インプレッション

スズキ「ワゴンR(一部改良モデル)」

エンジンの負担を低減することで燃費を向上させる「S-エネチャージ」

 軽自動車の燃費競争がますますその激戦の度合いを増している。ここに紹介するのは、長年に渡ってダイハツと「軽自動車ナンバー1争い」を繰り広げる、スズキの基幹モデル、ワゴンRシリーズに追加された最新の低燃費モデル。JC08モードでのデータは32.4km/L(FZ)。カテゴリーでトップの燃費と謳うこのモデルには、「S-エネチャージ」と呼ばれる新たなシステムが、従来型に対しさらなる高効率化を図ったエンジンとともに搭載されている。

 走行時の運動エネルギーを発電機の駆動で減速回生し、フロント・パッセンジャーシート下に特設された小型のリチウムイオン電池に電力を溜めるというのが、すでにTV-CMでもお馴染みのこれまでのエネチャージ。対して、新システム最大のポイントは、従来型が溜めた電気を電装品への供給のみに用いていたのに比べ、「ISG(インテグレーテッド スターター ジェネレーター)」と呼ぶスターターモーター機能とモーターアシスト機能を合わせ持った発電機を採用することで、それを駆動力のアシストにも使うという点だ。

撮影車は一部改良に合わせて新設されたワゴンR FZ(2WD/CVT)。ボディーサイズは3395×1475×1660mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2425mm。価格は137万2680円
FZはメッキ加飾のフロントグリルを採用
ヘッドランプとリアコンビネーションランプにブルー加飾が与えられる
14インチアルミホイールを標準装備(タイヤサイズ:155/65 R14)
リアに「S-エネチャージ」のバッヂを装着
直列3気筒DOHC 0.66リッターエンジンは最高出力38kW(52PS)/6000rpm、最大トルク63Nm(6.4kgm)/4000rpmを発生。JC08モード燃費は32.4km/Lを達成。無鉛レギュラーガソリン仕様
FZのインテリアは、ライトグレーのインストルメントパネルにグレー系の内装色の組み合わせ
オプション設定のCDプレーヤー(AM/FMラジオ付)
ステアリングスイッチでオーディオのボリュームなどを調整できる
自発光メーターではエコスコア、瞬間燃費、平均燃費、航続可能距離などの情報を確認できる
助手席シートアンダーボックスを装備する
明るいグレー系の内装色により室内は広く感じる

 「え? だったらそれって“ハイブリッド”でしょ!?」と気付いた人は、なかなかに博識。実際、新システム採用の追加モデルのカタログ諸元欄には、主要燃費向上策の項目に「ハイブリッド・システム」と、周辺よりも明らかに目立つ文字で記されている。

 けれども、日本では“金看板”となるこの言葉は、他ページには一切用いられていないし、TV-CMにも使われない。理由を聞けばそこには、認知度が高まりつつあるエネチャージの商標を使いたいという思いとともに、EVモードを備えず、モーターのパワーのみでは走行できないこのシステムに対して、世にあるフルハイブリッド車同様の印象を期待されてしまうことへの危惧もあるようだ。

 実際、そんなこのモデルの加速に“電動感”はまったく伴わない。同様のシステムを搭載する日産自動車「セレナ」が「S-ハイブリッド」を自称するのに比べれば、なるほどこちらの方が潔いかも知れない。

 担当エンジニアに確認すれば、「モーターが駆動力を発生する場面では、その分エンジンの負担を下げることで従来型と同等の加速フィールを狙った」とする。モーターアシスト感が皆無なのは実は道理なのだ。その上で、エンジンの負担を低減することで燃費を向上させる――これがS-エネチャージの基本コンセプトだ。

同じく「S-エネチャージ」搭載の「スティングレー X」(2WD/CVT)。価格は146万1240円
フロントまわりの意匠はワゴンRと異なり、よりシャープで力強さを感じるデザイン
14インチアルミホイール(タイヤサイズ:155/65 R14)
スティングレーはシルバー加飾を施したブラック基調の内装色を採用
メーター内でモーターがアシストしている状態(写真中央)や、バッテリーを充電している状態(写真右)を確認できる
オプション設定の「スマートフォン連携ナビゲーション」に「後退時左右確認サポート機能」を軽自動車として初採用
バックアイカメラを用い、左右から車両後方に車や歩行者が近づくと、モニター内の左右確認サポート表示の点滅とブザーで危険を知らせてくれる

