インプレッション
トヨタ「SAI」
Text by 岡本幸一郎(2014/1/22 00:00)
シンプルなSAIが「赤いハイブリッド」に激変
正直な話、今回マイナーチェンジするまで、筆者の中でSAIはほとんど興味の対象から外れていた。もともと生い立ちからして、レクサスのHSが発売された数カ月後に、似たようなニューモデルとしてトヨタブランドから出てきたSAIは、なんだか“難解なクルマ”という感があった。ハイブリッド専用車で価格はけっして安くなく、見た目は地味ながら高級感を訴求。それでいて走りは意外なほどスポーティときた。
そんなSAIは、デビュー当初こそ販売的にはまずまずのスタートを切ったものの、ほどなく低空飛行を続けるようになった。さらにキャラの被るカムリがハイブリッド専用車として日本国内で販売され、カムリの完成度がなかなか高かったこともあって、ますますSAIには目が向きにくくなった。
ところが、そんなSAIがマイナーチェンジでガラリとキャラクターを変えてきた。開発責任者の加藤氏は、最初からずっとSAIを担当している人物だが、実際、前期型ではシンプルであることをよしとしていたところ、マイナーチェンジするにあたって考え方をまったく変えたとのことで、「前期型のことは忘れてください(笑)」だそうである。人を惹きつける力を持ち、自分を魅力的に演出してくれるクルマにすることをテーマに大きく生まれ変わったSAIは、真っ赤なSAIと真木よう子が出演するインパクトのあるテレビCMも、その変わりようを象徴的に表現している。
また、加藤氏はデザイナーに「とにかくカッ飛んで欲しい」と伝えたという。そして、見てのとおりのデザインが実現した。切れ目のない光の造形を見せる“世界最大の超ワイドサイズ”としたヘッドランプと、それにテーマを合わせたリアビューのデザインが印象深い。このところ、トヨタやレクサスではマイナーチェンジで大きくデザインを変えた車種がいくつもあるが、そのなかでもSAIの変身ぶりはもっとも激しいと思う。切削加工を施した新しいアルミホイールの、まるでアフターマーケット品のように凝ったデザインは、オプション設定の18インチ仕様だけでなく、標準装備の16インチ仕様も同様だ。
インテリアも、センタークラスターやフロントコンソールを含め、インパネが従来の基本形を残しながらも全面的に変わった。エアコンの吹き出し口は縦基調から横基調になり、コントロールパネル類のレイアウトが一新されている。無垢のアルミから削り出したというダイヤルも、とても高級感があってよい。暗い場所では光りの演出を楽しむこともできる。さらに最新のカーナビゲーションの採用や、AC100V/1500Wのアクセサリーコンセントの設定もニュースだ。AC100V/1500Wのコンセントについて、一時期トヨタではアイドリングストップの観点から採用を見合わせていたが、やはり非常用電源として利用できるのは有益との考えから、今回SAIに設定する運びになったという。
カラーコーディネートに関しては、従来は内外装ともSAIの車名が意味するところでもある彩(いろどり)が足りない感があったのは否めず、もっと色味を感じさせるクルマとなるよう見直された。
キャッチコピーが「赤いハイブリッド」というくらいで、レッドマイカメタリックという鮮やかな赤がSAIの訴求色とされたことにも驚いたが、新しい外観デザインにとてもよく似合っている。インテリアカラーに女性デザイナーの提案による新色「茜(アカネ)」や「フラクセン」といった、ほかの車種にはあまりない独特の色調が設定されたことも特徴だ。
ボディー剛性の向上で走行性能も進化
見た目だけでなく、走りも大きく洗練されている。前期型のSAIは乗り心地が硬く、リアがバタつく印象があった。大人しい性格のクルマかと思いきや、スポーティな走りをアピールしていたのはレクサス HSも同じだが、SAIはHSよりもさらに硬めの味付け。土台があまりよろしくないところに無理をして操る楽しさを演出しているような感があり、SAIのような位置づけのクルマで、この乗り心地はいかがなものかと思わずにいられなかった。
ところが、マイナーチェンジ後のSAIは俊敏さや軽快さをほどよく残しながら、不快感がかなり払拭されていた。最初からこうできなかったのかと思うところだが、話はそう簡単ではなく、今回のマイナーチェンジでかなり手の込んだことをやっているようだ。訊けば、前期型ではボディー剛性が足りないところを、ダンパーやスタビライザーなど足まわりのセッティングで補っていたのに対し、基本骨格に手を入れてボディー剛性を上げたぶん、乗り心地に振ることができたという。
具体的には、スプリングやダンパーなどのサスペンションチューニングの味付けはもとより、車体のスポット溶接の打点を40個所も追加するとともに、低扁平タイヤを履く18インチ仕様は車体の前後にパフォーマンスダンパーを装着。さらに、ステアリングについてもサスペンション設定の変更に合わせてチューニングを見直している。
これらが功を奏し、乗っていて上質さと楽しさが実感できるドライブフィールを実現していることがすぐに分かった。リアの動きがしなやかになり、しっかりとした踏ん張り感が出ている。ステアリングもスッキリとしたフィーリングだ。18インチ仕様ではタイヤそのものに当たりの硬さを若干感じるものの、乗り心地にけっして不快な印象はなく、走りはより高い一体感がある。
静粛性についても、ハイブリッドならではの静かな走りに加え、吸遮音材や高遮音ガラスの採用、エンジンマウントの改良などが効いて、より高級感のある静寂性を身につけていることも感じ取れた。
動力性能を犠牲にすることなく、さらに燃費が向上
パワートレーン系に関する変更では動力性能そのものに変化はないが、ドライブモードに「スポーツドライブモード」が追加され、燃費も向上したことが挙げられる。
燃費については発売時からこれまで段階的に向上しており、整理すると発売時(2009年12月)のJC08モード燃費は19.8km/L(10・15モードで23.0km/L)だったが、2011年11月の一部改良で21.0km/L(10・15モードで24.0km/L)となり、今回(2013年8月)は22.4km/Lに向上した。ちなみに10・15モード燃費値については、ついにカタログやホームページなどに記載されなくなっている。
燃費値は向上しているものの、これには冷間時に排気熱を再循環させるといったハイブリッドの制御や、車高を下げて空力性能を向上させたことなどが寄与しており、動力性能はまったく損なわれていない。今回は計測していないが、実燃費もそれなりに向上していることが期待できる。
プリウスと比べてエンジン排気量が大きいぶん、動力性能に余力があるのは当然ではあるが、新設のスポーツドライブモードを選択すると、アクセルをベタ踏みした状態はノーマルモードと違いはないが、ペダルを踏み始めた初期のアクセルレスポンスが明らかに向上する。
また、マイナーチェンジ後のSAIで特筆すべき点として、エコプラスチックや樹脂リサイクル材の採用拡大といった環境技術の進化が挙げられる。これはユーザーにとって明確にメリットを感じられる部分ではないとはいえ、将来を見据えた取り組みとして評価すべきことには違いない。
このように、マイナーチェンジでありながら「生まれ変わった」という表現がふさわしいほど大きく変わり、再スタートを切ったSAIには、今までSAIを欲しいと思ったことのなかった40代半ばの筆者も少なからず魅力を感じている。