インプレッション
ポルシェ「911ターボS」(南アフリカ試乗会)
Text by 河村康彦(2016/3/1 00:00)
さらなる出力向上が図られた新型「911ターボ」
誕生以来、半世紀以上の歴史に培われた“世界で最も有名なスポーツカー”と紹介しても過言ではないポルシェ「911」。このモデルが生き抜いてきた長い時間に育まれた数多あるバリエーションの中にあって、性能面でもゴージャスさでもフラグシップ的な位置付けが与えられているのが「ターボ」系のグレードだ。
クーペにカブリオレ、ターボにターボSと、2つのボディと2つのグレードから構成されるそのモデルに、現行型のライフ半ばと思しきタイミングで大幅なリファインが加えられた。いかにもポルシェのモデルチェンジらしく、今回のリファインでもメインメニューと呼べる項目はその機能面にある。中でも特に目玉と言えそうなポイントは、このグレード最大の売り物でもあるエンジンのさらなるポテンシャルアップだ。
ターボ付きエンジンが、最大過給圧を高めるなどいわゆる「コンピューターチューン」と称される方法によって、比較的容易にその出力を向上させられることはよく知られている。けれども、ともに20PSの最高出力向上を果たした新しいターボ、そしてターボSに搭載される心臓部は、直噴システムへの燃料供給圧を従来型での最大140barから200barへと高め、同時にターボSでは専用の大容量ターボチャージャーを新採用するなど、より抜本的な手法によって改良を目指したことが大きな見どころ。
こうして、燃費性能を高めながら向上されたエンジンの出力性能をより分かりやすく引き出すべく、標準装備である“スポーツクロノパッケージ”の機能を新たなものにしたのも新型での特徴。今回加えられたのは、電子制御式の可変ダンパー“PASM”やアクティブエアロシステム、さらにはアイドリング・ストップ機能の動作の有無などの設定を個々にプリセットできる“インディビデュアル”モード。スポーツ、もしくはスポーツプラスモードでは、ターボで660から710Nmへ、ターボSでは700Nmから750Nmへと、最大トルク値を高めるオーバーブーストの機能も動作することになる。
そんな走行モードの切り替えを担当するのは、“GTスポーツステアリング”と称される新デザインのステアリングに採用されたロータリー式のダイヤル。さらに、その中央部にレイアウトされたボタンを押すことで、20秒に渡って動作を行なう“スポーツレスポンス”の機能も新型の売り物。こちらは前出オーバーブーストの機能やトランスミッションのシフトプログラム、アクセル線形などをワンタッチで最大の加速力を発揮するモードへと一括して切り替える、エンターテインメント性も含んだ新しいロジックだ。
新型911の国際試乗会が開催されたのは、日本から遥かに離れた南アフリカ最大の都市であるヨハネスブルグ近郊に位置するキャラミサーキットが主な舞台。
かつてF1レースも開催されたこの地は、最近「ポルシェ 南アフリカ」を経営する新オーナーの手に渡り、現在、大改修作業の真っ最中。そうした中にあって、本コース部分はいち早くの完成。かくして、まだ真新しいアスファルト上でのテストドライブとなった。
911ターボとPDKは今や切っても切れない関係に
主に乗ったのは、ターボ・シリーズ中で最もスポーティな性格の持ち主である、クーペボディのターボS。今や911のターボ系グレードに採用されるトランスミッションは、PDKを称する7速DCTのみ。MTが用意されない理由は、ひとたびコースへと乗り出してアクセル・ペダルを深く踏み込んでみれば、誰もがすぐに理解できるに違いない。
より大きな摩擦係数を備えたクラッチプレートが採用され、「従来型以上に緻密で迅速な前輪へのエンジントルク配分が可能になった」と謳われる電子制御式の4WDシステム“PTM”を生かし、ローンチコントロール機能を用いて弾かれるようにスタートを切った新しいターボSのクーペが100km/hに達するため要する時間は、ついに3秒の壁を打ち破ってわずかに2.9秒!
そんな瞬きをするかの時間の中でシフト操作を繰り返すには、もはやMTを人間の手で操作するのは何とも現実的ではないのだ。200km/hまでも9.9秒で到達するというこのモデルのめくるめく速さは、「PDKがあってこそ達成できた」と表現しても過言ではない。911ターボとPDKは、今や切っても切れない関係になっているのだ。
そうしたアクセル全開時の圧倒的な速さとともに、パーシャル域でのレスポンスに極めて優れることもまた印象的だった。こちらはアクセルOFF時に、スロットルバルブを開いたまま燃料供給を中断することで過給圧をプラスに保ち続け、次のアクセルON時のブースト立ち上がりをシャープ化するべく新採用された一種のアンチラグメカである「ダイナミック・ブースト」機能や、ガソリンエンジンとしてはポルシェが世界で唯一採用する可変ジオメトリー機構付きターボチャージャーが大きく貢献しているに違いない。
かくして、図太いサウンドとともにいかなるシーンでも即座に圧倒的なパワーを発する心臓部が、まずは第一の魅力の根源であるこのモデル。しかし、それに加えてサーキットでレーシングスピードに挑んでも際立つ安定感を発揮し続ける、信頼感に富んだフットワークもまた大きな魅力のポイントであったことも間違いない。
緩やかなアップダウンとともに、100km/hを大きく超える高速コーナーが連続する新生キャラミサーキット。そうした中でも、プロドライバーが容赦ないスピードで駆る先導車を追い続けて行く気になれたのは、そうした安定感の高さによるところが大きい。
実は、強靭無比なブレーキとして知られる標準装備の“PCCB”も、この遠慮のないペースでの連続した走行では、最後はわずかにそのペダルタッチに変化を来すことに。だが、それほどのペースでタフなコースを走り続けても、必要な制動力が決して失われないのはさすがのひと言だ。
リアエンジンのレイアウトがもたらす減速時の優れた前後荷重のバランスや、さらにそれを補佐するべく理想の空力バランスを保ち続けるアクティブ・エアロのシステムも、もちろん安心感の演出に大きな役割を果たす一因であったはず。一方で、コーナリングのシャープなテイストはGT3系には及ばず、相対的には「わずかにアンダーステア」と感じられたのも、またこのモデルなりのフットワークのキャラクターと言えるだろう。
違和感を一切抱かせないことから、うっかりするとその存在を忘れそうにもなるリアのアクティブステアリングももちろん見逃せないアイテム。そんなメカニズムは、低速域ではこちらもまったく違和感を伴うことなく逆位相操舵による小回り制御を実現し、911シリーズ中では最大の1.9m幅に迫るボディを採用しながら、街乗りシーンでもドライバーに“過大さ”を意識させなかったことも特筆をしておきたい。
圧倒的なスピード性能と日常シーンでの扱いやすさを、路面状況や走りのシーンを問わず同居させ、あまつさえドライバーがその気にさえなれば、サーキットでGT3 RSといった“役付きモデル”さえ追い回せる高度な運動性能を披露するターボは、911シリーズの中にあってもやはり特別な存在。
そもそも、従来型でも燦然と輝いていたキャラクターにさらなる磨きがかけられ、ますます眩く存在へと昇華をされた――心底そんなことを感じさせられた、最新ターボSのテストドライブであった。