試乗記
マクラーレン「750Sスパイダー」「GTS」「アルトゥーラ」に一挙試乗 ほぼフルラインアップそれぞれの違いを味わう
2025年12月12日 00:00
マクラーレンの試乗会が軽井沢で開催された。スーパースポーツであるマクラーレンの本籍と言えば、それは間違いなくサーキットだ。しかし日本有数のリゾート地で走らせたその印象もまた、このブランドが持つ魅力を大いに引き出してくれた。
今回試乗したのは、「750S スパイダー」「GTS」「アルトゥーラ」の3台だ。アルティメットシリーズに分類される1275馬力の「W1」はさすがに用意されなかったが、レギュラーシリーズ全てのパワーユニットが一度に試せることを考えれば、これは事実上のフルラインアップ試乗会だと言えるだろう。
750S スパイダー
3台の中で最もエモーショナルだったのは、「750S スパイダー」だ。
その成り立ちをおさらいすれば、1326kgしかない車体(乾燥重量。DIN重量では1438kg)に、その名の通り750馬力のパワーを発揮する4.0リッターV8ツインターボをミッドシップに搭載した、後輪駆動のスーパースポーツである。
ちなみにこの車重はクーペモデルになると、1277kg(DIN重量だと1389kg)とさらに軽くなる。だが、むしろ注目したいのはこのスパイダーモデルが電動ハードトップながら49kgしか重量を増やしていないことで、これこそマクラーレンが「モノケージII」を採用している強みだと言える。というもの、このカーボンモノコックはフロアとサイドシル、前後隔壁を核としたバスタブ部主体のモノコックであり、オープントップを採用しても、フルモノコック車のように大幅な補強を入れる必要がない。
こうした軽さとパワーで、750S スパイダーのパワー・ウェイト・レシオは、なんと約1.77kg/PSという途方もない数値を得た。ちなみにクーペモデルは約1.70kg/PSだから、あくまで数字上での話だけれど、その加速性能でスパイダーが見劣りすることはない。こうした数字が得られるのは前述した車体の軽さもあるが、分母となる750馬力のパワーが大きすぎて、49kgの重量差がほぼ帳消しになっていることを示している。
そんな750S スパイダーだから、アクセルを踏み込めばいともたやすく爆発的な加速を得られるわけだが、とはいえ今回の試乗はオープンロードであり、そのポテンシャルの半分も試すことはできなかった。
ではひたすら退屈なだけなのかと言えば、まったくそんなことはない。ただただ普通に走らせているだけでも750S スパイダーは、エモさほとばしるプレミアムスポーツだった。
感心したのは、常用域におけるマナーの良さだ。信号待ちからのスタートでも7速DCTはぐずることなく、V8エンジンの分厚いトルクで、のんびり進むカントリーロードの流れに追従する。
乗り心地には、心地よいソリッドさがある。その足まわりには第3世代となった油圧ダンパーシステム「PCC III」(プロアクティブ・シャシー・コントロール III)が組み込まれているわけだが、750S スパイダーの場合はノーマルモードでも適度なダンピングがあるおかげで、まずバネ下の大径タイヤが暴れない。そして路面からの入力を、最終的にはモノコックが骨太に受け止めて、衝撃を柔らかく減衰する。このレーシングライクな、しかし洗練されたカーボンの乗り心地を味わうだけで、クルマ好きなら幸せな気持ちになれるだろう。
ワインディングに差しかかり、人目が減ったところでセンターコンソールのスイッチを押してみる。50km/h以下であれば走ったままでも開閉可能なルーフは、スムーズかつダイナミックにハードトップを収納する。そして後ろから聞こえてくるV8エンジンのサウンドの輪郭が、より鮮明になる。
マクラーレン「12C」の登場以降使い続けるリカルド製のV8ユニットは、熟成を経てかすかに色気を増していた。速さとレスポンスだけを求め、メカニカルノイズをも隠さないその野蛮さは逆張り的なマクラーレンの個性だったが、そこにフォーン! とエキゾーストが響くようになると、やっぱり気持ちがいい。
