【インプレッション・リポート】
ベントレー「コンチネンタルGT V8」

Text by 武田公実


 この日をどれだけ待ち望んでいたことだろう。一昨年、ベントレー・コンチネンタルGTが第2世代に進化した際から、その存在を仄めかされていた4リッターV8搭載バージョン。それは今年1月のニューヨーク・ショーにて「コンチネンタルGT V8」およびそのオープンバージョンである「コンチネンタルGTC V8」として結実することになった。

 そしてこのほど、まずはコンチネンタルGT V8から日本の地を踏むことになり、ついに我々にもステアリングを握るチャンスが与えられたのである。

可変シリンダーシステムを採用
 気になるGT V8のエンジンは、独アウディと共同開発された4リッターV型8気筒直噴ツインスクロール・ツインターボ。基本設計は、アウディS6/S7用およびS8用と共通だが、ベントレー独自のチューニングが施されているとのことである。W12ツインターボに比べると排気量は3分の2しかないのだが、パワー/トルクは373kW(507PS)/660Nmと、W12ツインターボに比べて68PS/90Nmのダウンに留まる。

 ちなみにアウディS8用ユニットの520PS/650Nmに比べると、パワーで13PS少ない一方で、トルクは10Nmのアップとなる。

 また、この新世代ユニットは当代最新のスーパーカー・エンジンらしく環境性能の面でも練り込まれており、ベントレーとしては現行ミュルザンヌに次いで可変シリンダーシステムを採用。パーシャルスロットルの領域では4つのシリンダーの動作を止め、V型4気筒エンジンとなる。

 その結果、フルタンク状態で800km以上の走行を可能とするほどに燃費が向上しているうえに、CO2の排出量はGT V8で246g/km、GTC V8でも254g/kmを達成。2008年にベントレーが掲げた「燃料消費量とCO2排出量を40%削減可能な新設計のパワートレインを導入する」という環境宣言の根拠ともなっている、極めて意欲的なV8ツインターボ・エンジンなのだ。

 しかもトランスミッションは、W12版の高性能モデル「コンチネンタルGT スピード」で初採用されたクロスレシオ8速ATを先行搭載。この組み合わせで0-100km/hは4.8秒、最高速度は303km/hというW12モデルと大差ない高性能をマークするという。

左の赤い車がGT V8、右がGT

 ちなみに現行型「コンチネンタル」には、これまでクローズドクーペの「GT」とオープンモデルの「GTC」がラインアップされており、いずれも6リッターW型12気筒ツインターボ・エンジンを搭載する。また、つい先ごろ、GTにハイパワーなエンジンを搭載した「GTスピード」も本国デビューを果たし、日本への導入が待たれるところである。さらに先代コンチネンタルGT/GTCを軽量化し、ハイパワーエンジンを搭載した「スーパースポーツ」も、まだコンバーティブル版のみはオーダー可能となっている。

 そんな中、新しいGT V8はコンチネンタルGTシリーズのエントリーモデルの位置づけとなる。日本での販売価格はコンチネンタルGT V8が2166万6000円。そしてニューヨーク・ショーで同時デビューとなったコンチネンタルGTC V8が2380万円とされている。

素晴らしいフィールのV8ツインターボ
 待望のコンチネンタルGT V8のコックピットに収まり、昂ぶる気持ちに任せてエンジンのスタートボタンを押す。

 アイドリングやちょっとだけブリッピングした段階で聴こえてくるのは、少々拍子抜けするほどにジェントルなV8サウンド。若干の簡略化が加えられたことで、却ってスポーティ感を増すことになったインテリアとはいささかミスマッチにも思われたのだが、道路に出てスロットルを踏み込むと、筆者の過大なまでの期待がまったく裏切られていなかったことが判明した。とにかく気持ちのよいV8エンジンなのだ。

 まず気筒数/排気量ともに3分の2になったことで心配されたパワーダウンについては、まったくの杞憂に終わっている。ツインターボのもたらす強大なトルクと、1700~5000rpmで最大トルクを発生するセッティングのせいか、どんな回転数から加速してもW12ツインターボと同様に、一般公道では恐怖心さえ感じさせるほどの加速を見せてくれるのだ。

