【インプレッション・リポート】
ポルシェ「カイエンS ハイブリッド」

Text by 河村康彦


 初代モデルの世界的ヒットを糧に初めてのフルモデルチェンジを行い、2010年春のジュネーブ・モーターショーで正式に発表された2代目「カイエン」。「より効率的に、よりダイナミックに」という新型のコンセプトをある意味象徴するモデルが、初めてバリエーションに加えられたハイブリッド・バージョンだ。

パフォーマンスはV6とV8の中間
 正式名称は「カイエンS ハイブリッド」。2007年に発表されたプロトタイプ・モデルが単なるカイエン ハイブリッドを名乗ったのに対し、市販バージョンには敢えて“S”の文字が加えられている。そこにはもちろん、それなりの理由があるわけだ。

 「ポルシェらしい動力性能をより明確にアピールするため、自然吸気式だったプロトタイプ・モデル用エンジンに対して市販型は過給機付きとし、加速パフォーマンスのアップを図った」というのが、開発陣の口から聞かれたエンジン換装の理由の1つ。しかし同時に、CO2の削減をより強く推進するためには、その方が効果的という理由もあったと言う。

 ちなみに、過給にメカニカル・スーパーチャージャーを採用したのは「エンジンルーム内にターボチャージャーのためのスペース確保が困難だったため」とのこと。実はこのモデルが搭載する3リッターのV型6気筒エンジンは、“グループ企業”であるアウディから供給を受けたもの。それでも開発陣と直接言葉を交わすと、こうして「打てば響く」ように明確な回答が返って来るのは、いつものポルシェの場合と同様だ。

 そんな3リッターのV型6気筒直噴ユニットは、333PSの最高出力と440Nmの最大トルクを発生する。これは、プロトタイプが搭載した自然吸気式の3.6リッター・ユニットのデータに対して、最高出力でおよそ50PS、最大トルクでは65Nm増しという関係を持つ。

 一方、プロトタイプと同様の“直列レイアウト”で、V6エンジンとトルクコンバーター付きトランスミッションとの間に、デカップリング・クラッチを介して同軸マウントされる電気モーターは、最高で34kWを発生と、プロトタイプが搭載していたものと同スペック。ラゲッジスペースのフロアボード下=通常であればスペアタイヤが置かれる部分に低くマウントされる容量1.7kWhの三洋製ニッケル水素バッテリーも、やはりプロトタイプのものと同様のスペックが発表されている。

 そんなハイブリッド・システムが、エンジン出力にモーターパワーを上乗せして得るトータルでの”システム出力”は380psと580Nmというもの。一方、4.8リッターのV型8気筒エンジンを搭載する“普通のカイエンS”の出力/トルクは400PSと500Nmだから、こうした両者の接近したスペックが、ハイブリッド・バージョンに「S」の記号を名乗らせた大きな要因であることは疑いない。

 そんな「2つのSモデル」の0-100km/h発進加速タイムと最高速は、ハイブリッド・モデルが6.5秒と242km/hで8気筒モデルが5.9秒と258km/h。ちなみに、3.6リッターの6気筒エンジンを積む“ベーシック・カイエン”のそれは、同じく8速AT仕様の場合で7.8秒と230km/hだから、すなわちSハイブリッドは「6気筒カイエンと8気筒カイエンの狭間を埋めるモデル」というマーケティングも意識されていることが、このあたりから推測できるわけだ。

フロントに縦置きされるV型6気筒3リッタースーパーチャージャーエンジンエンジンルームに見えるオレンジ色の高圧配線
ラゲッジスペース下のバッテリーはニッケル水素

頻繁に停止/始動するエンジン
 ハイブリッド・カーの代表格であるトヨタ・プリウスが搭載する駆動用モーターが60kWモーターを搭載することなどに比べると、「軽くなったとはいえそれでも2.3tを超える車両重量に対しては、相対的にモーター出力が小さめ」というのがこのモデルの1つの特徴。

 実際、エンジン暖気が終了し、バッテリーの蓄電量が規定レベルを満たした状態では「エンジンは停止したままで電気モーターのみによる発進」を優先させるものの、それを可能とするのは要求する加速力がかなり小さい場合。通常は「走り始めてアクセルペダルを踏み加えると、即座にエンジンが始動する」というのが現実的な基本パターンとなっている。