コーナーに合わせてステアリングを切ると、狙い通りにノーズが入っていく。クイックだけれど、尖ったところがまるでないステアフィール。横Gを受け止めるボディは剛性感たっぷりなのに、身のこなしそのものは実に軽い。
ターンアウトでアクセルを踏み込めば、P ZEROにミッドシップならではのトラクションがじわっとかかる。このままアクセルを踏み込んでしまいたい衝動に駆られながらも右足を止めて、パドルを引いてギアを上げると、ちょっとホッとした。
ここから先は、トラックで味わう領域だ。
スタビライザーなしにその4輪を地面にぺったりと押しつけるPCC IIIの真価や、マクラーレンならではのハイダウンフォースこそ味わえなかったけれど、それはフェラーリのようなソリッドさとも、ポルシェのような重厚感とも、ランボルギーニのようなラグジュアリーさともまた違う運転感覚は、英国流レーシング・スポーツの極みだ。
そんな750S/750S スパイダーは、残念ながら2026年6月末で日本での販売を終了するという。その理由は日本の保安基準で、輸入車にも全てエマージェンシーブレーキの搭載が義務づけられるようになるからだという。
こうした状況に対してマクラーレン・オートモーティブは先日、限定61台の日本向けスペシャルモデル「750S JC96」を発表した。つまりはこの限定車も含め、熟成を極めた750S/750S スパイダーを手に入れるなら、今しかないということになる。
GTS
同じ4.0リッターのV8ツインターボを搭載していても、GTSはグッと大人びた乗り味だ。その理由はパワーが635PS/630Nmへとデチューンされているからというよりは、キャラクターの違いによるものである。エンジンフードを開けるとわずかなラゲッジルームがあることからもわかる通り、これはマクラーレンが考えるグランドツアラーなのだ。
そんなGTSだが、先代モデル「GT」と比べると、その乗り味にはどっしり感が増したように感じられた。確かにそれは6年も前の話だけれど、「あれれ、こんなに硬かったっけ?」という感じだ。
ちなみにその足まわりにはPDC(プロアクティブ・ダンピング・コントロール)が採用されている。750Sスパイダーとは違ってコンベンショナルなスタビライザーを装備し、可変ダンパーのみで乗り心地を整えるその乗り味はしかし、4輪の動きが実にしなやかだった……気がする。
対して新型となったGTSは、名前に“S”が加えられたせいかどうか、乗り味に重厚感がある。その理由はエンジン出力が15PS上がり、なおかつ再生カーボンルーフの利用などで車重が10kgほど軽くなったせいもあるだろうが、その上で足周りの剛性を少し引き上げて、スポーティにキャラ変をしたからではないか。
とはいえ750S スパイダーと比べれば、その乗り心地は相対的にラグジュアリーだ。また、後述するプラグインハイブリッドのアルトゥーラよりも、V8エンジンを積む分だけエモーショナルである。適度にステアリングゲインを高め、ときに路面からの入力をビシッと伝える乗り味はラグスポ的。時計やファッションの世界もそうだが、今はラグジュアリー・スポーツの時代なのだ。
そんな大人仕様のマクラーレンは、細部の作り込みにも妥協はない。ペダルタッチは実にソリッドで、タウンスピードの領域でも踏力に対してリニアな制動力がかけられるから、運転していて実に楽しい。小径のステアリングはスポークがドライカーボン仕立てで、見ているだけでも嬉しくなるが、回した感触がとても自然だ。そのシステムはフィードバックを生かすために、電動ポンプでの油圧制御となっている。
エンジンのサウンドはクローズドボディということもあってか、750Sに比べて野太く低めに響く。いわゆるターボカー然とした音色だが、低速からみっちりとした加速が得られる。コンフォートモードでさえ、右足に対してブーストの追従がリニアだ。もちろんスポーツモード以上になれば、エンジンやシャシー、トランスミッションのレスポンスが高まっていく。
その車重は1456kg(DIN重量1520kg)だから750Sと比べてしまえば重ためだけれど、現代的なスポーツカーの水準として考えればまったくもって軽い部類。そしてホイールベース(2675mm)も750Sと5mmしか違わないから、常用域で十分よく曲がる。サーキットでラップタイムを追いかけるなら750Sを選ぶべきだが、マルチパーパスならGTSは魅力的だ。