 体感的パワーが互角に感じられた一方で、フィーリングはW12と大きく異なったものとなっている。ハスキーだがデッドスムーズな12気筒サウンドとともに、「神の見えざる手」によって深い闇の向こう側に引っ張られるようなW12ツインターボ搭載車とは打って変わって、GT V8はよりドライバーの意思と感性に従ってスピードを乗せてゆく印象が強いのだ。別の言い方をすれば、V8の加速フィールはより軽快にして「陽性」なものとなっている。

 この魅力的なフィーリングをもたらした最大の要因は、エンジンの吹け上がりがW12に比べると格段に軽いこと。そしてV8独特のワイルドな咆哮にあると思われる。低速域では、遥か1959年まで起源を遡ることのできる旧きよきベントレーV8 OHVを思わせる柔和なサウンドでドライバーを和ませる一方、ひとたびスロットルを踏み込み過給が立ち上がるや否や獰猛な唸りを上げ始め、さらに高回転域ではまるでレーシングV8のごとき雄叫びとともにクライマックスに達するのである。

 アウディS8では乗員用コンパートメントの天井部にマイクを設置し、これにより検出されたノイズと逆位相の音をオーディオ用スピーカーから流す「アクティブノイズコントロール」まで採用してエンジンノイズを打ち消しているのに対して、ベントレーは絶対的な音量は抑えつつも、V8サウンドを積極的に「聴かせる」アプローチを行ったとのことだが、その効果は充分に発揮されていると言えるだろう。

 そして、コンチネンタルGT系としては初めて採用された8速ATの効力も目覚ましい。軽量化への努力が最大限払われたとはいえ、依然として2295㎏(本国仕様データ)に達する重量級ボディを、わずか4リッターのエンジンで「スーパーカー」として納得させるだけのパフォーマンスを実現するのには少々無理があるかとも思われたのだが、現実は予想を上回るものだった。

 前述したとおりの驚異的パワー/トルクを、クロスレシオ化された8速ATが巧みにサポート。特にシフトアップポイントを高回転域まで引き上げられる「S」モードや、パドル操作のマニュアルモードでは、スペック上の車両重量など微塵ほども感じさせない軽快さを披露してくれるのだ。

ベントレー史上最高のハンドリングマシン
 ここまで、新しいV8ツインターボ・エンジンと8速ATのもたらすパフォーマンスとフィーリングについてのみ述べてきたが、ダウンサイジングの最大の魅力は、実は格段に向上したハンドリング性能にあるようにも思える。

 2003年のデビュー以来、圧倒的なパフォーマンスとスタビリティと引き換えにして、構造的なノーズヘビーとそれに伴うアンダーステアが指摘され続けてきたコンチネンタルGTシリーズだが、2009年デビューの限定バージョン「コンチネンタル・スーパースポーツ(SS)」にて初めて40:60の前後駆動配分を持つAWDシステムを採用して以来、同じシステムを継承された現行型コンチネンタルGT/GTCともども、コーナーリング性能は明らかな向上を見てきた。

 しかし今回のコンチネンタルGT V8では、これまでのゆっくりとした進化の歩みとは違って、一気にドラスティックなマナーアップが図られているのだ。

 現行型コンチネンタルGT/GTCも得意とするようになった高速コーナーはもちろん、中速コーナーでも充分なスピードを保ったまま思った通りのラインにピタリとつけられる。さらには、これまでの歴代W12搭載車ならば、明らかに躊躇して極端にスピードを落としたくなるタイトコーナーも、かなりのペースで飛び込むことができる。

 このハンドリングならば、少々イレギュラーな存在であるコンチネンタルSSを除いたこれまでの歴代ベントレーからはおおよそ連想できなかった「ハンドリングマシン」という称号さえ、決して大げさなものとは思えない。この走りっぷりに気をよくしてワインディングを愉しんでいるうちに、無い物ねだりのようだが、コンチネンタルSSの特権的装備であるフルバケットのスポーツシートさえ欲しくなってしまったのだ。

