【インプレッション・リポート】
スズキ「ワゴンR」

Text by 岡本幸一郎



 思い返すと、「スイフト」がモデルチェンジした際にキープコンセプトであれこれ言われたし、軽2BOXで低燃費を実現した「アルトエコ」が不発なのは変わり映えしなかったせいというニュアンスの鈴木修会長のコメントを目にして間もないにも関わらず、これほど変わらないとは予想外だった「ワゴンR」のモデルチェンジである。

 ボディーパネルは微妙に丸みを帯び、スティングレーにLEDイルミネーションを採用するなどアップデートを図っているものの、大差はない。

 モデル末期にはダイハツ「ミラ」やホンダ「N BOX」にトップの座を明け渡していたものの、それでも月に1万数千台をコンスタントに売っていたのだから、変える必要がなかったと言えばそれまでか。そして、見た目こそあまり変わらなかったが、中身の進化はどうやら相当なもののようだ。


ワゴンR スティングレー

注目の先進低燃費化技術
 注目は「スズキグリーン テクノロジー」と称する先進低燃費化技術の、エネチャージ、新アイドリングストップシステム、エコクールだ。それぞれの内容は既報のとおりだが、これらにパワートレーンの改良や軽量化などを含め、JC08モード燃費は自然吸気の2WDが28.8km/L、同4WDが27.8km/L、ターボの2WDが26.8km/L、同4WDが25.0km/Lという低燃費を実現し、全車で平成27年度燃費基準+20%を達成。ターボや4WDを含め、全車をエコカー減税の免税対象としたのだから大したものだ。

ワゴンR

 ただし、インプレッションをお届けするにあたり、困ったことにスズキグリーンテクノロジーは、投入されたからといって走ってうんぬん、というものでは基本的にはない。つまり、ユーザーにとってもあまり表立ってその恩恵を実感できるものでもないわけだが、その傍ら、クルマの中では非常に高度なことが行われていることをご理解いただければと思う。

 最大の目玉である減速エネルギー回生機構システム「エネチャージ」は、減速時に従来の鉛バッテリーに加え、リチウムイオンバッテリーに充電し、蓄えた電力をオーディオやメーターなどの電装品に供給することで、これまで発電のために使用していたガソリンの消費を最小限に抑えることができるというもの。TV CMで「クルマが減速する力で発電する」と謳っている、まさにそれだ。しかしながら、その効果は何か体感できる類のものではない。

 さらに、アイドリングストップ中にエアコンが停止し、送風状態になっても蓄冷材を通した冷風を室内に送ることで室内の温度上昇を抑える蓄冷技術「エコクール」についても、試乗した日はあいにくの天候で気温もあまり高くなく、本領発揮させることができなかった。とりあえずポテンシャルとしては上記のとおりで、たとえば気温が30度の元でも1分間持つというイメージとのこと。同技術ではエバポレーターの温度を監視しており、もちろん熱くなると自動的にエンジンは再始動する。

 そして、減速時にアクセルを離すと燃料をカットし、ブレーキを踏んで13km/h以下になった段階でエンジンを自動停止する新アイドリングストップシステムについては、確かに従来との違いを感じることができた。これにより、エンジンが止まること自体をより楽しめるようになる印象。また、この類のシステムにありがちな、ペダル踏力を一定にしていても途中で減速Gが変わって期待どおり減速しないという感覚もあまりないし、「止まろうとしたけど、やっぱり進もう」といったシチュエーションでも、一度エンジンが止まってから瞬時に再始動するので、それほど違和感なく走れる。

 停車後のアイドリングストップ中に、ブレーキペダルの踏力を少し緩めると再始動してしまい、その感度はもう少し鈍くてもよいような気もしたが、その後踏み続ければまた止まるようになっている。

助手席下に配置される高効率リチウムイオンバッテリー蓄冷材を採用してエンジン停止中でも冷風を送ることで室内を快適に保つエコクール。同技術はアイドリングストップ時間の拡大にも貢献する

直列3気筒DOHC 0.66リッター ターボエンジン。最高出力は47kW(64PS)/6000rpm、最大トルクは95Nm(9.7kgm)/3000rpmを発生

エンジンはR06A型に換装
 エンジンは、3代目「MRワゴン」や「アルトエコ」に採用されて評判のよいR06A型に換装され、これに副変速機構付CVTが組み合わされる。今回のモデルチェンジを機に5速MTと4速ATは廃止され、CVTのみとなった。

 ラインアップは、全車にアイドリングストップシステムが標準搭載され、標準系は「FX」と「FXリミテッド」、スティングレーは「X」と唯一ターボエンジンを搭載する「T」という、それぞれ2グレードずつの計4グレードに整理された。

 加速性能についても、燃費を上げたがために犠牲にされた印象もない。自然吸気でも十分だ。一方のターボは、いい意味であまり過給機付きを意識させない、いわゆる排気量が大きめの自然吸気エンジンのような印象。さらにとても車体が軽い。最大70kgという徹底した軽量化の効果は小さくないようだ。

 ただし、いずれも出足のレスポンスがけっこう鈍い。開発者に聞いたところ、技術的にはもっと上げることは十分可能だが、チップイン&アウトの振動を嫌って敢えて「なまし」を入れているのだと言う。要するに、どんな人が運転しても同じように穏やかに走ったほうがよいという考え方を優先したわけだ。