明確に実感できるアイドリングストップ後の再始動

 従来の発電機との置き換えで、エンジンルーム内にレイアウトされたISGが発生可能な出力は、わずかに1.6kW(≒2.2PS)。「搭載可能なスペースが狭いのに加え、アシスト力をベルトで伝える方式では、これ以上の大出力化は簡単ではない」とエンジニア氏。ちなみに、前出セレナ用ISGの最高出力は、わずかに大きい1.8kW(≒2.4PS)。だが、ミニバンのこちらは遥かに排気量が大きな2.0リッターエンジンとの組み合わせに加え、車両重量も倍ほどというモデル。それゆえ、相対的にはワゴンRの方が「電動アシストで得られる効果は大きい」と言ってよいはずだ。

 モーターによる駆動力アシストは、CVT用トルコンがロックアップされた15km/hから85km/hまでの範囲で最大6秒間行われるという。前述のように、「その間だけ加速力が上乗せされるような感覚がない」のは、むしろみごとなチューニングと言うべきだろう。同時に、回生量も増しているので理屈としてはアクセルOFF時の減速Gも高まるはず。しかし、こちらも違和感は皆無。回生と駆動に関しては、S-エネチャージはあくまでも黒子的に働くのだ。

 一方で、誰もが明確に実感できるのは、アイドリングストップ後の再始動が極めて静かで、滑らかに行われるようになった点だ。「プリウス」や「アクア」など、トヨタ自動車のハイブリッド車に乗った経験のある人には「“プルン”と掛かる、あの感じ」と説明すれば、その印象をイメージして貰えそう。発進のたびに、安っぽいスターター音が周囲に響きわたるのは我慢ならない! というアンチ・アイドルストップ派にも、これならばきっと許して貰えそう。端的に言ってしまえば、フィーリング上ではこの点こそが、S-エネチャージの最大のメリットと感じる。

 ただし、エンジンスタート・ボタンを押しての始動時には、これまで同様のスターター音が耳に届く。実は、ISGがスターター機能も兼ねるS-エネチャージ車は、オーソドックスな旧来のスターターモーターも装備。マニュアル始動時にはこちらを用いるのだ。その理由は、ISGはベルト駆動式であるゆえ、マイナス20℃を下まわるような極低温時の始動性には課題を残すためという。

 それにしても、アイドルストップ中にブレーキ踏力を緩めても容易には再始動がしにくくなり、かつ再始動時の静粛性が大幅に高まったことで、商品性は大きく高まった。S-エネチャージ付きのワゴンR/ワゴンRスティングレーは、ラインアップ中で「もっとも上質な走りのフィーリングの持ち主」だ。

どのワゴンRがベストチョイス?

 それでは、そんなS-エネチャージを採用したモデルは、「誰にでも推薦できるワゴンRなのか?」となると、これはちょっと一筋縄にはいきそうにない。

 ワゴンRでもスティングレーに拘るとなると、これは「ターボ付きかノンターボか」という二者択一しかなく、後者の場合には自動的にS-エネチャージ付きとなる。けれどもベースモデルの場合、「FZ」「FX」「FA」という3種類が用意されるグレード別に、その心臓部もそれぞれS-エネチャージ付き、エネチャージ付き、エネチャージなしと分かれるのだ。特にS-エネチャージ付きとエネチャージ付きの両モデルでは、一部に装備差が与えられているものの、その価格差は必ずしも小さくない。

 JC08モードでの燃費値では、同じCVT仕様車同士でも2km/Lほどの差が開く。燃費に優れるのは、やはり最新のS-エネチャージ付きだ。けれども税金面では、そもそもいずれもが取得税/重量税ともに免税扱いで同レベル。さらに、「混雑した道を走ることは殆どなく、乗るのは一定速が主体の郊外路がメイン」ということにでもなれば、せっかくのISGの活躍の場もかなり限定されてしまいそうだ。

 販売好調が伝えられる「ハスラー」をはじめ、いずれスズキの他車種にもS-エネチャージが展開されていくのは確実。ワゴンRでは今回実現しなかったターボ・エンジン車にも採用されるのは、恐らく時間の問題であるはずだ。

 一方で、それがすべてのユーザーに対して大きな効果を発揮する、万能のテクノロジーというわけではないのもまた確か。このあたりが、日本の隅々でさまざまな人々によって千差万別に扱われる、軽自動車作りの難しさでもあるはずだ。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は、2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式にしてようやく1万kmを突破したばかりの“オリジナル型”スマート、2001年式にしてこちらは2013年に10万kmを突破したルポGTI。「きっと“ピエヒの夢”に違いないこんな採算度外視? の拘りのスモールカーは、もう永遠に生まれ得ないだろう……」と手放せなくなった“ルポ蔵”ことルポGTIは、ドイツ・フランクフルト空港近くの地下パーキングに置き去り中。

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Photo:中野英幸