは、ベントレーというのはモータースポーツに根ざしたスポーティなブランドであるという主張だ。その意味では、双璧であるロールス・ロイスとは似て非なるというよりも、むしろ対極に位置するブランドであるとも言えそう。そして、それをより色濃く感じさせるのが今回のSモデルである。ロールスも非常に高性能だが、この類いのモデルはない。際立つルックスとドライビングの楽しさを身に着けたラグジュアリーサルーンであるこのクルマにとって、特等席というのはあくまで運転席というわけだ。