今回は必要に迫られなかったが、フロントの20mmリフトアップ機能の作動時間が約半分の4秒に短縮されているというのも、顧客のニーズをよくわかっている。インフォテインメントがセンターの8インチディスプレイのみというのはややさみしいが、マクラーレンの本質を味わう上で、大画面のタッチパネルや助手席でYouTubeを見ることが正解なのかは判断が難しいところだ。上質なレザートリムに癒やされ、パノラミックガラスルーフから広がる景色の解放感を楽しみながら助手席との会話を弾ませる方が、ぜいたくな時間の使い方だと思う。そしてそういうエスコートこそが、GTSを運転するドライバーの腕の見せどころだろう。
アルトゥーラ
アルトゥーラは電動化への未来に、真摯に向き合う新世代のマクラーレンだ。
そのパワーユニットはマクラーレンのメインユニットである4.0リッターV8を新開発の3.0リッターV6ツインターボへとダウンサイジングして、8速SSGにモーター(95PS/225Nm)を組み合わせることで、700PS/720Nmのパワー&トルクを得ている。
これを搭載するシャシーは新世代のカーボンモノコックとなっており、リアコンパートメントには7.4kWhのバッテリが搭載される。
マクラーレン初となるプラグインハイブリッドのスタートは、なかなかにSFチックだ。エレクトリックモードを選んでアクセルを踏み出せば、スーパーカーボディがヒューンとコンバーターの音を立てて走り出す。満充電で33kmの走行が可能なモーター駆動は、スーパースポーツが今後生き残っていくための、ひとつの模範解答だと思う。ちなみに筆者はクローズドコースでこのEVモードを試した経験があるけれど、そのときのトップスピードは80km/h前後だった。ただ街中で使うことを考えればそれは十分なスピードだし、自宅を出るときに爆音をたてないで済むことが何よりオーナーにとっては利点だと言えるだろう。
メーターフード右側の回転式スイッチをひねって「コンフォート」モードに入れると、ボフン! とエンジンが始動。ここからが、アルトゥーラの本領だ。
V6ツインターボのサウンドはV8に比べて迫力に欠けてしまうが、代わりにモーターアシストを得たその回転上昇感には、心地よい伸びやかさがある。
バッテリやモーターを搭載した影響だろう、その乗り味も今回の中で一番重心が低く感じる。それでいて車重は1395kg(DIN重量は1498kg)と、PHEVのスーパースポーツとしてかなり軽いから、その加速感にまったく不満を感じない。ちなみにその0-100km/h加速は、3.0秒と強烈だ。
8速SSGのレスポンスは素早く、ギアを介してパワーを後輪へと伝える感触が心地よい。アルトゥーラのシャシーもコンベンショナルなPDCだが、その制御はもっちりとした粘り腰で、モードを高めるほどにそれを先鋭化できるのはマクラーレンの伝統であり流儀だ。
そして何より、獰猛な750S スパイダーだと腰が引けていた筆者が、アルトゥーラだと常用域でもスマートにそのパワーを使い分けることができた。エンジンがV6になり、モーターを積んだことをネガティブに感じさせないように、アルトゥーラはとても楽しく作り上げられていた。これはスーパースポーツが生き残るための、ひとつの最適解だ。
そんなマクラーレンは、2025年4月にアブダビの投資会社であるCYVNホールディングスが親会社となり、「マクラーレン・グループ・ホールディングス・リミテッド」となった。
そして年末には新たなマクラーレンとしての体制が発表されるという。
さらにレース活動としても、マクラーレン・レーシングとのジョイントで2027年からWECハイパーカークラスに参戦を予定。「プロジェクト・エンデュランス」と題してマシンを開発し、公道走行可能なカスタマーバージョンも用意して、顧客と一緒にこのプロジェクトを作り上げていく予定だという。