 それでも、加速が終了してアクセルペダルを踏む力を緩めると、多くの場合エンジンは即座に停止し、タコメーターの針がストンと落ちる。そこから再度アクセルペダルを踏み加えても、60km/h程度までのスピードであれば今度はかなりの領域を“EV走行”で頑張ろうとする。

 このモデルに限らず、ヨーロッパの郊外に点在する小さな集落を低速で通過する際には、「なるべくEV走行で切り抜ける」というのは、どうやらヨーロッパ発のハイブリッド・モデルに共通をする意図的なチューニングでもあるようだ。

 かくして、日常シーンでも頻繁にエンジンが停止と始動を繰り返すカイエンS ハイブリッドだが、そうしたシーンでの滑らかさは文句ナシのレベルを達成させている。プロトタイプ・モデルの段階では「1モーター式のハイブリッド・システムは、走行中のエンジン始動をいかに滑らかに行うかが大きな課題」とのコメントが聞かれ、実際そこでのショックは「やや問題がアリかな?」と思えるレベルであったもの。が、この部分の技術はこうして市販に至る2年半ほどの間に、大きくアップデートされた印象だ。

 一方、ある程度車速が高まったクルージング状態では、パワーを生み出す“主役”は完全にエンジンへと移行する。追い越し加速が必要になっても、まずパワーの上乗せ役を買って出るのは電気モーターではなくスーパーチャージャーの方。メカニカル・チャージャー特有の高周波ノイズがかすかに耳に付くと同時に、パワーの上乗せ感が明確に感じられ、電気モーターの出番はなかなか訪れないことがハイブリッド・システムの動作を表示するモニター上からも確認できる。

 すなわち、ひとたび走り出してしまえばパワーを生み出す主役はあくまでも3リッターのV型6気筒エンジンで、それで不足を生じる場面ではまずはメカニカル・スーパーチャージャーが作動を開始してそんなエンジンに“カンフル剤”を注入。それでもさらに不足をするという場面では、最終兵器として電気モーター力も上乗せをされるという傾向が強いのだ。

 もっとも、こうしてカイエンSハイブリッドが備える動力源が総動員をされるのはアクセルペダルをほぼ床まで踏み込んだ場合に限られる印象。そもそも有り余るほどの動力性能の持ち主であるこのモデルの場合には、「日本の常識的な使い方の範囲内では、まずそこまでのフルパワーが求められるシーンには遭遇しない」というのが現実なのだ。

 かくして、通常時には備える能力のほんのわずかな部分しか使っていないこともあり、静粛性は終始満足すべきレベル。8気筒エンジン搭載のカイエンSに対しては、シリンダー数の少なさや減速時のエネルギーを回収できることによる効率のよさや、自らが好んでハイブリッド・モデルを選択したのだという満足感が、このモデルならではの大きなアドバンテージということになるのだろう。

 ところで、そんなカイエンSハイブリッドでやや気になったのは、ステアリングの切り始め部分の手応えがやや頼りなく、直進時の中立部分での落ちつき感も少々物足りないということ。シリーズ中で唯一の電動油圧式アシスト機構を備え、高速時と低速時のアシスト量をメリハリを効かせて制御するのが特徴の“サーボトロニック”パワーステアリングを採用するこのモデルだが、率直なところそれが生み出す前述のようなフィーリングは、個人的に“ポルシェのステアリング”に求めたい期待値には追いついていないと感じた。回生と油圧の協調制御を行うブレーキのペダルタッチにわずかに違和感が残る点とともに、ここには近い内にリファインの手を加えて欲しい。

 ところで、気になる燃費データはボードコンピューターの表示によれば、100km/hクルージング時には13km/L程度といった水準を示していた。残念ながら、今回はこの項目を詳細に語れるほどのチェックはできなかったが、前述データを参考とすればちょっとした遠出では“2桁燃費”をマークするのは、さほど難しくはなさそうにも思える。

 「そもそも1000万円を大きく超えるモデルで燃費を気にする理由はあるのか?」という意見にも一理はありそうだが、「総出力380PSのSUVが10km/Lを凌ぐ燃費を達成」となれば、それはそれで大きなインパクトを放つことは間違いないだろう。


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2011年 6月 13日