インプレッション

トヨタ「SAI」

シンプルなSAIが「赤いハイブリッド」に激変

 正直な話、今回マイナーチェンジするまで、筆者の中でSAIはほとんど興味の対象から外れていた。もともと生い立ちからして、レクサスのHSが発売された数カ月後に、似たようなニューモデルとしてトヨタブランドから出てきたSAIは、なんだか“難解なクルマ”という感があった。ハイブリッド専用車で価格はけっして安くなく、見た目は地味ながら高級感を訴求。それでいて走りは意外なほどスポーティときた。

 そんなSAIは、デビュー当初こそ販売的にはまずまずのスタートを切ったものの、ほどなく低空飛行を続けるようになった。さらにキャラの被るカムリがハイブリッド専用車として日本国内で販売され、カムリの完成度がなかなか高かったこともあって、ますますSAIには目が向きにくくなった。

 ところが、そんなSAIがマイナーチェンジでガラリとキャラクターを変えてきた。開発責任者の加藤氏は、最初からずっとSAIを担当している人物だが、実際、前期型ではシンプルであることをよしとしていたところ、マイナーチェンジするにあたって考え方をまったく変えたとのことで、「前期型のことは忘れてください(笑)」だそうである。人を惹きつける力を持ち、自分を魅力的に演出してくれるクルマにすることをテーマに大きく生まれ変わったSAIは、真っ赤なSAIと真木よう子が出演するインパクトのあるテレビCMも、その変わりようを象徴的に表現している。

SAIのエントリーグレードとなるS。ボディーカラーはホワイトパールクリスタルシャイン

 また、加藤氏はデザイナーに「とにかくカッ飛んで欲しい」と伝えたという。そして、見てのとおりのデザインが実現した。切れ目のない光の造形を見せる“世界最大の超ワイドサイズ”としたヘッドランプと、それにテーマを合わせたリアビューのデザインが印象深い。このところ、トヨタやレクサスではマイナーチェンジで大きくデザインを変えた車種がいくつもあるが、そのなかでもSAIの変身ぶりはもっとも激しいと思う。切削加工を施した新しいアルミホイールの、まるでアフターマーケット品のように凝ったデザインは、オプション設定の18インチ仕様だけでなく、標準装備の16インチ仕様も同様だ。

2連プロジェクター式のLEDヘッドランプを全車標準装備。トヨタのコーポレートマークを挟み、白色LEDで左右のヘッドライトを連続させた「超ワイドサイズヘッドランプ」も特徴的
全車205/60 R16サイズのタイヤに6.5Jのアルミホイール(写真左)が標準。上位グレードのG/G“Aパッケージ”に215/45 R18サイズのタイヤ&7Jアルミホイール(写真右)がメーカーオプション設定される

 インテリアも、センタークラスターやフロントコンソールを含め、インパネが従来の基本形を残しながらも全面的に変わった。エアコンの吹き出し口は縦基調から横基調になり、コントロールパネル類のレイアウトが一新されている。無垢のアルミから削り出したというダイヤルも、とても高級感があってよい。暗い場所では光りの演出を楽しむこともできる。さらに最新のカーナビゲーションの採用や、AC100V/1500Wのアクセサリーコンセントの設定もニュースだ。AC100V/1500Wのコンセントについて、一時期トヨタではアイドリングストップの観点から採用を見合わせていたが、やはり非常用電源として利用できるのは有益との考えから、今回SAIに設定する運びになったという。

SAI G“Aパッケージ”のインテリア。ステアリングにはオーディオ、エアコン、マルチインフォメーションディスプレイ、ハンズフリー通話などの操作スイッチを設定
オプティトロンメーターの中央に、瞬間燃費やエネルギーの回収・充電状況など各種情報を表示するマルチインフォメーションディスプレイを装備
以前はオーディオの操作パネルを木目調パネルのリッドで隠していたが、マイチェンで操作系をアピールするデザインに変更。質感を重視したアルミ削り出しのダイヤルを中央に配置
リモートタッチも形状を変更。操作中に手首を支えるソフトパッドを設定した
画面が回転格納&展開する高精細8型「エレクトロマルチビジョン」を採用
センターアームレストの後方下側、トランク内の運転席側側壁の2個所にAC100V/1500Wのアクセサリーコンセントを全車オプション設定。運転席の前方右側にあるスイッチ類のなかに、パワースイッチなどと並んでAC100Vのオン/オフスイッチを用意

 カラーコーディネートに関しては、従来は内外装ともSAIの車名が意味するところでもある彩(いろどり)が足りない感があったのは否めず、もっと色味を感じさせるクルマとなるよう見直された。