直列3気筒DOHC 0.66リッターエンジン。最高出力は38kW(52PS)/6000rpm、最大トルクは63Nm(6.4kgm)/4000rpmを発生

 一方、先代にもエコインジケーターは付いていたが、5代目ではどう走ったら燃費がよくなるのかをユーザーに分かってもらうための演出として、アクセルをどのように踏んだかによってメーターの照明色が変わるようにした。低燃費の状態だとスピードメーターが青から緑に変化するもので、注視しなくても視野に自然に入ってくるところもよい。

 さらに、エコドライブ度が採点される機能が付き、エンジンを切ったときにエコスコアが表示される。すでに販売店では「エコスコアチャレンジ」を実施しており、100点もかなり出ているそうだ。欲を言うと、アイドリングストップした積算の時間と節約燃料量の表示について、今はそれぞれを見る際に切り替える必要があるのだが、できれば1つの画面で見られたほうがよいだろう。

 エネチャージについては、減速時にメーター内の白いチャージの表示が変わる。ただし、それだけなので見逃してしまいそうだし、どのくらい電力が溜まったかは表示されない。これには、「もっと派手に動いたほうがアピールになるのに……」と、直接関わった開発者も口惜しそうだった。


超スペース系と比べると、走りは圧倒的に上
 走りについて、フットワークの印象も少なからず変わった。

 ステアリングは、これまで標準系とスティングレーで1通りのチューニングだったところ、5代目では別々に分け、それぞれに最適なものとした。

 これにより、従来はモデルによってステアリングが重かったり軽かったりしたところ、どちらもちょうどよくなった。ターボモデルについては、従来はスポーティな乗り味を好むユーザーが乗るだろうから、少し重くてもよいのではないかという認識だったようだが、5代目では誰が乗っても不快に感じないよう軽くなっている。また、電動パワーステアリングのモーターを小型化したとのことで、確かにイナーシャが小さくなっているように感じられた。ステアリングギアレシオはけっこうクイックだ。

 スタビライザーはスティングレーにのみ装備されているが、標準系も付いているかと思ったほどロールは気にならないレベルだし、ロールを抑えるために乗り心地が固くなっている印象もない。

 その乗り心地について、先代ではクレームが来るほどだったそうで、それだけに新型ではかなり気を使ったと言う。いずれもエコタイヤを装着し、指定空気圧も高めだが、OEMのタイヤについてはユーザーが不快に感じないようタイヤメーカーとの協業で相当に煮詰めたとのこと。また、タイヤが硬いことを前提に足まわりを柔らかくして逃げるのではなく、逆にフロントについては硬めることで足まわりを積極的に動くようにした。そして、やや硬めだったリアは柔らかくしたと言う。なお、13インチ仕様の設定はなくなった。

 確かに、前席の乗り心地はそこそこ快適だが、筆者は後席ではまだ硬さを感じた。後方から入ってくる音もそれなりに大きい。ハンドリングについても、ごく普通に流す分には軽快でよいのだが、少しペースを上げると気になる部分が顔を出し、先代の方がまとまりがよかったように感じる部分もある。

 一番の原因はタイヤにあると思うのだが、やはり現状ではまだ課題の多々ある低燃費タイヤに合わせて走りを作り込むのは、相当に難しい作業ということなのだろう。色々と指摘したが、N BOX、タント、パレットやルークスなど、さらに背の高い超スペース系の軽自動車に比べると、走りは圧倒的に上。燃費だって言うまでもない。


後席の居住性はスペース的には十分だが、乗り心地はやや硬め

十分に広い室内
 そして室内は十分に広いと思う。価格、広さ、走り、燃費のバランスを考えると、ワゴンRをはじめこのクラスの方が合理的であることを、背高系の軽自動車に興味のある人にはご理解いただければと思う。今回もワゴンRのインテリアを見て、広さはこれで十分ではないかと改めて思った次第。

 収納スペースの設置個所が増えているのは一目瞭然で、さらに何を入れてどのように使うかを再考し、たとえば助手席のアッパーボックスは、CDのタイトルを見えるようにするとともに、後ろにあるものも取りやすいよう工夫したとのこと。また、インパネの天面を20mm下げるとともに、センターを20mm奥にすることで広がり感を演出しており、より乗員に圧迫感を与えない造形とした。

 後席の居住性は、乗り心地は前述のとおりだが、スペース的には十分。前後スライド機構が付いているおかげで、荷室と後席の広さを必要に応じて調整できるのは、やはり便利だ。N BOXのように後席は広いが荷室は狭くて不便と言われてしまうこともない。一番前にしてもニースペースはこぶし1つぶんぐらい残るし、最後端にすれば十分すぎるほど広くなる。

 また、先代に当初は設定されていながら、のちに落とされたESPが、スティングレーのみオプション設定で復活した。これを評価したい半面、あくまでオプションであり、標準系には設定がない点が相変わらず惜しい。まだ軽自動車は法制化まで時間的な猶予があると言えばあるわけだが、こんなことでよいのだろうか。

 価格については、新旧を比較すると「FX」にはアイドルストップ付いたのに安くなり、その他のモデルは見た目上の価格は5万円ほど高くなっているが、装備が色々付いたので、実質的には価格引き下げと言える。

 また、エネチャージのシステムがいくらなのか気になるところだが、開発者に聞いたところ、日々の努力により値段が下がっている最中で、現時点ではいくらとは言えないとのことだった。

 モデル末期には販売トップの座をミラやN BOXなどに奪われていたところ、ワゴンRがモデルチェンジにより巻き返すのは間違いないだろうが、ライバルだって強力。中身はお伝えしたとおり進化しているが、あまりパッと見の印象が変わらなかったこともあり、ワゴンRの優位性はかつてほどでもなくなったような気もする。販売の動向を注視して見守りたい。


インプレッション・リポート バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/

2012年 11月 6日