試乗記
フィアットの5ドアハッチバック「600e」試乗 「500e」やライバルとの違いは?
2025年1月1日 09:00
復活を果たした“セイチェント”
パッと見、大きなチンクェチェント(フィアット・500)。
愛らしくもヤンチャなフロントマスクを持つこのフィアットの5ドアハッチバックは、「600e」という名のピュアEVだ。
イタリア語での読み方は、フィアット“セイチェント・イー”。セイが数字の“6”でチェントが“100”だから、つまりは「ろっぴゃく・いー」というわけである。
さてそんな600eだが、ルーツは1955年にまでさかのぼる。だからよっぽどのクルマ好きでなければその存在を知らなくても当然なわけだけれど、セイチェントは名前の通り663ccの直列4気筒エンジンを、フィアットとしては初めてリアに搭載したコンパクトカーだった。
ここからフィアットは、フィアット・127、ウーノ、プント、直近の500Xと姿形を変えながら、家族や荷物を満載して移動できるBセグコンパクトカーを作り続けてきた。
そして約70年の歳月を経て、EVとして再びセイチェントを復活させたというわけである。そこにはフィアットのBセグメントが、新たにEVとして再出発するにあたり、初心に帰るというテーマが隠されていたのではないだろうか。
そんな600eのスリーサイズは、全長×全幅×全高が4200×1780×1595mmと、日本でも扱いやすいサイズに収められている。5ドアハッチのコンパクトSUVという成り立ちはサイズこそ少し小さいが、「500X」から引き継いだもの。日本でいうと、ヤリス クロス(4180×1765×1580~1590mm)より少し大きいサイズ感だ。
また比較車種としては、ほとんど同じ内装を持つ兄弟車ジープ「アベンジャー」を筆頭に、同じステランティスグループとしてその基礎を作ったプジョー「208e」、そしてシトロエン「E-C4 エレクトリック」といったピュアEVが挙げられる。
そう、600eは「eCMP」プラットフォームをベースとしている。
しかしこのセグメントには、もっと手強い相手がいるのを忘れてはいけない。それは「ミニ クーパーE/SE」や「ミニ エースマン」だ。
さてそんなライバル比較をする前に、まずは600eのアーキテクチャについて話を進めよう。
搭載されるモーターは最高出力156PS(定格出力62kW)、最大トルク270Nmを発揮し、これが前輪を駆動する。バッテリ容量は54.067kWhで、一充電あたりの航続距離は493km(WLTCモード)というのが一通りのスペックだ。先んじて登場した500eが大ぶりなアダプターを介して急速充電をしなければならなかったのに対し、eCPMベースの600eはCHAdeMOポートが標準装備となっている。
デザインはヤンチャでかわいめ。走りは……?
600eを走らせてまず思うのは、歴代フィアット車のなかでも群を抜いて乗り心地がよく、運転しやすいことだ。フランス車とはまた違う、柔らかくもコシのあるフィアットならではの足まわりに、床下にバッテリを配置するEVならではのシャシーバランスとボディ剛性が掛け合わされて、実に理想的な走りが得られている。
だったら3ドアハッチのフィアット・500eも同じじゃね? とツッコまれそうだが、あっちはそのスポーティ版となるアバルト「500e」との違いを意識したのか、足まわりの味付けがさらにコンフォート寄りだ。
またジープ・アベンジャーと比べると、600eの方がより日常のアシとしてしなやかな乗り味が得られている。
にもかかわらず、ハンドルを切れば切っただけ、リニアに曲がる。ロール時の重心の移動スピードも心地よく、街中を走っているだけで楽しい。
モーターのアウトプットも、まさに「過不足なし」という言葉がピッタリだ。EVながらもそのトルクレスポンスは、割と穏やか系。アクセルの踏み始めからトルクは素早く立ち上がるけれど、その出方は滑らかである。
そしてそのままアクセルを踏み続けても、特別パワーを盛り上げることなく、速度を積み上げていく。
そう聞くと遅いと思うかもしれないが、信号待ちからのゼロ発進で流れをリードすることはあっても、遅れることはない。また高速道路の合流や追い越しで、まごつく心配もない。確かに「SPORT」モードもあるけれど、それに入れる必要もあまり感じないくらい、パワー感がちょうどいい。
ちなみにWLTCモード電費は約8kWh/km(126kW/km)で、知り合いのジャーナリストがロングドライブをしたとき、街中から高速道路、ワインディングまで走って同様の数値が出せたと聞いたから、かなり優秀だ。
キャラクターとしては、まさに500Xと同じ穏やか系。しかし低くなった重心や、より整ったであろう前後バランス、そして1.3マルチエアターボに比べてタイムラグのないモーターレスポンスが、その魅力をさらに引き出したと感じた。
ひとことで表せば、「究極の普通」とでも言えばよいだろうか。ファミリーユースには少しリアシートが狭いけれど、パーソナルユースするにはドンピシャ。フィアット500eだとちょっと狭過ぎるという向きには、ちょうどいい広さとラゲッジがある。
とはいえ高いお金を出して“ガイシャ”、しかもEVを買う立場からすると、まったく“飛び道具”がないのはちょっと退屈だと思う。
FIATロゴのモノグラムと、ターコイズブルーのパイピングが鮮やかなエコレザーシートは、とてもポップでエシカルだ。インテリアも、インパネの造形や2トーンの色使いが素敵である。
しかしそれって、これまでのフィアットが普通にやってきたこと。
10.25インチのセンターディスプレイは見やすいが、特別発色がよかったり、丸型になっていたり、話しかければキャラクターが飛び出してきたりはしない。暗闇でインパネやドアトリムが、ピカピカ光るわけでもない。
要するに最大のライバルたるミニのEVシリーズとは、エンタメ性で大きく差が付けられている。ミニの宇宙船のようなデジタルサウンドはあったらあったで文句を付けたけれど、こうしたギミックはなければないでさみしいのだ。
大好きだから、言おう。フィアットはちょっとまじめ過ぎるのだと思う。
ミニのEVシリーズとは違って600eは、もっと生活に根ざしたクルマ。毎日使うコンパクトカーだから、派手過ぎない方がよいという考え方は分かる。
ミニ クーパー SEだけでなく、5ドアハッチのエースマンと比べてもバッテリ容量が多く、航続距離だって長い。360Lのラゲッジ容量も、勝っている。走りは、互角以上。乗り心地だって、600eの方が上かもしれない。
だからその価格が585万円と、ちょっと高くても仕方がないのだけれど、ミニ クーパー SE(531万円)やエースマン(491万円)と比べて、割高感を抱いてしまうのはなぜなのか?
実用するなら、フィアット600eがお勧めだ。でも何度も言うがインフラが整いきらない日本で、EVはまだ「結婚する相手」ではなくて「一緒に冒険する恋人」なのだと思う。
そして恋人になるには、ただ“いい人”なだけではだめなのだ。
そこに次の、600eの進化のカギがあると筆者は感じた。ちなみにフィアットは来年の春、この600eにマイルドハイブリッドを出すことをすでに発表している。