 ともに本国仕様のデータで比較すると、従来のW12を搭載するGTに対して、GT V8のウェイトは重量の嵩む8速ATを組み合わせたこともあって25㎏のダウンに過ぎない。しかし、ハンドリングに影響の大きなノーズでのマイナス25㎏は、我々が想像する以上にハンドリングに好結果をもたらすということだろう。

 さらに、これまでのW12ツインターボ・バージョンとは一線を画するスポーティなコンチネンタルGTを創りたい、というベントレー開発陣の心意気なのか、サスペンションも思い切ったチューニングが施されたこともうかがわれるが、乗り心地への悪影響は、少なくとも今回の試乗ルートでは最後まで感知できなかったことも付け加えておきたい。

レッドレーベルに相応しい、新時代のスポーツ・ベントレー
 コンチネンタルGT V8は走りで満足を与えてくれた一方で、アピアランスでもスパルタンに仕立てられている。

 まずは「マトリックス」タイプと称されるメッシュ型ダイキャストのラジエーターグリルが、コンチネンタルSSのダークスモークメッキを連想させるグロスブラック仕上げとされるほか、フロントのバンパースポイラーがよりスポーティな造形とされる。また、テールではシリンダー数を示唆する8の字型の専用エグゾーストパイプが輝いている。そしてノーズとテールエンドに輝くのは、センター部分が赤で仕立てられた「ウイングドB」バッヂ。いわゆる「レッドレーベル」である。

 ベントレーに「レッドレーベル」が初めて登場したのは、今から89年も前となる1923年のこと。その2年前に正式発売されていた開祖W.O.ベントレーの第1作、3Litreに追加された高性能版「スピードモデル」の専用装備としてであった。スタンダード3Litreの直列4気筒SOHC 16バルブユニットが65HPを発生したのに対し、スピードモデルは圧縮比アップとキャブレター大径化で80HPにチューンされていた。そして標準版のブルーに対して、赤いバッジが与えられたのだ。

 その後もW.O.時代には赤バッジが継続使用されるが、R-R傘下時代になるとその伝統はいったん途絶える。しかし1985年に登場したターボRで赤バッジは復活。以後ベントレーでは、スポーツモデルに与えられる勲章となった。つまりコンチネンタルGT V8のレッドレーベルは、W12モデルよりもさらにスポーティな存在であることを無言の内に示す「証」ともなっているのである。

フロントグリル、ロワーバンパー、テールパイプなどがGTと異なるそしてエンブレムはレッドレーベルに

 今回のコンチネンタルGT V8試乗に際しては、オプションとしてW12ツインターボ版のコンチネンタルGTクーペに乗るチャンスにも恵まれた。そして、コンチネンタルGT V8の軽快で清々しいフィールを味わった後にW12モデルに乗ると、これまで乗りなれてきたはずなのに、何やら新鮮な感慨に耽ってしまう自分に気が付くことになったのだ。

 W12ツインターボの底知れないパワーとダークヒーロー的な乗り味に加えて、いかにも本革らしい芳香を漂わせるアニリン染めレザーハイドとゴージャスなカラー遣いがもたらす、どこかデカタンスなインテリアによるミスマッチには、何やら背徳的な魅力を感じさせられてしまう。どうやら筆者は、コンチネンタルGT V8とコンチネンタルGT(W12搭載バージョン)の間でキャラクターの差別化を図ろうとしたベントレー開発陣の術中に、完全にハマってしまったようなのである。

 既にコンチネンタルGT V8の今年度オーダー分は概ね完売してしまったとのことだが、カスタマーの多くはポルシェ「911」などのリアルスポーツから乗り換える新規顧客が多いとのこと。一方で、心配されたW12モデルのセールスへの悪影響はほとんど無く、依然としてゴージャスなベントレーを求める向きが多いことも判明したという。

 つまり、コンチネンタルGT V8/GTC V8の登場により、ベントレーのモデルラインナップは格段に充実したことになったとみて間違いないだろう。


インプレッション・リポート バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/

2012年 9月 21日