 キャッチコピーが「赤いハイブリッド」というくらいで、レッドマイカメタリックという鮮やかな赤がSAIの訴求色とされたことにも驚いたが、新しい外観デザインにとてもよく似合っている。インテリアカラーに女性デザイナーの提案による新色「茜(アカネ)」や「フラクセン」といった、ほかの車種にはあまりない独特の色調が設定されたことも特徴だ。

ファブリックシートには「茜(アカネ・写真)」「フラクセン」「ブラック」の3色を設定。それぞれ「赤木目」「茶木目」「黒木目」の木目調パネルとコーディネートされる
本革シートはG/G“Aパッケージ”にオプション設定。シートカラーはブラックのみ
ブラック内装のドアトリム

ボディー剛性の向上で走行性能も進化

 見た目だけでなく、走りも大きく洗練されている。前期型のSAIは乗り心地が硬く、リアがバタつく印象があった。大人しい性格のクルマかと思いきや、スポーティな走りをアピールしていたのはレクサス HSも同じだが、SAIはHSよりもさらに硬めの味付け。土台があまりよろしくないところに無理をして操る楽しさを演出しているような感があり、SAIのような位置づけのクルマで、この乗り心地はいかがなものかと思わずにいられなかった。

 ところが、マイナーチェンジ後のSAIは俊敏さや軽快さをほどよく残しながら、不快感がかなり払拭されていた。最初からこうできなかったのかと思うところだが、話はそう簡単ではなく、今回のマイナーチェンジでかなり手の込んだことをやっているようだ。訊けば、前期型ではボディー剛性が足りないところを、ダンパーやスタビライザーなど足まわりのセッティングで補っていたのに対し、基本骨格に手を入れてボディー剛性を上げたぶん、乗り心地に振ることができたという。

 具体的には、スプリングやダンパーなどのサスペンションチューニングの味付けはもとより、車体のスポット溶接の打点を40個所も追加するとともに、低扁平タイヤを履く18インチ仕様は車体の前後にパフォーマンスダンパーを装着。さらに、ステアリングについてもサスペンション設定の変更に合わせてチューニングを見直している。

 これらが功を奏し、乗っていて上質さと楽しさが実感できるドライブフィールを実現していることがすぐに分かった。リアの動きがしなやかになり、しっかりとした踏ん張り感が出ている。ステアリングもスッキリとしたフィーリングだ。18インチ仕様ではタイヤそのものに当たりの硬さを若干感じるものの、乗り心地にけっして不快な印象はなく、走りはより高い一体感がある。

 静粛性についても、ハイブリッドならではの静かな走りに加え、吸遮音材や高遮音ガラスの採用、エンジンマウントの改良などが効いて、より高級感のある静寂性を身につけていることも感じ取れた。

動力性能を犠牲にすることなく、さらに燃費が向上

 パワートレーン系に関する変更では動力性能そのものに変化はないが、ドライブモードに「スポーツドライブモード」が追加され、燃費も向上したことが挙げられる。

 燃費については発売時からこれまで段階的に向上しており、整理すると発売時(2009年12月)のJC08モード燃費は19.8km/L(10・15モードで23.0km/L)だったが、2011年11月の一部改良で21.0km/L(10・15モードで24.0km/L)となり、今回(2013年8月)は22.4km/Lに向上した。ちなみに10・15モード燃費値については、ついにカタログやホームページなどに記載されなくなっている。

エンジンは直列4気筒DOHC 2.4リッターの「2AZ-FXE」を採用。リダクション機構付きのTHS IIと組み合わされる

 燃費値は向上しているものの、これには冷間時に排気熱を再循環させるといったハイブリッドの制御や、車高を下げて空力性能を向上させたことなどが寄与しており、動力性能はまったく損なわれていない。今回は計測していないが、実燃費もそれなりに向上していることが期待できる。

 プリウスと比べてエンジン排気量が大きいぶん、動力性能に余力があるのは当然ではあるが、新設のスポーツドライブモードを選択すると、アクセルをベタ踏みした状態はノーマルモードと違いはないが、ペダルを踏み始めた初期のアクセルレスポンスが明らかに向上する。

 また、マイナーチェンジ後のSAIで特筆すべき点として、エコプラスチックや樹脂リサイクル材の採用拡大といった環境技術の進化が挙げられる。これはユーザーにとって明確にメリットを感じられる部分ではないとはいえ、将来を見据えた取り組みとして評価すべきことには違いない。

トランク容量は429L。後席のシートバックとのあいだに駆動用のニッケル水素電池を搭載する。エコプラスチックは内装だけでなく、トランク内のマットやトリム、ツールボックスなどにも使用されている
応急用タイヤが標準仕様。パンク修理キットは全車オプション設定

 このように、マイナーチェンジでありながら「生まれ変わった」という表現がふさわしいほど大きく変わり、再スタートを切ったSAIには、今までSAIを欲しいと思ったことのなかった40代半ばの筆者も少なからず魅力を感じている。

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:安田 剛